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ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】  作者: 音無やんぐ
第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
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第3話 スライムの見た夢(ねがい) その三

 白音はリックに腹部を激しく蹴りつけられて、堪らず嘔吐した。

 曲がりなりにも『召喚英雄』たる男たちに、そう何度も蹴られては白音も体がもたない。



「きったねぇなあ。…………あ? おい、やり過ぎたか? 内蔵蹴破っちまったか? ……死ぬんじゃねぇぞ」


 吐瀉物の中に、ピンク色のぶよぶよしたものがあったからそう思ったのだろう。

 白音自身の赤黒い血が混じっているせいで、本当に内臓が潰れて吐き出されているかのように見える。


 だが白音は知っている。

 これは体の中に隠れていたスライムだ。

 今出てきてはいけないと思って咄嗟に飲み込もうとしたのだが、できなかった。

 思いっきり下腹部を蹴られ続けたせいで、もう(こら)えるだけの力がのこっていなかった。

 

 スライムはランドルメアくらいなら仕留める強さがあったようだが、この男たちはもっと強いだろう。

 腐っても召喚英雄なのだ。

 無慈悲な彼らが、商品価値のない魔物を目にして生かしておくとは思えなかった。

 彼らならこのスライムを何の躊躇もなく殺してしまうはずだ。


 だがスライムはいつもの人型を取ることはなく、べちゃぁぁっと粘性の液体がただ拡がっていくように、自然に地面を流れていった。

 本当に白音の臓物のように見える。


(男たちに気づかれないように、擬態してるんだわ)


 スライムがそんな器用なことまでできるとは知らなかった。

 男たちも完全に臓物混じりの嘔吐だと勘違いしているようだった。

 であればこのまま流れていってくれれば、スライムだけでも逃げることができるかもしれないと白音は祈った。


 リックが白音の胸ぐらを掴んで無理矢理に引き起こした。


「星石がないと変身できない奴は、死にやすいからな…………」


 そう言いながら白音の顔色と、出血の量を吟味している。

 もちろんリックは白音の体を心配しているのではない。

 商品価値が損なわれていないかどうかを確かめているのだ。


「ちっ…………。まあいいさ、とりあえず死なねぇように治療しとけ。綺麗に拭いたら俺のテントな」


 派手な嘔吐に興奮をそがれたらしいリックが、そう言い残して立ち去ろうとする。


 しかしその時突然、少し離れたところから桜色の光が輝いた。

 男たちは一瞬戸惑い、リーダーであるリックの方を窺う。

 どうやら先程ペンダントから外れて飛んでいった石が、光を放っているらしかった。


 白音はほとんど身動きが出来ず、魔力ももうのこってはいない。

 しかし彼女だけが気づいていた。

 自分の体内から流れ出したスライムがこっそりと移動し、その石の方を目指していた。

 それで白音は、最後の力を振り絞って叫んだ。


「魔法少女を見くびらないでちょうだいっ! こんな卑怯な罠、わたしには効かないんだからっ!!」


 それで、もしかして白音が無力化の術を破ろうとしているのではないかと警戒して、全員の視線が白音の方へと集まった。


「はあ? 強がってんじゃねぇよ。なら動いて見ろよ、ああ?」


 リックが再び、白音の下腹部を思いっきり蹴り始めた。


「あうっ…………」

「おら、どうにかしてみろっつってんだよっ!」

「うぐっ、くっ…………」


 白音が作ったその僅かの隙にスライムは輝く石に辿り着き、それを体の中へと取り込んだ。

 その様子を苦痛にかすむ視界の中で、白音だけが見ていた。


 半ば透けているからよく見える。

 イミテーションのはずの石とスライムの核が融合し、美しい宝石のようなひとつの魔核となった。

 そして桜色の輝きは急激に膨れ上がり、スライムの体全体を包み込んでいく。


 白音は自分以外でまだ見たことがない、一度是非見てみたいと思っていた。

 それは、新たな魔法少女が誕生する瞬間の光だった。

 聞いていたとおりの、本当に綺麗な光だと思った。



 やがて光の中から、人族の少女が姿を現す。


「な…………。誰だてめぇ?! どこから現れやがった!!」


 突然現れた少女の姿に男たちは驚き、全員剣をそちらへと向けた。

 少女は一糸纏わぬ姿で、だが恥じらう様子も見せずに言い放った。


「白音ちゃんをいじめるなっ!!」


挿絵(By みてみん)


 それはまさしく悪夢のような光景だった。

 可憐な裸の少女の手や足の先が粘液状の鞭になって周囲の人間を打ち据え、或いは絡め取って窒息させる。

 男たちは懸命に抵抗していたが、鞭の先が幾重にも枝分かれし、目にも留まらぬ速さで振るわれる。

 まったくつけいる隙が無かった。


 それだけを見てどちらが悪かと問われたなら、多分スライムの方だと誰もが思っただろう。

 化け物に襲われる戦士たちの地獄絵図に相違ない。


 白音は若葉学園の弟妹たちに付き合ってよくアニメやゲームを見ていたが、その時教えてもらった事を想い出していた。

 物語に登場するスライムには、二種類あるのだという。

 一方では簡単に倒される雑魚として描かれる。

 しかしのこる一方では不定型な身体を巧みに使い、また多彩な技を駆使し、恐るべき難敵として描かれる。


 彼女は明らかにその後者だろう。

 白音が初めて魔法少女に変身したあの夜、公園でこんなのが暴れていなくて良かったと心底思う。


 戦士の一団は運動能力そのものが常人よりもかなり高く、統率が取れている。

 しかしそれでも変貌を遂げた彼女の敵ではなかった。

 スライムには通常の攻撃がほとんど効かない。

 斬ろうが叩こうがその柔軟な体で上手く受け流してしまう。


 それに男たちは魔法や特殊能力を使っていなかった。

 魔法が使えないのか、それとも戦闘の役に立たない魔法しか使えないのかは分からない。

 しかしいずれにせよ、それならばスライムにとっては『普通の人間よりちょっと強いだけの人』ということになってしまう。


「どけっ! 俺がやるっ!!」


 リックがそう言って仲間を押しのけた。

 彼だけが唯一攻撃のための魔法を使えるようだった。

 突き出した指先から魔法を放つ。


 自信ありげにしているから白音もどんなすごい魔法を放つのかと心配したが、指先から放たれたのはビームだった。

 莉美の放つ無頼砲(ローグビーム)に近い性質だろう。

 しかし威力は比べるべくも無く、随分か細い光条だった。

 スライムは自分の体の狙われた部分にひょいと穴を開けると、そこにビームを通過させて避けてしまった。


「舐めやがってっ!!」


 リックがむきになってビームを連射したが、そのたびにスライムは体を変形させて簡単にかわしてしまう。

 リックの方が魔力を使いすぎて息切れし始めてしまった。


「だったら本体の方を叩いてやるぜっ!!」


(本体?)と白音は思ったが、それはどうやら自分の事のようだった。

 動けない白音の方にリックの指先が向けられた。


 多分白音の魔法を、『体の中に魔法生物を飼っていて自在に操れる』くらいに思っているのだろう。

 ただしリックのその選択は、本日犯した数々の過ちの中で唯一正しいものだったと言える。

 大した威力のビームではないが、今の無抵抗な白音なら確かに貫けるだろう。


「白音ちゃんっ!!」


 再び裸の美少女が叫び声を上げ、触手状になったその腕を白音の方へと伸ばした。


(じゅっ)


という痛ましい音が上がったが、触手がビームを受け止めて白音をしっかりと守ってくれる。


「このやろっ!!」


 リックが怒りにまかせて再びビームを発射した。

 もう魔力が切れそうだったが構わずに連射する。

 すべて白音を狙っていたためにスライムは白音の前に立ちはだかり、その身で全弾受け止める。


 スライムの体が焼かれ、大量の蒸気が上がる。

 だがその蒸気のおかげでビームが散乱されるらしく、次第に威力が落ちていった。


「いじめるなって言ったのに!!」


 鋭く差しのばされた触手の先端が槍のように硬質に変化し、リックの胸を易々と貫いた。

 リックのビームよりもよほど威力がありそうだった。


「痛い…………」


 実に凡庸なセリフを吐いてリックはバタリと倒れた。

 所詮は野盗に堕ちるような召喚者たちということだ。

 あっという間に裸の少女ひとりに完全制圧されてしまった。



「白音ちゃん!!」


 もはや倒れた男たちには一瞥もくれず、少女は白音に駆け寄った。

 そして慌てて口から白音の中に入ろうとする。

 多分損傷した内臓を、中から診ようとしてくれているのだろう。


「あが、あが……。…………待って。先にわたしを動けなくしてる術の元を探して。多分あっちの方」

「分かったっ!!」


 白音は、ごく僅かだが魔法の気配を感じる方向を指し示した。

 一番大きな天幕の張られている方だった。

 星石と融合を果たしたスライムなら、きっと感じ取れるだろう。



 程なくして少女が、金属でできた香炉のようなものを探し当てて持ってきた。

 おそらく銀製だろう。

 うっすらと桜色の光が漏れている。

 近づかれると白音の力がさらにどんどん抜けて行ったから、間違いなくそれだ。


 しかしスライムが普通に行動できている点から考えると、無差別に魔法少女を無力化するものでもないようだ。


「待って、待って、それ以上近づかれると気絶しちゃう。あなたそれ、なんとかできない?」


 スライムが香炉の蓋を取ると、中には栗色の髪の毛がひと束入れられており、それが魔力を帯びて輝きを放っている。


「げ…………」


 髪の毛の色と、そこから放たれる桜色の魔力色。

 白音のもので間違いないだろう。

 リックたちにいつの間にか切り取られていたのだ。

 警戒はしていたつもり、とかよく言えたものだと白音は自戒する。


 しかしスライムが髪の束を香炉から取り出しても輝きは収まらず、白音の力も封じられたままだった。


「どうしたら止まるんだろ…………」


 白音が身動きもままならぬ中で必死に思案する。

 すると、スライムが素っ裸の少女の姿で可愛らしく小首を傾げた。


「うーん?」


 そしていきなり、パクッと白音の髪の毛を食べた。


「あっ、ちょ。何して…………」

白音ちゃんの髪の毛、

「なに味なのよ?」

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