2 写真家と古物商
2 写真家と古物商
青々と透き通る蒼穹。空にはアタシ達を焼き殺す日輪ただそれのみ。本日快晴。
差し込む日差しを遮る雲など一つもありはしない、窓の向こうは青一色。
アタシ等の街を太陽が見下す、熱い眼差しで。
そんなに見るなよ、何も悪い事はしてないだろ?
体が重い、だるい、動きたくない・・・
窓から覗く太陽の暑い(・・)視線と、柔らかな風に体を包む毛布が、じゃれるようにくすぐる。
「ベッドから出たくないな・・・」
天国か、ここは?悪魔の仕業だろう。この気持ち良さは一種の呪いだ。
思考ができない。何もしたくない。寝床に包まる人一人分の大きな毛玉の奥に光る、薄紫の双眸は
己の住処を見渡した。
時代を感じさせる木造に何度も塗られた漆。天上から吊るされた干物、壁には五芒星六芒星、占星術等の壁掛け(タペストリー)
が所狭しと並び、床は古書の山々と瓶、壺、皿、様々な容器が小さな世界を作っていた。
「掃除しなきゃ・・・」
汚い、汚すぎる。
我ながら女の部屋とはとても思えない。
溜息、そして一呼吸。自らの私生活に呆れ自嘲し、小さな世界の女神は柔らかな羽毛の岩戸から姿を現す。
腰まで届く艶やかな黒髪。端麗で整った顔。小動物を連想させる低めの伸長、それを裏切る不釣り合いな胸部。細身にもかかわらず腰や尻、腿の艶美な肉付き。
いわゆる美少女。にもかかわらず体は男を堕落に誘う傾城の美女。二つの魅力と魅惑が混ざり満ちた魔性の妖婦。
その魅力、その誘惑、その美貌、その色気。全て無駄。
肌着は白のTシャツ、薄い水色の下着、歯ブラシを口に突っ込みながら瞼をこすり、もう片方の腕で乳房や腹部、尻を掻き胡坐を組んで呆然。
女の魅力をドブに捨てた美女、三獄峠 李餡の目覚めである。
「・・・あー、今・・・何時だ・・・」呻くナマケモノの雌は古時計に視線を向けた、短針はもうすぐ正午を示し、長針と秒針の刻みがナマケモノの未だ眠りふやけた脳みそに刺激を与える。
「んおぉっ!?店もう開けなきゃ。」
【大嶽古物商】ナゴヤ市キンザン自治区から北に位置する、古びた日本家屋を居抜きした骨董品店。落ち着いた和みある外観とそれを裏切る店内、
年代物の家具、用途不明の道具、一昔前の電子器具、古着、刀や手裏剣から薙刀や金棒、旧軍の拳銃などなど、部屋の模様替えから戦争まで色々できそうだ。
ガラス細工や電灯の数々が優しく光り、仏具や魔術に使うだろう金属器が並ぶ。加えて彼女の部屋と同じような物も多くみられる。
店内の古い内装と魔術の和洋折衷は、まさしく彼女を彷彿させる。
また店の出入り口も彼女なりの拘りが、出入り口は手動の引き戸、外にはペンキの剥がれた青いベンチ、隣に自販機、引き戸を挟んで向こうには「アイスクリーム始めました」の謳い文句が書かれたアイスボックス。玄関に張り付いた紙に書かれた【開店時間は10時から】・・・・
ドタドタ駆ける足音は外の喧騒にまけず、店内には次々明かりが灯る。長らくお待たせいたしました。お客様方。皆様世間様の【大嶽古物商】只今開店いたします。
「おい・・・二時間近く待ってるんだが?」
知ってる顔が二つ・・・悪い事したな・・・
「おいクソ女、お前から呼んでおいて、昼寝とは良い身分だな・・・」
「っうぅぅ・・。あぐっうぅぅぅ。ぐ、ぐりぐりやめれぇぇぇぇぇぇ・・。いひゃい、いひゃい。」
小さな女の子の頭部を左腕で固定し、片方の拳がねじ込む。勿論加減しているとはいえ先日、大の男五人を完全粉砕した殺人拳のソレは激痛だろう。
先程から彼女の悲鳴が絶えない。
「それで李餡ちゃんは昨日縁征に連絡したみたいだけど、仕事の依頼?」埒が明かない、話を聞こう。
「それとも困り事か?李餡?」未だ拳で優しく小突きながら縁征も問いかける。
「まずは離せ縁征!この街の叡智が失われる!」
何が叡智だ笑わせる。
「縁征、映太郎、二人を呼んだのは私の事で、ではないんだ。」
もったいぶった言い回しに僕は思考をめぐらす。
「つまり仕事の依頼でも李餡ちゃんに何かあったわけではないと。」
うなずく。大きく、自信満々に。ドヤ顔で。
「もったいぶんなよ。」口にアイスキャンディーを含みながら縁征が急かす。
「あぁ、店の物勝手に食うなよ!金払え!」
指を差し、狼狽する彼女には悪いが・・・
「李餡ちゃん、話を続けてよ。今回は君が悪いんだ、アイス一本はいい落としどころでしょ?」
「おう、これで勘弁してやるよ」
相手の弱みに付け込み、金品を奪う。ヤクザか僕たちは。でもアイス一本で許してもらえるんだから文句はないよね?
「・・・う、うん。」文句なしとみた。
「昨日の昼間にな、客から一枚の写真を受け取った。」そのあまりにも短い説明は、僕を動揺させるのには十分すぎた。
友はその一言により石化の呪いを受けたように重い沈黙。
「それ、持ってくるよ、待ってて。」
「・・・頼む。」僕より早い返答につられ、「ああ、うん、お願い。」と少し高いトーンで答えた。
「・・・・・やったな。映太郎。お前の過去を知る手がかりかもな。」
僕の小さな小さな肩に、大きな掌が優しく添えられる。
「僕の過去・・・」
僕の過去、なんだろう・・・知りたいような知りたくないような。
目が覚めた時からここにいた、この街にいた。名前もこれまでの経緯も知らない、弱くてちっぽけな僕。身に着けているもの?
身に覚えのない真っ白な服、同じく身に覚えのない大きなカメラ。たったそれだけ。
あの日の事は朧気で、景色は白い靄がかかる、隠されているような・・・思い出してはならないような・・・
「おお、あったぞ。これだこれ。」自室から戻ってきた彼女は例の写真を僕たちに提示した。
「な?これ見覚えあるか?もしくはこの写真を撮った覚えは?」李餡は尋ねる。彼女も僕の境遇を知る一人だ。出会いから一年以上、すっかり打ち解けて、
いまでは僕を弟の様に面倒をみてくれる。僕も彼女を姉の様に慕っている・・・私生活を鑑みるに大分ダメだけど。
問題の写真なんだが・・・・
「なんだこれ?」縁征の一言、これに尽きる。
全くもって何の?何時の?何処の写真か分からない。こんな写真は撮った覚えもない。全体的に真っっっっ白な光が写真全体に放っていた。
理解不明、思考停止、僕の記憶の手がかりになるかもと少々期待していたが、持ってきたのはヒント無しの謎。いやそんなレベルじゃないぞ?
問題文もないのに回答せよと言われて、正解なんてできるはずもない。なんだコレは?
「おいおい、なんだよこの写真は?一面真っ白じゃんか。」
悪戯か?そんなはずはない。
「お前たち、もっとよく見てくれ。」
僕らに掌を向け、制止させる。この写真をちゃんと見ろと。
白の閃光――ただそれのみ。
故に目を凝らせて観察すると、なるほど。確かに見えてくるものも存在した。
強烈な光に包まれ、存在をかき消されそうな薄い影が・・・
「・・・人影?」
縁征はなぜ?の疑問を顔に出して僕に目で訴え。
李餡はどうやら僕と答え合わせがしたいらしいのか少し微笑み沈黙する。
根拠はないが、内心から湧き上がる何かが、写真に写る陽炎に人の影を思わせる。
「なんだろう、光に包まれてハッキリと断定はできないけど。そこの影は、まるで向こう側に立っている人のように見えるんだ。そう仮定するとこの写真に
物語が展開されて説明がつく・・・」
僕の話を静かに傾聴する二人。あれだけ騒いでたのが嘘のように。
たった一枚の写真。年代物のモノクロではなく、ただの光と影。写真中央からやや右に断定した人影、上の端のあたりにもよく見ると二つの黒影。
ダメだ。情報が不足している。が、それでも・・・
「最初にその影を人だと思わせたのは、位置かな・・・。根拠のない空想だけど、この写真を撮った人はそこの影を少し離れた距離で撮っている。
そう仮定すれば、その影の伸長は人のそれと合致するんだ。」影の伸長、撮影者との距離を考えておよそ大人の平均。
「そして、その影は無機物のような冷たさを感じない・・・」生物の持つ温かさを感じ取れる。先程から胸をうずかせる確信なき自信の正体はコレなのか?
「・・・・映太郎・・・・・」
李餡は僕の名を呼び沈黙する。
なんだよ。正解なのか?
「正解だ!!私もそう思ってあだだだっ。」
「もったいぶってんじゃねぇよ・・・」二時間も待たせたくせにそんなかわいいお茶目もやってくれるのか、この女。少しお灸をすえてやるよ。
「映太郎、これが人ならその傍らの薄い縦線は?」耳をチンピラに引っ張られながらも情報提供してくれる彼女に感謝し、再度確認してみる。
「縦線・・・?・・・ああ、本当だ・・・。」視力も人並み以下だから分からなかった。彼女の小さな指を追いかけ、ようやく視認した。
影の隣の線・・・これは・・・まるで「・・・なにか持っている・・・?」・・・いや。
「・・・というよりは、武器じゃねーのか?ソレ。」縁征が答えた。
そう、武器を所持しているのが自然にみえる。
「あたた、そうなら槍とかか?その長さなら。」耳をおさえ、涙目の少女は補足する。一般的な槍の長さだろう、影の頭一つ分は線が伸びている。
「かるく、2m以上はあるよね・・・これ。」槍しかないのか?だがそれ以外の物は思いつかない。仮にこれが武器でもなんでもないただの棒のような物で、それをもってカメラの前に立っている
姿は滑稽だ。シュールだろう・・・。不自然すぎる。
「話を変えようか、李餡。」縁征は尋ねる。そろそろ写真一枚から引き出せる情報もなくなってきたし、いい頃合いだった。
少しの呼吸と少しの間を置いて、静かに言葉を紡ぐ。正直らしくないが、なんか思うところがあるのだろうか?
「お前は昨日客から受け取ったと言ったな・・・買い取ったのではなく、受け取った(・・・・・)と、古物商を営んでいるくせになぜ買い取らずに受け取った?
しかもこんなよく分からん写真をだ、商品価値はゼロだろ?」
的確だった。
僕の過去を知ることができるかもしれない期待と、写真の不可解さ、奇妙さにばかり注目して、入手経路の異常さに気が付かなかった。
「その客もハッキリ言って怪しい。関係ない奴からすればそれはゴミだろ?なのにお前の所にわざわざ足を運び、金ももらわずに渡した・・・いつからここは交番になったんだ?」
先程から顔を曇らせる少女。何か後ろめたい事でもあるのか?
「次は俺が推理してやるよ李餡。客はお前のみならず俺たちも知ってる奴だろう?じゃなきゃこの写真をお前の所に持ってこない。」
おお、っと思わず口に出してしまった。かつてこれほど聡明な渡界縁征は存在しただろうか?
「そして、本当は困った事があるだろう?その客に何か頼まれたか、もしくは俺たちを指名してるはずだ?ちがうか?」
うつむく彼女にビシッと指を指す。まるでサスペンスの終盤だ。名探偵にでもなったつもりだろうか?
「うう、降参だぁ・・・本当は写真だけ渡して帰ってもらいたかったぁぁ・・・」降伏の白旗を上げて肩を落とす・・・どういうことだろう。
「その写真を持ってきてくれた人に何か言われたの?」李餡ちゃんのテンションの低下が尋常じゃない。低下?落下が正しい。
「俺たちに用があるなら直接来いよな・・・。どーせ大したことねぇ奴だろ?安心しろよ李餡ちゃんと守ってやっから。」
自信満々に自身の胸を拳で当てて笑う益荒男の言葉は、僕らを正体不明の恐怖から遠ざけ、安心させるには十分だった。
やがて彼女の口がゆっくりひらく。
「そのな・・・?客というのはな?」やはり僕たち三人の共通の知人なのだろうか・・・
「大嶽のおばあちゃんだ。」
益荒男は轟沈した。
【大嶽のおばあちゃん】。その一言は強烈の一撃だった。先程まで守るだのなんだのと大言壮語を吐いた男は、敵はおろか一歩も外から出ることなく、くたばりやがった。
巨木から墜落したイモ虫の様に、ぐにゃりと体をくねらせ、店の床に伏した・・・。聞き取りにくい小さな声であーあー鳴いているが、いったいどんな人物だろう?
「もしかして映太郎はまだおばあちゃんに会っていないの?」
青ざめた顔で僕を伺う。まるで遠い所に一人で行く子供を見送る母の様に。そんな蒼白の顔では僕が心配なんだが・・・
「会わせるわけにはいかない・・・食われてしまう・・・」
足元から声が聞こえる・・・
「とりあえず簡単に説明すると、この【大嶽古物商】の創始者でアタシの前の店主だよ。」
大嶽・・・ああ、なるほど。
「そんでもってアタシの魔法の先生、師匠だよ。今はアタシに店をゆずって隠居してるけど、時々こうやって情報提供してくれるんだよ。弟子のアタシやそこのイモ虫の顔を見にね?」
「ううう・・・ううううーー。」イモ虫が震えている・・・そんなに恐ろしいのか?素手で人を何人も殴殺できる男だぞ?
足元に転がるこの男は、怪力乱神の鬼。それがこの有様。
「ねぇ、なにがあったの?」正直気になる・・・経緯が。
「あぁ・・・それは・・・「やめてぇぇぇぇぇ!!言わんといてぇぇぇぇぇっ!!」遮る悲鳴は店を轟かせた。
「あーっ、うるせぇ!わかってるよ、約束だろ?てか、ひっつくな!抱きつくな!!」
なんなんだ?なにがあったんだ?気になる・・・
「つまりこの写真を持って来てくれたのはその【大嶽のおばあちゃん】で、おばあちゃんは李餡ちゃんに僕らを連れてこいって言ったんだね?」
「そういうこと、そしてアタシは正直行きたくないし、あんた達を師匠の所に行かせたくもない。」
少女は怯え、青年は床で震えている。
「昨日は何も言わなかったが、きっとまた無茶な事を頼むに決まっているんだ。」それだけじゃない。
倒れている青年は少女に促す。
「向こうは映太郎の事を知っている様だし、行かないわけにもいかないだろ。」
そう、大嶽は映太郎を知っている・・・
李餡が伝えたのか? 少し前に俺が記憶喪失の少年を保護したと?
コイツの過去は俺さえ未だ分からないが、カメラと映太郎自身の能力を知られるわけには。
正直、俺も会いたくないが・・・
「映太郎、お前が決めろ。あの婆の所は物騒だ・・・ついてく。」
今でも鮮明に映る・・・
奴が神域の入り口と決めた鬼門から溢れる虹の極彩。傍に倒れていたお前。
奴の言葉通りならきっとお前は・・・
「大丈夫だ。今日は昨日みたいにピンチになっても影で笑ったりしないで直ぐに駆けつけるよ。」
少し強めの肘打ちが腹を抉る。
「まぁ、なんだ。アタシも行くから心配すんな。」少女がほほ笑む。一連の結末を見届ける為に。
「お前、店はどーするんだよ?」「もういいや、休業だ、休業!!」
二人のやりとりを呆れ、笑いながらも感謝する。自分は幸せ者だ。記憶喪失の子供一人にここまで親身になってくれる。この街の人達も温かい。
中には悪い人がいて、危ない奴はもっといて、そもそも人じゃない奴らもいるけど・・・
それでもこの二人を中心に様々な人達が僕を温かく迎えてくれた。
故に・・・僕の過去は知りたい。すごく怖いけど。
今みたいにいろんな人に支えられ、恵まれた生活を送っているだろうか?
両親はいるのかな? 兄弟は? 友達も今みたいにいるのかな? ちゃんといるのかな?
いたら絶対心配してるよね? この街のどこかにいるよね・・・
「そろそろ行くか?」
「よし、戸締り完了っと。」
「あのさ、」
「なんだ映太郎?」
「どした?」
「ありがとう。」
そして【大嶽古物商】は営業時間40分という最短記録を叩き出し、
三名は【大嶽のおばあちゃん】の元へ赴く。




