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ロストガール・サードパーティ  作者: ほとまる
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密輸船襲撃 3

 船内へ入るための内開きの扉には中を確認できるような小窓のようなものは見当たらない。


「開けて確認するしかないみたいだな」


 いつも通りのイリカのハキハキとした口調からも、少しばかり緊張が伝わってきた。


「……よし。開けるぞ」


 そう言うと、イリカはそろりと扉を前に押した。


 少し開かれた扉から中を一瞥する。


「……人影らしき物は見当たらない。話し声も足音もないから侵入するなら今だな」


「わかった」


 私が了承すると、皆も顔を合わせ静かに頷いた。


「侵入」


 私の言葉を皮切りに一人一人、半開きの扉から音を立てずに船内へ入った。


 最後に入ったメルコットが扉を閉めた。


 扉を閉めると外からの月明かりが遮断され、明るさは微かに周りを確認できる程度しかない。


「暗いな……階段はどこだ?」


「あそこじゃないかな」


 ユリンが前方の斜め右を指さす。


「そこか……ん? 階段下から明かりが漏れてないか?」


 明かりに気付いたイリカがユリンに問うた。


「だね。この暗い船内で下だけ灯りがついてるってことは……」


「ああ。人がいる可能性が高い」


「そそ。そゆこと」


 ユリンの声色に少し真剣さが窺えた。


「……どうする? リーア」


 リーダーの私にイリカが問う。


「……そうだな。今回はあまり規模の大きくない商船だ。いくら密輸をしようとしているとはいえ、見張りの人数は多くないと考えられる」


「……そうだな」


 イリカが相槌を打つ。


「それに、ここは船内。少しくらい音をたてても大丈夫だ。少し強引かもしれないが、このまま階段を降り、見張りを速やかに制圧するとしよう」


「わかった」


「りょーかい!」


「わ、わかりました!」


 三人が各々了解した。


 ホルダーから無線機を取り出す。


「……応答」


『オーケー。聞こえてるよ』


「この船が当たりだったようだ。これから交戦に入るかもしれない」


『わかったわ。こっちはいつでも準備出来てるからね』


 コアルは声には抑揚があるものの、淡々と答えた。


「無線が切れてから十五分で連絡がなかった場合、焼夷弾を撃ち込んでくれ」


『確認を取る必要はないの?』


「いらない。それだけ時間が経ってしまったならば私たちの身に何かあったことは確実だ。相手方に正体がバレるくらいなら私たち諸共隠滅してくれた方が都合が良い」


『……いやいや、良くないでしょ!任務と真摯に向き合っているのはとても良いことだけど、それは命あってのこと。リーアたちの合図をもらわない限り撃つのはやめておきたいわ』


「……それはコアルの我儘か?」


『……どう言うこと?』


「それは軍の方針なのか? コアルの我儘なのか? もしそれが軍の方針じゃなく、コアル自身の美徳の為ならば私の言う事を聞いて欲しい」


『……そうね。私の我儘ね。生きて帰ってきて欲しいの。任務に失敗しても、生きてさえいればそれだけで……』


「甘いですよ……」


 遮るようにつぶやく。


『……そう……わかったわ。十五分経っても連絡がない場合はそのまま焼夷弾を撃ち込むわ』


「それでお願いします」


『頑張ってね』


 返答せずに通信を切る。


「すまない。少しコアルと長話をしてしまった」


「あ、ああ。大丈夫だ」


 イリカに少し動揺の色が見えた。


 まあ、無理もない。


「今から十五分で片を付ける。目標は船内の制圧。見張りを殺してしまうのはあまり望ましくないが、万が一の場合は銃を使う事を許可する」


「は、はい!」


 メルコットも緊張しているようだ。


「りょーかいりょーかい」


 ユリンはいつもの調子と変わらないか。


……いや、少しばかり違和感はあるが、まあ、どうでも良いことか。


「あまり時間はかけられない。いくぞ」


 私の言葉に反応し、皆が頷く。


 そろりそろりと歩みを進める。


 私が先頭、次にイリカ、ユリン、メルコットの順で階段を進んでいった。


 鉄製の冷ややかな床は普通に歩いていても、音が大きく下層に響いてしまう。


 踵から、足裏を床に貼り付けるようにして歩く。


 こうすれば足音を立てずに歩くことが出来る。


「どうやらここが本当に貨物室みたいだな」


 イリカが小声で呟いた。


「そうみたいだな……だが見張りがいるはずだ。そんなにザルじゃないと思うが」


 密輸ならば一番見られてはいけないのは「ブツ」だ。


 他人の目に触れることの無いように「ブツ」の近くに見張りを配置するのは自然だ。


「なら……」


 私はショルダーポーチの中にある弾倉から弾を一つ、取り出した。


 これを私たちの見える位置に投げ、見張りを誘き寄せる。


 弾を一つ取り出した私の動作で、皆も私が何をしようとしているか察したようだ。


「交戦に入るかもしれない。準備しておけ」


 無言。これは肯定の無言だろう。


「いくぞ」


 合図のあと、私は手に取った弾丸を投げた。


 からんからんと弾丸は音を立てながら転がり、六、七メートル先で止まった。


「ん? なんだ?」


 前方右手から声が聞こえた。


 そしてその後、私たちの眼前に見張りと思しき男が現れた。


「ユリン!」


「承知!」


 ユリンはその瞬間、前方へと、男に向かって飛び出した。


「うりゃあ!」


 ユリンは迷わず男に向けて飛び膝蹴りを放った。


「うぐっ……」


 男が低く唸り、その場に倒れた。


 すかさずユリンが男の腕を背に押し付け拘束した。


「よし! 作戦成こ……」


「侵入者か!」


 貨物の裏からもう一人、男が現れた。


「見張りは一人じゃなかったか!」


「ユリン!」


「くそ! 侵入者が! 離れろ!」


 そう言うと、もう一人の男は腰から何かを取り出し、ユリンへと向けた。


 紛れもない。銃だ。


「ユリン! 逃げろ!」


 そうは言ったものの、銃を持った相手に距離なんざ関係ない。


 何処に逃げたってこの空間には安全な場所はないのだ。


「私が行く!」


「イリカ!」


 隣にいたイリカが飛び出す。


 無茶をするな……なんて言える状況ではない。


 眼前の仲間の危機にただ立ち尽くすなんてことを強いる方が残酷だ。


 仲間……仲間か。


 ならなぜ私は思考より先に体が動かなかったのだろうか。


……………………


「銃をおろせ!」


 イリカの大声が聞こえる。


 今はそんなことを考えている場合ではない。


 イリカはユリンに気を取られている見張りの脇腹に蹴りをくらわせた。


「ぐぅ、クソ!」


 銃を持った見張りの男は、今度はイリカに銃を向ける。


「そんなもの!」


 その掛け声と共に、イリカは銃を持った方の腕に組み付き、銃を弾き落とした。


 その後、流れるような動作で男の体を地に押し付け、拘束した。


 軍隊式格闘術。


 元軍人であるイリカは軍隊式格闘術を身につけている。


 実戦での身のこなしや落ち着きようはさすがと言わざるを得ない。


「……他に物音はない。見張りはこれまでのようだな」


 イリカの言うように貨物室からは人の気配も物音もしない。


「……ありがとう。作戦続行だ」


「了解……さて麻薬の場所を吐いてもらおうか」


 イリカが現在組み付いている男に問うた。


「はっ。勝手に探せば良いじゃねぇか」


「……はぁ。分からないのか? 自分の立場」


 そう言ってイリカはホルスターの銃を抜き取り、男に突き付ける。


「ぐっ……」


「案内しろ」


 イリカの声は冷たかった。


 些細な挙動でさえ命のやり取りとなり得るこの状況でさえイリカは冷静だ。


 昔のことではあるが、元はただの村娘だった私は、そんなものを持ち合わせていない。


「急げ」


 イリカは、先程船員を尋問した時のように、男の頭にこつんと銃口を押し当て言った。


「……わ、わかった」


 承諾を聞き、イリカは男の拘束を解く。


「両手を頭の上に」


 最低限の情報のみを含む短い言葉。


 何も言わず男は言葉に従った。


「立て。くれぐれも変な気は起こすなよ」


 返答はない。


 男は緩慢な動作で立ち上がる。


 私はその緩慢さに少し違和感を覚えた。


 反撃の機会を窺っているのだろうか。


 そのことはイリカも気が付いているだろうが、必ず対処出来る訳でもない。


「あ、あの、私は何をすれば……」


 メルコットがおずおずとした口調で問いかける。


 メルコットは部隊に入ってまだ日が浅い。


 それに、メルコットは一国の王家の生まれだ。こんな状況に慣れているはずがない。


 だが、それにも関わらずここまでついて来れたこと。自分や仲間の身に危険が迫っていても自分のすべき事を全うしようとしていること。


 正直言って、以前まで皇女であったとは思えない。


 何が彼女をそこまで必死にさせるかは分からないが、今考えるべきことではないか。


「出口の確保を頼む。誰か近付いてくるようなら教えて欲しい」


「わ、わかりました!」


 この場に似合わないハキハキとした返事を残し、メルコットは早足で先程通った階段を登っていった。


 さて……


 イリカの方は見張りの男を誘導し、一つの積荷の前に立っている。


「ここか?」


「……そうだ」


「手を動かしてもいい。箱を開けろ」


 イリカがそう告げると、男は頭上に置いていた両手を動かし、積荷の蓋に手をかけた。


 ガコッと音を立てて木製の蓋が外れる。


「……オラァ!」


 突然男が外した蓋を後方へ振り回した。


 後方にいるのはもちろんイリカ。


「なっ!」


 イリカも予想はしていただろうが、咄嗟に対応出来るほど人間の体は都合よく出来ていない。


 振り回された蓋は銃を持つイリカの手を直撃した。


「ぐっ……」


 木製の蓋が当たった反動で銃が床に転がった。


「くたばれ!」


 男はイリカに向かって蹴りを入れた。


 銃を落としたことに気を取られたイリカはその蹴りをもろにくらってしまった。


 イリカはそのまま床に倒れ、男がそこに近づこうとしている。


……ああ、やるしかないようだ……


 それを覚悟した時、全身の筋肉が強張るような感覚に襲われた。


 こめかみを汗がつたう。


「くたばるのはテメェだぁ!」


 バァンと銃声が響き渡る。


 銃弾が着弾したのは言うまでもなくその男。


「ぐぁっ」


 痛みに耐えられず男は床に倒れ込む。


「リーア……」


 倒れていたイリカが体を起こし、私の名前を口にする。


 先程の怒号を発したのも、銃を撃ったのも私だ。


「イリカ、大丈夫か?」


 私は駆け足でイリカの下へ駆け寄り手を差し伸べた。


「ああ。ありがとう」


 イリカは謝辞を述べると共に私の手を取った。


「……リーア?」


 ああ、気づいてしまったか。


 間近で見て、触れたんだ。気付かないはずもない。


 私の手は震えていた。


「……大丈夫か?」


 表情でも、仕草でも平然を装おうとしたがやはり無理だったか。


 人間を撃ったことに、人一人を死に至らしめようとした自分に。


 体が勝手に怯えていた。


 無理もない。


 私は一度死にかけた。


 私は死の恐怖を知っている。


 手足をもがれ、地に倒れながら途方もない痛みに耐えるあの恐怖を経験している。


 今撃ち抜いた男には何の情もない。


 ただ、自らが経験したあの恐怖を知っていながら、別の誰かにその恐怖を与えることを選んだ自分に、怯えていた。


 それが仲間を守るための選択だったとしても。


「……なに。心配されるような事じゃあない」


 嘘だ。


 心臓の鼓動が、胸に手を当てなくったって分かる。


 ばくばくと、体内の鼓動が鼓膜にまで響く。


 誰かに縋りたい。


 自分の行動を肯定して欲しい。


 自らの脆弱さを否定して欲しい。


 しかしそれは許されない。


 自らの意思で選び、進み始めた道をそんな甘えで蔑ろにするわけにはいかない。


「さあ、その箱の中を確認しようじゃないか」


 声は震えてないだろうか。


 いつも通り、リーダーらしく振る舞えているだろうか。


「……ああ。分かった。押収してさっさと帰ろうか」


 イリカの帰ろうと言う発言は私の身を案じての言葉だろうか。


 真意は分からないし、意味があるのかも分からない。


 それに、特に知る必要もない。


 箱を覗くと、中にはその辺の道端にでも生えていそうな緑色の葉が隙間なくぎっしりと詰まっていた。


「これが麻薬か?」


「ああ。おそらく大麻だろうな。まさかここまでの量を密輸しようとしていたとは」


 流石にこれだけの量を持ち帰るわけにもいかない。


「証拠として持ち帰るだけだ。少しだけで構わないだろう」


 私は箱の中から麻薬を一掴み、腰のポーチへとしまった。


「目標を押収。これより離脱に移る」


「了解」


「りょーかい」


 この場にいるイリカとユリンが私の言葉に答える。


「……まあ、その前に……」


 私はユリンが取り押さえているもう一人の男に近付く。


「おい、お前」


「……な、なんだ」


「私たちの離脱後、この船に対し焼夷弾による攻撃が仕掛けられることになっている」


「なっ……」


「だが、私たちは人を殺しに来た訳ではない。そこの男を担いで船を出ろ。急所を外して撃った。すぐに適切な処置を受ければ死にはしない」


「……ああ」


「他の船員にもこの事を伝えろ。不必要な犠牲は後味が悪いからな」


「はっ。自分で撃っておいて何を……」


「分かったな」


 反抗的な男に銃を突き付ける。


「……ああ」


「ふん」


 こんな時でも強気を通すのは男の性なのか。


「では二人とも階段を登れ。メルコットのいる場所で一旦待機だ」


 ユリンとイリカは指示通り、先程通ってきた階段を登っていった。


 私も二人の後を追うように階段を登る。

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