シタッカ村へようこそ!
「シタッカ村へ、ようこそ!」
村の入口へ来たところで、エノクが声を張る。
結構な距離を歩いたはずなのに、どこから元気が湧いてくるんだか。
軽く息が上がっている僕の隣で、姉のリュッカも呆れている。
ここは一見して、村の入り口に違いない。
ーーというのも、延々と続く平野を切り離すように、大木の塀が築かれている。おまけに堀も掘ってあって、そこには尖った木の槍がいくつも生えていた。……こういうの歴史の教科書で見たことがある。確か、環濠集落だったか。外界にまざまざと向けられた威力に思わず唾を飲む。
立ち並ぶ塀のそばを歩くと、やがて、あるべき門が見えた。
門の脇には、褐色の肌と白い髪の大人が二人、待ち構えている。
……さて、ここからどうなるか。
すんなり通してくれればいいが、それでもタダとはいかないだろう。
一応、余計にあるポケットを探ってみた。しかし、手応えはなかった。
こんなことなら、死神に無心しておけばよかった。
少しの金品ぐらい持たせてくれてもよかっただろうに。
そんな状況も含めてヤツは楽しんでいるのかも。
ならば、そこで見ていろと天をひと睨みした。
……通行料を要求されたら服を脱ぐ。必要であれば、パンツ以外を全て脱ぐ。
学生服だって、それなりの値段はするんだ。通行料になる可能性はある。
リュッカとエノクには悪いが、そうなれば、ほぼ全裸の僕を案内してもらうことになる。
屋根があるなら、牢屋で過ごすのもアリか。
「門番さん、お疲れ様です!」
「おお、エノクか。相変わらず元気だな」
「新しい友達が出来たからね」
「友達?」
門番の視線がこちらへ向く。
その瞬間、門番の目つきが険しくなった。
「初めまして。エノクの友達の、アダムと申します」
聞かれるでもなく、新しい名前を名乗ってお辞儀をした。
現世と変わらず、いかにも謙虚そうな少年になりすます。
身についた習慣というのは、そうそう体が忘れない。
「……エノク、彼をどこから連れて来た?」
「棺の森だよ」
「森に住んでるわけじゃないだろう。どの村からだ?」
「だから、あの森の石棺から生き返ったんだよ」
「エノク、冗談はやめなさい。真剣に聞いているんだ」
「でも、そうとしか言えないよ。お兄ちゃんは生き返ったんだから」
エノクは飄々と答える。
まさか、そこまで正直に答えるとは思わなかった。
しかし、二人が誤魔化しても、僕が尋問を受ければすぐにボロが出る。
ここは正直に徹してもらったほうが、得策だろう。
「もういい、わかった。……リュッカ、本当のことを教えてくれ」
「だから!」
「……待ってエノク、私が答える。エノクの言う通り、私たちは棺の森でアダムさんを見つけました。生き返ったというのは、見つけた時に心臓が止まっていたからです。……けれど、今日、森に行くとアダムさんは生き返っていました。……なので、アダムさんは棺の森から来た人です」
「お前までそんなことを。……わかった、信じられない話だが、ひとまずは信じよう」
リュッカは大人相手にも怯まずに、淡々と主張した。
その姿は、さっきまでの気弱な女の子と、同じ子とは思えないな。
それから、門番の視線が再びこちらへと向く。ようやく僕の出番だ。
「アダムだったな。一応聞くが、二人の言うことに嘘はないな?」
「はい、全て事実です」
「では、俺からも聞く。なぜ棺の森なんかで死んでた?」
「僕は……自分でも気づかない間に死んでいました。それから、信じられない話ですが、あの世で死神と話したんです。そこで僕はある条件で生き返ることを選びました」
「ある条件?」
「別の世界で生き返ることです。……僕は、こことは違う世界から来ました」
「……」
二人にもまだ言っていない真実を話す。
そして、門番はついには完全に黙ってしまった。
僕も、僕と同じことを言うやつがいたら、こんな顔をしていたと思う。
「……なあ、みんなして俺をからかってるのか?」
……ですよねー。
門番さんの反応は至極真っ当だった。
なんで僕は正直に言おうだなんて考えたんだ?
「信じられないでしょうけど、本当のことなんです」
「そう言われてもな。うーん……とりあえず、門番として、今すぐに君を通すことは出来ない」
「なんで?」とエノクが抗議する。
「多分、君は悪いやつじゃない。しかし、俺は門番として村の安全を守る責務がある。得体の知れないやつを通すわけにはいかない。ーーこの意味は、お前たちもよくわかっているはずだ」
「そうだけど、でも、お兄ちゃんは……」
「それでも今はできない。もし、どうしても通りたいなら、さっきの話を上に報告して考えてみるが……君はどうする?」
「……いえ、結構です。さっきの話は忘れてください。僕は村の外に残ります」
「俺が聞くのもなんだが、どこかアテはあるのか?」
「ないですよ、生き返ったばかりなので。僕には何もありません」
「……悪いな」
「いえ、同じ立場なら僕もそうしていたと思います」
「そうか」
そうして、少しの間、沈黙が流れた。
「エノク、リュッカ。ここまでありがとうな。あとは自分でなんとかするよ」
「なんとかって、どうするの?」
「そりゃあ、アテのない旅ってやつだ」
「それはダメだよ。お兄ちゃん、どう見ても旅なんて出来そうにないし」
全くの正論に言い返すことができない。
しかし、村に入れないなら、野宿でもするしかない。
門番の人も気まずそうな顔で、こっちを見てるだけだし。
……まあ、死神が言ってた“ギフト“とやらもある。なんとでもなるさ。
「……アダムさん、今日はとりあえず、私たちの家に行きましょう」
「え?」
黙っていたリュッカが、そう提案した。
「あ、そっか、家に連れてけばいいじゃん。さすがリュッカ!」
「おいおい、家に行って良いのか?」「おいおい、家に連れて行って良いのか?」
なぜか、僕と門番の質問がダブる。
立場が違えど、考えることは同じらしい。
「いいの。……お母さんなら、そうすると思うから」
「わかったよ。ところで、エリカさんは元気か?」
「……うん、元気だよ。私たちの前ではいつもね」
「そうか。何かあったら相談しに来いと、お母さんに伝えといてくれ」
「わかった。……それじゃあ行こう、アダムさん」
リュッカがこちらを見て、手招きする。
戸惑いつつも、彼女について行くことにした。
僕たちは門から離れて、また塀の側を歩いていく。
「……なあ、リュッカ。本当に僕を家に案内するのか?」
「そうだよ。どうして?」
「自分で言うのもなんだが、僕は得体の知れないやつだ。そんなやつを家にあげるなんて、危ないだろ」
「そうかもね。……でも、放り出して死んじゃったら、私たちが殺したのと変わらない気がするから」
「のたれ死んだって、二人を恨んだりしないよ。僕のために無理することなんてない」
「でも……」
「お兄ちゃんもリュッカも、まどろっこしいなー」
後ろを歩いていたエノクが、会話に割って入る。
「困ったときはお互い様でいいじゃん。お母さんもよく言ってるし」
「けど、迷惑をかけるかもしれないし……」
「お兄ちゃん、意外と頑固だね。……もしかして家に来るの嫌なの?」
「まさか」
「じゃあ、大丈夫だね。一緒に晩ごはん食べたら、きっといい方法が思いつくよ!」
せめて、エノクとリュッカには、迷惑をかけないつもりだったんだけどな。
二人は迷惑をかけてもいいと、言ってくれている。
正直、何も知らない世界で一人になるのは恐ろしかった。
二人の前だから強がっていたけど、そのまま夜を迎えると想像したら、血の気が失せる。
……困ったときはお互い様か。当たり前のような言葉なのに、いつの間にか忘れていたな。
「二人とも、本当にありがとう。この恩は忘れないよ」
「大袈裟だなあ。別にいいのに」
「……本当にね」
そういって、二人が笑う。
死神は最後に「最初の出会を大切にしろ」と言っていた。
あの言葉は、エノクとリュッカのことを指していたのかもしれない。
大事にするなんて、死神に言われるまでもないことだ。
僕は必ず、二人に恩を返すと誓った。
・・・・・・・・・
村を隠す塀から離れて、シタッカ村が遠くなった。
それからも、しばらく歩き続けて、夕暮れ時となる。
そして、平坦な野の内に、一軒の住居の影が見えてきた。
近づくと、それは簡素な木造の家屋だとわかる。
「着いた。ここが僕たちの家だよ」
エノクの言う通り、扉脇の表札には三人の名前が書かれている。
『エノク』『リュッカ』、そして『エリカ』と。
さっき門番が口にしていた、二人の母親の名前だ。
……そのエリカさんにも、追い出されないといいけど。
“異世界転生“初日は、村に入ることすら叶わなかった。
先が思いやられるけども、優しい姉弟と出会えたし、こんな“異世界転生“でもアリかもな。