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異世界:コンティニュー  作者: マキナ
プロローグ
3/10

あなたはすでに死んでいます♪

 ――パチンッ!


 死神が指を鳴らす。

 すると、どこからともなくヤツと僕との間にテーブルが1脚、椅子2脚が現れる。

 その4本足たちには見覚えがあった。

 何でもない素朴な木製のダイニングテーブル。

 毎朝、僕たち『家族』が朝食を囲んでいたものだ。


「どうしてこれを?」と死神に尋ねる。

「こちらの方が、気兼ねなくお話できるかと思いまして。――気に障りましたか?」


 質問には答えず、椅子を引いて座る。

 それに続いて死神も席についた。


「私からまずお伝えするのは、あなたが死んだという事実です」

「証拠はあるのか?」

「ありません、私はただ識っているだけです」

「なら事実だと証明できないだろ」

「そうですね。ですが、信じてもらうことは可能だと考えます。――あなたは先ほど、自分の身に起きたことを憶えていますか?」

「……忘れるわけない。全身が燃えて、黒焦げになった。あれもお前の仕業なのか?」

「私があなたに危害を加えることは、規則(ルール)によって不可能です」

「じゃあ、さっきのはどう説明するんだ?」

「あなたの身に異変が起きたのは、私から離れた時ですね。つまりそれは、この“面談室“から離れたということです」

 

 それが何だと言おうとしたところに、死神の言葉が続く。


「“面談室“は亡き魂が辿り着く場所。そこから離れることは、現世への回帰を意味します」

「だから、何が言いたいんだよ!」堪えられず、声を張り上げる。

「現世の肉体に(あなた)が近づいたから燃えたのです。肉体の方はすでに燃え尽きていますから」

「それは……」


 それはつまり、あの黒こげになった身体が、現実の僕だってことなのか?


「信じていただけますか?」と死神が空気も読まずに問う。

「……そんな口先だけの話、信じれるわけないだろ。でも、お前は()()()()()()にして話を進めるんだろう?」

「その通りです。話を次に進めますが、ここからは、あなたの“運命“の話になります」

 

 “運命“とは、またスピリチュアルな言葉が出てきたな。

 神様とのコミュニケーションは難しすぎる。


「その“運命“ってのは?」

「死んだあなたが、たどる末路とでも言いましょうかね」


 死んだ前提で話がどんどん進んでいくのを、他人事としか思えない。

 だって、ここで普通に会話してるんだもの。


「では“運命“の説明をしますね。ーー“運命“のルートは2つあります」

「1つは天国か地獄に向かう『審判』ルート。もう1つは、生命として現世に生まれ変わる『輪廻』ルートです」

 

 キリスト教なのか、仏教なのかハッキリしない運命だ。

 宗教の本質は似通ってるとも捉えようはあるが、これは単に僕の夢なので特に意味はないはずだ。


「ちなみに、どちらも嫌だと言ったら?」

「その時は、(あなた)を私のおやつにします」


 懐から稲刈り用の鎌を抜いて、淡々と死神は言う。

 よくあるデカイ鎌は持ってないらしい。

 まあ誇張はコンテンツに付き物だからな、死神に責任はない。


「それだけはゴメンだね。……ちょっと考える時間をくれよ」

「もちろんです」


 考えると言ったものの、ここで判断できることなど無いに等しい。

 ……不思議だな、夢だっていうのにどうして冷や汗が止まらないんだろう。

 まるで本当に死んだとでも、思い込んでるみたいじゃないか。

 もうしばらくすれば、またいつもの……生ぬるい絶望が僕の目を覚ましてくれるというのに。

 

 考え込んでいるフリをしていると、不意に死神が口を開く。

  

「もしも、本当にどちらも不服な様でしたら、実はもう一つのルートもございますよ」

「……それは、どんな?」

「期間限定、人数制限ありの特別ルート! その名も……“異世界転生ルート“です!!」

 

 突然、異様に高いテンションと声量で語る死神。

 お昼の通販番組の司会者がこんな感じだったな、と思い出す。

 胡散臭そうな目で見つめていると、死神はまたも勝手に続けた。


「どうです“異世界“ですよ。()()()()()、ご興味あるでしょう?」

「それはどういう意味だ?」

「あなたが現実を嫌っているのは、見ればわかりますから」


 よく知っている。その通り、僕は現実のことがいつからか嫌いになっていた。


「そうか。じゃあその“異世界転生“について聞かせてもらえるかな?」

「はい。あなたの転生する“異世界“は、よくご存知の中世ヨーロッパの文明と近似しています。“異世界“の住人は人間の他に、亜人種、つまりエルフやドワーフ。その他、空想の異形たちが数多に蠢いています。そして、魔法などのファンタジーも自然の律として存在しています」


 なぜか早口になったので聞き取れなかったが、つまりは“異世界系“の小説とそっくりの世界らしい。

 これから“異世界“に生まれ変わることができる? 

 そんなチャンスは、毎日のように待ち焦がれてきた瞬間じゃないか。


「……だけど、そんな世界に放りされちゃ生きていけない。それじゃあ“転生“する意味がないだろ」

「そこに気づくとは流石です。“異世界転生“を選ばれる方には、ギフトをご用意しております」


 ――パチンッ!

 

 死神がまた指を鳴らす。すると、テーブルに3枚のカードが現れた。


「この3枚に書かれた絵は、それぞれに()()()()を象徴しています。この内の1枚が、あなたの異能(ギフト)となります」

 

 目の前に現れた3枚のカードを見る。

 

 1枚目は――剣を地面に突き立てて、仁王立ちする騎士。 

 2枚目は――図書の山の中で、静かに佇む賢者。

 3枚目は――心臓と砂時計を両手に乗せた、裸の人間。

 

 それぞれに因果とやらを象徴しているらしいが、雰囲気だけで具体的なことは解らない。


「どのカードが、どんなギフトを意味してるんだ?」

「申し訳ございませんが、それは教えられません」

「どうして?」

「そういう規則(ルール)としか」

「おいおい、それじゃあ選びようがないだろう?」

「なぜです?」

「具体的なギフトがわからないからに決まってるだろ。こんな絵だけじゃあ、判断しようがない」

「別にいいではないですか。どれも素晴らしい異能(ギフト)ですよ」

「だから、もっと慎重に選びたんだよ!」

 

 他人事のように語る死神の口調に、とうとう苛つきを抑えられなくなる。


「……あなたは生まれることを選択しましたか?」

「何だよ急に」

「生まれる前に人生を選択できるのは、それだけで素晴らしいことだとは思いませんか?」

 

 死神は微笑を浮かべて僕に問う。

 それには薄寒さを覚えた。


「やはり『審判』か『輪廻』をご希望であれば……」

「いや、いい。……選ぶよ」

「そうですか」

 

 並んだ3枚のカードを何度も往復する。

 まだ夢は覚めない。


「……そういえば、なんで“異世界“に転生させるんだ? 何か理由があるのか?」

「それも教えられません。規則(ルール)に反します」

「そうかい」

 

 そんな気はしていた。

 ーー生まれるのに理由なんて、必要ないか。

 死神のいう通り、人生を選ぶとしたら……。

 僕の望むものは、きっと平穏だ。

 特別な何かを得たいわけじゃない。

 ただ、好きなことに夢中になって、ときどき笑えればそれで満足だ。

 そのためには、過剰な力はかえって足枷になりかねない。


 僕は1枚のカードを手にとる。

 裸の人間と、その両手に心臓と砂時計が描かれたカード。


「『生命』のカードですね」と死神が言う。

「これにするよ」

「本当によろしいですか?」

「他は僕には似合わない」


 そうですか。――と、つれなく言って、死神が席を立つ。

 それと同時に二人を隔てていた、テーブルも姿を消した。


「では“異世界“へと、お見送りをしましょう」と言い、死神はこちらへと手を差し伸べる。

 

 僕はその手を取らずに、席を立つ。

 一枚のカードをしっかりと握ったまま。


「そうだ、最後に一つだけ助言をしましょう」

「助言?」

「はい」

 

 二人の視線が交わる。死神はいっそう笑みを浮かべたのちに、細い腕を掲げる。


「最初の出会いは大切にすると良いでしょう」


 そして、あの小さな、稲刈り鎌が弧を描く。

 そして、僕の視界はぐるりと宙を彷徨った。


 ――新たな誕生に、神の祝福があらんことを。


 そんな祈りが、僅かな意識に響く。

 一人の少年の命はまたしても、呆気なく途絶えた。

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