外の世界はファンタジー。
三人組を半牛半人の化け物から守って、一撃のもとにそれを斃した結果恐れられた俺は、あまりの恐がり様から彼女らと距離を置くことにした。
とは言っても、この洞窟から出る方法も知りたかったために、こっそりと身体の一部を三人組に着けて出口は確保済み。
外に出るにはよくわからない幾何学模様の光る魔法陣が使用されているようで、三人組の一人である黒髪魔法少女のローブのフードに骨の欠片を忍び込ませて一緒に外に出ることに成功した。
外は別世界と言っていい、様々な人種が存在して生活しているファンタジーが拡がっており、俺の少年心を強く刺激した。
身体が手のひらサイズの妖精から見上げるほどにでかい巨人まで様々だったし、肌が真っ赤な人型もいれば薄く発光しているものまで幅広く。
エルフやホビットらしき見た目も、動物の特徴を備えた猫耳少女も確認できたし、明らかに人工物らしいアンドロイドやロボットが人とコミュニケーションを取っている場にも出くわした。
生活には不思議な現象が根付いていて、建物が浮いていたりホログラムのような立体映像が人々を案内していたりと、そのどれもが俺を驚かせた。
食べ物一つをとっても、七色に輝く肉だったり、走って逃げる果物だったりを確認してはどんな味をしているか気になったし、まるでショーのように調理を披露する筋骨隆々のおじさまが調理器具を自在に宙に浮かせて火を噴いたのにはびっくりして思考が固まってしまった。
ああ、本当に別世界に来てしまったんだと、まるで映画のワンシーンのような超常現象の数々に期待半分不安半分のまま。
初めてを体験し尽くす。
三人組は洞窟内、ダンジョンと呼んでいるらしい、で起こった出来事を立派な建物で働いている受付の丸眼鏡をしたクールなイケメンに報告していた。
彼女らのチームメイトである男性の死から、俺の存在まで事細かに。
その話は偉い人たちの元まで運ばれ、幸い危害を加えられず助けてくれたことに対して様子見の姿勢を取るようなことを会議していた。
どういう原理なのか、俺の立体ホログラムまで提出されていて、それを元に会話をしていたことには今日一番の驚きを受けた。
一先ず優先して討伐されることはないだろうことだけでもわかりホッとする。
そのまま、報酬を受け取って帰っていく三人組と焼却される死体。
遺品をそれぞれ手にした三人はこれから遺族の元にでも向かうのだろう。
「…異常な力を以って害意を持たないスケルトン、ねぇ」
「あの子たちがどこまで正確に報告出来ているかわからない以上早急に確認は必要でしょう」
「ランク1000越えで空いてるのは…」
「えー、四桁ランカー出すような案件ですか?」
「未知に対峙するのに備えすぎ、なんてことはないだろ?
んー、戦乙女隊に依頼するか」
円卓で話しているのは妙齢の女性だったり、どんな種族かわからない性別不詳の小さな子供だったり。
どうやら俺の危険性を確認するらしい。
会議の決着はそれで着いたらしく、他の議題に移っていく。
聞いていてもよくわからない話の数々に飽きて、部屋を退出して街中を観察することにした。
何度見ても不思議な光景にしばらく茫然としていると、悲鳴が聞こえた。
なんだ?と意識を向けてみれば、薄暗い洞窟の中。
どうやら悲鳴はダンジョン内をバラバラに探索させていた一つから聞こえたものだったらしい。
また誰かしらがモンスターに襲われているようだ。
何もしないで死んでしまっては目覚めが悪いので、急いで発声元へ向かう。
そして、それはすぐに確認できた。
思ったよりも広大なダンジョン内でバラバラに、なかなかの速度で探索を続けていた俺はここが入り口から相当離れた奥深くであることを感覚的に認識した。
そしてそれはより危険である地帯であるだろうことも。
足を怪我しているのか、這う這うの体でそれから逃げようと動く小柄な人影。
見たところ少女、さっきの三人組の少女よりもさらに幼く見える。
小学生から中学生ほどの見た目をした女の子は、おかしなことに武器らしいものを所持していない。
それどころか荷物らしき荷物も確認できず、そんな子供がどうしてこんな場所にいるのか甚だ疑問だった。
身に着けている衣服も粗末なもので、とてもダンジョンで生計を立てているようには見えず、まるで誰かに騙されて着の身着のままでここに放置されたかのような異質さがあった。
いや、魔法なんてものがある世界だし、手ぶらでもそれほどおかしくないのかもしれない。
ただ、俺が見たダンジョン内の人々は全員それらしい恰好をしていたし、例え外であってもこんな格好をしている人は少ない。
あぁ、でもそういう恰好をしている子を何度かダンジョンで見かけたのだ。
だから異常に感じた。
だって、そういう年端もいかない少女は例外なくすべて、誰かと一緒に居たし、そのパーティの荷物を持って安全な位置を着いていっていたから。
俺はてっきりポーター的な、荷物持ちか何かを小遣い稼ぎにしているんだろうと勝手に納得していたのだが、宛てが外れたのだろうか。
…いや、そういうのは後で考えよう。
俺は目の前で醜悪な笑みを浮かべたモンスター、悪魔のような見た目をしたそれに向かって、突撃した。
キィンと、今までにない反応が返ってきたことに驚きながら、まるで見えない壁にでも阻まれているように、ある一定の距離から近づけないために一度体勢を整える。
が、どうやら今ので俺の存在はばれたらしい。
楽しみを邪魔されたとばかりに笑みを消して、不満げな表情でこちらを睨みつける悪魔。
山羊の角に蝙蝠の羽、刺々しい尻尾にゴリラのような立派な体躯をしたそのモンスターに、今までの敵とは一味も二味も違う凄みを感じて、大急ぎでバラバラに探索を続けていた骨を集結させることに集中する。
そんな俺の心情など汲んでくれるわけもなく、手のひらをこちらに向ける悪魔のモーションに嫌な予感を感じながら、飛ぶ。
直感は正しかったようで、黒い閃光が骨を掠めた。
避けた、と確信した俺をあざ笑うかのように、今度は逆の手をこちらに向けている姿を確認した。
衝撃。
何とか後ろに飛んでみたものの、レーザーのようなその攻撃をいなしきれず、壁にめり込む。
そう、壁にめり込むだけで済んだ。
俺をやったと確信しただろう悪魔は、興味を失ったとばかりに少女へ向き直る。
痛みを感じない俺は、油断しきったそいつに視覚外から再度攻撃を繰り出す。
とった、と思った。
けど、その異常な反射神経を持って、頬を傷付けるだけに留まる。
真後ろから後頭部目掛けて放った一撃は、ギリギリ奴を掠めただけ。
次こそ完全に不興を買ったのか、さっき以上の圧迫感が空間を支配する。
俺を視界から外さない悪魔に、さっきの油断は大きなチャンスだったんだろう。
その結果が擦り傷だけ。
いや、擦り傷を与えることに成功した。
…最初の謎バリアは抜けて、視界外からの攻撃なら通じる。
さっきよりも苛烈さを増す黒のビームを正面に受けながら、着々と集まる気配に思わず笑みを浮かべそうになる。
まあ、骨に笑顔なんて選択すらできないが。
むやみやたらに意固地になった、怒り心頭なその間抜けな悪魔は、四方八方から集まる骨の数々に意識を割けない。
恐るべきことに、そんな周りの見えていない状況にも関わらず、三発まで対応して避けた。
けど、そこまで。
体勢を崩したその悪魔は、全身を穴だらけにして横たわる。
ピクリとも動かなくなった死体を前に、件の少女はわけもわからず浮いた骨を見上げるのみ。
カラカラと音を立てて一つのスケルトンになった俺は、外の世界に存在する左手小指の骨だけがないことを隠すように少女と対峙した。