あなたはすでに死んでいます♪
――パチンッ!
死神が指を鳴らす。
すると、どこからともなくヤツと僕との間にテーブルが1脚、椅子2脚が現れる。
その4本足たちには見覚えがあった。
何でもない素朴な木製のダイニングテーブル。
毎朝、僕たち『家族』が朝食を囲んでいたものだ。
「どうしてこれを?」と死神に尋ねる。
「こちらの方が、気兼ねなくお話できるかと思いまして。――気に障りましたか?」
質問には答えず、椅子を引いて座る。
それに続いて死神も席についた。
「私からまずお伝えするのは、あなたが死んだという事実です」
「証拠はあるのか?」
「ありません、私はただ識っているだけです」
「なら事実だと証明できないだろ」
「そうですね。ですが、信じてもらうことは可能だと考えます。――あなたは先ほど、自分の身に起きたことを憶えていますか?」
「……忘れるわけない。全身が燃えて、黒焦げになった。あれもお前の仕業なのか?」
「私があなたに危害を加えることは、規則によって不可能です」
「じゃあ、さっきのはどう説明するんだ?」
「あなたの身に異変が起きたのは、私から離れた時ですね。つまりそれは、この“面談室“から離れたということです」
それが何だと言おうとしたところに、死神の言葉が続く。
「“面談室“は亡き魂が辿り着く場所。そこから離れることは、現世への回帰を意味します」
「だから、何が言いたいんだよ!」堪えられず、声を張り上げる。
「現世の肉体に魂が近づいたから燃えたのです。肉体の方はすでに燃え尽きていますから」
「それは……」
それはつまり、あの黒こげになった身体が、現実の僕だってことなのか?
「信じていただけますか?」と死神が空気も読まずに問う。
「……そんな口先だけの話、信じれるわけないだろ。でも、お前はそういうことにして話を進めるんだろう?」
「その通りです。話を次に進めますが、ここからは、あなたの“運命“の話になります」
“運命“とは、またスピリチュアルな言葉が出てきたな。
神様とのコミュニケーションは難しすぎる。
「その“運命“ってのは?」
「死んだあなたが、たどる末路とでも言いましょうかね」
死んだ前提で話がどんどん進んでいくのを、他人事としか思えない。
だって、ここで普通に会話してるんだもの。
「では“運命“の説明をしますね。ーー“運命“のルートは2つあります」
「1つは天国か地獄に向かう『審判』ルート。もう1つは、生命として現世に生まれ変わる『輪廻』ルートです」
キリスト教なのか、仏教なのかハッキリしない運命だ。
宗教の本質は似通ってるとも捉えようはあるが、これは単に僕の夢なので特に意味はないはずだ。
「ちなみに、どちらも嫌だと言ったら?」
「その時は、魂を私のおやつにします」
懐から稲刈り用の鎌を抜いて、淡々と死神は言う。
よくあるデカイ鎌は持ってないらしい。
まあ誇張はコンテンツに付き物だからな、死神に責任はない。
「それだけはゴメンだね。……ちょっと考える時間をくれよ」
「もちろんです」
考えると言ったものの、ここで判断できることなど無いに等しい。
……不思議だな、夢だっていうのにどうして冷や汗が止まらないんだろう。
まるで本当に死んだとでも、思い込んでるみたいじゃないか。
もうしばらくすれば、またいつもの……生ぬるい絶望が僕の目を覚ましてくれるというのに。
考え込んでいるフリをしていると、不意に死神が口を開く。
「もしも、本当にどちらも不服な様でしたら、実はもう一つのルートもございますよ」
「……それは、どんな?」
「期間限定、人数制限ありの特別ルート! その名も……“異世界転生ルート“です!!」
突然、異様に高いテンションと声量で語る死神。
お昼の通販番組の司会者がこんな感じだったな、と思い出す。
胡散臭そうな目で見つめていると、死神はまたも勝手に続けた。
「どうです“異世界“ですよ。あなたなら、ご興味あるでしょう?」
「それはどういう意味だ?」
「あなたが現実を嫌っているのは、見ればわかりますから」
よく知っている。その通り、僕は現実のことがいつからか嫌いになっていた。
「そうか。じゃあその“異世界転生“について聞かせてもらえるかな?」
「はい。あなたの転生する“異世界“は、よくご存知の中世ヨーロッパの文明と近似しています。“異世界“の住人は人間の他に、亜人種、つまりエルフやドワーフ。その他、空想の異形たちが数多に蠢いています。そして、魔法などのファンタジーも自然の律として存在しています」
なぜか早口になったので聞き取れなかったが、つまりは“異世界系“の小説とそっくりの世界らしい。
これから“異世界“に生まれ変わることができる?
そんなチャンスは、毎日のように待ち焦がれてきた瞬間じゃないか。
「……だけど、そんな世界に放りされちゃ生きていけない。それじゃあ“転生“する意味がないだろ」
「そこに気づくとは流石です。“異世界転生“を選ばれる方には、ギフトをご用意しております」
――パチンッ!
死神がまた指を鳴らす。すると、テーブルに3枚のカードが現れた。
「この3枚に書かれた絵は、それぞれに人の因果を象徴しています。この内の1枚が、あなたの異能となります」
目の前に現れた3枚のカードを見る。
1枚目は――剣を地面に突き立てて、仁王立ちする騎士。
2枚目は――図書の山の中で、静かに佇む賢者。
3枚目は――心臓と砂時計を両手に乗せた、裸の人間。
それぞれに因果とやらを象徴しているらしいが、雰囲気だけで具体的なことは解らない。
「どのカードが、どんなギフトを意味してるんだ?」
「申し訳ございませんが、それは教えられません」
「どうして?」
「そういう規則としか」
「おいおい、それじゃあ選びようがないだろう?」
「なぜです?」
「具体的なギフトがわからないからに決まってるだろ。こんな絵だけじゃあ、判断しようがない」
「別にいいではないですか。どれも素晴らしい異能ですよ」
「だから、もっと慎重に選びたんだよ!」
他人事のように語る死神の口調に、とうとう苛つきを抑えられなくなる。
「……あなたは生まれることを選択しましたか?」
「何だよ急に」
「生まれる前に人生を選択できるのは、それだけで素晴らしいことだとは思いませんか?」
死神は微笑を浮かべて僕に問う。
それには薄寒さを覚えた。
「やはり『審判』か『輪廻』をご希望であれば……」
「いや、いい。……選ぶよ」
「そうですか」
並んだ3枚のカードを何度も往復する。
まだ夢は覚めない。
「……そういえば、なんで“異世界“に転生させるんだ? 何か理由があるのか?」
「それも教えられません。規則に反します」
「そうかい」
そんな気はしていた。
ーー生まれるのに理由なんて、必要ないか。
死神のいう通り、人生を選ぶとしたら……。
僕の望むものは、きっと平穏だ。
特別な何かを得たいわけじゃない。
ただ、好きなことに夢中になって、ときどき笑えればそれで満足だ。
そのためには、過剰な力はかえって足枷になりかねない。
僕は1枚のカードを手にとる。
裸の人間と、その両手に心臓と砂時計が描かれたカード。
「『生命』のカードですね」と死神が言う。
「これにするよ」
「本当によろしいですか?」
「他は僕には似合わない」
そうですか。――と、つれなく言って、死神が席を立つ。
それと同時に二人を隔てていた、テーブルも姿を消した。
「では“異世界“へと、お見送りをしましょう」と言い、死神はこちらへと手を差し伸べる。
僕はその手を取らずに、席を立つ。
一枚のカードをしっかりと握ったまま。
「そうだ、最後に一つだけ助言をしましょう」
「助言?」
「はい」
二人の視線が交わる。死神はいっそう笑みを浮かべたのちに、細い腕を掲げる。
「最初の出会いは大切にすると良いでしょう」
そして、あの小さな、稲刈り鎌が弧を描く。
そして、僕の視界はぐるりと宙を彷徨った。
――新たな誕生に、神の祝福があらんことを。
そんな祈りが、僅かな意識に響く。
一人の少年の命はまたしても、呆気なく途絶えた。