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 「鈴木くん、次の授業で使うプリント生物室に取りにくるように言われてるんだけど、手伝ってくれない?」

 

 雪野のその一言に教室がしん、と静まり返るのがわかった。

 雪の女王こと雪野雫は基本教室でクラスメイトに話しかけることはない。むしろクラスメイトに話かけられても完全シカトかよくて頷くくらいだ。

 授業やLHR以外で雪野の声を聞いた記憶は片手で数えることができるくらいだった。


 その雪野がわざわざクラスのリア充である俺のところまで歩いてきて、そして自ら話しかけたのだ。

 そりゃ教室の注目も浴びるだろう。その内容が単なる業務連絡みたいなものだとしても、な。


 「……えっと」


 雪野のそのあまりに予想外な行動に俺の思考はフリーズする。

 なにか返事をしないといけないことはわかっているのだが、発すべき言葉を俺の脳ははじき出してくれなかった。


 背中に嫌な汗が噴き出してくるのを感じる。


 「それ、わたしが行くよ」


 そんな俺を救い出してくれたのは、俺と同じリア充グループに属している白石凛だった。


ショートボブの亜麻色の髪に、短いスカート、施された化粧は洗練されていて、高校化粧デビューしたこの時期の女子にありがちな野暮ったさもない。


雪野は白石の方にギロリと視線を向ける。

そしてめんどくさそうに吐き捨てた。


「……あなたには頼んでないんだけど」


「ひいっ!」


離れたところで木下が小さな悲鳴をあげるのが聞こえた。

そんな木下のリアクションに大げさな、なんて思わなかったさ。もちろん。

実際俺もちびりそうだったし。


だが、わがクラスのファッションリーダーこと白石も気の強さでは負けてはいないらしい。


つかつかと雪野に歩み寄る。


「は? プリント運ぶの手伝えばいいんでしょ? それなら別に尚典でなくてもよくない?」


「プリントって重いでしょ。男子の方がいいの」


教室は水を打ったように静まり返って二人に注目している。そんな視線の中心で雪野と白石は視線の火花を散らせている。


「賢人、雪野さん手伝ってあげて」


「え? 俺?」


いきなり白石から指名された楠木は焦った様子で自身を指さす。

さすがのリア充プリンス楠木賢人と言えどもこの状況に巻き込まれることは予想外だったらしい。


「わたしは鈴木くんにお願いしてるんだけど」


雪野は楠木の方を見向きもせずに白石を睨みつける。白石も雪野から決して目を逸らそうとしない。


「別にいいでしょ? 賢人の方が筋肉もあるしプリント運ぶなら不便はないと思うけど?」


「わたしがあの人と歩きたくないの」


勝手に巻き込まれたあげく、「あの人と歩きたくない」宣言された楠木は困ったように苦笑いを浮かべている。


「へぇ、賢人はだめだけど、尚典はいいんだ?」


「そうならなに?」


「いや、男の趣味悪って思って」


「ぐはっ!」


突然の白石からのディスりに血反吐を吐く俺。


先ほど同じ状況でディスられて苦笑い程度で済ませていた楠木の偉大さを俺は改めて認識する。さすがリア充プリンス楠木。

てか俺、リア充プリンスって言い過ぎじゃね? どんだけこの二つ名気に入ってんだよ。


「くだらない。わたしはあなたみたいに全部の人間関係に恋愛感情を持ち出したりしないから」


「ふーん、そう。ならなんで尚典なの?」


「それをあなたに説明する必要はないでしょ」


「あのさ、尚典はあんなんだけど、あたしの友達なの。あたし友達が手出されるのとか黙って見てられないんだよね」


「なに勘違いしてるの? わたしは別に鈴木くんに危害を加えようとなんてしてない」


「昨日はあんなに敵意丸出しの目で睨んでたくせに?」


「……そ、それはあの人がプリ――――」


「ストーップゥゥゥゥウ!!!!」


俺は慌てて雪野の口をふさぐ。

勢いでなに俺の秘密を暴露しようとしてんだこいつはっ! なんて思っていたら俺の体がふわりと宙に浮かぶ。

そして次の瞬間には教室の床に叩きつけられていた。


「ぐはっ!」


その衝撃に肺の空気が一気に吐き出される。


「な、なにすんのよ! 変態!」


痛みに顔を歪めつつ、声のした方を見れば雪野が顔を真っ赤にして自分の体をかばうように抱きしめている。

どうやら俺は雪野に一本背負いをされたらしい。


――――って、んっ!?


「……た、尚典。さすがに突然女子に抱き着くのはダメだと思う」


反対側からは白石の引きつった声が聞こえたが、今の俺はそれどこではない。


床に仰向けに寝転がった状態。目の前には雪野雫が立っている。その角度から――――、


「く、くまさんのこどもぱんつ……だと……?」


雪野のぱんつが丸見えだった。


「へ、変態――――!!!!」


俺は顔面を雪野の上履きに踏み潰されるのだった。





と、そんなことがあった数分後。俺は雪野と生物室を目指し廊下を歩いていた。


どうやら白石は、昨日雪野が俺にガンをつけていたことを覚えていて、雪野が俺に危害を加えるつもりだと考えたらしい。


そんなこともあってさっきは俺と雪野を二人きりにしないようにと喧嘩まがいのことまでしてくれたのだが……。


俺の度重なる雪野へのセクハラ行為 (わざとじゃないよ!) の後、「尚典はちょっと懲らしめられた方がいいと思う」という言葉とともにあっさり雪野の手伝いを俺がすることを了承していた。


「……」

「……」


ちなみに当然のごとく俺と雪野の間に会話はない。

ぱんつを見ちゃった女子と歩くの超気まずい。誰か代って。


(あれ? てゆうか……) 俺はそこでふとあることに気づく。


「生物室ってこっちじゃなくないか?」


生物室は文化棟の二階にある。にも関わらず前を歩く雪野は階段を素通りしてゆく。


こっちにあるのは美術室くらいだと思うのだが……。


「いいの。こっちで」


そう言った雪野はさらに美術室も素通りする。

もうそこには壁しかないぞ、なんて思ったところで雪野は足を止めた。


「わたしたちの目的地はここだから」


そう言って雪野が指さした先にあったのは、多目的トイレだった。



美術室の隣のちょっと奥まったスペースにその多目的トイレはあった。

トイレの前には美術部のものだろうか? いろいろな備品が山積みになっていてトイレの存在をわかりにくくさせていた。

実際俺もこんなところにトイレがあるなんて知らなかった。


「え? 目的地がここって……」


「あなたは今日からここでわたしとお昼を食べるから」


「へ?」


そのあまりに突飛な雪野の宣言に俺は素っ頓狂な声を漏らすのだった。


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