働き先はやっぱり冒険者だよね。
明けて異世界二日目。
何事もなく一日を終え、朝になって戦乙女隊の拠点へ集まった。
「私も居ていいのかな?」
「…ルルちゃん置いていったら暴れそうな勢いよ
少なくともモンスターが街中で暴れるよりはマシかしらね」
集まった場所は結構立派なマンションのような、縦長の建物だった。
真っ白で汚れ一つない外壁が眩しい。
ここは中庭らしく屋外。
昨日の六人に加えて、他十二名の計十八名が集まって、俺への警戒心を隠そうともせずばっちり装備を整えている。
今は一番隊、三番隊、四番隊が集まっているらしく、二番隊は欠席とのこと。
戦乙女隊は計四部隊二十四人で構成される団体で、予想通り全員女性。
なんでこんな女性だらけなのか聞けばまた不思議な顔をされた。
「逆に男を入れるメリットは?
あんな魔法も使えないような筋肉だけの連中が役に立つとでも?」
衝撃の事実、男は魔法を使えないらしい。
そういえばダンジョン内ではやけに女性が多かった気がする。
注意して見てなかったから怪しいが、男はあの死んでた一人しか記憶にない。
この世界は男の立場が非常に弱いらしい。
「ま、君みたいにモンスターにでもなったら違うんだろーけど」
「ほら、とりあえず姿は確認したし一番隊以外は解散でいいでしょ?」
集まった理由は俺の紹介だったらしい。
こんな派手な見た目をした人外なんて口頭での説明で足りただろうに。
と思っていたら、俺から発する魔力、気配を記憶するためだとか。
これで見た目が変わったくらいじゃ逃げられないぞと脅された。
それで残ったのは昨日の六人とルルちゃんと俺の八人。
軽く自己紹介された。
一番隊の隊長のファスカさん。
線の細い海外の美女を想像すれば大体当てはまる。
白い肌とブロンドの長髪にブルーの瞳をしたちょっと抜けた人間の女性。
前衛をやってる、ひと際大きな体躯をしたアズサさん。
二メートルはあるんじゃないかと思う。
左寄りの額に白の細い角が天を衝くように生えていて、鬼族って種族らしい。
髪色は白で肩にかかる程度に伸ばされて、瞳の色は黒、肌はファスカさんほどではないが十分白い。
同じく前衛の武士系女子、ツクヨさん。
こちらは黒髪をポニーテールにしている。
瞳の色はグレーをしていて、その目にすべて見透かされているかのような気がしてくる。
背は170センチほどで女性にしては大きいと思うが、アズサさんのせいでそこまで印象には残らない。
左腰に黒の刀を携えていて、外国出身らしく顔つきはアジアっぽい。
後衛の魔法使いであるカミラさん。
比較的軽装の彼女は、紫色のローブを纏っていて丸眼鏡が特徴的。
髪色は茶色で、ショートボブのウェーブがかった髪型と140センチほどの身長が幼さを感じさせる。
注視すれば耳が若干尖っており、聞けばホビットと人間のハーフらしい。
同じく後衛の弓使い、ポレロさん。
猫耳って印象は合ってたらしく、猫人族とのこと。
真っ赤な髪と耳が活発さを感じさせる。
瞳の色も同じく赤みがかっており、地球では中々ファンキーな見た目ではあるが、この世界ではそこまで珍しくない色のようだ。
最後はネレさん。
無口な彼女は今まで話しているのを聞いたことがない。
自己紹介もファスカさんが名前だけ教えてくれた。
見た目は派手の一言。
派手な青髪にウェーブがかかっていて、顔の半分が隠れている。
ピアスが見えるだけで六個は付いているし、よくわからない刺青が至る所に確認できた。
謎の人物である。
「んじゃ、ギルド行こー」
移動し始めた六人の後ろをルルと共についていく。
ギルドっていうのは昨日のダンジョン出入り口があった建物。
何をしに行くのかは昨日の夜にファスカさんに軽く説明されたものの細かい部分はよくわかっていない。
昨日は結局一睡もできなかったので、先にこの街に忍び込んでいた骨の欠片を操って街中を観察していた。
有難いことに真夜中でも活発に街は動いており、ある程度の情報は集めることができた。
無名の新人が無茶して一人死なせたらしいとか、また四桁の戦乙女隊が無茶な依頼振られたらしいとか、一夜丸々街を探索できたためにこの街の情報は寧ろ詳しくなった可能性すらある。
これから毎日夜は暇になるだろうし、自衛のためにも情報収集は日課にしていきたいところだ。
派手な格好に通行人の視線が気になるくらいで何事もなく目的のギルドに到着した。
不思議な色合いのひと際目立つ小さな建物。
中に入ってしまえば何故か見た目よりもずっと広い不思議は、きっと魔法的なものだろう。
「…っ」
中には朝早いにも関わらず、結構な人混みができていた。
俺の恰好はここでもかなり目立つのか、大多数がこちらを一瞥する。
その中の何かを見て、ルルが身体を強張らせるのがわかった。
そちらへ意識を向ければ、特徴のない六人組。
依頼はあのタブレットのような端末で探すのだろうか、四角い板を囲んで何かを話し合っていた。
時折チラチラとこちらを伺いながら顔色を悪くしている六人組はさっさとギルドを出ていった。
辺りを見渡せば、混雑しているといってもみんなその端末を3~6人組で囲んでいる様子。
部屋の端の方で、ルルと同い年か少し大きいくらいの少女が複数人待機していて、出ていくパーティに時折ついていく姿を確認できた。
あの六人組にも一人着いていったのを確認する。
『大丈夫?』
「ぇ、だ、大丈夫!」
なんとなく察しは付くものの、問題を起こすつもりはないので、ルルのケアだけに努める。
六人組が気になった俺は、骨の欠片をポーターだろう少女に忍ばせた。
受付の男性と会話していたファスカさんが帰ってきて奥の部屋へ案内される。
昨日と同じ部屋、違うのはそこに二人の知らない人物がいること。
一人は妙齢の女性。
背筋がしっかり伸びており、ぴしゃりとしたお堅い印象。
もう一人は若い男性。
整った顔立ちとフチなしの眼鏡が真面目な印象を抱かせる。
「…その恰好はなんですか?」
怪訝な面持ちで女性が告げるが、誰も口を開かない。
あんたが喋りなさいよとばかりに目で会話している六人組を見てため息を溢すその女性は、俺に視線を向けて話し始めた。
「あなたが報告にあったスケルトンですね
ネレの能力は疑っていませんが、…確かに、問題なさそうですね、今のところは」
話の流れがよくわからなかったものの、何か俺を見極める力を持っているらしい。
あのよくわからないネレさんがその役割を担っているってだけで推測のしようがない。
「それで?相談というのは何ですか?」
「…はい、それがこのスケルトン、隷属魔法を使ってくれと言い出しまして」
険しい表情で考え込む女性。
「許可できません
…こんな兵器のようなモンスターを一人が所持する方が危険ですね
仮に誰を考えていたんですか?」
「…ケルトさん、このスケルトンの希望はこの子です」
そう言ってルルを示す。
不思議な顔をした女性は質問を続ける。
「なぜこんな子供に?
どういった関係が?」
『理由は自分でもわからない
昨日嵌められていたところを助けた』
またもやよくわからないといった顔でファスカさんに視線を向ける。
ルルも驚いた顔で俺を見上げている。
「昨日のケルトさんが保護していた少女がこの子です
…その、調べたところ三桁ランクのパーティがポーターを失ったと報告がありまして
推測の域を出ませんが、状況からして作為的な害意を感じています」
「…そのパーティはマークするとして
これからの、ケルト、でしたっけ?
あなたの希望は?」
希望、と言われると難しい。
気付いたら骨の身体で異世界に居たのだから、できれば元の人間に戻って日本に帰ってしまいたい。
けれど、ルルとの出会いで強烈に動かされる感情はこの子の安全を願っている。
昨日一晩中考えていたが、現状はこれが精いっぱいだ。
『この子と一緒にダンジョンに潜る許可を
他はそちらの都合に合わせる』
折衷案、ダンジョンで目覚めたからには俺の手がかりがあるはずで、この子がこれからもダンジョンに入るのであれば一番安心できる俺の傍に置いておきたい。
昨日一日中街とダンジョンを観察して仕組みは理解しているし、危険は皆無と言い切れるほどにこの骨の身体は優秀である。
「本当にこの子が大事なんですね
…いいでしょう、あなた、いくつ?」
「は、はい!十二歳です!」
いきなり話を振られたルルは精いっぱい質問に答えた。
「…これから正式に二人をギルド預かりとします
ミツシバ、この子も加えて予定通りに」
「承知しました」
何やら決まったらしい。
後ろでタブレットを操作していた男性、ミツシバさんがこちらに向かって一歩詰め寄る。
「では、ケルトさんにルルさん
こちらがギルド証になりますので常に携帯してください
説明は別室で」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ギルド証らしいカードを受け取って確認すれば、名前とランク一の文字が記載されていた。
ルルの方も同じ、ルルノリア ランク一のみの記載。
淡々と進めるミツシバさんは部屋を後にしようとするが、それを止めたのはファスカさん。
「私たちがダンジョンから連れ出したんです
最後まで責任は果たしたい」
「…あなたたちへの依頼はスケルトンの調査と保護又は討伐のみ
仮に問題が起こったとして、あなた達に何かできるとでも?
後はこちらで預かります、お疲れさまでした」
何とも冷たい言葉に言い返すことができず表情を歪める六人。
ギルドと彼女らの間にも何かの確執があるのかもしれない。
「では、失礼します」
そのまま部屋を移動する。
ルルは不安そうな顔で彼女らを最後まで見ていたが、移動するミツシバさんへ渋々着いていくことにしたらしい。
その後ろを歩く俺は、骨の欠片をファスカさんの鎧に忍び込ませた。
「これから二人には教育を受けてもらいます
数学や化学ってわけではないですよ?
本ギルドに関する教育です」
廊下を歩きながら軽く説明されていると、すぐに目的の部屋へ着いたらしい。
そこは大学の講義室のような場所で、子供から大人、男女も種族も幅広い世代が必死に教科書に向かっている。
強いて共通点を挙げるなら、身なりのいい恰好をしていることくらいだろうか。
こんな派手な格好にも関わらず、入ってきた俺たちに一瞥もなく、真剣な表情だった。
教員のような職員が二名、一人は生徒と会話している。
「実際に見たほうが早いとおもいましたので
基本的にこのような自習、定期的に試験を行って合格者を輩出しています
その方には晴れて一つ星がギルド証に与えられます」
「一つ星ってなんですか?」
「そうです
最大三つ星までありまして
一つ星の冒険者は優先的に仕事を振られますし、ギルド職員には最低二つ星がないといけません
星の有無によって収入や受けられるサービスが大きく変わりますので皆さん必死です」
そう説明しているミツシバさんの首から下げているギルド証は三つ星だった。
それほど優秀なのだろう。
「ルルさんは置いておいても、ケルトさんは一つ星を取るまでは一切の自由を禁じます
ああ、それまではこちらで用意する部屋で過ごしてもらいますが問題ないですよね
あなたの気持ちを汲んでルルさんとはなるべく一緒になる様にしますが」
ギルドの常識を学べということらしい。
ルルと離れないのであれば問題はないので頷いておく。
「では詳しい説明は別室へ」
再度移動した部屋はホテルの一室のような、ベッドと机、椅子のみの何とも簡素な部屋だった。
机には先ほどの自習で目にした教科書がどんと存在感を主張している。
トイレはあるが、風呂もキッチンもない。
「こちらが本ギルドの地図です
食堂は五時~二十時まで利用できます
風呂は十八時~二十二時、五時~九時までです」
説明は三十分ほどで終わった。
必要なものは言ったら用意してくれるらしいし、同じ部屋でルルも過ごすらしい。
俺は食も睡眠も必要としないので、ルルを主体に考えればいい。
明日から自室で学ぶもよし、先ほどの部屋で学ぶもよしとのこと。
試験形式はどんなものか確認すれば筆記のみで、あの部屋で行うらしい。
俺は三人称視点であるからして、カンニングし放題であることは伏せた。
ミツシバさんが去った後、ルルと二人で筆談する。
『いきなりこんなことになって大丈夫?』
「うん!びっくりしたけど、お勉強できるし、ケルトも一緒だし大丈夫!」
ニコニコとしているルルの表情は嘘偽りなく見えた。
それは何かから解放されたような清々しさもあるのだろうか。
あの養護施設は何かを隠しているのは昨日で掴んだ。
顔の火傷跡によるものか、それとも別の要因か、あそこの子供から責任者の大人まで、全員がルルへ冷たい視線を送っていた。
今でも俺の骨の欠片をあの施設へ置いているが、出てくるわルルへの罵詈雑言。
怪物だのなんで生きているんだだの、それはもう酷い陰口がずーっと。
火傷跡を除けばかわいらしい顔立ちに性格もいい子をしているのに、どうしてそこまで嫌われているのか、それだけが謎だった。
嫌いなら関わらなければいいのに、嬉々として嫌がらせをする心情が理解できない。
痛い目に遭わせてやろうかとも思ったが、そんなことよりこの子の幸せを優先しようと俺は判断した。
ルルの成功を目の当たりにして負け犬らしく喚いていればいいさと、俺の黒い部分がほくそ笑む。
『ルルは勉強好き?』
「うん!嫌なこと考えなくて済むし、わかることが増えるのが楽しい」
何といい子なのだろうかと、百点満点の回答を聞いて誇らしくなる。
俺の能力さえあれば、大抵のことは何とかなる自信があるし、しばらくはこの子のために動いてみたいと気持ちが訴えかける。
その感情に逆らう必要性を今のところ感じないため、少しずつ俺の骨片を街中とダンジョンへまき散らしていく。
どんな想定外も対応できるように、この街全てが敵に回っても対処できるように。
「お姉さんたちはだいじょうぶかな?」
『早く合格して遊びに行こう』
「うん!」
そんな会話をしながら、その日は情報集めに走る。
シルエットは崩さないよう、頭蓋と四肢の骨のみを残してばら撒いた骨を操ってこの街での本格的な生活は始まった。