第59話 与えられた役割
本来なら関係ない津波と戦う魔性達を心配しながら、ルリアージェは海を見つめた。白い部分がどんどん大きくなり、派手に蹴立てた波が戻ってくる。迎えうつ上級魔性はそれぞれの得意分野で応じた。
水の魔王の側近に並ぶ実力者パウリーネが水の流れを操り、大地の魔女ライラが作った海底の緩衝材が波を受け止めて宥める。ライラの風が大きな壁となり、支えるように風を得意とするリシュアの魔力が絡まった。かなり威力が落ちた津波を、最後に炎の魔王候補であったリオネルの青白い炎の壁が消していく。
全体に威力を殺して凪いだ波を、最後に炎で蒸発させることにより、満潮時の荒れた波程度まで津波を殺した彼らは高めた魔力を散らした。
「みんな、ありがとう。誰もケガしていないか?」
心配そうに礼を言いながら駆け寄ろうとするルリアージェに、苦笑いしたジルが結界を解いた。一番近くにいたライラ、歩み寄ったリオネル、リシュア、パウリーネにそれぞれ声をかける。
主の命令を果たすことが至上の喜びである魔性にとって、労いの声は最高の褒美だった。しかしそれ以上の気持ちを込めたルリアージェの心配に、自然と表情が和らぐ。
「問題ございません」
「ご心配をおかけしました」
口々に応じる彼らにケガや不調がないのを確かめ、ルリアージェはようやく安堵の息をついた。
「リア、ちょっといい?」
突然ジルが転移して隣に現れると、いきなり周囲を結界で包んだ。津波は終わったはずなのに? 疑問を顔に浮かべたルリアージェは、次の瞬間眩しさに目を閉じる。
結界の外に大きな氷が現れ、続いて爆発して粉々に散った。ジルの結界に触れた水が蒸発していく。真っ白になった視界に言葉を失っていると、ジルは溜め息を吐いてひらりと手を振った。水蒸気が一瞬で消えて、クリアな視界が戻る。
「大げさな登場しやがって。何の用だ? トルカーネ」
水の魔王の名を呼んだジルは、険しい顔をしていた。彼の結界が広げられると、次々と眷属達が転移してくる。最初に苦笑いするパウリーネが、続いて顔をしかめたリオネル、呆れ顔のリシュアが続いた。最後にライラが憤慨しながら飛び込む。
「ちょっと! あたくしにケンカ売る気なの?! 許さなくてよ!!」
相手が最古の魔王だろうと、ライラには関係ないらしい。大量の水を被ったライラは風で乾燥させた髪を一度解いて編み始めた。
「ジフィール、君が動くと思ったのにね」
「覗き趣味のお前がいるのに、どうしてオレが動く必要がある? 手は足りてるぞ」
少年にしか見えないトルカーネは、眉をひそめてぼやく。応じるジルは肩を竦めて、眷属へ目をくれた。頼りになる配下が全員揃っているのに、オレが自ら動く必要はない。そう告げたジルを、3人が誇らしげに見つめた。
トルカーネが仕掛けたなら、高みの見物と洒落込んでいるはずだ。彼の気配を知るジルが見落とすわけもなく、かなり前に気付いていた。だからこそ動かなかったのだ。
ジルが力を振るえば、四大精霊が従う。しかし同時にルリアージェから意識をそらすことになる。そしてその部分を指摘してきたならば、目を離した隙にルリアージェに何か仕掛けるつもりだったのだ。
トルカーネのやり口はいつもそうだった。人の大切なモノを奪ったり、殺して晒したり、粉々に砕いたりする。お決まりの手口を知るジルが従う理由はなかった。
「お決まりの手管に嵌ってやるほど、暇じゃない」
馬鹿にしたジルの指摘に、トルカーネは僅かに顔をゆがめた。整った顔に苦々しい感情が浮かんですぐに消える。トルカーネの背後に控えるスピネーとレイシアが睨みつけた。
「だいたいオレの名前を間違えるなんて、ぼけてるんじゃないか?」
喉をくつくつ震わせて笑うジルが、トルカーネを煽る。褐色の肌がさっと赤くなった。
子供の外見を纏う魔性には特徴がある。性格が大人にならないのだ。それはジルやパウリーネも似た部分はあるが、もっと子供だ。それこそ人族の年齢に喩えるなら10歳前後の精神年齢しかない。魔術や知識は蓄えても、それらを扱う感情が我が侭な子供のままだった。
精神的に幼い魔性の中でも、外見を子供にする魔性は特にそれらが顕著な傾向にあった。もちろん、ライラもトルカーネもこれに該当する。だからこそ、子供だと馬鹿にされると怒るのだ。
感情が幼すぎて操られやすい。知識や経験で補って取り繕おうが、最終的に決断を下す感情が幼児では結果が見えていた。
「この僕にそんな口を利くなんてっ!」
「しょうがないだろ。最年長でボケてるんだったら、教えてやるのが親切ってもんだ。そこに並ぶお人形さんじゃ、指摘してくれないだろうしな」
トルカーネの配下は数万単位だ。それは上級から下位、魔物に分類される者まで含まれていた。手当たり次第誰でも入れてしまう。そのため、側近まで上り詰めた魔性ほど守りに入るのだ。主の機嫌を損ねたら、すぐに代わりが待ちかねているのだから。
トルカーネの機嫌を損ねるような助言や指摘は一切しなかった。ご機嫌取りのイエスマン、お人形しか揃えていないと言い切られ、水の魔王の感情は沸騰寸前だ。
ある意味、水の魔王より火の魔王の方が性格的に向いていたのかも知れない。
いわゆる相性が悪いのだ。ジルとトルカーネは水と油、絶対に混ざらない性質の持ち主であり、互いに嫌悪している。トルカーネのどこを突けば一番深く刺さるのか、誰よりも知っているのがジルだった。
「我が君」
心配そうにレイシアが声をかける。ちらりと視線を向けたトルカーネに、僅かながら理性が戻った。邪魔をされたジルが舌打ちする。煽った感情の炎が沈静化してしまった。
「ジル、失礼だぞ」
「リア?」
「見ればまだ子供じゃないか! そんな風に苛めては駄目だ」
魔性が外見で計れないと知っているはずの魔術師が、平然と彼を子供だと言い切った。それは人族から見ても彼の振る舞いが幼いというお墨付きだ。
「ぷっ、やだぁ! リアったら!!」
「いくら本当のことでも彼らが怒りますよ」
「苛めるという表現がまた……ふふふっ」
吹き出したライラに続き、辛辣なリシュアとリオネルが笑いを堪えながら、ルリアージェを窘めるフリで馬鹿にする。パウリーネにいたっては笑いすぎて声が出ない状態までいき、転がるように苦しんでいた。よほど気に入ったのだろう。
「ひっ……ひぃい…っ、も……むりぃ」
笑いすぎたパウリーネの眦に涙が滲む。呼吸も苦しい彼女だが、必死で笑いを納めようとしてまた笑う悪循環に陥っていた。
「どうしたんだ? みんな」
きょとんとしたルリアージェは、自分の発言が原因だと思っていないらしい。しかし当事者にとっては屈辱の発言だった。
「僕は子供じゃないっ!!」
再び感情を爆発させたトルカーネの後ろで、海の波が大荒れに荒れる。暴れる波は渦を巻いたり、台風のように激しい波しぶきを立てて騒いだ。水を支配する魔王の感情に引きずられているのだ。
「子供はみんな同じように言うのだな」
呆れ返ったようなルリアージェの言葉は、溜め息と一緒に吐き出される。それはトルカーネに残っていた僅かな理性を千切る引き金だった。
「僕は『役割』を果たして自由になるんだから!!」
音もなくひたひたと水面が後ろに引いた。先ほどの津波を優に超す、巨大すぎる波が作り出される。トルカーネの水色の瞳が怒りに輝きを放った。
「だから、死ね!!」
「ばっかじゃねえの?」
無自覚で煽るルリアージェを見守ったジルが止めをさした。その一言が決壊を切ったように、波が一気に迫る。眼前が水の影になり何も見えなくなるほど巨大な波が、ジルやルリアージェに襲い掛かった。
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