第48話 魔法少女たちの選択 その三
自衛隊の異世界対策部隊を率いる柴崎三佐は、この場にいる魔法少女たちが放つ『気』に当てられていた。
魔力を感じられるわけでは無いが、それは歴戦の兵だけが纏えるような独特の空気感だった。
気を取り直して柴崎は、部隊の前にたったふたりで立った蔵間と橘香に対して笑顔を作る。
「皆さん、任務ご苦労様でした。ここの警備は我々にお任せ下さい。誰も近づかせません。ゆっくりお休み下さい」
真冬だというのに、柴崎は戦闘服の中を大量の汗が流れ落ちていくのを感じる。
蔵間はさて、この場の落としどころをどこにすべきかなと考えていた。
異世界に通じるゲートを、彼らに任せるなどということはあり得ないだろう。
しかし何もせずに帰れと言って帰る彼らでもあるまい。
日本政府は扉の向こうの資源が欲しいのだ。
魔法という力は確かに脅威だが、文明レベルはこちらの世界で言うところの中世並みである。
現代社会で必要とされる様々な資源は、おそらく手つかずに眠っていることだろう。
さらには魔法の力も手に入れれば、軍事的抑止力を強化することができる。
まともな軍事力増強などは即全世界からの反発を招くだろうが、魔法技術による強化ならばまずはその正体の分析、検証がなされる。
そして検証されて結果が予測されてから反対の声が上がる。
そこに発生するタイムラグの間に、吸収できるだけ吸収してしまえばよいのだ。
蔵間もさすがに現在の政府が、異世界を侵略してまで資源の略奪に走る決断をするとは思っていない。
しかしそれはきれい事だろう。
その気が無くとも結果として侵略同然になることは十分にあり得るし、不測の事態で争いに至る可能性もある。
鷹派の思想を持つ者はどこにでも必ずいるのだ。
結局リスクはあるが、それを冒すだけの価値がある資源、ということだ。
リスクとリターンという観点でのみ考えていると、いずれ異世界で人族が魔族を駆逐しようとした時と同じ失敗をするだろう。
現代の科学技術をもってすれば、簡単に勝てると高をくくってしまうのだ。
魔法という未知の技術で手痛い反撃を食うことは、十分あり得るにもかかわらず。
この転移ゲートは決して使ってはならない。
それは出現が確認された時から蔵間の中で出ていた答えだった。
使えば使うほど、ふたつの世界の隔たりが緩くなってしまうだろう。
そして資源や技術を持ち帰ることが目的であったならば、今は一方通行でしかないこのゲートを使い、世界の隔たりを緩くして帰り道を確保することこそが目標となるはずだ。
認められるわけがない。
しかし同時に、これはリンクスと蔵間が考えていたことを実現するチャンスでもあった。
ふたつの世界が安定して存続するために必要なこと、人為的に世界の隔たりを緩めようとする行為を根絶するということだ。
そのためには誰かが向こうの世界で、その根本原因である『英雄召喚』の乱発をやめさせなければならない。
資源や技術の奪取を目論む輩とは到底相容れない考えだ。
「当初の予定とは違うよね? 柴崎君。転移ゲートを発見したから予定を変更したのかい?」
「我々の任務は異世界転移ゲートの安全確保です。万全を期して警護いたしますのでどうかお任せ願いたい」
柴崎が頭を下げようとしたが、それを蔵間が手で制す。
「建前の話はやめようじゃないか。周りの子たちを見てくれるかい? これだけのことをさせておいて、美味しいところだけを持っていく気かい? それに、警護と言っていたけど同じような事態がまた起こった時、この子たちと同じだけのことをしてここを守れるかい?」
「いや、それは、全……」
もう一度蔵間は柴崎の言葉を制止する。
「能力だけのことを言っているんじゃあないんだ。覚悟を聞いているんだよ。例えば僕が今、君たちから大金を受け取ってあのゲートを明け渡すことを承諾したとしよう。この子たちはどうすると思う? 迷わず全力で僕を排除するだろうね。宮仕えの君たちにはそんな真似はできないさ。僕は政府のことを完全には信用していない。それでどうやって君たちを信用しろと言うんだい?」
柴崎が、少し躊躇ったと思う。それで半歩後ずさった。
[莉美ちゃん、お願い]
「おっけー♪」
頃合いを見た一恵が合図を出すと、莉美が転移ゲートや魔法少女たちを異世界対策部隊から隔離するように大きな魔力障壁を張った。
ちょうど蔵間と柴崎の間を通って仕切るような格好になっている。
[でも、良かったの? せっかく今誠ちゃんが格好いいとこなのに]
[誠ちゃんの見せ場を取ろうって訳じゃないのよ。これはあの隊長さんのためにやってることよ]
一恵の言葉の意味がいまいち莉美には分からなかった。
「……それと君たちにはまだ情報が行っていないと思うけど、あっちの島の上には既に起爆した核爆弾が魔力で封じ込められているから、それも管理…………、ん?」
蔵間が自分の鼻先に透明なバリアができて声がくぐもっていることに気づいた。
こんこんと拳でバリアを叩いてみせる。
「この障壁よりも堅い守りが君たちにできるのかい? これが破れるかどうか試してみるといいよ。国防の志をもって今ここにいる君たちなら、少しは理解してもらえると思うんだ。あの子たちの命がけの決意をね」
結局、柴崎は魔法少女たちの決意の固さを試すようなことはしなかった。
銃を下げ、部隊を退かせて一定の距離を取る。
「ここで見届けさせていただきます」
「ありがとう柴崎君。お節介かも知れないけど、そちらの魔法少女のためにも是非いいチームを作ってあげて欲しい。そのためなら僕たちも協力は惜しまないよ」
柴崎が深く頭を下げた。
[ね。何も無くてあの人が退いてたら、あとで怒られるのよ。バリアがあったから手も足も出ませんでしたってしてあげた方が気も楽になるの]
[なるほどなの]
莉美より先に納得の声を上げたのはそらだった。何もしなくても賢いと思っていたそらが、最近いろんなところで、それも割と変なものに熱心に興味を示しているのを見かける。
莉美としては、なんだかちょっと面白い。
そらの『大人の階段』はこちらの方へ続いているみたいだった。
「リンクスさん」
一恵がリンクスに話しかけた。
リンクスは黒翼を隠して人族に偽装し、蔵間が持ってきてくれた替えのシャツを着ている。
「このゲートは恐ろしく完成度が高いです。長い時間消えることなくここに存在すると思います。しかしこのまま放置するべきではないものです。人間たちが何をするか予想がつきません。破壊、もしくは封印するべきだと考えています」
おそらくだが、異世界転移ゲートは一方通行。
今までのデータを鑑みるに英雄核、魔核の適合者以外は入ろうとすれば身体も魂も一瞬で消滅してしまうはずだ。
しかしそれでも人類は通過を試みようとするだろう。
だから放置することはできない。
「……リンクスさんはどうなさりたいですか?」
マインドリンクを使って白音、佳奈、莉美、そら。蔵間、橘香にも聞こえるように話している。
聞いておいて欲しいと言うことだろう。
権威主義とは対極に位置するような一恵だが、随分丁寧な物言いをしている。
ある種の恭しさすら感じるような態度だった。
「私の最大の願いであったデイジーは、こうして白音として生きていてくれたしな。それに憎し一辺倒だった人族のことが少しは理解できた。恐怖の対象でしかなかった召喚英雄たちも、祖国を奪われた被害者なのだとよく分かった。得がたいものを得たと思う」
白音はマインドリンクで「最大の願いは自分」とか臆面もなく公言されると、顔が紅潮するのを感じた。
しかしすぐに気づく。
一恵はリンクスに選択を迫っているのだ。
リンクスが白音に対する気持ちをみんなに語っています。
さすがにそらも気を利かせて他の魔法少女へは聞こえないようにしている、と思いたい……。




