第6話 さすが姐さん、魔法少女っす!! その三
魔族の男性が白音に渾身の一太刀を浴びせるべく、身構える。
だが男性がバスタードソードをゆらゆらと揺らして牽制すると、白音は光の剣を解除して素手になってしまった。
「貴様……、愚弄するかぁっ!!」
舐められたと感じた男性は翼の揚力で爆発的な加速を得ると、白音へと真正面から迫った。
初めのひと太刀よりもさらに速度が増している。
突進の速度に加え、さらに彼は脚、腰、肩、腕とすべての関節を同時にバネのようにしならせ、白音の肩口を狙って最速の斬撃を放った。
多分はぐれ召喚者たちの中には、こんな速度に対応できる戦士はいないだろう。
音速にも迫るような剣尖の動きだった。
当たれば岩だろうと両断してしまいそうな重さと鋭さで剣を振り抜く。
しかし白音はそれを完全に見切り、最小の動きで横へと躱した。
刃が風だけを切って唸りを上げる。
さらに白音は躱しざまに腕を取ると、男性を地面へと投げつける。
「がはっ!!」
突進の速度を完全に殺しきれず、白音は男性をかなりの勢いで地面に叩きつけてしまった。
さらに容赦なく、投げつけると同時に肩の関節をがっちりと極め、それ以上の抵抗をできなくする。
男性魔族は剣の腕には自信と誇りを持っていたのだが、あまりにもあっさりと無力化され、覆しようもない力の差を突きつけられた。
「これ以上傷つけるつもりはないからお願い、大人しくして」
白音が男性を説得する。
非の打ち所のない流暢な魔族語だった。
召喚英雄がそんな風に喋れるはずもない。
男性は抵抗するのをやめて、大人しくなった。
しかし一瞬敗北を受け容れたかのように見えたのだが、すぐに再び激しく暴れ出した。
必死の形相で叫ぶ。
「貴様らっ、やめろっ!!」
怒りに満ちた男の視線を追うと、後方から奇襲をかけてきた女性魔族がリプリンの粘着質の触手に捕らえられていた。
幾重にも絡め取られて身動きを封じられた上に、空中で逆さに吊りにされている。
傷つけるどころか、何か酷いことをする気満々にしか見えない。
「いやほんとに。何やってるの、リプリン……」
おかげで、特に男性魔族の方が完全に警戒一色になってしまった。
女性魔族をスライム製逆さ磔台から丁重に下ろし、事情を聞こうとするのだがまったく耳を貸してもらえない。
暴れる気はもうないようだったので、拘束などは一切していない。
にも拘わらずふたりの魔族は身を寄せ合うようにして、白音たちに対する敵意を露わにするばかりだった。
白音は結構な勢いで投げつけた男性の怪我の具合が気になっているのだが、もちろん近寄らせてもくれない。
ふたりのその態度からすれば、多分彼らは夫婦なのだろう。
夫の方に『妻を狙う変態召喚者』だと思われたのはまずかったかもしれない。
状況から見て、隊商を襲っていたのは彼らだと見て間違いはないのだろうが…………。
「ご夫婦なんですか?」
白音が魔族語で根気強く話しかけてみる。
「少しばかり魔族語が操れるようだが、そんなことで召喚者どもを信用するわけないだろうがっ!!」
けんもほろろといった男の様子に、いつきが肩をすくめる。
「会話になってなさそっすね……」
いつきに魔族語は理解できない。
しかし言葉の調子から会話の内容はおおよそ察しているのだろう。
彼女からしてみれば、この魔族ふたりは依頼を受けて探していた犯人以外の何者でもない。
しかもいきなり命を狙われた。それを咎めもせずにかなり丁重に扱っているのに、その見返りとして全力で怒りを向けられているのだ。
「まあ僕には元々、何言ってるか分かんないっすけど」
それでもいつきは白音の様子を見て、文句も言わずに合わせてくれている。
「ごめんねふたりとも。付き合わせちゃって」
白音は、少し離れた所にいるリプリンにも聞こえるようにそう言った。
特に男性魔族がリプリンに対して強い警戒感を示すので、彼女には悪いが少し距離を取って待機してもらっているのだ。
リプリンは不満げな顔をして白音の方をじっと見ていた。
付き合わされているのが嫌なわけではない。
白音が距離を取るように言ったことが不満なのだ。
彼女が自我に目覚めてから一年も経っていない。
まだ少し、親離れできていない子供のようなところがあるのだろう。
白音はそれを見てちょっと可愛いと思ってしまった。
なんだったら駆け寄って抱きしめたいくらいである。
しかしそれは多分、リプリンの自立を考えればあまり賢明な行為ではないのだろう。
白音がそっと手を振ると、リプリンはむすっとしたまま手を振り返してくれた。
ふたりには悪いが、白音は魔族の男女から詳しく事情を聞かせてもらいたいと考えていた。
ちびそらの腕を一刻も早く取り戻さなければならないのは分かっている。
しかしどうしても、彼らをただ捕まえて犯人として突き出す気にはなれなかった。
白音には、彼らが抱く激しい怒りや憤りの心情が痛いほどよく分かる。
魔族にとって、自分たちを猟犬のように追い立てる召喚英雄は本当に恐ろしい存在なのだ。
白音も、リンクスや敗残兵と共に逃亡生活送っていたことがあるからよく知っている。
ましてこの荒野の状況を見るに、魔族はもう民族や集団としての体を成していないのだろう。
戦争に敗れ、なんとか逃げ延びようとする彼らからすれば、人族は憎むべき敵であり、召喚英雄は死と破壊をもたらす絶望の体現者なのだ。
「姐さん、この人たちを捕まえる前に、話をしたいんすよね? でもかなり難しそうっすけど……」
「うん。でも何とかなると思う。わたしに任せて」
敵勢力の者に何をどう説得されようと、より一層頑なになるだけだろう。当たり前のことだ。
けれど白音は、彼らが思っているような召喚英雄ではない。
白音は、偽装を解いて魔族の姿を露わにした。
美しく輝く銀の翼と、純白の尻尾と角。
一般的な魔族とは異なる姿だが、魔族であればすぐに同族だと感じてくれるはずだ。
「わたし、魔族なのよ。こちらの世界へは自力で…………」
魔族の男女ふたりが、白音の魔族姿を見るなりぎょっとして固まった。
そして一瞬顔を見合わせると、慌てて揃って平伏した。
頭を地面にこすりつけるようにしている。
現世で言うところの土下座という奴だ。
「い、命ばかりはお助けをっ!!」
「いや、…………あれ?」
ふたりの魔族はぶるぶると震えている。
白音の姿を見て、抵抗の意思が完全に消し飛んだみたいだった。
「秒で解決したっすね。姐さん、さすがが過ぎるっす。何やったらこんななるんすか……」
いつきが苦笑している。
「だから、わたし魔族なの。敵じゃないって!!」
「も、もも申し訳ございません。肝に銘じましてございます。その強さ、お姿、ゾアヴァイル様であられましょう。伝説の御方とはつゆ知らず、刃を向けるなどと愚かでした」
「ご無礼をいたしました。ひらに、ひらにご容赦を」
美麗な容姿をした魔族の男女ふたりが、代わる代わる米つきバッタのように頭を下げる。
「うう……」
白音は生まれ変わる前、敵の返り血を浴びて戦う凄絶なその姿から『血まみれの薔薇』と呼ばれていた。
だが白音は、味方までもが恐れおののくそのあだ名が嫌いだった。
だから久しぶりにその名を聞いて、眉をひそめた。
するとそれを見て不興を買ってしまったと思った男女が、額をより一層強く地面に押しつけるようにする。
「ああ……、うーん…………」
困った白音は、もう彼らに頭を上げてもらうのは諦めた。
とりあえずゾアヴァイル様として、ふたりの申し開きを聞かせてもらうことにする。
会話ができるようになっただけでも良しとすべきだろう。
「おお、あなたも魔族だったんだな。同志よ、今は耐え忍ぶしかない状況だが、お互い頑張ろう」
みたいな感じになるのを白音は期待していたのですが、結果は土下座でした。




