山中での出会い
どうも。両足を地面に投げ出して、時折、鈴を振る“転生者“です。
人は僕のような人間を見てどう思うでしょうか?
ダメ人間? それとも、可哀想なヤツ?
相応しい蔑称なら、事欠かないでしょう。
……でも、実はこんな僕でも褒めてくれる人がいるんですよ。
しかも、ずっと年下の姉弟でしてね。とてもいい子たちなんです。
だからね、僕も二人に何かしてやりたい気持ちはあるんです。
しかし、困ったことに、その手段が僕には無いようだ。
どうしたもんですかね。ははは……。
――リン、リン
鈴を鳴らしながら、正面にある木を見るめる。
その木目が優しい顔のおじさんに見えなくもないのだ。
名も知らぬ彼と心を交わそうとしていたのだが、彼は沈黙を保っている。
「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉が現世にはあった。
――とすれば、沈黙にこそ彼の答えがあるのかも知れない。
……なんてな。アレはどう見ても、ただの木だ。
付け加えるなら、木目が人の顔のようになっている木だ。
“異世界系“の中には喋る木もあったし、植物と話せる“チート“とかもあった。
死神の“ギフト“は未だにその力を見せない
そんなわけで、色々と確かめていたところだ。
何も好んで狂人のふりをしているわけではない。
――リン、リン
せめて死神の“ギフト“にヒントでもあればなあ。
やっぱり異世界系らしく、チートだったりするのかな?
例えば、僕だけレベルアップしたり、とんでもスキルあったりして。
そう考えると心が躍る。ギフトを開く時が待ち遠しい。
「遅いと思って来てみれば、あなたは何をしているの?」
妄想を楽しんでいると、突然、どこからか女性の声が聞こえた。
上下左右に首を振って姿を捉えようと試みるが、人影一つ見えやしない。
「鈴を鳴らしているのはあなたね。一緒にいた姉弟はどこ?」
「……二人は“フーリエの葉“を取りに行った。多分、すぐに戻ってくるよ」
「すると、あなたは動けないのね」
「見ての通りだよ」
「二人がなぜ“フーリエの葉“を取りに行ったか分かる?」
「僕のためだってことは、何となくわかる」
「そう、あなたは二人を危険に晒そうとしている」
「……わかってる」
「自分の足で歩けないなら、山には入らないことよ」
「……」
散々な言われようだ。何一つ言い返せないのが悔しい。
ただのお遣いの付き添いと、甘く見ていた僕に非があるのは明らかだ。
「反省するなら、二人のために立って歩きなさい」
「……はい」
それ以上は何も言われなかった。
本来の、森の静けさが帰ってくる。
「君がアリュシアさんなのか?」
森に声を投げかけてみる。
しかし、返事はない。
「僕はアダムといいます」
……もういなくなったのかな?
彼女は名乗らなかったが、多分そうなのだろう
出会ってそうそう、お叱りを受けてしまった。
さらにお叱りを受けそうで、彼女に会うのが怖くなる。
――リン、リン
鈴を忘れていたので、振っておく。
「私がアリュシアよ。山小屋で待っているから、早めに来なさい」
鈴の音に遅れて、少女の声が真上からで聞こえてきた。
首を持ち上げると、視界の端に跳び去る彼女の姿が見えた。
思っていたよりも小柄で、それに白かった。髪も肌も。
深緑色のローブの隙間から覗いた、白い彼女が目に焼きつく。
もしかして、彼女はシタッカ村の人とは違う種族なのだろうか?
……それに、彼女の声を聞いたのは、初めてではない気がする。
「アリュシア」
意味もなく、彼女の名前を読んでみた。
不思議と呼び慣れた名前のように感じた。
――彼女は、僕にとって何者なのだろうか?
色々な疑問を、彼女は知らず知らずに残していった。
そんな頼りない予感は、現世なら妄想と切り捨てたと思う。
妄想を頼りに走り出せば、立派に一人のストーカーとなっただろう。
しかし、知っての通り、ここは“異世界“だ。
空想が現実ならば、妄想だって予感になりうる……かもしれない。
ーーリン、リン
役割を思い出して、鈴を鳴らす。
予感か妄想か、その答えは薄暗い山を登った先にある。
森に入る前はなだらかだった斜面が、今は崖のようにも見えた。
……死神の“ギフト“よりも、今は基礎体力の方が大事だと実感する。
「二人とも、早く戻ってきてくれ……」
――リン、リン
体力不足の“転生者“は、ただ項垂れて、また鈴を鳴らすのだった。
・・・・・・・・
アリュシアさんが去ってから少しして。
僕は新たな危機に直面していた。
近くの茂みが、不自然に揺れている。
――リン、リン、リン!
獣よけの鈴を鳴らし続ける。
茂みの揺れはなおも近づいている。
僕はいっそう強く鈴を振り、甲高い音を響かせた。
しかし、茂みの揺れがいっそう激しくなり、そいつは飛び出した。
「ギャオー! ヤマオドシだぞー!!」
茂みから、可愛らしいモンスターが現れた!
不思議なことに、どこかの元気すぎる男の子にそっくりだ。
モンスターは両手いっぱいに、何やら赤い葉を握りしめている。
「うわー、怖いなー。誰か助けてくれー」
抑揚のない声で必死に助けを呼ぶ。
僕は腰が抜けて、両足を投げ出したままだ。
モンスターはそうしている間にも、ゆっくり近づいている。
「誰かー、襲われるー、もうダメだー」
「……何やってるの、二人とも」
そこにリュッカが帰ってきた。
呆れた顔をして、僕とモンスターを見ている。
「リュッカ、助けてくれ! ヤマオドシに襲われる!」
「……アダムさん、あれはエノクですよ」
「似てるけど、あいつはヤマオドシと言っていた!」
「ギャオー! ンギャオー!」
「……」
ヤマオドシは熱が入って、よくわからない動きを繰り返している。
一方のリュッカといえば、冷たい目でヤマオドシを見ている。
あんな目で見られたら、僕ならしばらく立ち直れないだろう。
しかし、あのヤマオドシには効かないようだ。相性が悪かった!
――すると、リュッカは人差し指を向けて、親指を立てた。
それは現世でいう、ゆび鉄砲だった。
「――水滴よ、礫となれ」
リュッカが小声で、何事かを呟いた。
その瞬間、指の先から、透明の力が走る。
そして、ヤマオドシは額に力を受けて、仰向けに倒れた。
……信じられない。リュッカは何をしたんだ?
「いてー! 何すんだよー!」
「……あら、エノクだったの。勘違いしちゃった」
「人に“魔法“向けちゃダメって言われてるじゃん!」
「ヤマオドシだったら、問題ないでしょ?」
――え、“魔法“? 今、普通に“魔法“って言わなかった!?
……そういえば、転生する時に「魔法もある」と、死神が言っていたような。
ということは、僕が知るファンタジーは全て存在すると考えてもいいのかも。
いざ、自分が登場人物の一人となると、単に嬉しいだけでは済まなくなる。
空からドラゴンが飛んできたりしたらおしまいだ。負けイベントは勘弁願いたい。
魔法を目にして、僕は早速リュッカに尋ねる。
「リュッカ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「どうしたの?」
「もしかして、“魔法“も常識だったりする?」
「……そうだね、私より小さい子も知ってるよ」
すると、算数や国語を習う感覚で、魔法を勉強してるのか。
どこぞの魔法学校とかに通う必要はないらしい。
「僕も使えたりするかな?」
「うん、練習すれば、ほとんどの人はすぐ出来るようになるよ」
その答えを聞いた瞬間、僕は天に向かって両拳を上げていた。
魔法は“異世界“になくてはならないものだ。
それを練習すれば誰でも出来るときた。
僕の手から炎や風が飛び出すのは、もはや現実となった。
……始まっちゃたな、僕の“異世界転生“
「お兄ちゃん、どうしたんだろうね?」
「……疲れ過ぎちゃったのかも」
二人が心配そうに、こちらを見つめている。
いけない、僕は二人の足を引っ張っている身だった。
そんな僕が一人ではしゃいでいては申し訳ない。
まずはやるべきことをしよう。ーー魔法はそのあとだ。
「そういえば、二人がいない間にアリュシアさんが来たんだよ」
「え、お姉ちゃん来てたの!?」
「姿は見えなかったけどね。『待ってるから、早めに来なさい』ってさ」
「そうだったんだ。お姉ちゃんの方から来るなんて珍しい」
「僕が待たせてしまってるからだ。わざわざ見にきてくれたんだろう」
「お姉ちゃん、面倒見いいからね。――じゃあ、早速これを食べて、元気出そっか」
エノクがそう言って、握っていた赤い葉を渡してくる。
……食べるって言ったのは、気のせいだと思いたい。
「それがさっき言ってた“フーリエの葉“だよ」
「そうなのか。……食べるって、聞き間違いじゃないよな?」
「まあ、不味いけど、それだけ疲れに効く薬草だからさ」
受け取った赤い葉の感触は、そこら辺に落ちてるものと変わりない。
つまり、食卓に並ぶことは、まずないということだ。
「……そうだな。わざわざ採ってきてくれたんだ、ありがたく食べるよ」
赤い葉を握りしめて、どう食べるか考える。
煮るか、炙るかすればマシになるだろうか?
「あ、ちなみに生で食べないと意味ないからね」
「……わかった」
諦めよう。僕の不甲斐なさが招いたことだ。
覚悟を決めて、硬い感触の葉を口に入れる。
渋味と苦味が味蕾を刺激して、「吐き出せ!」と訴えてくる。
「不味すぎる……オエッ」
喉から朝食が迫り上がってきそうになるも、どうにか堪える。
「これと一緒に食べるとマシかも」
エノクはポシェットから、包みを取り出した。
包みを開くと、粘り気のある赤色の塊が入っていた。
「それを一緒に口に入れてみて。甘いから」
甘いと聞いて、急いで塊の一部を口に放り込んだ。
ほんのりした甘さが加わる。少しだけ、土っぽい味がマシになった。
それから、しばらく「良薬、口に苦し」という言葉を信じて、赤い葉をしゃぶり続けた。
――葉に唾液を染み込ませること数分。驚いたことに、体の疲労が軽くなっていた。
「……すごいなこれ。あれだけヘトヘトだったのに、もう歩けそうだ」
「そうでしょ。……本当は粉にして、お湯で飲むものなんだけどね!」
「生じゃないと意味ないって言わなかった!?」
「緊急事態だから、嘘ついちゃった!」
「なんてやつだ。……まあ、おかげで助かったよ。ありがとうな」
「どういたしまして!」
エノクにしてやられたようだ。
今度は、ちゃんとした“フーリエの葉“を味わいたい。
できれば、砂糖のような甘味をたっぷり用意して。
「よーし、それじゃあ、お姉ちゃんの家までノンストップだー!」
「おー!」「……おー」
再びエノクを筆頭に、山を突き進む。
リュッカは僕の後ろについてくれている。
情けないことばかりだが、優しい二人のために頑張ろう。
アリュシアさんも、首を長くして待っているだろうから。