第33話 ハロウィンキャッツ その三
エレメントスケイプの出し物が始まる。
若葉学園の子供たちの歓声が跳ね上がっていく。
白音はいろいろあったけれどずっとエレスケを応援していた。
これから彼女たちがどうなるのかと思うと、少し寂しい。
エレスケの活動歴を示すように何曲もの持ち歌を歌い上げる。
みんな知ってる、とは言いがたい知名度のエレメントスケイプだったけれど、若葉学園ではイベントの度に白音が彼女たちの曲を使っていた。
子供たちにはすっかりおなじみの曲になってしまっている。
みんなで合唱して大盛り上がりすると、アンコールがかかる。
その時一恵が立ち上がった。
白音たちは一瞬、ペープサートの時の悪墜ち魔法少女を思い出した。
チーターの怪人が悪の組織から脱出した魔法少女を追ってきて、襲いかかるのだろうか。
しかし詩緒もいつきも、嬉しそうに壇上から手招きしている。
「行ってくるわ。ヒナギクたん」
華麗な身のこなしで壇上に上がると、一恵は変身ポーズを取った。
「魔法少女マジカルヴァイオレット、行きますわっ!!」
佳奈が吹き出した。
普段はそんなの見たこともない。
何故みんなお芝居で魔法少女を演る時は口調がですますになるのか…………。
詩緒といつきがとっておきの変身エフェクトをかける。
たっぷり時間を取って聴衆の期待をあおるために作った奴だ。
光の向こう側では、一瞬で変身した一恵がスタンバイしている。
「一恵姐さん、僕のオレンジとその紫のコスチュームって、揃うとハロウィンらしくないっすか?」
一恵はにこっと笑うといつきの腰に手を回して抱き寄せる。
反対側には詩緒も抱く。
詩緒は白をメインカラーとしたコスチュームだ。
白音が魔法少女に成り立ての頃、ピンクじゃなくて白が良かったのにと嘆いていたのを思い出す。
「ちょ、ちょっと。ハロウィンってオレンジ、紫ときたら黒のイメージでしょ?」
「いいじゃないすか。詩緒さんは腹黒いからそれでいいんすよー」
「あ?」
詩緒がちょっと切れた。
いつきも言うようになった、と思う。
軽く魔法を使って三人の周りにきらきらと光の玉をいくつも飛び回らせ始める。
「ちょ、光は僕の担当っすよ! 仕事取らないで欲しいっす」
「この程度なら基本魔法だから誰でもできるわ。いつきだって簡単な効果音くらいなら出せるでしょ?」
そう言われたいつきが、光の玉に合わせてシャラシャラと金属が触れ合うような効果音を入れてみる。
「そうそう、上手い上手い。別にわたしたち、揃わないと何もできないってことはないのよ。練習すればきっともっと上手く複雑な魔法もできるようになるわ。やりたいことを実現するためにね」
変身エフェクトが終わると、詩緒といつきが競うように作ったど派手な光の装飾と音響の渦に、観客が圧倒された。
自然と詩緒といつきが一歩譲って、一恵をセンターに据えようとする。
しかし一恵はそんなふたりを捕まえて横一列に並ぶ。
「なんの歌いきます?」
詩緒が小声で聞いた。
「もちろん、あなたたちの歌を!」
一恵は、ふたりがアンコール用に用意していたその曲を、振り付けまで完コピしていた。
いつきは一緒に踊りながら、嬉しくて目の前の景色が少し滲む。
「ずるいっす……」
子供たちの間からひそひそと話す声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、あのむらさきのお姉ちゃん、この前わるいやつらからにげてきて、いい人になった人だよね?」
「いい人になったついでに、つかまってた魔法少女も助けてくれたんじゃないの?」
「なかまにしてもらうのに手ぶらじゃダメだもんね」
「白音お姉ちゃんたちの役に立たないとね」
「助けられたあの子たちも白音お姉ちゃんの役に立つのかな?」
「お姉ちゃんたち、てしたがいっぱいだね」
魔法少女ブームだけれども、随分チーム白音ファーストになっている。
一恵が子供たちに投げキッスをする。
「わたくしは白音様の下僕ですわよっ!!」
『下僕』の意味がよく分からない子も多かったが、大歓声で受け容れられた。
子供たちは基本的に綺麗なお姉さんが好きなのだ。
イベントの締めくくりに、みんなに温かい飲み物とクッキーが配られた。
クッキーはヤヌルベーカリーが何くれとは無しにイベントごとがあれば焼いているものだ。
白音も幼い頃から慣れ親しんでいる。
今日は佳奈が持って来てくれていたから楽しみにしていた。
まだ少しあどけないが、なかなかかっこよく決めている仮面の紳士が白音たちのテーブルに、クッキーを並べてくれる。
仮面の紳士の正体は真下佑。
小学四年生で、最近学校の成績がぐんぐん良くなってきていると先生たちからは聞いている。
白音の誕生日プレゼントを、怜奈や悠月と一緒に買いに行ってくれた少年だ。
白音の耳元で何か言うと、白音を隅の方へ連れ出した。
からかいに冷やかしにと大忙しだった莉美も本日の任務を終えて一緒のテーブルにいたが、またもうひとつネタを見つけてしまった。
「ほうほう、これはこれは」
一恵が立ち上がってついて行こうとしたが、莉美が引き留める。
そしてもっともらしい顔をして首を横に振る。
「邪魔するのは野暮ってもんですぜ」
温かく見守っている、つもりでいたが、ふたりの様子を盗み見ながら、全員息をするのを忘れてしまっている。
しばらくすると佑ががっくりと肩を落とす。
「あ」
そらの口から思わず声が漏れた。
「あれは振ったねぇ。適当に誤魔化せないのが白音ちゃんだよねぇ」
解説の莉美さんは少年の落胆やいかばかりかと分析する。
少年に頭を下げると、ちょっと辛そうな顔をして白音が戻ってきた。
下手に励ましたり慰めたりしないのも白音だ。
「プロポーズされちゃった」
告白、とかじゃなくて「将来僕のお嫁さんになって」と結婚を申し込まれたらしい。
「かわいい!!」
そこはみんなの意見が一致した。
「そしてバッサリ、断ったんだねぇ……」
そう言いつつ、莉美も多分今は誰に告白されても同じようにするだろうと思う。
ま、白音ちゃんに告られたら別だけど、とも思う。
「だって真剣だったから……、ちゃんと返事しないとって…………」
「わたしには心に決めた人がいますって?」
「うん」
白音が照れるかと思って言ってみたのだが、莉美が想像した以上に一刀両断だった。
さすが魔族随一と謳われた真剣の達人よ。
「酷い」
「白音ちゃん、血も涙もないの」
「え、あれ…………。ダメ?」
一恵とそらもそんなことを言っているが、白音をからかっているだけだ。
下手に気を遣われたら少年が余計傷つくだろう。
対等に考えていればこそ、白音はそういう返事をする。
肩を落とす佑の横に佳奈がいた。
いつからそこにいたのかは誰も知らない。気がついたら傍にいた。
「振られちゃったな」
少年が無言で頷く。
「諦めるか?」
ブンブンと首を振る。
「あいつ、狙うとライバルめちゃくちゃ多くて大変だぞ?」
顔を上げて佳奈を見た。
「負けない」
「よく言ったな。けどあそこのドラキュラも、こっち見てる猫たちも、かわいいアリスもみんな倒さなきゃ嫁にできないぞ」
「分かった」
敬子先生のとこの子供って、ホントどうなってるんだろうなと佳奈は思う。
みんな折れない。
だから大好きだ。ここに来ると勇気がもらえる。
佳奈は拳を突き出して佑と合わせる。
「頑張れ。でも最後に立ちはだかるライバルはアタシだ」
「うん!!」
◇
やがてハロウィンパーティは、賑やかな喧噪を連れて終わりを迎えた。
白音たちは更衣室でみんなの着替えを手伝っている。
中には今日寝るまでこのまま変身していたいと言い出す子もいるだろう。
それと、悠月にはいろいろとレクチャーしなければならないこともある。
遊戯室の片付けは先生たちがやってくれている。
リンクスも手伝おうと申し出たのだが、お客様は寛いでいて下さいと言われてつまみ出された。
なので少し時間をもてあまし、食堂の小さな椅子に長身を折り畳むようにして腰掛けている。
蔵間と橘香は、学園の周辺を散歩してくると言って出て行ったのでひとりだ。
窓の外はもう暗くなっている。
月はまだ出ていないが、じっと外を眺めているその様は今宵の得物を求めて夜の散歩に出ようとするヴァンパイアのそれである。
しかし実際のハロウィンは三日後なので、異形の者たちが外を行進するにはまだ早い。
蔵間たちがあの格好で出歩いて、銀行強盗にでも間違われなければよいがと少し心配していただけだ。
「本日はご参加ありがとうございました」
品が良く、柔らかい声のシスターに話しかけられた。
「不調法でごめんなさいね」
紙コップに淹れられたお茶をふたつテーブルに置くと、リンクスの真正面にその女性が腰を下ろす。
敬子理事長だった。
不意を突かれてリンクスは慌てて姿勢良く座り直す。
「ほほほ、どうか気を遣わないで。今日はお楽しみいただけました?」
「はい。新鮮でした。その……今まであまり年少のお子さんと関わることはなかったので」
ドラキュラ伯爵、天敵に捕まる。




