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異世界:コンティニュー  作者: マキナ
第1章ーーおはよう“異世界“ーー
8/10

小さな先生と大きな生徒

 山向こうへと日が隠れ、辺りが暗くなったことで、今日の農作業は終わった。

 朝と比べて随分と重くなった体を引きずって、母屋へと戻る。

 作業着の土を払い、母屋脇にある物置で部屋着に着替える。

 

 母屋に入ると、先に上がっていたエリカさんが夕飯の仕上げにかかっていた。

 テーブルには、仲良し姉弟が座っていて、今日の成果を自慢し合っている。


「今日はいっぱい獲れちゃったね。こんなの初めてかも」

「そうだね〜。これだけあれば干し魚が食べ放題だよ!」


 二人は学校から帰った後、近くの川へ釣りをしに行っていた。

 ついでに仕掛けていたワナからも、魚が取れていたようだ。

 さっそく、夕飯には川魚の料理が並ぶことになっている。

 余った分は干して保存食、もとい酒のアテになる。

 

「今日はよく釣れたみたいだな」

「あ、お兄ちゃん。お疲れさま!」「……お疲れさま」

 

 エノクとリュッカが、仕事の疲れを労ってくれる。

 仕事をして褒められるって、単純に嬉しい。

 

「今日はどこの川で釣って来たんだ?」

「“棺の森“は憶えてる?」

「ああ、僕が()()()ところだな」

「そこに谷から流れてくる川があって、私たちは“ヴィンダルの雫“なんて呼んでるの」

「ヴィンダルの雫……なんかカッコイイ響きだな」

「由来は“ヴィンダル“という神話の巨人から来ているの。この辺りの山脈も“ヴィンダル山脈“と呼ばれていて、それは巨人ヴィンダルの亡骸から生まれたという話もあるって。……本に載ってた」

 

 流暢に語り出すリュッカに、僕は目が点になっていた。

 知識を披露する彼女はまるで、一人の歴史家のようだった。

 

「すごいなリュッカ。物知りなんだな」

「……大したことないよ。ただ本で読んだだけのことだから」

「えっへん! リュッカはすごいでしょー!」

 

 謙虚なリュッカの代わりに、エノクが胸を張る。

 言わずもがな、エノクはリュッカを見習うべきだろう。

 ただ、たまにはリュッカもエノクを見習ってもいいと思う。

 

「なあリュッカ、もしよかったら、色々教えてもらえないかな?」

 

 僕は思いつきで、彼女にお願いをしてみる。

 

「……え?」

「ほら、僕、()()()のこと何も知らないから。」 

「……でも、きっとつまらないよ、私の話なんて」

 

 前世なら神話は、ただの御伽噺でアニメやゲームの素材としか思っていなかっただろうけど、ここは“異世界“だ。御伽噺の世界に他ならない。神話の巨人がいたっておかしくないし、単純に好奇心がくすぐられる。

  

「つまらなくないよ。“異世界“のことなら、何だって興味があるんだ」

「……“イセカイ“?」

 

 聞きなれない単語にリュッカが訝しむ。

 この世界には、別の世界を指す“異世界“という言葉はないのか。

 ちなみに、別の世界から来たってことは、すでに二人には言っている。

 あと、シタッカ村の門番も知っている。


「今いる世界とは、別の世界のことだよ」

「ああ、そういえば……門前払いされた時に言ってたね」

「案の定、信じてもらえなかったけどね」

「……私も何を言ってるのか分からなかった。でも、そんな嘘つく意味もないし、本当なのかなって」

「どんな形でも、信じてくれてるだけで、ありがたいと思ってるよ」


 「異世界から来た」と言って、どれくらいの人が信じてくれるだろう?

 僕なら痛いやつが現れたと思う。こんな世界に転生するやつがいるか、とも思う。

 

「それじゃあ、アダムさんの世界の知識と、私が知ってる知識と交換……だったらいいかな」

「そんなことでいいなら、いくらでも話すよ」

「……交渉成立だね。私も、私の知ってることでよければ教えるね」

「ありがとう。今から楽しみだ」

「……あんまり期待はしなくていいから」

 

 リュッカは少し俯いて、手をモジモジさせている。

 褐色の頬に、僅かに赤みがさしている気がする。

 もしかして、恥ずかしがってるのか?

 恥ずかしいことなんて、何もなかった気がするんだけどな。


「ご飯出来たわよー」

 

 そこにエリカさんの声がかかる。

 僕は配膳のために席を外した。

 

「……ねえエノク、どうしたらいいかな?」

「なにが?」

「私の話に興味を持ってもらえて嬉しいんだけど、緊張しちゃって……」

「僕にするみたいに話せばいいじゃん」

「エノクはちゃんと聞かないでしょう。はあ……ドキドキするなあ」

「ふーん、変なの」

 

 テーブルに夕食が並んでいく。

 今日は川魚のムニエルに、根菜のシチューだ。

 バターの香ばしさが食欲をそそる。

 

 「「「いただきます」」」

 

 手を合わせて、食材への感謝を示す。

 この生活を始めて、口にする命が身近に感じる。

 前世よりも、人間らしい生活を送っている気がするな。

 夕飯の時間は、今日も賑やかに過ぎていった。

 

 ・・・・・・・・・

 

 ――コン、コン。

 木製の扉をノックすると、小気味良い音が鳴る。


「エノク、リュッカ、入っていいか?」 

「いいよー!」

「……ど、どうぞ」

 

 扉越しに二人の返事が聞こえた。

 ドアノブを捻って、扉をあける。

 部屋の中は、ランプの放つ暖色の光に照らされていた。

 

「お邪魔します。悪いな、こんな夜中に」

「……ううん、私たちはまだ起きてる時間だから」

「そうそう!」

 

 入口から見て部屋の両端に、2人分のベッドと机が対称に配置してある。

 ベッドの上には寝衣に着替えた、エノクとリュッカが座っている。

 僕は部屋から持ってきた椅子を置いて、二人が視界に入る中央へ座った。

 

「リュッカ先生、今日はよろしくお願いします!」

 

 そう言って、リュッカに軽く頭を下げる。

 目の前の幼い少女は、アワアワした様子で戸惑っている。

 

「先生だなんて……持ち上げすぎだよ」

「僕にとっては先生だ。今日からよろしく頼むよ」

「……繰り返しになるけど、あまり期待しないでね」

 

 そう付け足すリュッカ。

 しかし、僕の好奇心はエサを前にした犬のように、息を荒らげていた。

 リュッカには悪いけど、期待しないというのは無理な話だ。

 全く知らない世界の話を聞けば、誰だってワクワクくらいする。

 

「はいはい! 質問いいですか!?」

 

 一番槍はまさかのエノクだった。

 元気いっぱいの、この生徒は何を聞くつもりだ?

 

「リュッカ先生は好きな人いますか?」

 

 小学生か! ――まあ、エノクはそのくらいの歳か。

 しかし、リュッカに好きな人がいたら……ちょっと気になるかもしれない。

 

「なっ…す、好きな人なんていないよ! ……変な質問は禁止だから!」

「え〜、いいじゃんそれくらい〜」

「……禁止なの!」

 

 リュッカは顔を赤らめて、怒っている。

 対するエノクはなぜか不満そうだ。ちょっとは反省しろ。

 リュッカがしきりに目配せしていることだし、早めに質問をしよう。

 

「質問いいですか先生!」

 

 我こそはと、勢いよく手を挙げる。

 こんなに積極的だったことは、学校に通っていた頃にもなかった。

 

「はい、アダムさん。……あと先生ではありません」

「まずは、シタッカ村周辺のことを教えて欲しいです!」 

「村の周辺となると地図が要りそう。……ちょっと取ってくるね」   

 

 リュッカは自分の机の棚から、やや燻んだ紙束を引き出す。

 それを広げると、小さな世界の断片が浮き上がった。これが“異世界“の姿か。

 

「……ありがとう、わざわざ用意してくれて」

「ううん、これくらい……なんでもないよ」

 

 そう言いつつ、二人で古ぼけた地図を眺める。

 ただ眺めるだけでは、大地のうねりに圧倒されるばかりだ。

  

「ここがシタッカ村で、私たちはこの辺りにいるの」

 

 小さな指が、さらに小さな村を指し示す。

 縮尺から見ても、シタッカ村は大きな村とはいえない。

 ヴィンダル山脈に囲まれて、この村は外界から孤立している。

 村から伸びる、蛇のように細くうねった道を辿ると、違う村へと繋がっている。

 

「そこは隣のテトロ村。反対の道から行けるのはシャンタ村だよ」

 

 シタッカ村を中間点として、北にテトロ村、南にシャンタ村がある。

 どの村もシタッカ村と同じように、山脈に囲まれた場所にあった。

 そんなところに、ふらりと見かけない人物がいれば、不審者と思われるのも無理はないか。

 そういえば、村で門前払いを受けたときは、どこかへ逃げ出してやろうとか考えてたっけ。

 この地形を見た後では、自分の命知らずさに肝が冷える。

 二人には命を救われてばかりだ。

 

 それから、山脈を越えて広がる世界を見渡す。

 しかし、この峻険な山脈の外に、町や人の住む印は見当たらない。

 ……そこで、不意に目を引くものを見つけた。

 

「……この西の方にあるのは、何なんだ?」

 

 村のあるヴィンダル山脈を下り、西に抜けた先には平原が広がっている。

 そして、平原を越えて、さらに西の先には何やら境界線が引かれている。

 境界線の西側は、鉛筆に似た黒で塗りつぶされていて、わからない。

 ――ただ“ソドムニア“とある以外は。


「この“ソドムニア“というのは国なのか?」

 

 僕は素朴な質問をしたつもりだった。

 考えてみれば、おかしな話だった。

 なぜシタッカ村といい、近隣の村は不便そうな地にあるのか。

 村の住人が警戒していたのは、僕という個人ではないのかもしれない。

 

 リュッカが重々しく口を開く。

 

「……うん、国だよ。強くて、恐ろしい“ニンゲン“の国」

「“ニンゲン“?」

 

 “ニンゲン“とは人間のことか?

 この世界にも人間くらいいるだろうと思っていたんだが……人間が強くて、恐ろしい?

 ……というか、リュッカたちは人間じゃないのか? てっきり人間だと思っていたんだが。

 人間という言葉が出てきたことで、一気に疑問が溢れてくる。 


「アダムさんも、“ニンゲン“のことは必ず知っておいて」

「そんなに重要なことなのか?」

「どの村でも“ニンゲン“は禁句なの。アダムさんは疑われているから、特に気をつけて」

「ーーわかった、気をつけるよ」


 僕も“ニンゲン“だよーーとは、言いだせなくなった。

 うっかり口を滑らせてたらヤバかったな。

 

「禁句になるってことは、“ニンゲン“が何かやらかしたのか?」

「私は知らないんだけどね。“人間“のことは授業で習うし、長老や村のお年寄りは知ってるんだ」

「どんな話なのか教えてほしい」

「わかった、教えられた通りに話すね。……ある日、“ニンゲン“が現れて、私たちのご先祖様たちの故郷を焼き払いました。生き残った人も、逃亡中の厳しい環境に耐えられなくて、ほとんどが行き倒れました。最後に残った僅かな人が、奇跡的にヴィンダル山脈へと辿り着いて、新たな故郷となりました。それが村の成り立ちです。……掻い摘んじゃったけど、こんな感じだよ」

「……やべーな、“ニンゲン“」

 

 それはまるで歴史……いや、どちらかといえば神話に近い話だと感じた。

 圧政者、暴君と呼ばれる支配者が現れて、異なる文化、異なる民族の者は迫害される。

 リュッカたちは、迫害された民族の子孫だった。この村が隠れるようにあるのは、そういうことか。


「恐ろしい奴らだ。そいつらはどうして、ご先祖様を襲ったんだろうか?」 

「……“ニンゲン“は戦いが好きで、ずる賢くて、自分達のことしか考えてない。だから。ご先祖様たちを襲った理由も、知れば大したことじゃないかもしれない。……他の民族からは“裏切りの民族“なんて呼ばれてるみたいだし」

 

 そう語るリュッカの顔は、いつになく険しい。

 どうやら、こちらの“ニンゲン“は碌でもない奴らのようだ。

 その“ニンゲン“と同じと見られては、生きていけなくなる。

 

「“ニンゲン“の話ばかりになって悪いんだが、そいつらの見た目ってわかるか?」

「村長が言うには……手足が2本ずつ胴体にくっついていて、頭は一つ。目や耳が異常に尖っていて、捻れたツノも生えてるんだって」

 

 ……それ絶対に僕の知ってる“人間“じゃないな。

 なんだそのグロテスクな特徴は。どっちかというと、西洋の悪魔に近いイメージが浮かぶ。

 “人間“ノットイコール“ニンゲン“と見ていいのかもしれない。

 

「不気味だが、分かりやすいな。しかし、山脈で遮られてるとはいえ、そんなヤツらが西の方にいるなんて落ち着かない」

「そうだね。……本当はもっと遠くの、追手が来られない場所に逃げられればいいんだけどね」

「それにも訳があるのか?」

「ここを見て」

 

 リュッカは村のあるヴィンダル山脈から、東の方向を指差す。

 

「南北へと伸びる山脈を抜けるのは難しい。けれど、東へは大きな谷から抜けられるの。ただ、その先は森と砂漠が広がっていて、とてもじゃないけど、私たちには越えることが出来ない。……だから、この山脈に隠れているしかないの」

 

 無知というのは、我ながら恐ろしいと実感する。

 まさか、これほどシビアな状況に置かれているとは、思いもしなかった。

 今こそが僕の平穏だと、呑気に構えていたことを知れば、リュッカはどんな顔をするだろう?

 “異世界“に生まれたことで、僕はいつの間にか平穏を与えられたと思い込んでいた。

 平穏などというものは、都合の良い幻想だったのかもしれない。

 

「……アダムさん、怖がらないで」

「え?」

「“ニンゲン“はもう100年以上、姿を見せていないから。……だから、大丈夫」

 

 そう言って、リュッカは僕の手を、その小さな手で覆う。

 ーーその時になって、僕の手が震えていることに気づいた。

 

「え……なんで、震えて?」

 

 何が怖いのかも分からず、身体が先に恐怖を感じている。

 これまでにない自分の反応に、自身が戸惑っていた。

 

「私も長老から、この話を聞いた日は震えて眠れなかったの。そんな時、お母さんがこうして毎晩、手を握ってくれたんだ。そうしたら、いつの間にか安心して眠れるようになったの。……だから、アダムさんには、私がしてあげる」

 

 リュッカは優しく微笑む。

 その姿は、エリカさんと瓜二つだった。

 

「……僕は自分が臆病ってことを、忘れてたみたいだ」

 

 小さな手の温もりに、少しづつ震えが収まっていく。

 

「もう大丈夫そうだ。……ありがとう、リュッカ」

「うん、どういたしまして」

 

 そういうと、彼女は少女らしくはにかむ。

 こんな小さい子に心配をかけるなんてな。

 情けないとは知っていたが、嫌というほど実感できた。

 

「……もう遅い時間だな」

「そうだね」

  

 正確な時刻は分からないが、夜が深まった感覚がする。

 暗黒の世界は一層静かになり、窓から見える星は輝きを増した。

 そして、エノクはというと、ずっと前から寝落ちしていた。

 やけに静かだったのはそのせいだった。

 

「そろそろ部屋に戻るよ。明日も仕事だし」

「うん、そうだね」

「今夜はいい勉強になった。よければまた教えてやってくれ」

「もちろん、いいよ。……その代わり、今度はアダムさんのことも教えてね」

「……いいけど、あんまり期待しないでくれよ」

 

 ――ふふっ。  


 リュッカが控えめに笑う。

 自分がさっき言った台詞だと気づいたのだろう。

 その笑顔に釣られて、僕も笑った。

 

「それじゃあおやすみ、リュッカ」

「おやすみなさい、アダムさん」

 

 椅子を外に出して、扉を閉める。

 木の床を軋ませながら、自分の部屋へと戻る。

 “異世界“の恐ろしさと、優しさを知る夜だった。

 ベッドに入り布団を被ると、いつも通りに眠気を感じる。

 どうやら、リュッカのおまじないは効果的めんらしい。


「……」


 ……そういえば、なぜ“ソドムニア“と読めたのだろう?

 地図に書いてあった文字は、見たこともないものだった。

 普通に読めてしまったから、その不自然さに今更気がつくことになった。

 これも“異世界転生“の特典だったりするのかもしれない。


 ……まあ、考えても仕方ないか。明日も仕事だし寝よう。

 そうして僕は、細かいことを頭から追いやることに成功した。今日はよく眠れそうだ。

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