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「安心して。わたしはあなたの味方だから」


 そう言う雪野の顔は普段教室で見せている仏頂面ではなく、まるで仲間を見るような優しい笑顔だった。


 こいつこんな風に笑うのか、なんて思ったが今はそれどころではない。あなたの味方? 一体なんのことを言ってるんだ?


 「あ、あの、いきなり過ぎてよくわかんないんだけど、仲間って……?」


 俺が聞くと、雪野は自慢げにそれを指に挟んでこちらに差し出してきた。

顔を近づけて雪野の白く細い指に挟まれているそれを見れば、なんとプリチアヒロインが印刷されたカードだった。


 カードとは言っても俺が集めているトレーディングカードではなく、プリチアカレーについてくる裏がシールになっている安っぽいものだ。


 「ゆ、雪野さんってもしかしてプリチア好きなの?」


 「特にピンクがね!」


 どや顔でそんなことをのたまう雪野。

もともと小柄なので指に挟んだプリチアシールと合わせて小学生にしか見えない。


 「も、もしかして俺をここに呼び出した理由って……」


 雪野は俺の言葉を遮るように俺の肩にポンと手を置いた。


 「さっきは大変だったね。迫害を受けているんでしょ?」


 なんかさらっととんでもないことを言われた気がする。


 「は、迫害?」


 「いいの。隠さなくていいんだよ。見せたでしょ? わたしも隠れプリシタンなの」


 そう言い、俺の目の高さに先ほどのプリチアシールを掲げる雪野。


 「ご、ごめん。ほんとよくわかんないんだけど……。隠れプリシタンってなに?」


 「隠れプリシタンは周りには内緒でプリチアを応援している人のことでしょ?」


 「え? あ、そ、そうなんだ……」


 なに常識でしょ? みたいに言ってんだ。

プリチア関連の掲示板は結構巡回してるけど、隠れプリシタンなんて単語見たことねぇぞ。

ていうかそれ、絶対雪野オリジナルだろ。


 「ほら、二時間目の休み時間にあなたプリチアの悪口言ってたでしょ? 最初わたしすっごいムカついたんだけど、そのあとにあなたがプリチアカードを持ってるの見てね、わたし気づいたの。あなたもそうなんだって」


 「……そうって?」


 「だから、プリチア好きなんでしょ!?」


 瞳の中に星が見えそうな笑顔で雪野は俺にぐいぐい体を寄せてきた。

 制服越しに体温が伝わる様な距離。

身長の低い雪野の頭がちょうど俺の顔の下にきてシャンプーの香りが鼻先をくすぐった。リア充でもないくせに距離感がおかしい雪野から俺は後ずさって距離を取る。


 「いや、まぁ、好きだけど……」


 「やっぱり!」


 雪野はその一言と共に俺がせっかく後ずさって取った距離を再び一気に詰めてくる。だから近いって!


 「わたしもね、好きなの! プリチア!」


 「へ、へぇ~……」


 「そ、それでね、わたしプリチアのお話ができる友達が欲しいなってずっと思ってたの!」


 雪野のハイテンションに俺は軽く引いていた。


こいつほんとにあの雪野雫だよな? 教室で常につまらなそうな顔をしている女子と今目の前で無邪気な笑顔で笑う女子、同一人物とは思えないんだけど……。


 なんなら双子の妹とか言われた方がよっぽど自然に受け入れられただろう。なんか怖い。


 「あっと、ごめん。雪野さんからもさっき言われたように、俺学校ではプリチア好きなこと隠してるんだ。だから、学校でプリチアの話するのとかはちょっと……」


 「大丈夫。それについてはわかってるから。あなた隠れプリシタンだもんね! それでね、わたしに考えがあるの」


 やんわりと断ったつもりだったが、どうやらテンションマックスの雪野には伝わらなかったらしい。小学生が年上のお兄さんにじゃれつくように雪野は体を左右に揺らしながらその『考え』とやらを説明し始めた。


 「明日からわたしと一緒にお昼を食べることにするの! 人目は気にしなくて大丈夫よ! わたしね、秘密の部屋を知っているから!」


 「秘密の…部屋?」


 ここはどこの魔法学校かな?


 「そう、秘密の部屋! ほんとはわたしだけの秘密なんだけど、あなたも招待してあげるっ!」


 無邪気に白い歯を見せる雪野に、正直俺は困惑していた。


 俺は確かにプリチアオタクだが、誰かとプリチアについて語りたいと思ったことはない。そういうのを好む人がいることも確かだが、俺のオタク活動は一人完結で、そのスタイルこそ俺の理想の形だった。


 それに高校デビューとはいえ、今の俺のクラスでの立ち位置はクラスカーストトップのリア充グループのメンバーの一人だ。余計なことに関わって変なボロは出したくない。

このテンションがぶっ壊れた雪野を見ていると、こいつが日常生活で俺の秘密を守れるとはとても思えなかった。

熱に浮かされた雪野が口を滑らせる未来が見える。


「あー、でもさ、俺昼飯は他の友達と食べてるから雪野さんとは食べられないかなぁ、なんて……」


「それも大丈夫! わたしに考えがあるの!」


マジかよ。すげぇ考えてんじゃん。こいつどんだけ俺と昼飯食いたいんだよ……。


「あのね、わたしが先生からあなたの勉強をみるように言われたって言えばいいんだよ。あ、ちなみにあなたって成績いい? もしいいならね、わたし生物委員だから――――」


「ゆ、雪野さんっ!」


このままじゃ埒が明かない。俺はマシンガンのように話す雪野の言葉を遮る。


「ん? どうしたの?」


雪野は可愛らしく首を傾げてこちらを覗き込む。俺が雪野の提案を迷惑に思っているなんて微塵も思っていない顔だ。


「あ、あのさ、悪いんだけど、俺誰かとプリチアについて話したいとか思わないんだ」


「え?」


「確かにプリチアは好きなんだけど家でテレビ観て一人でグッズ集めて……そうゆうので満足っていうか……。それにやっぱり友達が大事だからさ。雪野さんと昼飯食べることはできない。ごめん」


少し可哀想な気もするがこういうのははっきり言った方がいいだろう。

雪野の方を見ると、俺の言葉がまだ理解できていないのか、ぽかんと呆けた顔でこちらを見ている。


「あ、あの……雪野さん?」


「あ、あ……う、うん。わかった。ごめんね。呼び出しちゃって」


雪野は少ししょんぼりした様にそう言うと、気まずさからかそそくさと自分の机に置かれていたスクールバッグを肩にかける。

そしてなにも言わずそのまま教室を出て行ってしまった。


その姿に話くらいしてやればよかったかなと思うものの、昼休みは俺のリア充生活を維持するうえでかなり重要な時間だ。

秘密がばれるばれないを抜きにしても雪野と昼飯を共にすることはどっちにしろできなかっただろう。


と、そんな風にその時の俺は思っていたのだが。


翌日の昼休み。いつものメンバーで昼飯を学食に食いに行こうとしていた時に俺の肩が叩かれる。


振り向けばそこには昨日の放課後とは対照的な仏頂面の雪の女王様が立っていた。


「……鈴木くん、次の授業で使うプリント生物室に取りにくるように言われてるんだけど、手伝ってくれない?」


 足元に視線を落としブツブツとそんなこと言う雪野に俺は確信した。


 これは面倒なことになったぞ、と。


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