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 「ねぇ見てっ! ピンクのフラワーフリルver.が出たの!」


 昼休み。秘密の部屋こと多目的トイレに入るなり、雪野は嬉しそうにそれを見せてきた。


 雪野が自慢げに持っているは女児向けニチアサアニメ『プリンセス・チアシード』の『プリチアふりかけ』についてくるシールだ。


 「へぇ、確かピンクが一番好きなんだよな? よかったじゃん」


 俺がそう答えると、雪野は嬉しそうにシールにほっぺをすりすりする。


 「うん! ブルーとイエローのフリルは持ってたんだけど、ピンクだけ持ってなかったんだよね~。やっぱりピンクが一番かわいい~」


 雪野と便所飯を初めて一週間。秘密の部屋限定の雪野の笑顔は結構見てきたはずなのだが、未だに慣れない。別に露出なんかしているわけじゃないのに目のやり場に困るというか……。


 雪野は教室では仏頂面しかしていない。だからそのギャップに違和感を感じているせいだろう。


 まぁ、ごくたまに「教室でもこうやって笑えばいいのに」なんて思うこともなくもなくもなくもなくもないけど。


 って、どっちやねん! なんて一人ツッコミを内心でかましていると、「ああ、そうだった」と雪野がこちらに今日の弁当を差し出してくる。


 驚いたことに俺はこの一週間あの雪の女王様に弁当を作ってもらっていた。

 

 外見、勉強、運動とすべてで学校のトップに立つ完璧超人雪野雫は、どうやらほんとに完璧なようで料理も上手い。一度こいつの弁当を食べてしまえば、安い学食に戻る気にもなれなかった。


 「お、おう、ありがとう」


 それでも弁当を受け取る時は少しソワソワしてしまう。中学までオタボッチだった俺にとって女子から弁当を受け取る行為には慣れないものがある。

 まぁ、一度食べだしてしまえば、雪野の料理の美味さにそれも忘れてしまうのだけど。


 包みを解いて蓋をあければ今日はいなり弁当だった。この一週間弁当の中身が被ったことはない。雪野は料理のレパートリーも豊富な様だ。


 一口サイズのおいなりさんを一つつまんで口に放り込む。

 じゅわっと甘い汁が広がり、口の中が幸せで満たされる。


 「今日もすげぇ美味いな」


 俺がそう言うと、雪野はにへらっと笑う。


 「えへへ……」


 雪野のその笑顔はあまりに無防備で、やはり視線のやり場に困る。俺は熱くなる顔をごまかすために話題を変えることにした。


 「でも、なんか悪いな。作ってもらってばっかで。なんか俺にしてほしいこととかあったら言ってくれ」


 「別にいいよ。わたしが鈴木とプリチアのお話したいから作ってるだけだし」


 普段は傍若無人なのにたまにやたら健気なこと言うんだよなぁ。


 「そうか。まぁ、でもなんかあったら言ってくれ」


 「うん、わかった。あっ、ねぇ、それでさぁ、前回ブルー回だったじゃん」


 ほんとにわかっているのか、雪野は身を乗り出して前回放送されたプリチアの話をし始める。プリチアの話をする雪野はやたら楽しそうで生き生きとしている。


 (ほんと、教室でもこうやって笑えばいいのに)とか思っちまうよな、やっぱり。




 その日の放課後。

 俺は久しぶりにヨーカドーのおもちゃ売り場に来ていた。

 

 警備員のおっちんに連行されてから気まずくて来れていなかったのだが、あれから一週間以上経つし、そろそろ大丈夫だろう。


 と、言っても長時間滞在する気にはさすがにならなかったので、俺は真っすぐカード売り場に向かいプリチアトレーディングカードを手にとると即レジに向かう。


 会計を済ませると、足早に階段近くに設置されたベンチに移動する。一般の客はエスカレーターを使用するので、階段近くには人があまりいなくてどこかひっそりとしている。


 ここなら万が一SSRカードが当たって『喜びの舞』を踊ってしまっても、見つかって通報されるようなこともないだろう。


 「ごくりっ……」


 俺は唾を一度飲み込んでパッケージを丁寧に開く。そしてカードを取り出すと、一枚、一枚とカードを確認し――――


 「やっぱ連続はないよなぁ……」


 見事にすべてがノーマルカードだった。


 まぁ、これが普通なんだ。前回が奇跡だっただけで……。


 にしてもどうすっかな、これ。


 ダブったノーマルカードは捨てるわけにはいかず、コレクションとしての価値もなく、処理に困ってしまう。


 妹が小学生とかなら欲しがったりしたのかもしれないが、思春期真っただ中、女子中学生であるうちの妹が俺のプリチアカードを欲しがることはなかった。


 いや、むしろ日曜の朝に「ピンク! うしろっ!」とか思わず小さく呟いちゃってる俺をゴミ屑を見るような目で見ている。


 と、そんなことを考えていた時に、ふとある少女の笑顔が思い浮かぶ。


 「……あいつ、喜んでくれるかな?」


 俺はそんな独り言と共に使い道のないはずだったノーマルカードを口の開かれたパックの中に丁寧に戻した。



 翌日の昼休み。


 「はい、これ。今日のメニューはハンバーグだよ」


 さらっと新妻さんみたいなことを言う雪野から弁当を受け取ると、俺はすぐには包みを開かずに一旦脇に置く。そんな俺を見て雪野はきょとんと首を傾げた。


 最近の雪野はこんな風に自然に教室では見せることのない、素のしぐさを見せてくる。素の雪野はどこか幼くて無防備で、なんだか調子が狂う。


 「どうしたの? 食べないの?」


 「いや、食べるんだけど……。雪野さんさ、プリチアカードとかって買ってるの?」


 「プリチアカード? いっつも見せてるけど、これならあるよ?」


 そう言って、雪野はポケットからプリチアカレーやプリチアふりかけのおまけのシールを取り出す。

 

 「持ってるのって、それだけ?」


 「うん? まぁ、そうだけど……。あっ! もしかしてわたしのことバカにしてるでしょ!」


 「え? いや……」


 「仕方ないじゃん! わたしだってもっと色々買いたいけど、お父さんとお母さんがいいって言ってくれないんだもん! これだって買うの大変なんだからっ! わざわざ隣町のスーパーまで行って――――」


 「ち、ちょっと落ち着けって!」


 俺はいきなりぷんすか怒りだした雪野をなだめる。


 「べ、別に俺はお前のことバカにしてるわけじゃないから」


 「でも、鈴木、どや顔で“それだけしか持ってねぇーの? はっ! そんなんでプリチアファンを語るとか片腹痛いわっ!”って言った!」


 「言ってねぇよ! ついでにどや顔もしたつもりはねぇよ! そうじゃなくてな……」


 俺はそう言ってポケットから雪野に渡そうと思っていたプリチアカードを取り出す。中にはノーマルカードだけでなく、ダブってしまったレアカードも含まれている。


 「……これ、よかったら」


 雪野は俺が差し出したカードを手に取ると、一枚一枚見たあと、ばっ! と顔を上げる。

 どうやら喜んでくれたみ――――


 「自慢っ!? 自慢なのっ!?」


 喜んでなかった。むしろ怒っていた。


 「ち、違う。違うからっ! これはお前にやろうと思って持ってきたの!」


 それを聞いた雪野は再びきょとんと首を傾げる。白く光る金髪が首の動きに合わせてはらりと肩に落ちる。


 「……くれるの?」


 「お、おう。まぁ、弁当作ってもらってるし。その礼だ。そ、それにそのカードはダブったやつでそもそも――――って、おわっ!」


 雪野がいきなり抱き着いてきた。

 甘い香りがして、温かな体温が押し付けられる。見た目は華奢だが、俺のことを抱きしめる雪野の体はとても柔らかかった。


 「ちょ! お前なにしてっ!」


 「ありがとー! ちょーちょーちょー嬉しいっ!」


 「わかった! わかったから! は、離れろっ!」


 密室で男に抱き着くとかシャレにならん。無防備過ぎてこいつのこれからが心配になってくる。


 俺はなんとか雪野を引きはがすと、大きくため息をついた。

 今日一日で、ていうか、今の十秒弱で十年は齢をとった気がする。


 そんな俺とは対照的に雪野は相変わらず嬉しそうにカードをペラペラめくっている。

 

 「ねぇ、キラキラしてるのもあるよ! これももらっていいの!?」


 「ああ。それも二枚あるから」


 「わー。すごいすごい。かわいいのばっかり!」


 こんな風に喜ばれると怒る気にもなれん。こいつに男の怖さを教えるのはまた今度にしとくか……。


 「まぁ、喜んでくれたみたいでよかったよ」


 俺がそう言うと、雪野は満面の笑顔で答える。


 「うん、ありがとうっ! 尚典!」


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