「人生に疲れた!!! もう死んでやる!!!」と屋上から飛ぼうとしたら「アンタが死ぬなら私も死ぬ!!!」って見知らぬ美少女が言うので一緒に逝くことにした。
「人生に疲れた!!! もう死んでやる!!!」
本気だった。
本気も本気だった。
ある暑い夏の日。
放課後、校舎の屋上。
錆び付いたフェンスに手をかけて、胃液をマーライオンする勢いで叫んだ。
理由は挙げるとキリがない。
オタク趣味を馬鹿にされて、お気にのラノベをメルカーリで売り飛ばされた。
根暗なせいか虐められて、上履きに”うんちっち王子2世”と書かれて校庭の池に投げ捨てられた。
テストの成績が悪くてママンに叱られスマホに使用制限をかけられた、ガッデム!!
小説家になろうにアクセス出来なくなったではないか!!!
自分の将来が見えない、日本の未来も暗い。
なのに進路指導のハゲランボー(薄毛で筋肉ムキムキなことから命名)こと進藤先生からは「大学へ行け!!」と目と鼻の距離で唾を飛ばされる。くせーんだよ歯磨きしろ!!
SNSを開けば誰かが誰かを叩いている。
きっと、表ではニコニコとスマイルを浮かべている連中が大半だろう。
こんな、裏では何考えているかわからない悪意に満ちた者たちの中に飛び込んでやっていけというのか、生きていけというのか?
無理!! 僕死んじゃう!!
とまあ、いろいろあるんですわ!! 高校生にも!!
そんなことで死にたいだなんて馬鹿げている?
お前よりも辛い思いをしている人はたくさんいる?
生きたくても生きれない人がたくさんいるのに死ぬなんて間違っている?
うるせえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お前僕の何を知っとんじゃ!?
お前は僕の感覚を1秒でも共有したことがあんのか!?
ちょっといいこと言って自己陶酔に浸りたい偽善者どもだろうがてめーらはわかってんだよファッキントッシュマン!!
「つーわけで!! あばよ現世!! こんにちは異世界!!」
願わくば、来世は転生スキルガチャでSSR引きまくって引くほど無双なイージー人生を!!
ガッとフェンスに両手をかけたそのとき、
「待ちなさい!!!!!!」
「誰だ!!!! 僕のSSRを邪魔する悪魔は!?」
振り向く。
黒い髪。
黒い制服。
黒いタイツ。
全身が黒で統一された少女が、腕を組んでこちらを見ていた。
誰だこの子? 死神?
「言っとくけど、死神じゃないから」
「やだ怖い、心読まれた」
「アンタ、今死のうとしてるわね?」
「お前が声をかけなきゃ今頃死ねてた」
「あっそ、じゃあちょうどいいわね」
「ちょうどいい? なにが?」
訊くと、少女はずびしいっと人差し指をこちらに向けて叫んだ。
「アンタが死ぬなら私も死ぬ!!!」
生に対する希望に満ち溢れた笑顔で。
僕は全てを察した。
「そうか、お前”も”か」
「うん!! もうこの世にはうんざり!!」
きらきらと、眩い笑顔で頷く少女。
「お母さんは毎日ヒステリックを起こして私にモノを投げつけてくるし」
気づく。
少女の額に巻かれた包帯に。
「義理のクソ親父には毎晩変なことされるし」
気づく。
少女の足が先ほどからずっと、震えていることに。
「唯一の味方だったお兄ちゃんも、交通事故で死んじゃったし」
気づく。
少女の目尻にうっすらと、一筋の光が煌めいていることに。
「もう疲れちゃったの、人生に」
「わかりみがマリアナ海溝」
「アンタはなんで死にたいの?」
訊かれて、僕は得意げに”自分の死にたい理由”を答えてみせた。
堂々と胸を張って、ドヤ顔で。
「そう、そりゃ死にたくもなるわね」
すんなりと肯定した少女が淡く笑う。
「だろ?」
僕も笑って頷いた。
人が死にたい理由なんて千差万別だ。
そこに優劣はない。
ただあるとすれば、”実際に行動を移すほどに膨れ上がった死にたいという気持ち”だけだ。
それ以上でもそれ以下でもないし、他人に否定も肯定もされる理由もない。
とはいえまあ、同じ気持ちを持つもの同士、共に現世とおさらばするのもまた一興。
「よし、じゃあ一緒に死ぬか!!」
「うん!! 死にましょ!!」
僕も少女も笑って、共にフェンスに手をかけた。
あるのは死への恐怖でも、現世への未練でもない。
ただただ眩しくて目も眩むほどに輝く、来世への期待だった。
「待ってろよSSR!!」
グッと、フェンスによじ登ろうとしたその時、
「待てや!!」
「ぐえっ」
首がきゅびっと締まって意識が落ちそうになる。
「ゴホッ……ゴホッ……ハゲ、ランボー?」
「だれがハゲじゃ!! 進藤先生、だ!!」
進路指導部のハゲランボ……じゃない、進藤先生が、僕の首根っこを掴んで屋上へ引き戻していた。
「お前、今なにしようとしてた!?」
「なにって、死のうと……」
「やっぱな!!」
息を上げた進藤先生が声を上げる。
「馬鹿なことしてんじゃねえ!!」
その言葉に、ぷっちんと来た。
マグマのごとく怒りが湧いた。
馬鹿なこと?
僕の一世一代の決心を、馬鹿なこと?
「お前に僕のなにがわかんだよおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
怒りに身を任せ、僕は進藤先生に殴りかかった。
「だー!! わかった、わかったから、一回落ち着け!!」
「わかってねえだろうがああああああ!!!」
力の限り、殴る、蹴る、頭突く。
しかし、隠キャキングダムの国王たる僕のごぼうみたいな腕っ節では、エアコンもへし折れそうなむきむきボディのハゲランボーに敵うはずもない。
全身全霊をもってハゲランボーに食ってかかったが、ものの10秒で動きを封じ込められた。
「……なかなかやるじゃないですか」
「一瞬で取り押さえられたのによく言うよ」
「死を覚悟した男は色々とデカイんですよ」
「態度がな、あと口」
「離してください」
「離したら死に急ぐだろうが」
「……しませんよ、落ち着いてきました」
「そうか」
ぱっと、解放される。
宣言通り、幾分か脳みその温度が下がっていた。
衝動的な死への逃亡欲も薄れている。
かといって、死にたいという気持ちがなくなったわけではないが。
「僕、もう人生に疲れたんです」
先ほど少女に語った内容と同じように、進藤先生に”死にたい理由”を説明する。
今度は少し、躊躇いがちに。
「……なるほどな、それは……大変だったな」
「同情はよしてください。先生には、僕の気持ちなんて一ミリもわからないでしょう」
「ああ、わからん」
すっぱりと竹を割るみたいに言い切った。
少々、面食らう。
「俺はお前じゃないから、お前の苦しみはわからん。お前が死にたいって思ってんなら、それは紛れもなく事実だろうし、その感覚を俺が共有することはできん」
「いいんですか、教師がそんなこと言って」
「死にたい理由に関しては個人的に思うところがあってな。教師ではなく、俺という一個人の人間の意見として聞き流してくれ」
言って、苦笑いを浮かべる進藤先生。
テンプレな綺麗事を言わない分、好感を持てた。
でも。
「でも、僕も彼女も、もう死にたいんです、もう疲れたんです。現世で辛い思いをするよりも、一瞬の痛みと引き換えに次の人生を送った方が良いと、僕は思うんです」
「……彼女?」
進藤先生が首を傾げる。
「お前、なに言ってんだ?」
「え?」
そこで、気づく。
先ほどまでいたはずの少女が、忽然と姿を消していることに。
「あれっ、いや……」
狼狽えながら周囲を見渡す。
いない、僕と進藤先生としか。
「さ、さっきまでいたんですよ! 僕と一緒に死のうとした女の子が……」
「死のうとした、女の子?」
ぴくりと、進藤先生の眉が動く。
「はい。黒い制服、黒タイツの……頭に包帯を巻いてる、女の子が……」
そこで、あれ?
と気づく。
確か、うちの高校の女子の夏服は黒じゃなくて、白だということに。
「お前今、頭に包帯って言ったか!?」
ガシッ。
両腕を掴まれ強面が目の前に迫る。
や、だからにんにく臭いっての歯みが、とふざけることもできず、コクコクと頷く。
すると、進藤先生はわなわなと肩を震わせ始め、ぽつりと、言った。
「もう、20年の前のことだ」
そのまま、言葉が続く。
「俺も、この屋上から飛ぼうとした」
その事実に、逆に僕の言葉が消失した。
「色々あって、死にたくなって……飛び降りようと屋上に来た。今のお前と同じように」
遠い昔を思い出すように目を細めて。
「だが、先客がいたんだ……同級生の、女の子が、フェンスの向こう側に」
錆びれたフェンスを見やる進藤先生。
「今でも鮮明に覚えている……その日はえらい寒かった。彼女は冬服で、頭に白い包帯を巻いていた」
思い出す。
本校の夏服は白だが、冬服は黒だという事を。
「ここからはおかしな話だが……俺は死ぬ気満々だったのに、彼女に言ったんだ、”死ぬのは良くない”って、本当に、どんな口が言ってんだか」
進藤先生、苦笑い。
僕は笑えなかった。
「言ったら、彼女、なんと言ったと思う?」
そんなの、わかるわけ……いや。
「……お前に、なにがわかるんだ、的な?」
「”アンタに私の何がわかるの”ってね」
進藤先生、苦笑いを深める。
僕は、笑えなかった。
「その言葉に、俺は何も言い返せなかった。その人の苦しみはその人だけのもので、俺には知る由もない。彼女には、彼女が死にたいと思うほどの苦しみや、辛さや、痛みがあって……それを俺が否定することは、間違ってるんじゃないかって、思ったんだ、当時の俺は」
ググッと、進藤先生の拳が握られる。
「彼女が飛び降りるのを、俺は見ることしかできなかった」
その声は、微かに震えていた。
「今でも俺は、後悔している」
僕は未だに、何も言葉を返せない。
「後から色々と調べて、思ったんだ……もしかして彼女は、衝動的な死に駆られて、身を投げたんじゃないかって」
心理的視野狭窄、という言葉について、進藤先生は説明をしてくれた。
ストレスが原因で心の視野が狭くなることで、身体的、心理的に辛い状態が続くと、自死以外の解決策が見えなくなることもあるらしい。
その状態になると、普段考えられることも考えられなくなって、苦しい状態を終わらせる手段として「自死」しか見えなくなり、結果的に、自殺行動が起きるとのこと。
「教師の立場でこんなこと言うべきではないんだろうが……俺だって死にたいって思うことは多々ある。でも、ふと冷静になって見ると””死ぬようなことでもないな”って思うことも多いし……いや、なんなら全部そのパターンだったから、今こうして生きているわけだけど」
代償として頭皮のライフはゼロになったがな。
と、進藤先生が頭に手をぺしっとやって笑った。
やっぱり僕は、笑えなかった。
2度と、進藤先生をハゲランボーと呼ばない事を心に誓う。
「なあ」
真っ直ぐ僕の目を見て、進藤先生が問いかける。
「今も、死にたいか?」
──。
────。
「いえ……」
俯き、絞り出すように、冷静になった自分の意思を、言葉にする。
「そうか」
それだけ言って、進藤先生は僕の頭をぽんぽんと叩いた。
なぜだか、瞳の奥が熱くなる。
「ラーメンでも食いに行くか」
「ジョジョ苑がいいです」
「教師の薄給なめんな……はぁ、死にてえ」
「だめじゃないですか」
やっと、僕は笑うことができた。
自分の足で立ち上がる。
膝と太ももが痛いのは、行きている証だった。
ぼんやりと、思う。
生きてりゃしんどいことも、辛いことも絶対にある。
それこそ、今日みたいに死にたいって思うことも。
でも一旦、行動に移す前に冷や水でも浴びて考えてみるのも、良いかもしれない。
その”死にたい”は本物か?
死にたいという気持ちに本物も偽物もねーだろって話だが、少なくとも、”死ぬ以外の選択肢もあるんじゃないか”という事を考えるのは建設的だと、進藤先生に話を聞いた上でだとそう思う。
死ぬのは怖いし、辛いし、きっと超痛い。
できれば他の手段で、死にたい欲の元となる要因を取り除くに越したことはない。
……なんだ、シンプルな話じゃないか。
あまりにも簡単な真理に触れた途端、心に絡みついていた重い鉛が溶けていくような感覚がした。
ふと、僕の死に賛同してくれた少女のことを思い出す。
彼女は死神ではなく、その対極の存在だった。
──アンタ、今死のうとしてるわね?
──お前が声をかけなきゃ今頃死ねてた。
そう、まさしく、彼女が声をかけてくれなかったら、僕は死んでいた。
幻聴だったのか、白昼夢だったのか。
僕に知る術はないが。
「……ありがとう」
もうこの世にいない少女に。
僕を、立ち止まらせてくれた少女に、小さくつぶやく。
錆びれたフェンスに背を向けて。
生への一歩を踏み出す。
その刹那──。
──頑張って。
脇を吹き抜けた温かい風と共に、優しい声が聞こえてきた、ような気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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