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異世界:コンティニュー  作者: マキナ
第1章ーーおはよう“異世界“ーー
9/10

おつかい

 薄ぼんやりとした赤熱と、白い煙が立ち込めている。

 夜の闇にあっても、その光景は目に焼きついた。

 シタッカ村を追われた僕たちは、かつて村であった残骸を遠目に呆然とする。

 安住の地は、たった一夜にして地獄へと姿を変えた。

 かろうじて、炎と鉄の脅威を逃れた村人と共に、闇を突き進む。

 傷を追っていない者は、一人としていない。

 誰もが混沌へ叩き込まれ、理性を失いかけている。

 先を走る彼女もまた、恐怖を堪えているはずだ。


「アリュシア!」


 僕は彼女の背に向かって叫ぶ。

 彼女は立ち止まらない。


「待ってくれ、アリュシア!!」

 

 ――ゴホッ、ゴホッ!

 喉がひっくり返りそうな咳が出る。

 煙をたっぷりと吸った肺は、今にも使い物にならなくなりそうだ。

 幸いにも声が届いたのか、彼女は立ち止まった。

 

「なあ、今はどこへ向かっているんだ?」

「……さあ?」

「『さあ?』――だって?」

「そうよ。それ以外に答えようがないもの」


 彼女は震える声で答える。

 握りしめた弓に、堪えているであろうの恐怖が伝わっている。

 

「……そうだ、私も聞きたいことがあるわ」

「どうした?」

「あなた、本当は何者?」

「なに?」

「あなたが村にやって来て、すぐにこんなことになった。これは偶然なの?」

「……僕がこれをやったって言いたいのか!?」

「それ以外に私たちは“納得“できない。わかるよね?」

「僕があの家族を殺すと、本気で思ってるのかよ!!」

「……」

 

 彼女は何も答えない。

 僕は体に矢を受けて、動けなくなった人を担ぐ。

 

「その人はもうダメよ。すぐに死ぬ」

「……置いてはいけない」

「やめて。もうそんなことをしてる場合じゃない」

「君は他の人と逃げろ。僕は後から追いかける」

「……そう。なら、勝手にしなさい」

 

 彼女と動ける人たちは、闇の中へと消えていった。

 それを見て、僕は背中に担いでいる人を下ろした。

 彼の心臓はとっくに止まっていると、気づいたからだ。

 

 彼に刺さっている矢を慎重に引き抜く。

 矢先には僅かな窪みが彫られている。

 血を拭うと、そこには粘り気のある樹液らしきものが塗られていた。

 これが彼を死に導いた“毒“だろう。

 

 であれば、同じ矢を受けた僕の心臓も、すぐに止まる。

 山の斜面に身を預けて、天を仰いだ。

 地上は地獄絵図だというのに、星々は気ままに輝いている。

 

 ――こんなのは、ただの『悪夢』だ。

 

 肉体に異変が起こり、僕を維持していた器官が狂い始める。

 全身の筋肉が痙攣し、口からは泡が吹きこぼれる。

 蜜のような毒を味わって、僕の心臓が動きを止める。

 

 ――これで『悪夢』から目覚められる。

 

 僕はこの世界で、呆気なく死を迎えた。

 

 ・・・・・・・・・

 

 ――コケッコー! コケッコー!

 

 小屋の裏手が、今日も朝から騒がしい。

 赤いトサカをぷるりと震わせているのだろう。


「――おはよう、“異世界“」

 

 そう独りごちて、眠りから覚める。

 しかし、寝覚めのいい朝とは言えない。

 気分がどんよりと曇るのは“悪夢“のせいだろう。

 

 現世では眠るたびに“悪夢“を見ていた。

 目が覚めるときは、夢の中で死んだとき。

 そんな夢を見るようになったのは、いつからだっただろうか?

 

 今日見た悪夢は早くも“異世界“仕様となっていた。

 こういうところは順応が早いんだなと、感心する。

 

「休みの日ぐらいは、ぐっすり眠らせてくれ」

 

 まだ日が昇りきらない空を、窓から眺める。

 その頃には、悪夢の内容などほとんど忘れていた。

 

 ・・・・・・・・・


「さあ、今日は三人で冒険だー!」

  

 エノクは意気揚々と、空に拳を突き上げる。

 晴れ渡る空は、少年の冒険心を祝福しているようだ。

 僕とリュッカは、そんな彼の背中についていく。

 

「今日は特に元気だな。どうしてだ?」

「学校もないし、仕事もないからだよ〜」

「なるほどな。そりゃ元気にもなる」

 

 この世界でも、子供の感覚は同じのようだ。

 僕もエノクくらいの頃は、友達と一日中、遊び回っていた記憶がある。

 時間と、雄大な自然を与えられたなら、子供は目一杯に自由を謳うだろう。

 

「……エノク、お母さんにお使いを頼まれてるの、忘れないでね」

「お姉ちゃんの家に遊びにいくんだから、忘れないよ」

   

 そう、今日は久しぶりに三人以外の人と顔を合わせることになっていた。

 これから向かう山に暮らしている、二人が“お姉ちゃん“と呼ぶ人物。

 名前は“アリュシア“と言うらしい。

 ……朧げながら記憶に残る“悪夢“のなかで、その名前を呼んでいた気がする。

 これはただの偶然か? それとも、何か意味があるのか?

 胸騒ぎがするのは、ただの杞憂だと思いたい。 


「……アダムさん」

 

 考え込んでいると、隣を歩くリュッカが声をかけてきた。

   

「アリュシアお姉ちゃんは優しい人だから……きっと大丈夫だよ」 

「……ああ、そうだな。久しぶりに知らない人と会うから、緊張してるみたいだ」

 

 どうやら、不安が顔に出ていたらしい。

 勉強をお願いした夜から、リュッカは僕に対してやけに優しくなった。

 しかし、その優しさが妙というか……母親の愛情じみていて、内心戸惑っている。

 こんな小さな子に母性を感じるのは、道徳に反しているようで、その度に自分を戒めている。

 

「それで、その“アリュシア“さんは山のどこに住んでいるんだ?」

「……シタッカ村から北にある森の奥で、山小屋暮らしをしているの」

「どうして、そんな不便そうなところに住もうと思ったんだか」

「……それはお姉ちゃんの、お父さんの影響かもね」

「お父さんが猟師だったとか? いや、それでも山で暮らす必要はないか……」

 

 顎に手を当てて、推理をしてみる。

 しかし、真実を一つに絞るには、想像力が足りていなかったようだ。

 

「……その話もお姉ちゃんに会って聞けばいいよ。多分、答えてくれるから」 

「まあ、そうだな。楽しみにとっておくよ」


 ――おーい!! 二人とも遅いよー!!

 

 気づけば、ずいぶんと小さくなったエノクが、声を張っている。

 僕らは話を終えて、駆け足で草原の道を進んだ。 

 北にそびえる森はまるで、黒い壁のように見える。

 あれのどこが遊び場なんだか。

 絶対に二人から離れないようにしよう。


 ・・・・・・・・・

 

 森に入る三つの影が見えた。

 小さい二つはいつもの姉弟、エノクとリュッカだ。

 しかし、もう一人は見知らぬ風貌の男だった。

 あの兄妹よりも年上に見えるけど、保護者という感じでもない。

 山歩きに慣れていない姿を見ると、それは明らかだった。

 

 ……この住処を、あまり人に知られたくはないと、いつも言っているのに。

 あの姉弟が連れているとなれば、エリカさんも承知のはず。

 恐らくは信頼できる人物ということなのだろう。

 私にとって、そうであるとは限らないのだけれどね。

 

 森を見下ろす黒曜樹の枝から枝へと、落ちる力に身を委ねる。

 視界は瞬く間に黒い枝葉の群れを抜けて、森の体内へと移った。

 太陽は光で葉脈を晒し、木漏れ日を注いでいる。

 

 エノクが寄り道をしようと言い出さなければ、もうすぐ山小屋へ着くだろう。

 久しぶりの客人をもてなすために、テーブルを整えよう。

 ……歓迎の仕方は、客人の次第で多少変わるかもね。

 

 頑丈な枝から枝へと、弾力を足に感じながら渡っていく。

 変わり映えのしない森の中だが“空気“は常に変化している。

 父はそれを森の心の表れだと言っていた。

 森が平和であれば、空気は穏やかで心地よいものになる。

 反対に、危険が迫れば、空気はざわつき、落ち着かないものになる。

 しかし、今のように妙な空気は感じたことがない。

 この感覚は……戸惑い、だろうか?

 森はあの客人を判断しかねているのかもしれない。

 

 森を安心させるのも、今は私の使命だ。

 父に恥じないよう、心して果たすとしよう。

 

 ・・・・・・・・・

 

 森に入って、どれくらい経っだだろうか。

 体感に頼ると、もう数時間は歩いた気がする。

 しかし、時折覗く太陽の動き見ると、それほど経っていないと分かる。

 そもそも、目的の山小屋へはそんなにかからないと、2人は言っていた。

 やはり疲労だけが先行しているようだ。気持ちが体に追いついていない。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 エノクが心配そうに、こちらの様子を見ている。

 

「ああ、大丈夫だよ。……でも、ちょっと休ませてくれ」

 

 すぐ近くの木に背中をくっつけて、その場にへたり込む。

 流した汗を補うように、水筒の水を勢いよく飲む。

 いつの間にか息も上がっている。明らかに体力不足だった。

 

「ごめんな、2人とも。足を引っ張ってしまって」

「いいよ、ゆっくり行こう。僕たちは歩き慣れてるし」

「そうだよ。……時間はあるから、アダムさんのペースで大丈夫」

 

 姉弟は怒るどころか、それぞれに励ましてくれる。

 これが現世の体育教師だったなら、さぞ酷い目にあっていたことだろう。 

 だからか、優しくされると嬉しい反面、情けない気持ちも胸がいっぱいになった。

 正直、エノクたちの前じゃなかったら、ちょっと泣いてたかもしれない。

 

「そうだ、この辺りだとアレがあるんじゃない?」

「アレ?……ああ、もしかして“フーリエの葉“のこと?」

「そう、それ! リュッカ、探しに行こうよ!」

 

 “フーリエの葉“?

 植物の葉だろうか?

 理由は分からないが、エノクはそれを探すと言う。

 

「でも、アダムさんを置いていくのは……」

「鈴があれば大丈夫だよ。すぐに見つけて戻ってこよう」

「……わかった。でも、見つからなくても、すぐに戻るよ」

「わかってるよ」

 

 姉弟で話し合いを終えて、リュッカがこちらに来る。

 

「アダムさん。私たち探し物をしてくるから……少しここで待っていて」

「何でまた急に?」

「……役に立つから、かな。アダムさんはこの鈴を鳴らしていて」


 そう言うと、リュッカは鞄から柄がついた鈴を取り出す。

 

「これは“獣よけの鈴“と言って、獣が嫌がる音を出すの」

 

 リュッカが鈴の柄を持って振ると、甲高い音が鳴った。

 小さい手に差し出されたそれを受け取る。

 

「鳴らしてれば、僕たちも戻りやすいから。よろしくね」

 

 エノクはそう言って、先に茂みの方へと歩いていった。


「すぐ戻るから」 

 

 リュッカも続いて、茂みへと消えていく。

 僕は薄暗い森の中で独りとなった。

 そうすると、さっきまで気にならなかった、森の姿が見えてくる。

 穏やかでありながら、どこか、底知れない恐怖を忍ばせている気もする。

 今も、森の住民が鼻を利かせて迫っているかも知れない。

 

 ーーリン、リン。

 

 鈴を振ると、思ったよりもいい音がなった。

 訳もわからず、居心地の悪い静けさを払うように鈴を鳴らす。

 ……山から降りるときに、僕が泣き出してないといいな。

 快適な生活に慣れきった転生者は、“異世界“登山の試練を受けるのであった。

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