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得てして悪い予感は当たるものである。


昼休み、学食から戻ると一枚の折りたたまれた紙切れが俺の机の上に置かれていた。

それを開けば綺麗な楷書で「放課後、教室で」と書かれている。

差出人は書かれていなかったが、考えるまでもないだろう。


普段リア充面した俺が女児向けアニメ『プリンセス・チアシード』のカードを学校に持ってきているなんて知られたら俺のクラスでの立ち位置はがた落ちだ。


雪野はきっと、プリチアカードのことを黙っててやるという条件で俺をパシリにでもしようとするに違いない。いや、あの性格の悪さでは定評のある雪野のことだ、もしかしたらもっとひどいことを要求されるかもしれない。


どうしよう。数学の時間に裸踊りをしろとか言われたら……。いや、それはないか、プリチアカードと比べたら恥として釣り合わない。


いや、でもあの雪野だからなぁ……俺はそんなことを思い、椅子の背もたれに体重を預けて天を仰ぐのだった。




そして迎えた放課後。


「尚典~、一緒に帰ろ~」と佐伯愛奈が声をかけてきた。


別に俺と佐伯が付き合っているとか、いい感じとか、佐伯が俺に惚れているとかでは断じてない。いや、ほんとにないからこんな強く否定する必要もないんだけど。


ただ単に、俺たちのグループで帰宅部が俺と佐伯だけなのだ。


楠木は軽音部、木下はバスケ部、白石はテニス部とそれぞれ部活に所属している。なので必然的に下校時間が被るのが俺だけとなり、俺と佐伯は一緒に帰ることが多い。


だが、今日は先約がある。


 「あ~、悪い。今日はダメなんだ」


 「用事? 待ってようか?」


 佐伯は俺の顔を覗き込んでくる。どうしてリア充はこうも距離が近いんだ? おかげでいい匂いがして、薄く化粧した綺麗な顔が近くにあってなんだかそわそわする。

 あれ? もしかして俺のこと好きなんじゃね? とか勘違いしそうになるのは、俺が自意識過剰だからだね! 大丈夫。わかってるから鼻で笑わないで!


 「いや、遅くなるかもしんないから先帰っててくれ」


 俺がそう言うと佐伯はぱちくりと一度まばたきをしたあと、俺の顔を見つめる。


「な、なに?」


 その不自然な沈黙が気まずくて尋ねると、佐伯は俺を見つめたまま言う。


 「もしかして用事って女の子と?」


 「……っ!」


 佐伯の不意打ちの一言に俺は一瞬言葉に詰まってしまった。そんな俺を見て佐伯が小さく息をのむ。


 確かに相手は女子だが、断じて佐伯が思っているような甘いものではない。でもどう説明すりゃいいんだ? と俺が悩んでいると、佐伯が上目遣いにためらいながらも問いかけてくる。


 「……も、もしかして彼女できたの? な、なんて……」


 「ば、ばか。んなわけねぇだろ。そういうんじゃねぇよ」


 俺は否定するが、佐伯は俺から目を離さない。

 恋バナ大好きなTHE JKこと佐伯愛奈のことだからこういう話題にきゃっきゃ喜ぶと思ったが、意外なことにテンションは低めだ。

 その静けさがなんだか居心地が悪かった。


 「ほ、ほんとにそんなんじゃねぇから」


 「じ、じゃあ、どんなのなの?」


 「いや、それは言えないけど……」


 「……」


 「あー、もうっ。じゃあ、どうしたら信じてくれんだよ!?」


 少し気まずげに、それでも決して引こうとしない佐伯に俺がしびれを切らして苛立ち気味に言うと、佐伯は落ち着かないようにちらちらと俺の方を窺い始めた。


 そんな挙動不審な佐伯を俺は訝しむ。なんか顔も赤いし、熱でもあんじゃないだろうかと思い始めた時、佐伯が意を決したように口を開いた。



 「じ、じゃあ、……してよ……」


 佐伯はぽしょぽしょとなにかを言っていたが、声が小さくてよく聞こえない。


 「は? なんだって?」


 「だ、だから……!」


 佐伯はそこまで大きく言うと、再び声を潜めるように、顔を赤くして内緒話でもするように小さな声で続ける。


 「わたしとデートしてって……言ったの……」


 「……え?」

 

 聞き間違え……だよな。


 俺が愕然としていると、佐伯は付け足す様に「そしたら信じてあげる……」と呟いた。


 俺は経験値の低さから一瞬パニクりそうになるもすぐに真実にたどり着いた。


高校入学後リア充グループに属して三カ月。俺にもリア充のノリみたいなものがだんだんとわかってきたようだ。


 (ははん? なるほど。そうゆうことね? これあれね。ドッキリ的なノリのリア充コミュニケーションのやつね? そうゆう空気だして『ばーかじゃん、冗談だよっ!』ってやつね)


 正解に行きついた俺は声を低くしてイケボを意識しながら答える。


 「もちろんいいぜ?」


 「え? いいの?」


 「もちろんだろ?」


 佐伯は頬を薄く染めながら嬉しそうに笑った。その笑顔はあまりに自然でドッキリ的な演技であることを忘れるほど魅力的だった。

 こいつの魔性の女ポテンシャル恐ろしいな。自然な距離の近さとか、この笑顔とか男を勘違いさせる能力が桁外れだ。ポテンシャルって言うか、齢十五の段階ですでに覚醒している感がある。……恐ろしい子っ!


 「……うん、それじゃあ信じてあげる」


 佐伯はなにがそんなに楽しいのか、白い歯を見せながらそう言うと、よくわからん缶バッチが付いたリュックを背負い直した。


 「じゃあ、尚典も気を付けて帰るんだよー」


 そう言って俺に手を振りながら教室をでて行く佐伯を見送ったあと、俺は深いため息をついた。

 本題はこれからだってーのに、なんかやたら疲れた。


……あれ? そう言えば『ばーかじゃん、冗談だよっ!』は?






 その後、ずっと教室にいるのは不自然なので、ぷらぷらと時間を潰してから頃合いを見て教室に戻る。

 その頃には俺の見立て通り、先ほどまで生徒で溢れていた教室はたった一人を除いて空になっていた。


 その一人は俺がドアを引く音で、こちらを振り向く。


 そして透き通った声でこう言うのだった。


 「安心して、わたしはあなたの仲間だから」



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