第36話 そらの覚悟 その二
弟を食べるような外道はワタシだけ。京香は確かにそう言った。
逆巻姉妹には弟がいた。名を大雅という。逆巻大雅。
生まれた時から病弱で心臓、免疫系、消化器、ありとあらゆるところに問題を抱えていた。
病院から一歩も外へ出ることはできず、何度も手術を繰り返して何とか命を繋いでいるような状態だった。
両親は懸命に働いたが生活は常に苦しく、彩子は中学を卒業してすぐに働き始め、京香もアルバイトをして家計を支えていた。
いつの頃からか大雅の口癖は「ごめんね」になっていた。
そんな大雅の唯一の楽しみは読書だった。
とりわけ異世界転生ものが好みで、自分もそんな世界で元気な体を手に入れて冒険がしてみたい、そう夢想するようになっていた。
漂流症候群。
典型的な大雅のその望みは英雄召喚に引き寄せられ、叶えられた。
しかし異世界に呼ばれる時、彩子と京香は大雅の手を決して離さなかった。
おそらくは元々三人とも素養があったのだろう。
三姉弟は全員、星石に選ばれ、そして召喚英雄として三人で異世界の地に降り立った。
だが後に知ることになるのだが、当時既に人族と魔族の戦いは大勢が決していた。
勝利が決定的となった人族は、戦後の軍事的・経済的な影響力を巡る勢力争いを始めていたのだ。
このため各国が求めていたのは同族で殺し合うための兵器としての英雄であり、他国に数で勝るために召喚儀式が乱発されるようになっていた。
正式な手順を踏まないいい加減な召喚が多数の事故を生み、召喚は成功したがどこに現れたのかも分からない、そんな事態が頻発していた。
三人が現れたのは砂漠の真っ只中だった。
ふたりの姉には何が起こったのか理解できなかったが、大雅だけはこれが異世界転移で、自分たちは選ばれたのだと信じて疑わなかった。
確かに大雅の言うとおり、三人には魔法としか言いようのない不思議な力が宿っていた。
そして何より衰弱していたはずの大雅が、姉妹と共に笑顔で歩くことができるようになっていた。
その『魔法少女』や『召喚英雄』とも呼ばれる力は、何も無い砂漠のど真ん中でさえ、生き延びる力を与えてくれた。
だがあまりにも過酷であまりにも長い彷徨の末、とうとう星石の力が限界を迎えた。
元々体の弱かった大雅が真っ先に倒れた。
大雅は再び歩くことができなくなり、彩子と京香も、生命の欠片もない砂と灼熱だけの世界で死を待つばかりとなった。
その時、大雅は初めてわがままを言った。
「僕が死んだら、お姉ちゃんたちは僕の体を食べて生き延びて」
と。
「僕の代わりに、ふたりで仲良くこの世界を見て回って」
それが遺言だった。
「何もない世界だったけど、お姉ちゃんたちと旅ができて嬉しかったよ。願いが叶ったんだ。ありがとう」
それが最期の言葉だった。
彩子と京香は泣きながら弟を食べた。
そして弟の星石は今、京香の体の中にある。
◇
「次元断裂!!」
聞いたこともないような奇妙な唸りを上げて鏡が数枚、飛んできた。
一恵が京香めがけて放ったのだ。
白音を傷つける奴は何があろうと絶対に許さないと、かなり前から覚悟を決めている。
名前は完全な出任せであろう。次元の断面で光が屈折して全反射しているため鏡のように見えているが、それには厚さが無い。
魔力を持たないものならばまったく抵抗すらできずに両断される、円形二次元の飛翔する割れ目である。奇妙な唸りは空気が避けることもできずに、そのまま綺麗にふたつに裂かれている音である。
「フン」
京香はその場を動きもせずに、拳に魔力を込めて飛来する円盤のような何かを叩き割った。
高密度の魔力で対抗すれば、腕が空間ごと引き裂かれるのを防ぐことができる。
しかし何故か、砕かれた破片が本当の鏡のように空中にきらきらと舞う。
[莉美ちゃん、よろしくっ!!]
元々円盤は、もっと微少な断裂を寄せ集めて構成されていた。
それが砕かれることで散逸し、一瞬京香の周囲を取り囲む。
その刹那を逃さず一恵がマインドリンクで合図を送ると、莉美が無頼砲を発射した。
魔力のビームはしっかりと適切な威力に調節されており、微少断裂はそれに対して散光板のような役割を果たす。
「魔力牢獄!」
激しくねじ曲げられたビームは散乱し、中心にいる京香に向かって予測不能のシャワーとなって降り注ぐ。
「くあぁぁっ!」
京香の体が焼かれていく。
今、白音たちはそらからマインドリンク以外の戦闘支援を受けていない。
姉妹の解析に集中してもらうためだ。
それでも白音の二重増幅強化の効果は凄まじく、京香を押さえ込めている。
事前の検討では姉妹に対して有利に立てるのは、やはり知略しかないだろうと結論づけていた。
だがそれともうひとつ、姉妹が持っていないものがある。
遠距離への攻撃手段だ。
莉美の常軌を逸した威力のビームは、必ず戦局を決定づける一手になるはずだ。
きらきらとした破片がすべて地表に落ちるとビームのシャワーは終わる。
それと同時に京香が一恵に向かった。
対応する暇も無く一瞬で距離を詰める。
京香には、遠距離攻撃に対抗しうるだけの速度がある。
「いい攻撃だ。けどそんなものじゃあ、ワタシの呪いは焼き尽くせない!!」
京香は一恵を捕まえると、腕を取って莉美に投げつけた。
軽い荷物でも投げるように簡単に飛ばされる。
「んくっ……!!」
莉美はビームの発射口だけ開けて障壁を展開したままだった。
彩子の腕を貫いた鋭い棘もそのままになっている。
一恵が串刺しになってしまった…………。その場の誰もがそう思った。
…………ぶに。
しかし一恵はなにやら、得体の知れないふかふかのものに抱き留められた。
「アメニティバリア」
莉美はこの棘を生み出した時に、うっかりみんなが刺さったら怒られるだろうなぁと思った。
そこでいつでも柔らかく安全なものに変化させられるようにしたのだ。
これならぶつかっても、怒られるどころかあまりの気持ちよさに喜んでもらえるのではないかと考えた。
魔力障壁などただのエネルギー体。
本来はあるかないか、0か1かの存在である。
それが何をどうしたらそれ以外の状態――こんなふかふかに変化させられるのか分からないが、現に莉美はやってのけている。
一恵は一瞬とろけて駄目になりそうな心地よさを覚える。
実はかなり危険なのではないか。
しかもそれでいて多分硬質のバリアよりも破壊するのが難しそうに思える。実用性もある。
「ありがとう、莉美ちゃん!!」
言いながら一恵は、これは歴史的な発明なのではないかな? とも思った。
白音たちとは離れ、彩子とたったひとりで対峙しているそらは、突然思考能力がぐんと上がるのを感じた。白音の二重増幅強化だった。
今なら世界最新鋭のスーパーコンピューターでもそらには到底及ばないだろう。
重傷を負いながらも、精緻な予測と上昇した身体能力で彩子の動きについていき始める。
戦いを始める前、そらは逆巻姉妹を倒すにはあとほんの数手足りないと感じていた。
チーム白音が勝つためにはどうしても進化が必要なのだ。
そして間違いなく白音は今、その数手をたぐり寄せるべく限界を突破してくれている。
そらは猛然と攻め始めた。
そらは体格は小さく、対する彩子は数メートルは射程のある切断髪を使う。
リーチの差は歴然だ。
それでもそらは彩子の動きを予測し、致命的な斬撃をかいくぐり、攻撃をヒットさせていく。
白音や佳奈が教えてくれた体術を最大限に活かしている。
そらは格闘戦を不得手とする魔法少女である。
ただしそれはチーム白音の中では、という話だ。
二重増幅強化の影響下にあって、彼女に敵う生物はそうはいない。
ただやはり、彩子のような強者と対するに当たっては、決定力が足りない。
何度も何度も蹴りや左の拳が彩子を捉えるのだが、彩子は不気味な笑みを途絶えさせることがない。
しかしそらにとってはそれで良かった。瞬間的な接触では鑑定のためのデータが足りないが、何度も繰り返すことで差分を比較し、欠損が埋まり、徐々に完全なデータが揃ってくる。
その時、そらがハッとした。
「わたシの分析ができたのかい? じゃあバレちゃったネ」
そらが何かに気づきましたが…………。




