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異世界:コンティニュー  作者: マキナ
第1章ーーおはよう“異世界“ーー
6/10

村はずれの家族

 乾いた木の扉に鍵を差し込む。

 扉はキリキリと音を立てて、口を開けた。

 母家の中には夕暮れの光が差し込み、宙に舞う粒子、家具の影を強調している。

 一枚の油絵に足を踏み込んだような気分だ。


「ただいまー!」

 

 エノクの声が部屋に響いた。

 返事は返ってこない。

 

「お母さん、まだ出かけてるみたい」

「仕事?」

「この時間には、お仕事から帰ってきてるんだけどね。何か用事なのかも。まあ、上がって待ってれば、すぐに帰ってくるよ」


 そう言って、二人は靴を履いたまま母家へ上がる。

 自然に靴を脱ごうと思っていたので、驚いた。

 倣って僕も靴のまま上がる。裸足で暮らす日本人には、慣れない感じだ。

 

「お邪魔しまーす……」

 

 蚊の鳴くような声で挨拶をしておく。

 家主は不在のようだが、他人の家に上がるのは緊張する。

 最後に他人の家に上がったのは、いつだっただろう?

 

「お腹すいたなー、何かあったっけ?」

 

 エノクは台所らしき所で食べ物を漁っている。

 僕も同じ年の頃は、お菓子とか漁ったっけ。

 隠されてる方が宝探しのようで、楽しかった思い出がある。


 リュッカはというと、渡したユリの花を花瓶に挿していた。

 部屋に一輪、花があるだけで雰囲気が良くなった気がする。

 失礼かもしれないが、質素な空間だけに、花がよく映える。

 

「いいの見つけた!」

 

 エノクが見つけてきたものを、テーブルに出す。


「何だこれ?」

「干した魚の切れ端だよ。お母さんがよくアテにしてるの」


 アテ? ……ああ、酒のアテのことか。

 干魚の切れ端と一緒に、二人が採った木の実もある。

 ここにビールでもあれば、大人はご機嫌になるだろうな。

 

 ……そういえば、こっちでは何歳から飲酒できるんだろう?

 もしかすると、僕の歳なら飲めるかもしれない。

 酒の楽しみを一足早く、覚えるのもいい。


 エノクは横長の木椅子に座ると、漁ってきたアテを食べ始めた。

 立っていても仕方ないので、とりあえず、僕も対面の椅子に座る。

 うまそうだけど……食べていいのか? エリカさんの楽しみなのに。

 

「そんなに食べて大丈夫か、お母さんのアテなんだろ?」

「大丈夫だよ、また採るし。お兄ちゃんは生き返ったばかりなんだから、食べれる時に食べとかないと」


 そう言われれば、目が覚めてから何も食べてない。

 腹が鳴らなかったから、気づかなかった。

 悪いと思いつつも、干し魚がやたらとうまそうに見えてきた。


「……隣に座ってもいい?」


 胃袋の機嫌を伺っているところに、リュッカが声をかけてきた。

 隣というのは、僕の隣のようだ。


「もちろん。リュッカがよければ」

「……嫌なら聞かないよ」

 

 それもそうだ。

 てっきり、まだ警戒されているものかと思っていたから、意外だった。

 仕方ないとはいえ、家に招いてくれたのもリュッカだ。 

 僕が思うよりも、心を開いてくれているのかもしれない。

 ……むしろ、僕の方がどこか疑っているフシがあるくらいだ。


 尻を横にずらして、等分のスペースを作る。

 空いたところに、ちょこんとリュッカが座った。

 ただ座るだけでも、可愛らしさがあるのは不思議だ。

 小さい姪っ子とかいたら、こんな感じなんだろうな。


「お水はここにあるから、自由に飲んでいいよ」


 リュッカは机にあった水差しから、木の器に水を注ぐ。

 ついでに、もう一つ器に水を注いで、渡してくれた。


「あるがとう。いただくよ」


 透明な水を喉に流し込む。

 特に臭みや雑味もなく、僕でも問題なく飲める。

 空っぽの胃袋に、そのまま水が流れ込むのがよくわかる。


「……」


 胃袋が空っぽというのは、こうも寂しかったろうか?

 そこに何か、出来れば美味いもので満たしたくなる。

 ……目の前にあった、干し魚の切れ端を齧ってみた。

 若干、川魚らしい匂いは残るが、ほんのりと旨味を感じる。

 それが噛むたびに、唾液に染み出して、口に広がる。

 干し魚って、こんなに美味かったんだ。


「ただいまー」

 

 扉の方から、女性の声が聞こえた。

 

「お母さん。おかえりー!」

「……おかえりなさい」

「遅くなったわねーーって、エノク、また私の楽しみを!」

「だってお腹すいたんだもん。また、いっぱい採ってくるよ」

「まったく、誰に似たんだか。……あら?」


 帰ってきた女性と目があった。彼女がエリカさんか。

 やはり、この人も褐色の肌と白い髪をしている。

 長く伸ばした白い髪は、丁寧に結われて、おさげになっている。

 リュッカが大人になると、あんな感じになるのかもしれない。

 ……しかし、気の強そうな目は、エノクの方に継がれているようだ。

 

「今日は変わったお客さんがいるわね」

 

 彼女の目が少し鋭くなる。

 反射的に立ち上がり、姿勢を正す。

 

「お邪魔してます、僕はアダムと申します」

 

 ペコリとお辞儀をして、謙虚面を披露する。

 

「私はエリカ。君は二人の友達?」

「友達というよりは、命の恩人です」


「エノク」とエリカさんが言う。


「なに?」

「説明しなさい」

「生き返ったから連れてきた!」

「リュッカ」

「……村に入れなかったから、とりあえず連れてきたよ」

「――なるほどね。ということは、この子が話してた遺体の子なのね」

 

 やれやれと、彼女は額に手をやってため息をつく。

 面倒なことを抱え込んでしまった、という顔だ。

 何だか申し訳ない。


 二人は昨日、僕を見つけたことを、エリカさんにも話していたようだ。


「……生き返った気分はどう?」と、エリカさんが尋ねる。

「まだ夢を見てるような感じです。とりあえず、二人に見つけてもらって良かったと思ってます」

「生き返ったのことは否定しないのね。……まあ、行くあてがないなら、ゆっくりしていきなさい」

 

 今度は追い出されなかった。

 それが分かって、自然に体の緊張が解ける。

 とりあえず、野晒しで夜を過ごすのは避けられた。本当によかった。

 

「ありがとうございます!」

 

 少し遅れて、深々とお辞儀をした。

 声の大きさにも、自分の感謝が表れていた。

 

「村に入れなかったってことは、追い出された?」

「はい、僕が怪しいのでダメでした」

「まあ、服も変わってるからね、それに生き返ってるわけだし。マルケが通すはずもないわ」

「マルケ、さんですか?」

「門番の人だよ。実は僕たちの叔父さんなんだ」とエノクが言う。


 そうだったのか。

 二人と親しいふうにしてたのは、そういうわけか。


「相変わらず頑固者ね。門番にはそれくらいが丁度いいんでしょう」

 

 当たり前だが、二人の叔父さんということは、エリカさんの兄弟ということだ。

 ……しかし、そんなエリカさんは、なぜあの塀の内で暮らしていないのだろう?

 

「あら。リュッカ、その花は?」

  

 花瓶の白い花に気づいたエリカさんが、リュッカに尋ねる。

 

「これ? ……ユリの花って言うんだよ」

「初めて見る花ね。綺麗よ」

「ありがとう。……実は、アダムさんがくれたんだ」

「へえ、そうなの」

  

 リュッカは嬉しそうに、ユリの花を愛でている。

 エリカさんの横顔も、そんなリュッカを見て嬉しそうだった。

 

「ーーそうだ。アダム、行く宛がないなら、仕事をしてみる気はある?」

 

 突然、エリカさんが尋ねる。

 

「仕事ですか? ……そうですね、食い扶持は自分で稼ごうと思います」

「そう。ーーなら、住み込みで働いてみない?」

「住み込み、どこでですか?」

「ウチで」

 

 エリカさんは、エノクの隣に座ってこちらを見る。

 頬杖を突きながら、面白そうに、僕の反応を待っている。

 

「……ちなみに、仕事というのは?」

「主には農業よ。うちはそれで生計を立ててるの。でも、見ての通り人手が足りてなくてね」

「そこで僕を雇うと」

「そういうこと。家事手伝いもお願いすると思うけど、食事と部屋を用意するわ。行く宛がないなら、悪くないんじゃない?」

 

 見ての通りとなると、この家は今いる3人だけなのか。

 ……つまり、あの姉弟の父親はどういうわけか、不在ということになる。

 

「いいんですか、僕みたいな怪しいのを雇って?」

「そんなのは気にしなくていいの。――問題は君がやるのか、やらないのか。それだけよ」

 

 二児の母とはいえ、まだ若そうなのに肝が座った人だ。

 僕にはエリカさんの息子と娘に、見つけてもらった恩がある。

 それに、“異世界“で生きていく術を、他にまだ知らない。

 ――とすれば、答えは自ずと出たのだった。

 

「やります。働かせてください!」

「よし、よく言った!」

 

 そう言って、エリカさんは手を差し出す。

 一瞬、行動の意味がわからなかったが、すぐに思い当たった。

 エリカさんの手をとり、握手を交わす。

 

「これで契約成立。ようこそ、我が家へ!」

 

 こうして僕はエリカさんの家へと迎え入れられた。

 最初の仕事は、夕食の配膳にはじまった。

 “異世界“での初めての夕飯は賑やかで、温かかった。

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