カミサマの休日
目の前に小さな女の子が立っていた。
目はクリッとしていて黒い髪に白い肌、見た目は十代前半。服装は……巫女のコスプレだろうか。
東京駅の真ん中で沢山の人に紛れてその少女がオロオロしていた。
俺はそれを見て見ぬフリもできただろう。
誰かが声をかけるだろう。
誰かが助けてくれるだろう。
そう俺は思っていた。だって今の時代、善意で行動しようとしたら逆に通報なんてこともあるから変なリスクは負いたくなかった。
「きゃ!」
「おっと、邪魔だ」
身長差で少女を見えなかったのか、スーツを着た男性が少女にぶつかった。少女はその場で転倒しスーツの男性はそのままその場を立ち去った。
見てみぬフリができなかった。
「はあ、まあ、俺に失うものなんて……」
ため息をついて俺はその少女に話しかけた。
「大丈夫? 迷子?」
その一言に少女は元気良く返事を返した。
「何を言っておる。我は迷子ではない!」
身の丈に合わない口調。まるで見た目は子供、中身は結構な年配といった感じだった。漫画だけの世界だと思っていたが、もしかしてそういう方言の子だろうか。
「そ、そうか。それで、お父さんとお母さんは?」
「父上と母上? ここにはいない」
「じゃあ君はどうしてここに? 友達とはぐれたのかな?」
「だから迷子では無い! 我は『観光』に来ただけじゃ!」
これまた凄い元気な返事だ。正直声をかけて失敗したかなとも思えた。
「そ、そう。じゃあ俺は……」
そう言って俺はその場を離れようとした瞬間だった。
「あそこです。小さい子供に声をかけている不審な男性が」
「ちょっとそこの君」
……え、本当に通報する人っているんだ。
失うものは無いと思いつつも、今会社をクビになる状況に陥る原因を生み出すのは危ない。
「あ、いや、別に怪しいモノでは」
「いえ、ずっとこの少女を見ていました!」
その状況を見ていたなら最初にあなたが声をかければよかったじゃないかと叫びたくなった。
「あー、ちょっと別室に来てもらって良いかな?」
やばいやばいやばい!
このままだと本当に冤罪で逮捕されてしまう!
「……ふむ、ここまでとは」
少女が呟いた。
「あー、『おとーさん』、どこ行ってたのー。探したんだからー」
……凄い棒読み!
って、一体何を!
「お父さんって……君、この男の子供?」
「うむ。『国島 駿』。我……私の『おとーさん』だ」
「……免許を見せてもらっても?」
「え、あ、はい!」
俺は車の免許証を見せた。
先月更新したばかりの車の免許証の写真は寝癖が少しあるが、細い目と黒い髪と口の下のほくろは今の俺と一致している。何よりこの少女が言った『国島 駿』というのは俺の名前だ。一体どこで?
「間違い……無いな」
「そんな! じゃあどうして迷子では無いって言ったの?」
「迷子は『おとーさん』の方じゃ。我……こほん。私では無い」
ちらっと俺を見て背中に隠れる少女。
「あ、あはは。そういう事です」
「はあ、じゃあ解決ということで良いですね」
「う……わかったわ」
そう言って警備員と女性はその場で去ろうとした時だった。
「おい、そこの。『おとーさん』に謝罪の一言は無いのか?」
「え、謝罪?」
女性は振り向いて返事をした。
「そんな、怪しい素振りをしたそっちも悪いわけだし、私が」
「通報件数百六十二件」
「……え?」
「内、冤罪は五十六件。ずいぶんと楽しいお小遣い稼ぎをしているのう」
「な、何を」
「そこの警備員もこの女性とは顔見知りのようじゃの」
「え、いや、いつも犯罪を見つけてくれるので」
「犯罪は見つけるものではないと思うぞ? 少なくとも今回『おとーさん』は犯罪をしたわけではなく、そこの女が犯罪を作りかけた。それに対して処罰は無いのかの?」
少女の言葉に警備員と女性は大きく笑った。
「君、お父さんよりもしっかりしているね。偉い偉い」
「ふふ、面白いことをいう女の子ね」
俺は正直この場から早く帰りたかった。帰って布団に潜って今日という日を忘れたかった。
こんな居心地の悪い場所から早く抜け出したかった。
「ふむ、人が作り出した『るーる』というのが全く機能していないことがわかった。処罰が無いなら『こっち』で罰を与えよう」
「え、今何を」
俺は今の少女の発言に違和感を感じた。まるで圧を感じさせるような言葉だった。
「お主は『天罰』という言葉くらい知っているだろう?」
俺を見ながら指を鳴らした。
「てん……ばつ?」
その指の音と共に警備員と女性の携帯電話が鳴り響いた。そしてその電話に出ると二人はどちらも驚きおびえ始めた。
「え、て、転勤ですか! しかも犯罪件数が多いあの地区ですか! 何故……いや、確かに通報件数は多いですがそれは……待ってください!」
「裁判!? しかも二十件!? 嫌よそんなの、え? 駅の外に迎えが来ている? い、いやー!」
何が起こったのか理解できなかった。しかし思い当たる節といえば少女の指パッチン。まさか今ので?
「ふむ、ちょいと地味だったかのう?」
「ま……魔法?」
「うむ? まあ、近いモノだ。運命を少し捻じ曲げただけじゃ。まあこれを使うと運命の神とやらに小言を言われるのじゃが……まあ『おとーさん』の心も少し和らいだことだし良いじゃろう」
その『おとーさん』と言うのをやめてほしい。こう、背中がかゆい。
「む? 背中がかゆいのか? かいてやろうかの?」
「なっ、声に出ていたのか?」
「心を読んだまでじゃ」
心を読んだって……。
「君は一体」
俺の質問に腰に手を当て同道と答えるその少女は見た目よりも大きく感じた。
「我は『ヒルメ』。日の国の神である!」
☆
天照大神。
日本の神様としてその名は有名であり、歴史の教科書などでは必ずと言っていいほど載っている名前だろう。
そんな天照大神こと『ヒルメ』と名乗る少女が何故か俺の家に来てちょこんとテーブルの前で正座をしていた。
「そ、粗茶ですが……」
「うむ、お構いなくなのじゃ」
すすすーとお茶を飲む姿はどう見ても子供。
「む? 子供とは失礼じゃぞ」
「やはり心を読んでいるのですか?」
「それくらい簡単じゃ。この世界の神業界において心を読むのは基本中の基本じゃからな」
「芸能界みたいな感覚で『神業界』って変な単語を作らないでください」
「そうじゃな。作るのは『創造神』の仕事じゃった。いかんいかん」
ケラケラと笑うヒルメ。いや、ヒルメ様と思ったほうが良いのだろうか。
「ヒルメで良い。それに敬語も要らぬぞ」
「は、はあ。それよりも神様ってそんなに沢山いるの?」
「もちろんじゃ。時の神クロノ、運命の神フォルトナ、音の神エル。それらは各々役割を持って生まれてくるのじゃ」
「創造神の名前は?」
「あー、なんじゃったかな。やつは色々作るくせに自分の名前は作らない女神じゃからな」
どうやら神様の業界にも色々事情があるらしい。
「それで、ヒルメはどうして東京駅に?」
「む? 言ったじゃろう。観光じゃ」
え、本当だったの?
「でも、見た目はアレだけど神様でしょ! 何かこう……重大な任務とか理由があって来たんじゃ」
「アレっていう部分が気になるが……よい、教えよう」
俺はつばを飲み込んだ。そしてヒルメは話した。
「今まで『休暇』というものを取ったことが無かったのじゃ」
……ん?
「きゅう……か?」
「うむ。時々『今日はいない』という使徒が稀にいたのじゃが、それについて何故いないのかを問い詰めたことが無かった。そして先日それについてふと聞いたところ『休暇ですよ』と答えられたのじゃ」
「……つまり、ヒルメは休んだことが無かったと」
「というか、神というのはそういうものだと思っておったからな」
ケラケラと笑うヒルメ。いや、日本の神がそんなので良いの!?
「ちなみに休暇を教えてくれなかった当時の教育係は閻魔のところに送りつけて、現在絶賛『地獄の体験つあー』を満喫しておる」
さらっと言ったけど、実際凄く怖い所だよね!
「という事で駿。明日は日の国観光の『がいど』をお願いしたい」
「ええ! 無理だよ! 明日普通に仕事だし!」
「ふむ」
あごに手を当てて、俺を見て、そして何かをひらめいて『指パッチン』をした。
ん? 電話が……上司から?
「はい」
『あ、国島か? 悪いが明日会社は休みになった』
「何故!」
『社長が不倫していたらしくてな。不倫相手がこぞって会社に来たんだ』
「そんなことで!?」
『いやいや、それが警察沙汰にもなって、結構大変なんだよ。とりあえず国島は明日休みになったから、ゆっくり休んでくれ。代休も取ってないんだろ?』
「ま、まあ」
『ん。じゃあよろしく』
「というわけでよろしくじゃ」
「よろしくじゃないよ! 何をしているんだ!」
俺の突っ込みもニヤニヤと笑みを浮かべながら反応するヒルメに、ため息が漏れてしまった。
「はあ、わかった。じゃあ明日は観光案内な」
「うむ!」
ということで俺は神様を案内することになった。
☆
翌日。
ヒルメを連れてお出かけ。ということになったのだが、彼女いない暦イコール年齢の俺はどこへ連れてって良いのかわからず、とりあえず大型の家電量販店に到着した。
ほら、漫画だと『見ろ! 箱の中に人が!』とか言って喜ぶシーンとかあるし、とりあえずテレビを見せれば良いだろう。
「うむ、その考えは浅はかだぞ」
「え?」
「我は日の国を数千年見ておる。これくらいは見飽きたぞ」
ば、馬鹿な!
リアル「箱の中に人が!」というシーンが見られると思っていたのに!
「あー、すまん。言ってやろう。『て、てれびの中に人がおるぞー』」
「そんな棒読みで言われても嬉しくないよ! テレビって言っちゃってるし!」
困った。普段一人で遊んだり買い物をしている俺としては、これからどうすれば良いのか考えられない。
そんな時だった。
「のう駿よ。あれは何じゃ?」
「え、アレは『クレープ』だよ」
「ああ、あれが『くれーぷ』か。上からだと遠くて見えなくてのう」
「その……食べてみます?」
「うむ!」
クレープ屋からおすすめのクレープを購入しヒルメに渡すと、その目は輝いていた。
「見ろ駿! 小麦の生地と泡立った生乳の中に果実が! 果実があ!」
あまりの興奮に語彙力が徐々に失われつつある。というか見た目通りの反応というべきだろうか。
「神様なら色々お供えで食べていたりするんじゃないの?」
「うむ、こんな『はいから』なお供えなぞ口にしたことは無い。あるとすれば果物は生。酒。米くらいかの」
あー、そういえば神棚とか仏壇にクレープをお供えしたことは無いかもしれない。
「うむ、美味じゃ。そうか、食に関しては実際に来て見ないとわからぬな。良い勉強になった!」
「そりゃ良かった」
そう言って歩くと、とある路地裏が見えた。
「おい、もっと持ってるだろ?」
「勘弁してください!」
「ああ? 額の怪我、もっと広げたいのか?」
「ひい!」
制服を着た男子生徒。近所の高校生の集団が一人の高校生をいじめている現場だった。
「駿はアレを見て、何かをしようと思わぬのか?」
「できないよ」
「何故じゃ?」
「自己防衛。まずあの集団に勝てる自信が無い」
あそこで仲介に入れるのは腕に自信がある人や、警察などの権力を持っている人くらい。俺が入って解決できる物とは思えない。
「ヒルメならできるんじゃ?」
「そうじゃ。できてしまう。というか、やらねばならぬのじゃ」
難しい顔をするヒルメ。
「人の世界でもそうじゃろう。子供が罪を犯せば親がそれを叱る。同様に人を生み出した神は親同然なのじゃ。つまりアレも我の子同然なのじゃよ」
「俺も?」
「そうじゃ。人の罪を戒めるために『天罰』という制度があるのじゃよ」
あれって制度だったんだ。単にそういう単語だと思ってた!
ヒルメがいつも通り『指パッチン』を行うと、近くのパイプが破裂して水があふれ出てきた。
その水がいじめていた生徒に降りかかる。
「うわ! 何だ!」
「最悪! くさ!」
「くそ、いったん帰ろうぜ!」
そう言っていじめっ子は帰っていき、いじめられていた生徒もゆっくりとその場を去っていった。
「ずいぶんとやさしめの天罰だな」
「我は優しいからのう」
二カッと笑うヒルメ。
罰があるということはその逆もあるのだろうか。『神頼み』的なやつ。
「うむ? あるぞ?」
「また心を読んだね」
「人の考えは時に神の想像を超えるからの」
「で、願い事を叶えることもできるの?」
「うーん、実は不得意なんじゃよ」
神様といったら願い事を叶えるイメージの方が大きい気がするのだが。
「たとえばアレを見よ」
そう言って神社を指差す。
「五人ほどお願いしていますね」
「うむ。右から『菓子職人』『芸能人』『野球選手』『美容師』『宇宙飛行士』じゃ」
「他人の願い事を覗くのはちょっと複雑だな。でも、全員叶えることはできないの?」
子供のころは俺もサッカー選手にあこがれていた時期があった。しかし今ではパソコンでソフトを作る職業に就き、過去に願った道とは正反対を歩いている。
「今すぐ叶えることは可能じゃ」
「というと?」
「この場で力を与えて菓子職人やサッカー選手にすることはたやすい。しかしそれでは世界のバランスが崩れる。何より運命の神に怒られる」
だからその神業界の事情を人間の俺に言われても。
「じゃあ数年後に叶うようにしてあげれば良いのでは?」
「一日に何件願い事が来ると思う? こうして話している間にも数千件の願い事が来ている中、あやつらを覚えている自信なぞ無いな」
「え、じゃあ神頼みって実は可能性低い?」
「うむ……毎日来ればギリギリ顔は覚えるから話は変わるがのう。まあ以前は間違えて隣の人間を芸能人にしてしまったが……」
それこそ運命の神様に怒られる事案じゃなかろうか!
「まあそんなわけで神頼みよりも自分で何とかしてほしいのが、神たる我の願いじゃ」
「神頼みの神頼みだね」
「何を言っているのやら」
お互いクスッと笑った。
☆
楽しい時間はあっという間に過ぎ、ヒルメは帰ると言った。
神様の中でも頂点に立つヒルメがいないと保てないとかなんとか。そんな人……いや、神様が隣にいたなんて実感が沸かない。
「世話になったな。次の休暇も世話になりに行くぞ」
「はは、まあ休みの日ならいつでも」
「そうじゃな、次は百年後に休暇を取るつもりじゃ」
「死ぬわ!」
「む、そうじゃった。じゃが我の住む世界もそうそう空けられないしの。今日で別れじゃの」
そう言われると少し寂しい気もする。なんだかんだで楽しいと感じた自分がそこにいた。
「そうじゃ、神の加護じゃ。何か願い事を言ってみ」
「願い事……か」
考えたことも無かった。平凡に生き、病気もせず、トラブルに巻き込まれないことを考えて社会人を過ごせればとさえ思った。
「欲が無いのう。我は心配じゃ」
「はは、ごめんな。そうだな、親を安心させたいかな」
「む? 自分の願いではないのか?」
「ああ。俺はこうして数十年間生きてきた。それは親の存在があってのことだ。だから親がこれからも病気をせずに安心して生きていければ良いかな。俺自身失うものはもう無いけれど、親だけは元気に過ごしてほしい」
「やはり人というのは神の考えを一瞬だけ上回る。だから可愛いのう」
そう言ってヒルメの手は少しだけ光り出した。
「うむ、その願いはこの『天照大神』ことヒルメが責任を持って叶えよう。その短き人生、これからも悔いなく生きてくれ」
「言われなくても」
そしてヒルメはその場から消えた。それと同時にすさまじい眠気が襲って俺はその場で倒れるように眠りに入った。
☆
変な夢を見た。
小さい女の子と一緒に家電売り場に行ったり、クレープを食べたりする夢だった。
やたら現実味のある夢だったが、悪い夢ではなかった。
「おはようございます」
いつもの日常が始まった。毎日パソコンとにらめっこする日々だ。いつかストレスで倒れてしまうのではとも思える日々がまた始まるのだろう。
いつも通り朝のミーティングが始まった。そこには会社では見慣れない女性の姿があった。
「えー、今日から新しく入社した女性を紹介する」
「雨宮です。よろしくお願いします!」
そう。『会社では』見慣れない女性社員。確か高校のころ同じクラスだった……。
「あ、あまみや……未来さん?」
「へ? 国島君!」
「なんだ、二人は知り合いか。じゃあ雨宮さんの面倒は国島が見てくれ」
「は、はい!」
「よろしくね!」
「お、おう!」
雨宮さんの眩しい笑みが突き刺さる。今まで女性との会話が少なかった社会人生活を送ってきた俺としては少し緊張してしまう。
そんな時、幻聴がふと聞こえてきた。
『我からのお節介じゃ。その後の将来は自分で決めるんじゃ』
まるで『神様』から助言をもらったかのような状況。しかし自然と緊張はほぐれていった。
「ふう、うん。大丈夫」
「どうしたの?」
「ああ。よろしくね。雨宮さん」
そして俺は新しい人生を歩み始めた。
ご覧いただきありがとうございます!いとです!
毎回短編を書く際は課題を設けていますが、今回は『日常』を畫いてみました。
それに加えて小さい頃に『芸能人が仕事場から抜け出して、一般人と遊び世の中を知る』的なドラマも少しだけ影響されて書いてみたというものもあります。
また、公園なので遊んでいると、見ず知らずの同年代と遊んだこともあり、その日以降は姿も見たことがなく、徐々に記憶から消えていく体験もしたので、それも少しだけ物語に組み込んで見ています。
ほのぼのとした日常のお話、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!