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異世界:コンティニュー  作者: マキナ
第1章ーーおはよう“異世界“ーー
4/10

第一村人、発見

 東の水平線から光が昇る。今日もまた、世界は1日を迎えるのだ。

 瞼の裏に微かな熱を感じる。意識が光を求めて、覚醒を始めた。


 ――おはよう、現実(せかい)


 そう心に唱えて、瞼を開く。その瞬間に気づくのだ。

 僕の運命がひっくり返ったということに。

 澄んだ青空と、生い茂る緑の枝葉が揺れている。

 そして、あるはずの天井がない。

 僕は自室のベッドではなく、身体のサイズにぴったりの、箱か何かに収まっている。

 ゆっくりと身体を起こし、辺りの光景を見回す。

 360度、どこを見ても空以外は、鬱蒼とした森に囲まれている。

 その景色の中には人工物らしき物もあった。

 正確な長方形していて、表面は灰色の鉱石に見える。

 あれは、恐らく石棺だ。

 それが幾つも埋まっていたり、雑に捨てられたりしている。

 そして、今しがた僕が収まっているこれも、石の棺だった。


 ――自分でも不気味なくらい落ち着いている。僕以外の何もかもが変わってしまったというのに。


 ぼんやりしていると、どこからか花の香りがした。

 香りの正体は白い花だった。

 それは僕の胸元に添えられている。

 この花はどこかで見た気がする。

 確か、ユリの花だっただろうか?


 花を手に取り、石棺から起き上がる。

 まるで、死人が生き返ったかのような光景だ。

 全身についた土埃を払うと、お馴染みの服装が現れた。

 ネイビーカラーのスクールジャケット、白いカッターシャツ。

 青地に縞模様の入ったネクタイ。グレーのスラックス。


 僕が通っていた高校の制服だ。

 どうしてこんな格好で、こんなところにいるのかも解らない。


「あーーっ!!!」


 びくりと身を屈める。

 

 ――なに!? 

 

 声の方に目を向けると、少し離れた小高い場所に子供がいた。


「お兄ちゃん、もしかしてー!」

 

 もしかして!?


「生き返ったのー!?」


 生き返った……のかどうかは、自身にもわからない。

 死神は“転生“と言っていたし、そういうことなのか?


「……もし『そうだ』って言ったら、どうするー?」

「そうだったらー……すごーい!!」


 そう言って、子供が勢いよく駆け降りてくる。

 躓いて転びそうで、こっちがヒヤヒヤしたが、何事もなく僕の方まで辿り着いた。

 褐色の肌をした子供は、期待の眼差しをこちらに向けている。……まいったな。


「こんにちは」

「こんにちは!」


 とりあえず挨拶をしてみると、元気の良い返事が帰ってくる。

 挨拶が通じたということは、まさか日本のどこかだったりするのだろうか?


「ねえ、君」

「僕はエノクだよ」

「……エノク。突然だけど、ここは何ていう場所か教えてくれないかな?」 

「ここ? ここはねえ……僕たちは『棺の森』って呼んでるよ」


 見たまんまのネーミングだな。

 そんな森には絶対に入りたくない。

 ……質問の仕方が良くなかった、聞き方を変えよう。


「エノクはどこから来たの?」

「すぐ近くにある村だよ。シタッカ村っていうんだ」


 シタッカ……少なくとも、住んでいた地域では聞いたことがない。

 そもそも、村と呼べる場所もなかった。

 そんな所にいる理由に心当たりがあるとすれば、あの()しかない。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」


 不意にエリクが声をかけてきた。


「お兄ちゃんは、どうしてこんなところで()()()()の?」

「……()()()()? 僕が?」

「うん。昨日もここに来た時に、棺の蓋が開いてたんだ。そしたらお兄ちゃんが眠ってたの」


 どうも僕は、昨日からここで死んでたらしい。

 僕は自宅のベッドで寝てただけなのにな。

 夢は一向に覚めないし。


 いよいよ、受け入れるしか無いのかもしれない。

 僕は死神の言うように死んで、夢で選択した。

 ――そして、この“異世界“に“転生“した。


 少なくとも、精巧なドッキリを仕組まれていると考えるよりかは、合理的だと思う。


「……どうしてだろうな。それが、僕にも解らないんだよ」

「そうなんだ、変なこともあるんだね」

「全くだよ」

「でも……」

「でも?」

「生き返ってよかったね、お兄ちゃん!」


 エノクは無邪気な笑顔でそう言った。


「……そうだな。生き返ってよかった!」


 よくわからないけど、エノクに釣られて元気が出た。

 死んだっていうのに、生きてた時よりもポジティブな気分だ。

 僕の“異世界“はここにあった。何はともあれ、死んでよかったかもしれない。

 

 ――エノクー! どこー!?

 

 近くで、違う子供の声が聞こえる。

 エノクを探しているようだ。


「お姉ちゃんだ! お姉ちゃーん、ここだよー!!」


 すると、先ほどエリクが立っていた場所に、少女が現れた。

 とりあえず、軽く手を振っておく。

 彼女の怪訝そうな表情とは対照的に、足元のエリクは嬉しそうに手を振っている。


「あ、そうだ! お兄ちゃん、名前教えてよ!」

「名前か。そうだな、僕は……」


 前の世界の名前は、はっきり憶えている。

 しかし、それはすでに死んだ人間の名前だ。

 異なる世界で生きるのに、わざわざ嫌いな人間の名前で生きたくはない。

 何かいい名前はないものか……。


 ふと、夢で見た一枚のカードを思い出す。

 両手に心臓と砂時計を乗せた、裸の人間。

 その姿は“とある人間“にそっくりな気がしていた。


 死神はカードのことを、因果を決めるものだと言っていた気がする。

 ……それなら、恐れ多くも“彼“の名前を借り受けよう。

 裸ではないが、“異世界“の大地に“転生“した人間として。

 

「僕の名前はアダム。――ただのアダムだ」


・・・・・・・・・


「だから、お兄ちゃんは悪い人じゃないって!」

「でも、どこから来たかも分からないし。それに……昨日は死んでたんだよ?」


 鬱蒼と茂る林道を歩く側で、小さな姉弟が言い争っている。


「生き返ったんだし良いだろ? リュッカはいつも心配しすぎなんだよ!」

「でもぉ……、生き返るなんて変だよぉ……」


 彼女の感想は至極真っ当だと思う。

 それはこちらの“異世界“でも同じらしい。


 エノクの隣で恐る恐る、こちらの様子を伺う彼女はリュッカという。

 エノクと同じ褐色の肌で、弟よりも白い髪を伸ばしている。

 彼女はエノクの姉に当たるが、怖いもの知らずな弟と対照的に、彼女は臆病な性格と見てとれる。

 しかし、この場合、生き返った人間を見て怯えないエノクの方が変だと思う。

 

 “異世界“に放り出されて、疑われたままというのは不安だ。

 ここはどうにかして、リュッカの不審感を払拭してみよう。


「そういえば、二人はどうして森の中にいたんだ?」

「僕たちは山菜を採りに来たんだよ。……ほら!」


 肩から掛けたポシェットの中身を、エノクが見せてくれる。

 中には薄緑の木の芽や、小さな赤い実が入っている。


「すごい、沢山採ったな」

「えへへ!」


 エノクは嬉しそうに笑っている。……さて、ここからだ。


「……リュッカはどんなものを採ったんだ?」

「え?」


 目を丸くして驚いている。

 まさか話しかけられるとは思っていなかったようだ。


「もしよかったら、見せてくれないかな?」


 逡巡したのちに、それくらいならという様子で見せてくれる。

 彼女のポシェットには木の芽や実の他に、薄紅の花も覗いていた。


「その花には名前があるの?」

「……ネンナの花っていうの。村ではそう呼んでる」

「そうなんだ。綺麗な花だね」

「うん……」


 ……一応、話すことはできたな。

 しかし、ここからどうすればいいか検討もつかない。

 無関心には慣れっこだったが、ここまで疑われた経験は意外にもない。

 “異世界“での最初の課題は、信頼を築くということか。


 ……難題の予感だ。


「……お母さんが好きな花なの」と、リュッカが口を開く。


「それじゃあ、お母さんのために?」

「花を見せたら、いつも喜んでくれるの。それで部屋に飾るんだ」


 母親の話をするリュッカの顔は、子供らしく綻んだ表情になる。


「なあリュッカ、よかったらこの花も飾ってやってくれないか?」

「え?」


 上着のポケットに挿していた白い花を差し出す。

 この“異世界“で目覚めた時に、持っていたものだ。


「わあ、白くてきれい……。もらってもいいの?」

「これはユリの花って言うんだ。リュッカに飾ってもらえれば、きっとこの花も喜ぶよ」

「ありがとう。……大事に飾るね」


 リュッカは笑顔でユリの花を手に取る。

 その距離は先ほどよりも、1歩近づけた気がする。


「言ったろ、お兄ちゃんは悪い人じゃないって」

「……でも、生き返るのは変だよ」


 そのやりとりに、吹き出しそうになる。

 仲の良い兄弟って、いいもんだな。

 元気すぎるエノクと、臆病なリュッカの二人に連れられて、林道を抜ける。

 開けた景色の先には、一面に広がる畑と小さな村が見えた。


「あれがシタッカ村だよ!」と指差して、エノクが駆け出す。

「待って、エノク!」その後を、リュッカが心配そうに追いかける。


 僕も小走りで二人の背について行った。

 そういえば、体育の授業以外で走ったのは久しぶりかもしれない。

 穏やかな景色の中、風が優しく頬を撫でる。

 それだけで気分が高揚していた。

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