第49話 Graveyard Orbit――墓場軌道―― その三
白音は、挨拶できなかった敬子お母さんたちへのメッセージを録画してもらった。
あとは申し訳ないのだが、橘香や蔵間たちに託せば上手くやってくれるだろう。
そう思っていたら突然、というかやっぱり、白音は背後からがっしりと一恵に捕獲された。
「白音ちゃん、もっかいリーパーお願い」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。知ってたわよ。何度でもやるから」
少しまだ足下がふらつく感じがあったのだが、そうすると一恵がずるずると白音を引きずっていく。
「一恵ちゃん、わたしの扱い、時々雑よね…………」
つと一恵が歩みを止めて、白音をそっと優しく抱きしめる。
「うん、ほんとそうだよね。いつも頼りきりでゴメンネ、それと…………、ううん、アリガト」
「えっ? えっ?」
軽口を叩いただけのつもりだったのに、随分真剣に謝られたので白音はちょっと慌てた。
「そんなそんな、気にしないで。わたしにできることなら何でもするよ?」
だが直後に白音はその言葉を後悔することになる。
全力を振り絞ったさっきのリーパーを、もう一回やってくれと頼まれた。
『さっきのアレ』をやるには、今魔法少女たちの回復のために維持しているリーパーを解除しなければならない。
[ごめんなさい、またリーパー解除しますね]
[もう平気だよー]
[後は自力で行けます。お世話になりましたー]
[いろいろお世話したかったですぅ]
[女帝の留守はあたしたちで守るっ]
[次の女帝は、アタシがなるっ!!]
島のあちこちにいる彼女たちにも、これで白音たちとはお別れになるということは分かっているらしかった。
[ありがとう、みんなっ!!]
もう泣いている魔法少女は誰もいなかった。
ただ、コスプレ少女ふたりだけが、他人事なのに一生懸命泣いてくれていた。
あまりなりふり構っている余裕は無かったので白音は再び偽装を解き、魔族としての力も全開にする。
「三重増幅強化!!」
世界観や物理法則そのものが変わってしまいそうな、火花散る目眩をチーム白音の五人全員で感じる。
そらがしばし沈黙して演算を行い、そして矢継ぎ早に指示を出していく。
チーム白音の少女たちは予め分かっていたことのように、テキパキとそれに従う。
いや多分、実際にある程度事前に想定していたのだろう。
そういう動きであるように白音には思えた。
マインドリンクによって莉美に射撃目標が伝達される。
莉美はまず足下を魔力障壁でしっかりと固め、それから正真正銘の全身全霊で破天砲を上空へ向けて発射する。
轟音と共に打ち上がったその巨大な光の奔流が、周囲の空気を電離させていく。
そして一恵が、空間歪曲によってその軌道を何度か修正する。
魔法少女になって以来最大出力の破天砲に足下のバリアは耐えていたが、やがて莉美の脚が震え始める。
強力なリーパーによってその脚力もかなり上がっているはずなのだが、一体どのくらいの圧力がそこにかかっているのか想像も付かない。
一瞬白音は「莉美がよろめいたら世界が滅ぶんでは?」と血の気が引いたが、佳奈が莉美の体を支えてくれた。
「アタシだけ仲間はずれじゃなくて良かったよ?」
四乗がけのリーパーの下で、とうとう佳奈は他人の肉体を強化することもできるようになったみたいだった。
莉美と自分の体を密着させて、ふたりの体に自分の魔力を循環させていく。
「魔力循環強化!!」
ネーミングのセンスがそらだな、と白音は思った。
ということはやはり、あらかじめこういう魔法に覚醒することが予測されていたということだ。
白音は意識が朦朧としてくる中で、そんな余計なことを考えていた。
細かいことに集中して気を逸らしていないと、体中の痛みで気絶してしまいそうだった。
「ふあ…………」
佳奈の魔力が体内を駆け巡る感覚に、莉美が変な声を出した。
「へへへ。お返し、だな」
ふたり分の肉体に佳奈の肉体強化魔法がかかり、それで破天砲を支える。
「か、佳奈ちゃんが、佳奈ちゃんが、あたしの体の中に入ってくるよぅ。ああん」
莉美が艶めいた声を出しているが、佳奈にはそれが半分お芝居なのはよくよく分かっている。
最初につい本気で反応してしまったことを照れ隠ししているのだ。
莉美はそういう奴だ。
「あのさ、あのさ」
「ああ?」
落雷のような音圧の中、おそらく莉美の声は佳奈にしか聞こえていない。
「これ、下に向けて撃ったらあたし空飛べるんじゃないかな?」
佳奈は、ジェットエンジンを装備した莉美を想像する。
「そん時の地上の惨状な。ほらはしゃいでないでお前も踏ん張れよ」
「白音ちゃんと一緒に、お空飛んでみたいんだよね」
「いや、お前がこれ撃ってる時、白音はあんな感じだよ?」
佳奈が白音の方を顎で示す。
白音はハウリングの暴走に耐えてふらふらになっている。
小さないつきが隣で支えてくれているが、白音の体中の血管を破って噴き出す血が彼女にも降りかかっている。
「んーー、じゃああたしが抱えて飛ぶかぁ」
「お前鬼か。白音に抱えてもらって飛べばいいじゃん。白音は翼で飛べるんだからさ」
「えーー、そんなの悪いよぅ。恥ずかしいしぃ」
「よし、ワカラン」
何を喋っているのかは聞こえないが、楽しそうに笑っているふたりを見て、いつきがちょっと怒った。
[姐さんたち酷いっす。白音の姐さん大丈夫っすか? いろんなとこから血が吹き出てますよっ!?]
[んん?]
[ああ]
[大丈夫に決まってんじゃん!!]
佳奈と莉美がユニゾンで応じ、それに対して白音が血に染まった親指を立ててみせる。
[つ、次はどうすればいい?]
[白音ちゃん、もう少し頑張ってね。あとは莉美ちゃんにゲートを守る障壁を張ってもらうだけよ]
破天砲の細かな軌道修正を終えて、一恵が白音を励ます。
身動きができずに頑張っている白音を見て本当はいたずらしたくなったのだが、そんなことで大惨事になっては困るのでここはぐっと我慢をする。
特大の破天砲を放ち終えた莉美がふーっと息を吐くと白音に近づき、その手をぎゅっと握った。
「もうちょっとだけね」
佳奈がまたコスチュームのいずこかをごそごそと探ると、今度はあんパンが出てきた。
莉美の空いた方の手に渡す。
「ほい」
「ありがと」
佳奈がくれたあんパンを、莉美がパクパクとあっという間に完食すると、白音の手に莉美の魔力が流れ込んできた。
ついさっきの特大放出で空になっていたように思えたのだが。
(こ、これっ…………あんパンの……分……、なの?!!)
莉美の魔力は、量もそうだが回復の速度にも本当に驚き、呆れる。
そしてほんの数十秒後に、再び全開の出力で魔力障壁を発現させる。
やはりこの障壁も、予め想定していたケースの中にあったのだろう。
ともすれば予行演習すらしていたのかもしれないと、白音は思う。
莉美の動きには迷いがなさすぎる。
まずは大きく全体を覆うような障壁を出現させる。
しばらくすると、それが異世界への転移ゲートを中心にして徐々に収縮を始める。
どんどん小さくなっていくほどに壁が厚くなり、強固になる仕組みのようだった。
リンクスや白音たちが異世界への転移を選択した場合、転移ゲートを通過した上でその後に決して破られない強固な防壁を築く必要がある。
そのための方策として、そらと一恵が設計したものだった。
あんパンチャージ!!