第61話 主人を持つ者の覚悟
「我が君!!」
「トルカーネ様! 嘘だッ!」
叫んだスピネーとレイシアが魔力を高める。トルカーネが失われた以上、戦うことに意味はないはずだ。彼は『役割』を果たせずに消えたのだから……。しかし配下であった彼らが状況に納得できるかは、まったく別の話だった。
「死ねっ! 死んで詫びよ」
スピネーの氷の槍を、リオネルは容赦なく溶かした。青白い炎がスピネーを囲う形で広がり、美しい円を描く。その下に魔法陣が現れた。下から見るルリアージェ達には美しい光景だが、スピネーにとって命を奪う魔法陣だ。
氷の欠片をいくつも連発して魔法陣を消していくが、直後に光と炎が舞い上がり修復していく。これは魔力量の問題だった。単純に魔力量に勝るリオネルの修復と維持に、スピネーの破壊が追いつかないのだ。
青白い炎が徐々に範囲を狭めていく。包み込まれたスピネーの身体がついに炎に負けた。炎に焼かれて崩れるのではなく、溶けるように、まるで蒸発するかのごとく少しずつ消える。
「我が、君……」
美しい氷の欠片を残して、スピネーを形作っていた魔力が霧散した。核となった氷は、ひんやりとした感触の宝石となる。魔性の核は透き通っているほど魔力が高かった証だという。淡い水色の美しい核を持ち帰ったリオネルは、恭しくルリアージェに献上した。
「美しく……冷たく、どこか哀しそうだ」
複雑な感情を飲み込んでルリアージェは宝石を手にする。自分を飾りたてる宝飾品に興味を示してこなかったため、宝石の種類はわからない。
「貴様ら、許さんぞ!」
リシュアと相対していたレイシアの声が降り注ぐ。見上げた先で、彼は切り刻まれていた。風を操るリシュアの魔法陣が淡い緑の光を放つ。2人の間に立ち塞がる形で展開する魔法陣は、ひどく複雑で混み合っていた。ただの風を操る魔法陣ではない。
「続きは、トルカーネ殿がお待ちの魔宮にてどうぞ」
滅びた魔物や魔性の魔力が集う空間といわれる魔宮。本当にあるのか誰も確かめていない御伽噺に近い伝説を口にして、リシュアは魔法陣にさらに魔力を注いだ。
氷や水を駆使して自分の身を守っていたレイシアを、風の壁が襲う。四方から徐々に小さくなる風の小部屋が、彼の身体を隠していった。最後に残ったのは、主の名を呼ぶレイシアの細い声だけ。
「ルリアージェ様、こちらもどうぞ」
風が圧縮された小さな空間に手を突っ込んだリシュアが取り出したのは、紺色に近い鮮やかな石だった。色が濃いのに透明度は高く、陽にかざすと透き通って見える。
「……戦うしかなかったのか?」
美しく冷たい石は、どちらも手のひらに余る大きさがあった。それは彼らの魔力量がそれだけ多く、大きな力を揮う魔性であった証拠だ。長く生きた彼らを惜しむように呟かれた言葉に、ジルは肩を竦めた。
人族であるルリアージェには残酷に見えるだろうが、魔族にとって主君は己の命より大事な存在だ。それを奪われてなお、生きていくのは責め苦でしかなかった。ならば残された配下が選ぶ道は2つ――後を追うか、復讐するか。
「しょうがない。主に殉じるのがアイツらの幸せなんだ。放置したら逆に可哀想だぞ」
言われた内容を反芻する。主人が死んだら後を追うのが幸せ? ならば……。
ぎゅっと唇を噛み締めて、目の前の5人を見つめる。ジル、リシュア、リオネル、パウリーネ、ライラ――魔性として二つ名をもつほどの彼と彼女らも、主人を喪ったら同じように追おうとするのだろうか。
正確にいうなら直接契約したのは、ジルとライラだけだ。しかし主人に殉じて後を追うならば、ジルが消えたら残る3人も生き残ろうとしないだろう。人族の貴族に根付いた『生き恥を晒す』感覚が彼らにもあるとしたら?
気付けば彼らの主となっていたが、魔術を齧った程度の人族に過ぎない私の寿命は長くても100年程だ。残りを考えれば80年前後……数千年以上生きた彼らを、道連れにするのか。
「ジル」
不安を抑えるようにワンピースの胸元を握り締める。首をかしげて待つ従順な彼に、残酷なのを承知で願いを口にした。
「私が死んでも、誰も後を追わないでくれ。頼む」
「……リアはそんな心配しなくていい」
さらりとジルが答える。同意見だと頷く彼と彼女らを見回し、ルリアージェはさらに言葉を重ねようとした。それを塞ぐように、ジルの指先が唇に触れる。続いて額に……そして彼女の意識は失われた。
「リアは心配しなくていい。そこから先はオレ達が自分で選ぶことだ」
「……そうですね」
「ですが……リア様は」
ジル、リオネル、リシュアの呟きは柔らかかった。
「口にしてはダメよ。誰が聞いているかわからないもの」
「そうね。まだリア様には早いですから」
ライラとパウリーネがくすくす笑いながら話を締めくくる。5人の上級魔性達に悲壮な色はなく、どこか嬉しそうに頬を緩めた。その視線の集まる先で、ルリアージェは眠りの中にいた。
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