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ロストガール・サードパーティ  作者: ほとまる
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密輸船襲撃 4

 階段を登ると、経路の確保を任せていたメルコットの元にユリンとイリカが既に到着していた。


「メルコット、脱出経路の様子は」


 メルコットは扉をほんの少し開けた状態で外の様子を確認していた。


「外に船員が二人。拳銃を持っているのが見えます」


「やっぱバレちゃったか?」


「いや、バレているなら船内を確認するはずだ。奴らが警戒している原因は他にありそうだが……」


 イリカの言う通り、船内で銃声がしたのであれば少なからず誰かが様子を見にくるはずだ。


「聞こえてはいたが、発砲音が船内から発せられたものと気付かれなかった。もしくは、最初に無力化した船員の行方不明による警戒強化か?」


 だが、どちらにせよこの疑念に答えが出たとしても、この現状の答えには辿り着けないだろう。


「どうにかしてここから脱出しなければいけないのだが……」


「て言っても脱出する手段なんてあるんですか!? 出口はここしかありませんし、見張りだって……」


 確かにメルコットの言葉は最もだ。


 出口は一つ。


 見張りは警戒中。並大抵のことでは欺くことはできない。


 なら……


「強行突破しかないかなぁ……」


 答えのない問題にはこう答えるしかない。


「いやいやいやいや! 流石にそんなこと……」


「まあ、悪くはないか」


「え! イリカさん!?」


 メルコットは意外なイリカの返答に驚いたようだ。


「悪くない……と言うよりは、それしかないって具合だろうか」


「い、いや、でも強行突破なんてしたら万が一って事も……」


「万が一……ねぇ……」


 ユリンが呟きながらこちらに意味有り気な視線を送った。


 私から言えってことか……


 こういうのを口頭で説明するのは流石の私でも気がひける。


 だが、仲間を諭すこともリーダーの務めだ。


 仕方がない。


「メルコット」


「は、はい」


「私たちの任務は麻薬密輸の妨害と証拠の奪取だ」


「それは分かっています……」


「私たちに与えられた任務はそれだけ。つまり私たちの生還は任務には含まれていない」


「……………………」


「だから私たちの身の安全は二の次になるんだ」


 メルコットは私から少し目線を逸らした。


 いや、メルコットだって分かっていたはずだ。


 危険も厭わないような任務の遂行を任されること。


 それにどんな意味が含まれているかは、亡国の皇女であるメルコットにだって分かるはずだ。


 だが、理解することと許容することは別。


 メルコットにはそれが許容出来なかった。


 失うことが怖い。


 奪われることが怖い。


 死ぬことが怖い。


 どれほど彼女にとってそれが重石になっているのか分からないが。


 多かれ少なかれ、そう言った経験があるのだろう。


 目を逸らしたくなる理由も頷ける。


 ……しかし、ただ現実を見せつけるだけではメルコットの為にもならない。


 何かフォローしないとな……


「だから……」


 だから。


 その次に言うべきセリフが思いつかない。


 場を明るくするユーモアに富んだセリフも。


 不安を払拭するような気の利いたセリフも。


 私の頭の中には何一つ思い浮かばなかった。


 これでこの部隊のリーダーか。


 私にはやっぱり似合わないな。


「どーせさ、とやかく考えたってこの状況は何も変わらないだろ」


 私が次の言葉に思考を巡らせていると、ユリンが遮るように口を開いた。


「逃げようとしたって逃げ場がない。ここからも。あるいはこの部隊からだって、逃げたところでどこにも行くところ無いでしょ」


「……………………」


 でも、と言いながらユリンはメルコットに視線を向けた。


「私だってこんなところで死にたくはない。ここに死にに来たわけでもないしな」


 当然だ。


「私だって死ぬのは怖い。今にも泣きそうなくらいだよ……泣きそうってのは嘘だけどさ、死ぬのが怖いのはホント」


 私は泣きたいくらいなんだけどなぁ。少し大袈裟だが。


「死にたくない。死にたくない。だからさ、さっさと帰ろうよ」


 反芻された言葉は想いの強さを増幅させる。


「メルコットだけじゃないよ。生きたいとか、死にたくないとか、失いたくないとか。そういうこと、思ってんのはさ。な?」


 ユリンは、今度はイリカの方を覗く。


「ふふ。私だって死にたいとは思ってない。誰かを失ってもいいなんて思ってない。無論、リーアもな」


「ああ」


「全員思っていることは同じなんだ。だから、私たちのことを信じて欲しい……いや、信じてくれ」


 イリカの眼差しは優しいものだった。


 イリカも……いや、ユリンだってメルコットの心情を慮ることの出来る経験をしている。


 上辺だけの薄っぺらい同情なんかじゃない。


 自らの思いすらもなかなか言葉に出来ない私でも、それが伝わる。


「……分かりました。信じます……と言うか信じるしかないですね」


 メルコットが再び視線を上げる。


「覚悟が……出来たかどうかは分かりません。ですが、信じます。信じるからには、皆さんに地獄の果てでもついて来て貰いますよ」


「おいおい。地獄まで一緒について行くとか、私らは全員で心中する未来なのかよ」


「言葉のあやですよ」


 実際、メルコット自身は決心はついていたのだろう。


 だが、決心はつけられてもそれを許容するプロセスが彼女には足りなかった。


 ある程度許容の器は広がったか。


「それより、強行突破するにしても何か策があるんですか? 策も無しに突撃するなんて馬鹿みたいなこと私は嫌ですよ?」


「策はある」


 私は右手で、私の左腕を指さした。


「リーアさんの義手……ですか?」


「ああ、そうだ。メルコットだって体験しただろう?  この義手の出力はかなりのものだからね」


 それで、私はは微かに開けられたドアから外の方へと指を差した。


「あそこの茂みにある木を私の義手を伸ばしてキャッチすれば、さっき船に乗った時の要領で脱出出来る」


「大丈夫なのか? その作戦」


 意外にもそう問うたのはユリンだった。


「言葉にすれば出来そうなことだけどさ、潜入の時とは違って、その作戦だと数十メートルを水平移動しなきゃいけないんだぜ?」


「それは承知の上だ」


「移動距離がさっきよりも長くてかかる負荷も大きくなる。義手もそうだけどリーア自身もそれに耐えなきゃいけない」


「……そうだな」


「……大丈夫なのか?」


 ユリンの懸念は私への負担の大きさなのだろう。


 オーバーパワーな義手に無理をさせるのだ。それをつけている私への負担はかなりのものになると予想出来る。


 それでも。


「大丈夫だ」


 それでも、そうしなければいけないのなら、制御して見せるまでだ。


 これが私の役割なのだから。


「……そうか。本人が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうな」


「そうだな。頼んだぞ、リーア」


「リーアさん、お願いします!」


「ああ。任せてくれ」


 脱出の手段が決まった。


 あとは……


 ホルダーから通信機を取り出す。


「コアル、聞こえるか?」


『おっそい!』


 どうやら怒っていらっしゃるみたいだ。


『もー、時間ギリギリ! みんなやられちゃったと思ったじゃない!』


「悪かった悪かった。少しアクシデントがあったんだよ」


『まあ、私は現場にいなかった訳だし、文句の言える立場じゃないけどさ。でも超心配したんだから!』


「ほんと、ごめんって……」


 私だってコアルの立場なら心配する。


 彼女の心配からくる怒りももっともなものだ。


「これから脱出を敢行する。脱出が完了したら軽く合図を入れるから、合図が入ったら……」


『ええ。焼夷弾、準備は万全よ……無事を祈ってるわ』


「言われなくても」


 そう言い、私は無線を切った。


「では、脱出の詳細を伝える」


「まず最初に経路を隠すようにスモークを投げ、私が先陣する。他のみんなは私の経路をなぞるようについてきて欲しい。スモークは敵の視界を遮るため……とは言うものの、実際、私たちの視界も少なからず遮られる。万が一、誤って海にでも落ちてしまったら救出は難しいと思ってくれ。私は船の縁に到達し次第、対岸の茂みへ渡る準備をする。私に追いついたら各自私にしがみ付くんだ」


 全員がコクリと頷く。


「以上が脱出のための作戦……いやはや、作戦というのも烏滸がましいくらいに杜撰ではあるがな」


「杜撰でもなんでもいいんですよ。しがみついてでもみんなで生還する。そんな前向きな考えが有れば、どんな困難だって乗り越えられます!」


「前時代的な根も葉もない精神論ではあるが、まあ、嫌いじゃないな、そういうのも」


「そうなのか? てっきりユリンは精神論者だと思ってたが」


「私は頭脳派なの!」


 ユリンは大袈裟なジェスチャーを取りながらイリカに反論した。


 こんな状況なのに、笑いが込み上げてしまう。


「何笑ってんだよ、リーア」


「悪い悪い」


「ったく……」


 ユリンも困ったように微笑んだ。


「まあ、好き嫌いどうこう言っても、今はそれに縋るしかないからな」

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