第7話 魔法少女と秘密の部屋 その三
閉ざされた扉の向こうにひとりで向かったリプリンは、真っ暗で何も見えなかったらしく、「光ってみる」と言った。
「明かりをつける」わけではないらしい。
そしてそこで何かを見たリプリンは、感嘆の声を上げた。
「…………白音ちゃんがいっぱい!!」
「ん? え、何? わたし??」
さっきから扉の向こうで、リプリンが何を言っているのかよく分からない。
「リプリン。扉に魔法がかかってるから、そっちからなら解除できると思うんだけど、どう?」
「んー……、魔法食べちゃうね?」
「ああ、いえ、魔法壊さないで。魔力だけ吸い取れない?」
「はーい」
リプリンが返事をするのとほぼ同時に、扉から感じていた微かな魔力が消えた。
白音がそっと扉を押すと、それは音もなく開いた。
「これならまた魔力を込めれば閉じることができそうね。ありがとうリプリン」
「うふっ」
扉の向こうで待っていたリプリンが笑顔を見せてはにかむ。
その全身が、派手な蛍光グリーンに光っていた。
半透明にした自分の体内で明かりを発生させているのだ。
それを全身で乱反射、拡散することでイルミネーションみたいな面光源になっている。
とても綺麗で、そして実用的だった。
だがその幻想的な明かりに照らし出された室内を見て、白音は絶句した。
本当に自分がいっぱいいた。
いたるところに、白音のポスターが貼られている。
正確に言うと白音の前世、王族の近衛隊長であった頃の『デイジー』の姿が大きな写真になって、壁を埋め尽くすようにして貼られている。
この異世界には元々写真の技術はないから、何らかの魔法によるものだと思われた。
現世の白音たちの目から見て、写真だと思えるレベルで写実的な絵である。
白音としては前世の『デイジー』と今の『白音』とでは随分と見た目が違うと思っているのだが、リプリンはこれを見てすぐに白音だと思ったらしい。
「これが姐さんの前世の姿なんすね。初めて見たっす」
白音に続いて部屋に入ってきたいつきも、同一人物であることに疑問を差し挟むような様子はなかった。
白音本人にはよく分からないが、やはりみんなデイジーと白音にはしっかりと共通するものを感じるらしい。
だがそうすると、また誰か魔族にあったら血まみれの薔薇様、と呼ばれて震え上がられるのかもしれない。
恥ずかしいのだが。
しかし今はそんなことを心配している場合ではない。
目の前の異様な光景が問題だった。
「あー……、以前、アイドルのストーカーの部屋、見たことあるんすけど、こんな感じだったっすね……。ストーカーの秘密のお宝部屋」
いつきがデスクの上に飾ってある人形を手に取りながら言った。
精巧にできたデイジーの人形だった。
現世風に言うならデイジーの近衛隊長仕様のフィギュアである。
七分の一くらいのサイズだろうか。
いったいどんな魔法を使えばこんなに精巧に作れるのか…………。
「いやでもほら、魔法研究所に潜り込んだ人族のスパイの隠れ家だったって可能性もあるんじゃない?」
白音は書棚に大量の資料が置かれているのを見つけた。
中身は王宮勤めの女性魔族たちの行動調査記録だった。
それを見せながら白音が言う。
情報収集が任務だったという可能性があるのではないだろうか……。
ただ、中身の大部分はデイジーの行動調査記録である。
いつきはちらりと白音の方を見た。
もちろん『スパイの隠れ家』だった方が問題は深刻なのだが、白音はそうであって欲しいと願っているような口ぶりだった。
「んー、他にも推しはいるけど、やっぱり一番は白音の姐さん、って感じのストーカーの部屋っす」
白音の気持ちは分かるのだが、いつきはばっさりと断定した。
正直なところいつきが生きてきたネットアイドルの世界では、そんなに珍しいものではないのだ。
まして白音ならそんな熱心なファンのひとりやふたり、いても不思議はないと思うのだ。
しかし一緒にいた魔族夫婦にはかなり刺激が強かったらしい。
狂気じみたその部屋の様子に恐怖している。
この世界の魔族には、あまりストーカー心理なるものは理解されていないのだろう。
リビアラが、アーリエの様子を見てきますと言って踵を返してしまった。
「姐さんも、もう確信してるんすよね? セクハラ大魔道って、魔道士長のあだ名が答えになってるように思うんすけど」
いつきがそう言うと、白音が盛大にため息をついた。
「そうよねぇ…………」
◇
『セクハラ大魔道』の本当の名前は誰も知らない。
魔族と人族の戦いのさなか、敗色が濃厚になっていた時に、突然ふらりと現れて共に戦ってくれた魔道士である。
その卓越した魔法の手腕から、初めはただ『大魔道』と呼ばれていたが、いつの間にか『セクハラ大魔道』と呼ばれるようになっていた。
大魔道はいつもプレートアーマーのヘルメットのような、金属製の兜をかぶっていた。
決して誰にも素顔を見せることがなかったため、怪しいことこの上なかった。
しかしその実力は本物で、命懸けの厳しい戦いが続く中、体を張って魔族軍を支えてくれた。
それでいつしか皆、彼のことを信用するようになっていった。
ただしその素行はすこぶる悪く、美形と見ると男女問わずにちょっかいを出していた。
「美形揃いの魔族の国は天国」と公言してはばからないその姿に、自然と『セクハラ大魔道』のあだ名がついた。
「でもね、あの人がいなかったら、みんなとっくに死んでたと思うのよ」
当時の白音は近衛隊長として希代の強さを誇り、周囲から恐れられていたが、それでもセクハラ大魔道には敵う気がしなかった。
彼の魔法への造詣は誰よりも深く、その上戦士としての実力も超一流だった。
白音は転生して、今は新たに魔法少女としての力も得ている。
しかしそれでも勝てるかどうか分からない。
そのくらいの実力者だった。
白音が戦いに斃れた後、リンクスを守って落ち延び、彼を現世へと転移させたのも大魔道その人だと聞いている。
「そんな人がスパイなんてしそうにないっすね」
確かにいつきの言うとおりだと思う。
彼は『覗き』はしても『スパイ』はしない。
白音は話していて、自分でも驚くほど大魔道を信頼していたことに気づいた。
「大魔道って、ずっと金属兜着けてたけど、中身は人間なんじゃないかって思ってたのよね」
「そうなんすか?」
「現世から来た召喚英雄が、理由は分からないけど魔族の味方をしてくれてるんじゃないかって。ならあの規格外の強さも納得だし」
いつきの印象からすれば、召喚英雄や魔法少女は自分も含めて変わり者揃いである。
だからどんな行動を取る者がいても不思議はない。
しかしさすがに好きこのんで敵であるはずの魔族の真っ只中に、単身で乗り込むとは驚きである。
しかもその魔族のために命を懸けて戦ったというのだ。
「話を聞いてるうちに、だんだんセクハラ大魔道に興味が湧いてきたっすよ?」
「ふふ。まあ確かに興味は尽きない人だったわ。でも、うん。彼の正体がなんであれ、そんな風に疑うのは筋違いよね。あの人がスパイだなんて思ったことは一度も無いわ」
アレイセスにも、ここが大魔道の私邸なのではないかという見解を通訳して説明する。
伝説の血まみれの薔薇様たる白音の口から、「自分よりも大魔道の方が強かった」と聞かされて、アレイセスは顔を引きつらせた。
「あの……、こんなところに私たち生活していていいんでしょうか」
「大丈夫、大丈夫。あの人、男女問わずで美形の味方だし。あなたたちなら大丈夫」
白音は笑って請け合ったが、それを聞いたアレイセスはとても複雑な表情をした。
「姐さん、姐さん」
いつきが白音のコスチュームをちょいちょいと引っ張った。
「ここ怪しいっす」
いつきは壁に貼られていたデイジーのポスターを指し示した。
写真の中で、デイジーが水着できわどいポーズを取って微笑んでいる。
もちろん白音にはそんなポーズを取った覚えはない。
常に威厳を保たなくてはならない近衛隊長が、そんなあられもない格好をするわけがないのだ。
確かに怪しい。
「ほんとにね。どうやってねつ造したんだか……」
「いや、そういうことじゃないっす」
いつきがさらに足下を指さした。
よく見れば壁際の床に、うっすらと何か白いものがこびり付いたような跡がある。
その白い跡は壁に遮られて途切れており、にもかかわらず壁そのものにはまったく付着していなかった。
つまり……、
「この壁が動くってことなのかしら? でないとこんな風にはならないわよね」
「姐さん、ここ怪しいっす」
「ほんとにね」
「いえ、それは妖しいだけっす」




