第4話 紅玉の魔法少女、黄金の魔法少女 その三
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ビジネススーツの女性は眼鏡を外し、軍服のようなコスチュームの魔法少女へと変身した。
しかし変身はしたが、殺気はまったく感じられなかった。
先ほどの無表情とは打って変わって口元に笑みすら浮かんでいる。
「安心しろひよっこども。とっくに根回しと人払いは済んでいる。ここでの話は民間人の与り知らぬことだ」
口調が豹変していてびっくりした。
軍服の魔法少女はギルドからやって来たと言った。
「スマホの裏モードを起動したまま何もせずに放置しておくとギルド員が勧誘に来る」という話は聞いたことがあるが、用事があるとすればやはり昨日登録したての莉美の方だろう。
佳奈はもう十年も前に登録しているのだから今更だ。
だとしても昨日の今日でわざわざ出向いてくるとはギルドが暇なのか、それとも莉美に何か気になる点でもあったのか。
ギルドからの使いと名乗った女性は、スマホを出して自分がギルドに登録されていることを見せてくれた。
アプリでは魔力紋による認証を済ませた後、登録した本人の顔写真などを表示できるようになっている。
この機能は魔法少女の身分証として使える、ということを彼女は教えてくれた。
表示する内容も選べるようで、この軍服少女の場合は本名は隠してニックネームが『鬼軍曹』となっていた。
「お、鬼って……」
口調は乱暴なのだが、質問すればこれらアプリの機能を、理解できるまでしっかり説明してくれた。
この鬼は結構いい人なのかもしれない、佳奈はそう思った。
話を聞くうちに、やはり佳奈たちはギルド内でもかなり注目されているのだと分かった。
情報の取り扱い優先度が高く設定されており、それで昨日の新たな登録を受けて飛んできたのだ。
暇というわけではなかったらしい。
「ヤヌル佳奈、貴様が重点監視対象者なのだぞ?」
「へ?」
佳奈の実感としては、子供の頃正義のヒロインごっこをしていてそれで魔法少女ギルドと知り合いになった。
しかし特に興味もなかったのでそれ以上の接触はしなかった。
だから向こうも放っておいてくれている。
という程度に認識していた。
「貴様はギルドでもかなり早い時期の登録メンバーだからな。俺よりも活動歴が遙かに長い」
佳奈が魔法少女になった当時は、まだそもそも異世界事案の確認例自体が少なかったのだという。
だからその頃からの古参メンバーというだけで彼女はかなり希少な存在である。
また登録されていたデータから相当高いポテンシャルの持ち主であることも分かっていた。
鬼軍曹によれば、本人が幼く、またあまりギルドとの接触を望んでいなかったので、静かに見守っていただけだったのだという。
望まれないお節介を焼いた場合、あまり良い結果にはならないことをギルドもよくよく分かっていた。
これまでの経験上、魔法少女は見ず知らずの人間が過度に接触することを好まない場合が多い。
特に高い能力を持つ魔法少女と決裂してしまうことは、後々不幸な結果を招くことになりかねないため慎重になるのだ。
「猛獣注意だね」
莉美が大変正しいことを言ったために佳奈に睨まれた。
そしてそんな佳奈が十六歳になり、またその友人から新たな適合者が出たということで、見守る段階は終わったと判断されたのだ。
星石と適合者は引き合う性質を持つ。
また異世界事案も、魔法少女のいるところに引き寄せられるようにして発生する傾向がある。
加えて異世界事案は近年徐々に増加する傾向にあり、佳奈たちはこれからも新しく魔法少女や怪異事件――すなわち異世界事案――と出会う可能性が高いと判断されているのだ。
「我々は魔法少女を守るための組織だ。貴様らにはそれぞれ目的や望むところがあるだろう。戦いたくない、と言うならばそれも尊重される。しかしいずれにせよ戦闘訓練は受けてもらう。先程も言ったように、異世界事案同士は引き合う性質を持っている。そしてその頻度は増加している。望むと望まざるとにかかわらず、我々はこの先様々な事案に遭遇する可能性が高い。特に貴様らは既に引き合ってふたり、ここに存在しているのだから、この先もほぼ間違いなく何かが起こるだろう」
要するに危険な目に遭うかもしれないから訓練を受けるべきだと、言ってくれているのだ。
そして鬼軍曹は、革製のしっかりした作りの巾着袋を差し出した。
受け取るとそこそこの重みがある。
佳奈と莉美は中身を見て驚いた。星石が入っていた。
結構な数がありそうだった。
「!? コレって貴重な物なのでは?」
「貴重だとも、新兵。それだけ貴様らには見所があると判断しているのだ。期待には応えろよ」
ギルドは、ふたりがまた新たな魔法少女の誕生に立ち会う可能性が高いと考えている。
リクルートもして来いと軍曹は言っているらしい。
佳奈は彼女が変身した時から、その魔力の大きさを肌で感じていた。
この人は本当に強いと感じた。
だからこの鬼軍曹が教えてくれるなら、学んでみたいと思い始めていた。
だが莉美は新人魔法少女の勧誘までするなら、ちょっと労働過多だと考えた。
だから報酬は勝手に自分でいただいてバランスを取ることにする。
莉美がスマホを鬼軍曹に向ける。
「目線くださーい」
確かにこの『鬼軍曹』を名乗る魔法少女は、軍服コスチュームを完璧に着こなしていて格好いい。
莉美ならその写真を欲しがるだろうなということは予想できる。
ただ佳奈は、「それ今やること?」と思う。
しかし佳奈の予想を裏切って、スマホカメラのレンズを向けられた軍曹は綺麗にポーズを取った。
「フッ」
髪をかき上げて手慣れた仕草でカメラに流し目をよこす。
「わぁ、決まってる」
嘆息と共に莉美が何枚も連射した。
しかし軍曹が途中ではっと我に返ったようだった。
「きっ、貴様ぁ。我々の情報は第一級の極秘事項だぞ。それを写真に残すとは何事かぁ!!」
データを消せと軍曹が迫る。
「えー、めっちゃ格好いいのにぃ。手慣れてたし、ノリノリだったよね?」
言いながら莉美はスマホを操作して、撮った写真を佳奈の方に送信してきた。
裏モード同士なら異世界事案に検閲はかからない。
だから送信してもバレないのではないか。
こういう時だけ莉美は知恵が爆速で回る。
(おいおいおい、アタシを巻き込むなよ)
「消さねばスマホごと破壊せねばならん。貴様のためだ。素直に消せ」
軍曹もちょっと冷静になったようだった。
莉美が本当に不承不承といった感じで、文句を言いながらデータを消した。
軍曹が横でしっかりと確認している。
近くに来られると、びんびん感じる魔力の量と元々持っている雰囲気が絡み合っていて圧がすごい。
しかし莉美は既にデータを佳奈の方へ送っているのだから、不足そうにしているのは全部芝居なのだ。
(莉美って…………)
その筋金入りの図太さに、佳奈はもはや尊敬の念すら抱く。
「戦士にも息抜きは必要だ。遊ぶなとは言わんが、データの流出だけはさせるなよ。できんようにはなっているがな。それと、だ。さっきの事は忘れろ」
「さっきの事? フッ、了解しました」
莉美が先程の鬼軍曹のポーズを真似た。
流し目を軍曹に送っておまけにウインクする。
鬼軍曹がわなわなと震えたが何も言わなかった。
変身を解いて眼鏡を掛けると、コホンとひとつ咳払いをする。
「お時間ありがとうございました。それでは今後ともよろしくお願いいたします。また何かご質問、お困りごと等ございましたら、ギルド宛ご連絡下さい。近いうちにまたお目にかかることになると思います」
深々と美しいお辞儀をすると、カツカツとヒールを鳴らしてふたりの間をすり抜けて帰って行った。
佳奈たちが見送っていると、校庭に出てからはちょっと急ぎ足になった。
「格好良かったよね。なりきるタイプなんだねぇ」
「莉美……、あんたって時々チャレンジャーだよね…………」
本作に出会っていただき、また興味をお持ちいただき、感謝の念に堪えません。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
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