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ロストガール・サードパーティ  作者: ほとまる
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密輸船襲撃 2

「ううー……寒いわ。冬の海なんて初めて入りました」


 メルコットは体を震わせながらに言った。


「私もそんなに経験しているわけじゃない。命の危険もあるからあまり良くはないんだけどね……」


 今回の目標は密輸船。


 と言えど、出船前は人目が多い。


 あまり目立たずに商船に乗り込むにはこうでもしないと厳しい。


「今回は商船。乗組員もそこまで多くないし、密輸船なのだから警備もそれなりに慎重だ。変装で潜入できるならそれが良かったけど、今回ばかりはね」


「だ、大丈夫です! だんだん慣れてきました! 私だってこれくらいのことはやってみせます!」


 本当に慣れてきたのか強がっているだけなのか。まあ、どちらでもいいか。


「脱お姫様するためにはいい訓練じゃない。どーせあったかいお風呂にあったかい布団が普通だったんでしょ」


 ユリンがメルコットを揶揄う。


「私は冬でも水浴びはしてたからねー。確かに寒いけど、慣れたらそう億劫には感じなくなってたね」


「それを言われてしまうと、確かに私の生活は恵まれていて生温いものだったかも知れませんね」


「いや、別に湯浴みも布団で寝るのも別に生温いことではないとは思うんだが」


 イリカが会話に入る。


「私の田舎でも湯浴みはたまにするし、寝床だってそう不自由はなかった。ユリンのいた環境が特別だっただけだぞ」


「そうなのですか?」


「まあ、言われてみればそうなのかもね。実際、刑務所にいた時の方がいい生活送れてたしね」


「いや、あのな、そういう自虐は対応しづらいというかな……」


「ああ、ごめんごめん。まあ、私自身あの頃の生活についてはそう気にしてないし、気ぃ遣う必要はないっての」


「……前向きなのは素晴らしいことですわね」


「そう言って貰えると助かるね」


 ユリンが笑顔を浮かべた。


「さあ。目標の船だよ」


「へえ……近くで見るとこんなにも大きいんですのね」


 軍艦よりは小さいが、漁師が漁で使う船よりは大きい。


 なにより荷物を運ぶ船なのだからそれなりの大きさはあるわけだ。


「まあ、ある程度大きい船でよかったよ。潜入がしやすい」


 制圧よりも潜入の方が難しい。その目標が船などの人の目につきやすいものならば尚更だ。


 しかし大きいハコは、制圧が難しい分、その大きさ故に潜入が容易くなる。


「……でもここからどうやって潜入するのです? 梯子とかもないように見えますが……」


 私たちがいるのは船の外。


 つまりここから甲板へ潜入するには三メートルほど飛ばなければいけない。


「なんだメルコット。知らないのか?」


「へ?」


 メルコットが間抜けた声を出した。


「まあいい。さ、みんな私に掴まってくれ」


「え? え?」


 各々が私の体に捕まる。メルコットだけは状況をつかめていないようだ。


「いいから。とりあえず私に掴まるんだよ」


「あ、ああはい。わかりました……」


 おずおずとメルコットも私の体を掴んだ。


 私は左手の義手を船体に掲げた。


 ブシュッと空気が抜ける音と微かな金属音と共にワイヤーに繋がれた義手の手首が船体へ発射された。


 発射された手首はそのまま甲板の手すりを掴んだ。


「え!? 何ですかそれ!」


「私の義手だ」


「義手はそんな挙動しないですよ!」


「私のはするんだ。それでいいだろ」


「いや別に悪いことはないんですけど……」


 まあ、普通の義手ではないことは間違いないのだが。


「よし、しっかり掴まってろよ。行くぞ!」


「え、行くって……」


 義手の腕に近い部分から唸るような低音を発する。


 そしてふわっと体が海面から離れた。


「え、えええええ!」


 メルコットの驚きなんていざ知らず。


 義手の掴んだ甲板の手すりにめがけて体が引っ張られる。


 さすがに四人分の重量だときついかと思ったが、義手の挙動はさして普段と変わらなかった。


「着地には気をつけろよー」


 ユリンがメルコットに注意を促す。


「え、ちゃ、着地?」


 すぐに私たちは義手の掴んだ甲板の手すりに到達し、ガン、という音と共に再び義手の腕部分と手首が結合した。


 そして手すりから手を離す。


 反動を利用して前へ一回転。そのまま甲板へと着地した。


「あ、あああ、あああああ」


 ドンと鈍い音を上げ、メルコットは甲板でしりもちをついた。


 他のみんなは着地に成功しているようだった。


「ほら言ったろ。着地には気をつけろって」


 にははと悪戯っぽくユリンが笑った。


「え、私が悪いんですか!? こうなること誰も教えてくれなかったじゃないですか!」


「まあ、初めて見るならビックリすると思ってな。すまんな」


 イリカは申し訳なさそうにしつつも、微笑みながらメルコットに謝る。


「いたたたた……お尻に痣でもできたらどうするんですか……」


「別にメルコットにケツなんて見せる相手いないだろ」


「あー! セクハラですよ! 女同士でもセクハラは成立するんですからね!」


「いや、他意はないさ」


「いや、今の発言には他意も何もないじゃないですか!」


「それもそうだな」


「あーもーいいですよ! 私には色恋沙汰なんて縁遠い話ですからね!」


メルコットが声を大きくし、自嘲気味な言葉を吐きつつ立ち上がった。


「それを言ったら私たち全員、色恋沙汰なんて縁遠い気がするんだがな……」


「悲しいこと言うなよイリカ……」


……なんでこんな話になっているんだ。


 私は話を切り替えるために軽く咳払いをし「今は任務中だ。恋愛会議は帰ってからの課題にしておこうじゃないか」と言った。


「ん、そうだったね。失敬失敬」


「はは……帰ってからの議題、だな」


「ふん。私はどうだっていいですよ」


 どうやらメルコットはまだ拗ねているようだ。


 こうやってなんでもない話に華を咲かせていれば彼女ら……自分もそうだろうが、年相応の普通の女子に見えると思う。


 このあまりにも特異な状況に身を置かれていることを除けば、だが。


「誰か甲板にいるのか?」


 知らない男の声。


 私たちが潜入した時の音、もしくは話し声で気づいたのだろうか。


「あ、うあ、気づかれちゃいました!」


「焦るな。とりあえず隠れよう」


 甲板を見渡し、近くにある貨物を指差す。


 他のみんなも無言で頷き、四人でその貨物の裏へ隠れた。


「……誰もいねぇな……」


 現れたのは比較的体格のいい男。


 男は辺りを軽く見渡し「見回りは入念にやれって言われてるしな……」と呟いた。


 男が私たちの隠れている貨物の方へと近づいてきた。


「こっちきますよ! ど、どうしますか!」


 メルコットが小声で問う。


「やむを得んな。対象の無力化を許可する」


 遅かれ早かれ気付かれるわけだが、今気づかれてしまうと少し予定より早い。


「わかった。私が先に行こう。ユリンは後から頼む」


「了解、イリカ。メルコットはそこで見てな」


「わ。わかりました」


 イリカとユリンがホルダーから拳銃を取り出す。


 それを見たメルコットもホルダーから拳銃を取り出した。


 今回の任務は海上で行う関係上ホルダーは防水仕様だ。


 普通のホルダーより拳銃が取り出しにくいため、すぐに対応出来るよう、私も拳銃をホルダーから取り出した。


 ドンドンと大きな足音を立て、男がさらに近づいてくる。


「行ってくる」


 短い言葉の後、すぐさま貨物の陰からイリカが飛び出した。


 男もまた、そこまで強く警戒していたわけではなかったようで、陰から飛び出したイリカへの反応が遅かった。


「あまり騒ぐなよ」


 そう言い、イリカは男の頭に拳銃を突きつけた。


「……まじか」


 男は小さく呟いた。


「お前が面倒なことをしないなら死ぬようなことはない。賢い判断をしてくれ」


「……わかった」


 男は小さく頷いた。


「まずは両手を頭の後ろに上げろ」


 イリカがそう言うと男は素直に両手を頭の後ろに上げた。


「では質問に答えろ。答えるも答えないも貴様の自由だ。まあ、貴様に利用価値がなくなるならばそれまでだが、な」


「……ちっ」


 男が軽く舌打ちをする。


 どうやらまだ反抗の意思はあるようだ。


 反抗を行動に移された時が一番危険だ。油断できない。


「麻薬を積んでいるのはこの船か?」


 男に問う。


「……………………」


 イリカが男の頭にこつんと銃口を当てる。


「……ああ。この船に積んである」


「この船だけか?」


「そうだ。他の船は囮と聞いている」


「どこにある」


「ここから船内に入ってすぐの階段を下に降りた先にある貨物室。麻薬は貨物室の奥に置いてある」


「そうか。ありがとう……じゃあ後はお願い」


「は?」


「ほいきた!」


 イリカの言葉を合図にユリンが貨物の陰から飛び出す。


 ユリンは男を力一杯蹴り飛ばした。


 すかさず男も身構えようとしたが反応が遅れ、蹴りが顔面にクリーンヒット。


 男の体は甲板の上をゴロゴロと転がり、動かなくなった。


「し、死んじゃったんですか?」


 メルコットがユリンに問う。


「大の大人がこんな女子の蹴り一発で死ぬわけないだろ。頭を狙って気絶させたんだよ」


「ユリンの蹴りを女子の蹴りっていうカテゴリで一括りにしてしまうのはちょっと違う気がするんだがな」


「まあ、鍛えてるからねー」


「鍛えてても普通ああはならないだろう」


「でも鍛えてこうなったんだ。それ以上も何もないさ」


 私たちのチームの中でユリンの身体能力は頭一つ抜けている。


 ユリンはこの身体能力の理由を、女子供でも自分の身は自分で守らなければいけない環境で育ったからじゃないか、と言った。


 私にはそれがどんな環境なのか、想像できるほどの経験はない。


 彼女のあっけらかんとした振る舞いからは想像しにくいが、私たちの知らない過酷な状況で育ったのだろうと言うことはわかる。


「いつも悪いな。こんな役回りばかりで」


 私は得意げにはにかむユリンに謝辞を述べた。


「いいってことよ。私の得意分野はこういうのだからねー」


 そう言ってユリンはパンチ、パンチ、キック、と虚空に向かって放った。


「ふふ、頼もしいよ」


 そして私は「さて……」と会話を一区切りさせた。


「これから向かうは船の下部に位置する貨物室。しかし、この男が言ったことが真実かはわからない。油断は禁物だ」


 皆、無言でコクリと頷く。


「素早く遂行するに越したことはない。この男が仲間供に見つかる前に……って、あれ?」


 私が指を指した先に男はいなかった。


「まさかもう……」


「心配には及びませんよー!」


 メルコットが私の心配を遮る。


「さっき私たちが隠れていた貨物の陰に隠しておきました。これで暫くは見つからないはずです!」


 いや、いつの間に。


「ああ……いや、それは助かる。全く気がつかなかったがな」


「伊達に元王女じゃありませんからね!」


「いや、王女はそんなコソコソ動くものではないと思うんだが……」


 完全にイメージと真逆じゃないか。


「いえいえ、そんなことないですよ。民衆を不安に陥れないために事実を隠すのも王族の仕事ですから」


「なんというか、王族……もとより、一国の闇が見えたぞ……」


「大小どこの国も大体同じようなことしてますよ。そんなことより、貨物室へ急ぎましょう!」


 そんなこと気にするなと言わんばかりにメルコットは話を切り上げた。


……まあ、関係のない話だったか。


「ああ、そうだな」


 私は軽く頷き、皆もまた頷く。


 準備は大丈夫なようだ。


 私たちはすぐ近くにある船内への扉へ向かった。

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