表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

リスキーゲームと馬鹿力

作者: アフロ

人は、追い詰められた時に本領を発揮する。場合によっては、本領以上の力を発揮する。先人はそれを「火事場の馬鹿力」と名付けた。


 「28番、目を覚ませ。ゲームが始まろうとしている」


けたたましいサイレンの音に、夢の世界から現実の世界へと連れ戻された。

「…だから、まだ起きなくてもいい時間なんだって、、今日は4限だけだから、、、」


まだ現実と夢の間のような感覚でいた俺は、そう呟くと再び夢の世界へ戻ろうと布団にくるまった。しかし、次の瞬間

「ドガァァァァァン!」


雷が枕元に落ちたかのような爆音と、巨大地震のような揺れを感じ思わず飛び起きた。あまりの衝撃に目はすっきりと冴え、すぐに異様な光景に気がついた。

「な、なんだこれ、、ど、どうなってんだ、、?」


明らかにいつもの部屋とは違う真っ白な部屋の中にいた。あるのは今まで寝ていた布団だけ。その布団は飛び起きたというのに整然と敷かれていた。まるで新品の布団をたった今敷いたかのような状態で。


「28番、目を覚ましたか。時間がないので手短に話そう」


どこかから響き渡る低い声に思わず周囲を見回した。しかし人もいなければ、スピーカーらしきものもどこにもなかった。


「君は全人類から選ばれた名誉ある挑戦者だ。単刀直入に言おう、君には今からあるゲームに参加してもらう。とは言っても強制ではない。今ここで、もしくはゲームの途中で『辞退する』と言えば君はすぐに元の世界に戻ることができる。すまないがもう時間がない、とりあえず詳しい話を先にさせてくれ。準備はいいかね?」


俺は混乱した。なぜ昨日はいつもの部屋で眠りについたはずなのに、起きたらこんな状況に陥っているのか。挑戦者とかゲームとか、、全く意味が分からない。ただ、さっきのサイレン音といい爆音といい振動といい…とりあえずこれは現実みたいだ。夢ならこんなリアルなはずがない。


「返事がないようなので説明を始める。とは言っても全てを話すと長くなるので、君にやる気になってもらう為に有益な情報からお話しよう。このゲームに参加するメリットについてだ。このゲームに参加するメリットは、元の世界で元のように生活できる可能性を手に入れられる、という事だ。当然ゲームなので勝ち負けや成功失敗が生じる。ただ、『可能性を手に入れられる』。これがこのゲームに参加するメリットだ」


ややこしくてよく分からなかったが、何となく大筋は理解できた。たださっきの爆音と衝撃からして、とんでもないゲーム?なのは明らかだ。死ぬかもしれない。なのにメリットが「元の世界で元のように」って、さすがに参加する理由としては弱すぎるし意味が分からない。億万長者になれます!とかならまだしも…ってかさっき辞退すれば元の世界に戻れるって言ってたよな?とすれば辞退一択だな…

ものの数秒で答えを導き出した俺は


「辞退します!」


と部屋中に響き渡る声で叫んだ。


「…どうやら話す順番を間違えたようだな。辞退することのデメリットは聞かなくていいのかね?」


例の低い声がまた部屋中に響いた。

確かにそうだ。辞退するデメリットをまだ聞いていない。ゲームに参加すること以上に危険な目に遭うかもしれないのだ。いや、でも辞退すれば元の世界に戻れるのだからそんな危険はあり得ないのではないか?…まぁとりあえず話だけ聞いてみよう。


「き、聞かせてください」


寝起きだからだろうか、声がかすれた。短い沈黙の後、またあの声が響いた。


「いいだろう。このゲームを辞退するデメリットは、『元の世界で元のように生活できる可能性が無くなる』という事だ。確かに、このゲームを辞退すれば元の世界に戻れると言った。それがこのゲームを辞退する最大のメリットだ。だがこれが、最大のデメリットにも繋がる。元の世界に戻れたはいいが、元のような生活を送ることはほぼ100%できない。どういうことか分かるかね?まぁ1%や2%といった数%の可能性にかけるほど君も阿保じゃないだろう?具体的に何がどう変わる、というのはこのゲームのルール上残念だが教えられない。君の想像にお任せしよう」


耳を疑った。「元の世界には戻れるけど、元のような生活には戻れない」というのだ。どういう事なんだ?余計に混乱してきた。


「では最後に、このゲームに参加するデメリットについて話そう。既に勘づいていると思うが、非常に危険だ。怪我はもちろん、後遺症や最悪の場合死ぬ可能性もある。事実、前回のゲームでは開始から数分で参加者のうち2人が死に、6人が怪我を負った。そして当然だが、その数はゲームが進行するにつれ増えていった。これが、このゲームに参加するデメリットだ。申し訳ないが時間がない。私もゲームの支配人としての仕事で忙しくてね。3分だけ時間をあげよう。その時間で参加するか辞退するかを選びたまえ」


プツッというスピーカーの切れるような音がした直後、


「3分前」


と機械の音声が響き、目の前の壁に赤い光でカウントダウンが映し出された。俺は混乱の中、もう一度部屋を見渡した。さっきまであったはずの布団が消えて無くなっている。そしてこの部屋には塵一つ落ちていない。まるで、ただの真っ白な空間のようだ。続いて着ている服に目を移すと、自分のものではないことに気がついた。サイズが合っておらずダボダボで、真っ白だがよれよれの生地には赤く「28」とプリントされていた。これが何の番号なのかは分からない。さっき俺のことを「28番」と呼んでいたような…。段々と落ち着きを取り戻し、自分が置かれている状況を思い出した。


「やばいやばい、こんな事してる場合じゃないんだった。考えなきゃ、、」


小さく呟き顔を上げると、壁に映し出されたカウントダウンが「2:36」と表示していた。時間がない。とりあえず、さっきの説明を整理することにした。要約するとこういうことだ。


・参加するメリット→元の世界で元のように生活出来る可能性がある。(負けたり失敗したりしなければ)

・参加するデメリット→非常に危険を伴う。(怪我や後遺症の危険があり、最悪死ぬ可能性すらある)

・辞退するメリット→元の世界に戻ることが出来る。(ただ、これは辞退するデメリットに直結する)

・辞退するデメリット→元の世界に戻った後にどうなるか分からない。(元のような生活はほぼ確実に無理らしい)


やっぱりどう考えても、参加するにしても辞退するにしても、メリットが小さくてデメリットが大きすぎる。とても残り2分ちょっとで答えを出せる問題ではない。考えれば考えるほど頭がこんがらがる。焦る。そもそもなぜ俺が選ばれたんだ?『名誉ある挑戦者』?もう意味が分からない…。焦りが怒りに変わった。


「ふざけんな!何で俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ!本当だったら俺は昼過ぎくらいに起きてのんびり学校へ行くはずだったのに!」


「2分前」


機械の音声が部屋に響く。


「あぁぁぁぁもう!」


パニックのあまり、カウントダウンが表示されている壁を思い切り殴りつけた。意外にも壁は脆く簡単に拳大の穴が空いた。穴の先には真っ黒な闇が広がっていた。


「勝手に壊されちゃ困るなぁ。まったく、最近の若い者はすぐ物に当たる」


突然響き渡ったあの声に驚き、体が跳ねた。


「自分一人で何でもやろうとするから限界を迎えるんだ。そして何の罪のないものに八つ当たりをする。一人で無理に悩む必要なんてないんだぞ、時間内であれば質問にも答える。無論答えられる範囲で、だがな。ほれ、時間がないぞ。頭をフル回転させて考えるんだ」


プツッという音とともに再び静寂が訪れた。カウントダウンは「1:47」となっていた。


「今、時間内なら質問に答えると言ったな!なら教えてくれ!なぜ俺が選ばれたんだ!?」


そう叫ぶと例の低い声が返ってきた。


「残念だが、その質問には答えられない。今君が疑問に思っていることの大半は、ゲームが終了したときに解決するだろう。『なぜ選ばれたのか』『ゲームに勝てば、成功すれば本当に元の世界に戻れるのか』そして『私が誰なのか』。こういった質問には答えられない。今私が答えられるのは、ゲームに関することだけだ」


徐々に興奮が収まると、今度は少し考えてから再度質問を投げかけた。


「じゃあ、この28という数字は何の数字だ?」


「その数字は、ゲーム参加者の登録番号だ。君はたまたま28番目だった、というだけで番号に深い意味はない。もちろん、何番であろうとゲームの内容に差も無い。ちなみに、君を含めて参加者は合計で100人いる。あぁ、君が今辞退してもまたすぐに代わりの人間を用意するつもりだよ。残念ながら、途中辞退に関しては対応しきれない。昔はシステム上開始前の辞退に関しても対応できなかったから、90人とかで開始したこともあったがね。今は改善されて、辞退した人数を補充することが出来るようになり、参加自体を辞退するものが少なくなった。なぜなら辞退が続けば、代わりの人間を選び続けることになり、いずれはまた自分が選ばれるという運命に返ってくるからだ。もちろん、70億の人類全てが平等に選ばれる可能性があるのだからどれほど辞退が続いても、再び自分に返ってくるのはだいぶ先になる。言っていることがわかるかね?まぁ、3分間でここまで頭が回る人間はなかなかいない。…余計なお喋りはここまでにしよう。つまり、今このゲームは参加者が必ず100人の状態で開始されるシステムになっている、ということだ。100人を超えたり、100人未満ではそもそもゲームが開始されない」


参加者の数が想像以上に少ないことに驚いた。というより、さっきの説明にあった数分で2人死亡というのが事実だとすれば、このゲームの致死率はその時点で2%。最終的にはもっと高くなったと言っていた。何人死んだんだ…?即座に次の質問を投げた。


「過去にこのゲームは何回行われたんだ?その時の死者数も教えてくれ!」


「ほう、、いいだろう」


さっきまでの低い声が少しだけ楽しんでいるような声に変わった。


「まず過去にも開催されたのか、という質問に答えよう。答えはイエスだ。それも数えきれないほどの回数開催された。大体…50回以上だったのではないか、と記憶している。続いて死者数だが…」


数秒の間があった。今気がついたが、こいつが話している間はカウントダウンが止まるらしい。


「直近の5回の開催の死者数は、72、100、36、5、98だ。君が気になっている致死率に関しても、72%や5%などバラバラという事になる」


とんでもないことを聞いてしまった。直近5回の死者数は…合計で311人。平均の致死率は62.2%ということなる。いや、全開催分の平均はもっと高いかもしれない。実際、直近5回のゲームの中には致死率が100%のものもあったようだ。…っていうか、何で俺が致死率のことを考えているか分かったんだ?…いや今はそんなことどうでもいい。平均致死率62%か…。参加するのが余計に怖くなってきた。でも辞退は辞退で恐ろしい。困った、選べない。


「いま過去の開催歴を調べてみたんだが、今まで合計81回開催されたらしい。諸事情により中止となったゲームも何回かあったみたいだがな。ちなみに、過去の全ゲームの中には死者はもちろん、怪我人も0だったというのが2回もある。つまり、助かって終えられる可能性も充分にあるということだ。どうだい、参加する気になるだろう?ハッハッハ」


聞いてもいないのに次の情報を寄越してきた。よく考えれば81回のうち一人も死なずに終わったのが2回だけなんて少なすぎる。100%助かる方法を何としても探さなくてはならない。しかし好奇心とは怖いもので、俺はすぐに次の質問をしていた。


「じゃあ、過去の開催で参加者が全員死んだゲームは何回ある?」


だがすぐにこの質問をしたことを後悔した。確実に助かる方法を探しているというのに、余計なこと聞いてしまった。短い沈黙が続く。撤回しようと顔を上げると、カウントダウンは「1:08」「1:07」と進んでいた。


「…その答えを知りたいのか?さっき伝えた『助かってゲームを終えられる可能性も充分ある』という事だけを考えたほうがいいんじゃないか?まぁどうしても知りたいというのなら教えてやろう。参加者全員が死んだゲームは…」

「やめろ!…やっぱり言わなくていい。聞きたくない、、」


お互い沈黙が続いた。


「1分前」


カウントダウンが遂に残り1分を切った。


「しっかりと考えてから質問をしたまえ。言い忘れていたが残り30秒を切った時点で質問の受け付けは終了する。残りの質問は、大切にするように」


さっきまでの楽しんでいるような声から、元の低い声に戻っていた。聞きたいことは山ほどあった。そのはずなのに言葉がまとまらず質問の形にできない。カウントダウンは50秒を切った。何か聞くことはないか、脳みそをフル回転させる。何とか絞り出し、最後の質問を投げた。


「過去の全ゲームのうち、辞退した人は何人いる?その辞退者の致死率は!?」


また声がかすれた。怖いけど、この質問の答えを聞かないと結論を出せない気がした。今の状況で一番価値のある質問だ。カウントダウンは「0:34」「0:33」と進んでいる。心臓の鼓動が響きそうなほどドキドキしている。残り30秒となった瞬間にあの声が響いた。


「最後の質問を受け付けた。では答えよう」


カウントは「0:30」で停止している。


「まず過去全ゲームの辞退者数は、合計でおよそ4000人だ」


4000…、今までそれだけの人数がこのゲームの「挑戦者」として選ばれ、辞退したというのか。最初から参加を辞退した人。参加はしたが途中で辞退した人。合わせればそのくらいの数値になるのは当然といえば当然だろう。あの爆音と衝撃から想像すれば、危険すぎるゲームというのは明白だ。計算すれば…毎大会およそ半分の人が逃げているという事になる。そしてその埋め合わせをするように、辞退者数に応じて新たな犠牲者が生まれたのだ。


「そしてその致死率だが…」


今までで一番長い沈黙だった。十数秒経った。


「…およそ95%だ」


プツッという音とともに真っ白な空間は静寂に包まれた。俺は呆然としていた。ある程度高い致死率は覚悟していたが、まさかそれほどまでだとは思わなかった。辞退して助かる確率は僅か5%だと言うのだ。カウントダウンを見ると「0:17」と表示していた。さっき空けたはずの壁の穴は、元の壁のように戻っていた。冷静さを取り戻した俺は、最後の時間を使って必死に考えた。どの選択肢が最善か。この状況を切り抜ける方法はないか。あいつが言うように数%にかけるような選択肢ではなく、100%確実に切り抜けられる方法は…


「10秒前」


機械の音声が結論を促してきた。早くしろと言わんばかりに、部屋中が赤い光に染まっていく。


「落ち着け、絶対にこのリスキーゲームに勝つ方法があるはずだ」


目を閉じ、呼吸を止め、全神経を脳に集中させた。


「6、5、」


次の瞬間、脳に稲妻が走ったような衝撃を感じた。全てが繋がった気がした。その自信があった。


「こ、これなら…いけるかもしれない!」


確かめている時間はなかった。一か八か、賭けてみるしかなかった。数%ではなく、100%の方法に。


「3、2、」




 俺は意を決して叫んだ。

 今でもあの時のことを思い出す。そして夢でも見たりする。結局あの後俺は、無事にこちらの世界に戻ってくることができた。数%の賭けではなく、100%の方法であのゲームを切り抜けた。とはいえ、あのゲームは欠陥だらけだったような気もするが…。まぁいい。あの時のことはもう思い出したくない。というか、あまり憶えていない。あれが現実だったのかすら、はっきりしない。もう、どっちでもいいか。平穏な日々を取り戻せたのだから。笑い話にもなるし、何よりいい思い出だ。ただ、どうやら火事場の馬鹿力ってのは本当にあるらしい。追い詰められた時にとんでもない力を発揮するっていうあれだ。

 そうそう、こんなことをしている余裕はない。もうすぐ家を出なくちゃならないからな。今日は4限からだ。急がないと間に合わない。

「えーっと、とりあえず着替えるか…」


眠い目を擦りながら、ダボダボの服を着替える。

ズボンを履いて、寝癖も直さなきゃ。

何時だろう、と時計を見ると「2:00」と表示されていた。

「2分前」

どこかから機械の音声が聞こえた。

思わず周囲を見渡したが何もなかった。

ただ、いつもと違う、塵一つ落ちていない、真っ白な空間があるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ