第6話 さすが姐さん、魔法少女っす!! その二
白音たちは隊商を襲っているという魔物を誘い出すために、幻覚で隊商を装っていた。
警戒しているのを悟られないようにのんびりと、しかしわざとらしくない程度の速度で歩いて行く。
ただし隊商が何も無いところで何度も往復するのはおかしいので、できれば一度の囮行で襲撃者と遭遇したいと考えていた。
防寒着に身を包み、厳しい表情の商人たちが隊伍を組んでのろのろと馬を引いていく。
その幻影に隠れて、三人の魔法少女たちは周囲に気を配っていた。
ただし白音の場合は、あまり神経を張り詰めさせると周囲に不穏な空気が伝播してしまうらしい。
チーム白音のみんなからはよくそう指摘されていた。
それでばれては元も子もないので、ほどよいリラックスを心がけている。
「姐さんのスマホ、まだバッテリー切れてないんすね」
いつきは、白音からスマホを借りていた。
白音のスマホのアルバムには、既にこちらの世界の写真が結構追加されている。
幻覚を作る際の参考になるかと思って見せてもらっているのだ。
「ああ、それね。魔力で充電できるようにそらちゃんたちが改造してくれたのよ。ケーブルも持ってきてるから、いつきちゃんのスマホも充電してあげるね」
白音は事もなげに言うのだが、いつきにとってはぎょっとするような話だ。
魔力が電気になるなんて初めて聞いた。
あとついでに言うと、スマホでスマホを充電できるというのも知らなかった。
白音たちは時間の経過と共に、徐々に移動速度を落としていった。
幻覚商人たちが少し疲れてきた雰囲気を演出するためだ。
彼らが欠伸をしたり、退屈そうな表情をしているのはこの場にややそぐわないようには思う。
しかしこんな時、本物の行商人がどんな表情をするのかは白音にもよく分からない。
そしてついでに、本物の白音たちも水分補給をしておく。
「リプリン、お願い」
「あーい!」
そう言うと、リプリンが白音たちの方におなかを差し出す。
かなり気温が低いとはいえ、荒野の旅程で水が足りなくなれば命に危険が及びかねない。
こうやってリプリンに大量の水を運んでもらえるのはとても助かる。
リプリンのおなかにずぶずぶと手を突っ込んで水を取り出す。
そしてリプリンの笑顔を見つめながらそれを飲んでいると、少し妙な気分になってくる。
「…………」
「…………」
「食べちゃダメ!!」
「何も言ってないじゃないのよ……」
そうやって笑い合っていると、白音が何者かが隠れている気配に気づいた。
「何かいる。あの木の向こう」
三人の魔法少女たちの間に、一気に緊張の糸が張り詰めた。
潜伏者の気配は上手く消され、魔力も小さく押し殺されている。
魔物と言うよりは手練れの襲撃者という雰囲気だった。
しかし、魔法少女になって研ぎ澄まされた白音の感覚は誤魔化せなかった。
僅かに生えた灌木に紛れて、白音たちの行く手で息を殺しているのが分かる。
「わたしの後ろから出ないでね。リプリンはもしもの時にいつきちゃんを守ってあげて」
「あい!」
素知らぬふりで灌木の側を通過しようとすると、果たしてその陰からひとりの男が飛び出してきた。
男ははぐれ召喚者のリックたちが使っていたのと同じような、片手半剣を手にしている。
だがこちらはかなり刀身が長く分厚い造りで、重心が随分と前にあるようだった。
これをもし片手で振るうのであれば、使い手には相当な膂力があるということになる。
もはやその男は魔力を隠そうとはしておらず、むき出しの殺意がその剣と共に白音たちの方へと差し向けられていた。
ただ、その刀身は刃こぼれがかなり酷い。
身につけた革鎧も、もう何の役にも立っていないのではないかと思えるほどに使い古され、ぼろぼろだった。
そしてその背には黒い翼と尻尾。頭には乳白色の立派な双角…………。
「魔族!?」
白音から思わず驚きの声が漏れた。
実に久しぶりに見たその姿。
白音として転生してからは、リンクスを除けば初めて遭遇した魔族である。
だが、驚いたのは男の方も同様だった。
「くっ、これはっ?! 罠かっ!?」
広範囲に働く幻覚は、中に入ってしまえば矛盾を隠しきれなくなるために効力を失ってしまう。
男にももうこちらの姿が見えているのだろう。
襲ってくれと言わんばかりの、旅の商人ではないことが知れたはずだった。
「貴様ら、……子供、なのか?」
男が喋っているのはやはり、魔族語だった。
「だがこの巧妙な幻覚魔法、召喚英雄で間違いあるまい。悪いが女子供とて容赦はしない」
魔族の男は、迷うことなく白音に向かって走り出した。
「速っ……!」
白音がよくやっているように男も翼を開き、魔法によって発生する揚力を前進するためのエネルギーに転嫁している。
白音は慌てて手に光の剣を収束させて、男の攻撃を受け流した。
光の剣の威力であればぼろぼろになった片手半剣など、真正面から打ち合えば簡単に切断してしまったことだろう。
だから、だからそれでも咄嗟に、白音は受け流すことを選択していた。
魔族の男は何か事情があって困窮しているのだろう、そのように白音には見えたからだ。
「ちょ、ちょっと待って。話を……」
「問答無用」
しかし魔族の男は強かった。
剣を数度打ち合わせただけで、その技の冴えが伝わってくる。
(わたしの隊にスカウトしたいくらい…………)
白音はつい、近衛隊長だった前世の気分に舞い戻って相手の実力を評価していた。
それほど男は強く、だがそんなことを考えているほどに白音にはまだ余裕があった。
傷つけたくはなかったのだが、相手の強さ故多少荒っぽくならざるを得ない。
取り押さえてから話を聞こう。
白音がそう考えていると、突然背後からいつきの悲鳴が上がった。
「っ!?」
ちらりと後ろに視線だけ向けると、上空からもうひとりの魔族がいつきたちに襲いかかっているのが見えた。
そういう手筈の奇襲だったのだろう。
完璧なタイミングで連携が取れている。
背後から襲ってきたのは女性のようだった。
白音はすぐにそちらへ向かいたかったが、そのためには目の前の男性魔族を一瞬で排除し、行動不能にしてしまう必要がある。
だがそれでは、おそらく彼にかなりの重傷を追わせることになってしまうだろう。
ほんの刹那逡巡し、白音は後方の守りをリプリンに託すことにした。
ただ、もしも背後の女性魔族が男性と同等の手練れなら、リプリンの手には余るかも知れない。
だから……、
「二重増幅強化!! リプリン、お願いっ! 傷つけないで、捕まえてっ!!」
「あわやゃやや、やいっ!!」
リプリンが珍妙な返事を返してきた。
多分強烈な能力強化によって、突然増大した自分の力に翻弄されかけたのだろう。
けれどその返事で白音には十分だった。
後ろのことは彼女に任せ、白音は眼前の男性に専念する。
白音が瞬時に男の力量を悟ったように、彼の方もまた、白音の剣の技量を恐るべきものと感じていた。
男性魔族にとって白音は、明らかに格上の相手だった。
そしてその差が、能力強化によってさらに圧倒的なまでに広がっていく。
「なっ…………。召喚英雄の能力かっ!!」
彼にとっての唯一の利は奇襲にあった。
背後からの挟撃で混乱したこの一瞬の隙をものにできなければ、勝ち目はないだろう。
渾身の一太刀を浴びせるべく、翼の力でいつでも加速できるように身構える。
だが男性がバスタードソードをゆらゆらと揺らして牽制すると、白音は光の剣を解除して素手になってしまった。
リプリンは乾いてくると(縮んでくると)、おなかの中に保管している水袋から水分を吸収しています。
ですが彼女はたとえ水が無くとも、魔力やエネルギーを補給すれば減ってしまった体積を取り戻すことができます。
ですので手持ちの水が完全に無くなってしまった場合、魔力を与えればリプリンは膨らみます。そして膨らんだリプリンから…………。
「食べちゃダメ!!」




