プロローグ
それはよく晴れた日の夜だった。
一人の男と一人の女、いや少女はオフィスビルの8階にいた。
そこから見える景色は都会特有のビル街だった。
いくつもあるビルのうち、男は一つのビルを睨みつける。
「仕事の時間だ」
男は独り言をつぶやくと背負っているハードケースからあるものを取り出す。
そこからみえたあるものは、M24 SWS。
ボルトアクションライフルだ。
その銃のバイポッドをデスクの上に展開する。
彼はおもむろに7.62NATO弾を込め、スコープの蓋を開ける。
「スポッター、ターゲットまでの直線距離と風速、風向を」
「まあ、落ち着きなされ、スペンリー」
「作戦中はコードネームで呼ぶはずだが?スポッター」
「いいじゃないか、ちょっとぐらい」
「次名前で読んだら、こいつの銃口がお前の眉間に向けられるからな。」
「はーい」
反省の色が伺えない少女は続ける
「ターゲット、身長160センチ程度の女性、目標までの直線距離、約90メートル、風向、北北西、風速3ノット」
男は情報をもとにスコープのダイヤルをカチカチと回す。
そして男は大きく、しかし静かに息を吸い込む。
トリガーにゆっくり指をかけた瞬間、静かにスコープ横のライトが点灯する。
「おい、スポッター。俺はビルに入る前、近接地雷仕掛けとけって言ったよな?俺には爆発音が聞こえなかったんだけど?」
「関係ない人が巻き込まれたらどうするのさ」
少女は茶化しながら言う。
そう、ライトの点灯は近接アラームが起動した証拠。
男はすぐそばに置いてあったノートパソコンほどの大きさの平たい箱に手をかける。
彼がレバーを引いた瞬間それは銃と変化する。
彼により構えられたFMG-9は彼の後方6メートルにある階段付近の薄い壁めがけて火を吹く。
20発ほど高さ90センチにまっすぐ伸ばされた銃痕とともに男達のうめき声と、崩れ落ちる音が聞こえる。
「人数的には3人。突入部隊の一部ってとこね。」
「つまり?」
「まだ刺客が来る」
男は少女の声を聞きもう一度展開された銃を構えるが、少女はさっきと違う低いトーンでこう言う。
「音を立てたら殺す」
少女は左耳に左手を当て、補聴器のような機械のダイヤルを回す。
少女の耳には今、敵の足音しか聞こえない。
少女が目をつむり、ホルスターから勢い良く拳銃を抜くと、2発ずつ5箇所に打ち込む。
次の瞬間男たちの断末魔が廊下から聞こえた。
少女はダイヤルをもとの位置に戻す。
「いやー、やっぱりこの銃使いやすいから好きだわ」
「もうお前こんな仕事してないで射撃大会の優勝金で稼げばいいのに」
スペンリーと呼ばれた男は持っていたノートパソコンのようなマシンピストルのストックを折りたたみながら言う。
「だって」
そこに少女が言葉を入れる
「だって私もあんたも人を殺さなきゃ生きていけないでしょ?」
彼女も持っている銃をホルスターにしまいながらいうが、その背中はどこか寂しそうな、苦しそうな印象を与える。
「そうだな」
男は軽く同意する。
「俺達はクライアントに会いに行く」
「ターゲットはまだ呼吸してるけど?」
「一連の戦闘でターゲットはとっくに逃げている可能性が高い。現時点で重要なのはコントローラーが仕上げた完璧な通信システムに侵入され、俺達を襲撃した組織を潰すことだ。」
男はこれからの目標を告げる。
「目星は?」
「ついてるさ、なぁコントローラーわかるか?」
そして双方の無線越しに声が響く。
「そうですねスペンリーさん。現環境で我々のネットワークに接続、攻撃された痕跡は一切ありません。つまり答えは単純です。」
「だから通信中はコードネームで呼べとあれほど………で、その答えは?」
男は呆れながらもう一人の通信先のコントローラーと呼ばれた女性に答えを求める、
「おそらく我々を攻撃させたのはクライアントでしょう。彼しか我々の戦う理由を知りません。」
返ってきたのは意外な答えだった。
「なるほど、スポッター、現在時刻」
「えっとね、えーと、大体2時位?」
「大体の時間はいらないから正確な時間をくれ」
「1時23分ですよ。本当にリコさん役に立ってますか?」
「射撃の腕だけは確かだからなぁ。で、まだ夜明けまでに時間はあるな」
正確な時間を入手した男は続ける
「今夜でクライアントは死ぬ」
無線越しの女性と目の前の少女は真剣に聞く。
「原因は急性アルコール中毒。酒の飲みすぎだ。コントローラーはルートと侵入経路の確認。リコは持ち場について俺のバックアップだ」
「「了解」」
そして三人の長い夜が始まる。