第38話 魂の帰趨(きすう) その一
チーム白音は逆巻姉妹に勝利した。
だが白音は動くことができず、何か考えることすらできず、ただうつ伏せに倒れたまま放心していた。
佳奈も隣でへたり込んだまま天を仰いでぼーっとしている。
ふたりともかなりの重傷を負っているが、魔法少女の力のおかげで死ぬことはなさそうだった。
莉美などは既に気持ちよさそうな寝息を立てている。
「…………さすがね、佳奈」
「んあ。死んで皮だけにはなりたくなかったしね」
「ん? あー……、豹ね。何、女豹って言われるの気に入ったの?」
「いやいや、さっきそらが言ってたんだよ。アタシがそんなことわざ? 知ってるわけないじゃん。意味もよく分かんないし」
「そらちゃん…………」
もちろん白音もそらのことが気になっていないわけではない。
ただ、「今は動くこともできない」それを言い訳にして知るのを先延ばしにしていた。
知ってしまえば確定する。
それが怖いのだ。
「白音ちゃん」
一恵がやや強引に白音を抱き起こした。
佳奈と京香の戦いに決着が付いた直後に、一恵はそらの方へ向かっていた。
それは白音も知っている。
「白音ちゃん、手伝って」
血まみれの白音を容赦なく引きずり起こす一恵。
「それと莉美ちゃん」
なんでか幸せそうに眠っている莉美の頬を、ペチペチと叩いて起こす。
「お願い莉美ちゃん。わたしたちふたりに魔力をありったけ、ちょうだい」
一恵の言葉は一応お願いの形を取っているが、有無を言わせない雰囲気があった。
莉美は恐ろしいことに、ほんの一瞬眠っただけで魔力が全快しているようだった。
全然ありったけではない、全魔力のほんの一部を譲り渡すと、ふたりはあっという間に回復した。
魔力が充足すると、一恵もかなりのダメージを受けているだろうに、動けない白音を引きずってそらのもとへ向かおうとする。
「あたしも行くよ?」
莉美が手伝って白音の脚を担ごうとするが、一恵がそれを制止する。
「莉美ちゃんは佳奈ちゃんを見ていてあげて」
一恵の意図をなんとなくだが白音も汲んで言い添える。
「この子お腹に穴空いてるのよ。魔力障壁でお腹と背中を塞いであげてくれない?」
実際問題として穴から腸などがはみ出してくれば、魔法少女であるにしたって回復に遅れが出るはずだ。
決して楽観していい状態ではない。
「分かった。ここで待ってるね」
かなり酷い有様なのだが、白音は血の跡をのこしてずるずると一恵に引きずられて行った。
削り取られた岩肌が鋭角に露出する小さな丘の向こう、100メートルは離れている。
これだけの距離を弾き飛ばして逆巻姉妹はそらを孤立させていた。
それが必勝法だったのだろう。
そこに。
力なく傷だらけの四肢を投げ出し、血の海に沈むそらの亡骸を見て、白音は声も出なかった。
やはり佳奈や莉美にはとても見せられない。
「ごめんね、白音ちゃん。こんなことして。でもね、さっきのすごいリーパーもらった時、ちょっとだけ可能性が見えたんだ。やれるかもしれないの。早い方がいい。手伝って」
『可能性』とは間違いなくそらの蘇生の事を言っている。
だから何を置いても最優先でボロボロの白音を引きずってここまで連れてきたのだ。
それを聞いて、白音はひとりでどうにか立ち上がる。
「分かった。どうすればいいの?」
「そらちゃんの星石が無事だったから」
言いながら、一恵は躊躇無くそらの体を小型の次元の刃で切り裂いて、胸から空色の星石=魂を取り出す。
「白音ちゃんの力を借りれば、一部の空間に限ってすべての量子の状態を過去へと巻き戻すことができると思う。本当はそういう計算をそらちゃんがやってくれるんだけど、大丈夫。わたしひとりでなんとかするわ」
時間を巻き戻してそらを生き返らせる、と言っているように聞こえた。
本当ならとんでもないことだ。
「魂や記憶はね、どうやら量子のレベルよりも微細な揺らぎを持っているらしくて、わたしには手の出せるものじゃないの。とても再現できない。でも星石は無事でいてくれた。だから肉体を元に巻き戻して、この星石を移植すればそらちゃんを取り戻せると思うの」
そらがこの戦いが始まる前のままだったなら、もう望みはなかっただろう。
だが戦いの中で進化し、魂と星石の融合を果たしている。
星石に蘇生を託すことができるのだ。
しかしそれが本当ならやはり驚くべき事だと白音は思う。
世界の仕組みそのものに逆らうような魔法ではないだろうか。
「そらちゃんね、多分死ぬ直前に自分の構成データが散逸しないように保存を試みてくれてる。わたしたちに賭けてくれたんだと思う」
そらに願われたのならば、神様にだって弓引く覚悟はできている。
「分かったわ。準備する。タイミングの指示はお願いね」
もう一回同じレベルでリーパーが必要だと言うことだ。気合いを入れる。
一恵がそらの体の周囲に特殊な空間を発生させて、外界と遮断する。
「二重増幅強化!!!」
白音の弱った体に更に強く負担がのしかかってくる。
目眩がして世界が回り始め、目は充血し、鼻血が出る。
おまけに今度は耳からも血が垂れている。
どうやらこの魔法は脳に特に強い負担があるようだ。
だが絶対にやり遂げてみせる。
「ありがとう。白音ちゃん」
そして一恵も自身の魔法に深く集中していく。
遡ると言ってもここまで力を振り絞って数十分が限度、体積も人ひとり分がやっとというところである。
白音と一恵、それにそらの願い。三人の力を合わせてなんとかそらの命を手繰り寄せる。
白音は時間が巻き戻って逆再生されるようなことを想像していたのだが、違うようだった。
この世界との関わりが一旦完全に断たれるため、目の前からそらが消えたように感じた。
『そこにいた』という事実さえ一旦消失する。
それほど長い時間は経っていないはずなのだが、白音はリーパーを維持するために必死で歯を食いしばっていた。
強く握りしめた手に爪が食い込んで血が滲んでいる。
しかしそらが味わった苦しみに比べたら、こんなものはどうということはない。
そらはチーム白音と共に在ることを「願いが叶った」と言ってくれた。
白音たちにとっても、もういなくなるなんて考えられるわけがない。
白音の体は魔力の過供給による氾濫で、細胞単位の崩壊が始まっていた。
しかしあとほんの少しの間、耐えきればまたそらと一緒にいられるのだ。
そらの笑顔がもう一度見たい……。
そのためなら死んでもいいと一瞬思ったが、すぐ思い直した。
それではそらが笑ってくれなくなるだろう。
誰も笑顔にならない。
そもそも死んだら会えない。
全員で生きて帰らなければ駄目なのだ。
時間の感覚が麻痺していたのは苦痛からか、それとも一恵の魔法によるものか……。
ふと突然、目の前にそらが横たわっていることに気づいた。
消えた時と同様になんの前触れもなく、前からずっとそこにいたというように現れた。
白音は本当に消えていたのかどうか確信が持てなくなった。
「ありがとう!! あとはひとりでやれるわ。休んでね」
崩れ落ちそうになる白音を、一恵が支えて座らせる。
横たわっているそらは元の通りの体になり、彩子に斬られた首や手にも傷はなかった。
しかし呼吸はしていないように見える。
一恵の説明から考えると、体は完全に元どおりになって魂だけが入っていない状態ということか。
あとは魔核を移植する。
その方法は一恵がよく知っているようだった。
一恵もそらも足繁くブルームに通って熱心に学んでいたから、その時にリンクスに教えを請うたのだろう。
白音の時はリンクスが胸をはだけていたが、今のそらは何も身に纏っていない。
リンクスにこれをされていたのだと思うと恥ずかしくなってきた。
そらにも終わったら何か着せてあげないと、と思う。
(魔核がそらの本体と言えるのだろうか。だとすると今目の前にいるそらは一体何なのだろう。ただの器か、それとも重要な構成要素なのか?)
(自分の時は既に魂がある状態でのふたつ目の移植だったから、自我がどうとかは考えもしなかった。もしかしたら変容する可能性もあったのだろうか?)
(そうかリンクスはそれを嫌がっていたのだ)
(ああ、じゃあ白音のままでいいと思ってもらえてたんだ。ちょっと嬉しい)
(あれ、今何を考えてたんだっけ?)
白音は思考が混乱してきた。
さっきのリーパーで脳がやられたんじゃないよね? と不安になる。
(いや考え方を変えよう。自分の時は魔核が体に定着する時にめちゃくちゃ痛かった。だがそらは意識がないためその苦しみを味わわなくて済むのだ)
何をもって『個人』を規定しているのでしょうか。




