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第55話 海辺の休日

 神族の丘と呼ばれる草原で、トルカーネは水色の瞳を細めた。輝かしい過去の栄光が垣間見える丘は、かつての神殿跡が残るだけの遺跡群だ。魔族を殺すことが出来る神族は、魔王にとっても脅威のひとつだった。幸いにて彼らが攻撃的に侵攻して来ることはなかったが……。


 丘の下に眠る遺跡へ転移する。土に覆われていたにもかかわらず、遺跡は生きていた。清らかな水が流れる小川の脇で、小さな野花が咲く。小さな動物達や鳥が生息する楽園として、この地下遺跡は奇跡ともよべる美しさを保ち続けた。


 地上から見れば地下は埋もれた土の一部でしかないが、地下は光の溢れる不思議な空間である。その中を単身歩く水の魔王は、すぐ脇を流れる小川に手を浸した。水はすべて彼の支配下にある。水が到達できる遺跡のすべてを把握して頬を緩めた。


 転移せずに歩いた先で、ひとつの神殿に足を止める。大人2人以上でやっと届くほど太い柱が支える天井に、小さく神の姿が彫刻されていた。男女の区別すらつかない美しい神は穏やかな笑みをたたえ、その背に6枚の翼を広げる。


 足元に生み出した魔法陣により宙に浮いたトルカーネの指が、その翼を確かめるように触れた。白い石材を擦る褐色の手が、一箇所を強く押す。


「これだね」


 小さな鍵を手に入れたトルカーネの表情が明るくなった。地上に降りると神殿の奥へ姿を消す。その後彼の姿は楽園の庭に戻ってくることはなく、神の彫刻に空いた穴もいつの間にか塞がれた。






 テラレスの海は碧色だが、タイカは紺に近い青だ。深い色をした海は冷たく、潮の流れが速いことで知られていた。水温が低いことで大型の魚が多く獲れるため、漁業が盛んな国だ。元が海の近くに住んでいたルリアージェにとって、魚料理は身近な郷土料理だった。


「夕食は魚にしようね」


 借りた別荘でジルがルリアージェに提案する。別荘と言っても、実際には邸宅とよぶ大きさがあった。貴族の観光用として作られた建物は、潮風で朽ちぬよう石材や煉瓦が多く使われている。


 降り注ぐ強い日差しを避けるパラソルの下で、ルリアージェは大きく頷いた。


「白身魚のマリネがいい!」


 珍しくリクエストされたジルが頬を緩めた。


 リュジアンでは食事が合わなかったのか、彼女の食が細くなっていた。菓子類は手をつけてくれたが、肉メインの食事量が極端に落ちていたのだ。


 何でもルリアージェ中心のジルだけでなく、ライラやリオネル達も同様の心配に表情を曇らせたが、どうやらタイカでは大丈夫らしい。


「スープは魚介のミルク煮にしようか。好きだろ?」


「本当か?!」


「ああ、リアの好きなハーブをたっぷりと入れよう」


 テラレスを追われてすぐの頃、海辺の町に潜伏したルリアージェに作ったスープが好評だったのを思い出したジルは、鼻歌を歌いながら調理場へ向かう。


「ジル様、料理なら私が」


 リオネルの申し出をひらりと手を振って躱す。


「いや、オレが作る。それよりハーブをライラに調達してもらえ。リストはこれだ」


 大地の魔女ならば一瞬で揃えられるリストを渡し、隣でそわそわしているリシュアにも用を言いつける。


「おまえは魚の調達。必要なのはこれだ」


 魚の名を次々と羅列する。量と種類が多いのは、ほとんどを今後の保管用とするためだ。復唱して確認したリシュアが慌てて姿を消した。海沿いであってもテラレスやシグラでなくては入手できない種類があったのだ。急がなくては夕食に間に合わなくなる。


 手を出したがる側近を追い払ったジルは、再び鼻歌を歌いながら仕込みを始めた。


「リア様、日に焼けてしまいますわ。あとで背中が痛くなりますわよ」


 薄着で海辺に立つルリアージェを心配して、パウリーネが薄い水の膜を作り出す。女性ならではの気遣いだろう。白い肌のルリアージェの背中や首筋がすこし赤くなっていた。


「いやだわ、手遅れにならないうちに冷やしましょう。失礼しますわね、リア様」


 ひんやりと冷たい手が、赤くなったルリアージェの肌に当てられた。熱を奪う手の感触にほっと息が漏れる。心地よさは触れていない肌全体に広がっていく。


「水魔法は火と同じで温度を操れますから、こうして利用できますの」


 水に関する魔法では、魔王トルカーネに次ぐ実力者パウリーネの言葉に、「なるほど。助かる」とルリアージェが笑顔で答えた。


 薄い水の膜を肌に沿わせるイメージだ。外に張った結界状の膜で日差しを半減させるため、これ以上日焼けで肌をいためる心配はなかった。


「今日は久しぶりにジルの料理だな」


 楽しみにしているルリアージェの発言に、くすくす笑うパウリーネが隣に並んで椅子を差し出す。籐で編まれた長椅子に並んで腰掛けると、銀の髪をかき上げたルリアージェは海へ目をやった。


 ひとつとして同じ波は来ないと聞いたことがある。打ち寄せる波を見ていると、穏やかな気持ちになれるのが好きだった。だからよく、宮廷でのあれこれに疲れて海を見たことを思い出す。


「ジル様が料理をなさるとは知りませんでしたわ」


「テラレスから逃げている間、ほとんど料理はあいつの役目だったが」


 以前は作らなかったのか。知らなかった一面に素直に驚く。手際よく料理をしていたから、てっきり経験があるのだと思っていた。


「私より付き合いの長いリオネルなら知っているかしら……少なくとも私は見たことありません」


「そういえば魔性は食事が不要だったな」


 それならば料理を作ることも、誰かに食べさせる経験もなかっただろう。普段一緒にいるときもお茶や茶菓子など嗜好品はよく手を伸ばすが、食事はほとんど摂らない。同じ席に着いてくれるが、あれは付き合いだと思われた。


「どちらでも平気ですわね。食べると身体が重くなる気がしますけど」


「魔性も太るのか?」


「いいえ。身体の中心に重石があるような感じですの」


 両手で掴む石ぐらいの大きさを示され、そういうものかと頷く。


 種族の違いについて、ルリアージェは深く考えない。彼らと自分は、寿命も考え方も育ちもすべてが違った。気にしていたらキリがないのがひとつ。それでも仲間でいたい気持ちもひとつ。


「身体が魔力そのものですから、太るのも痩せるのも自由自在ですわ」


 魔力を操作すれば外見など自由に変化させられる。それでも元から生まれもった姿という概念は存在していた。


「魔力に自信がある上級魔性は、たいていが生まれもった姿を維持します。私もリオネルも、リシュアも……己の性状を厭うジル様であっても。人族のように外見を整えて他者の気を引く行為は、魔性以下の行いですもの」


 上級魔性は見るからに美しい者ばかりだった。だから生まれた概念かもしれない。魔力で外見を弄るより、生まれ持った姿を誇る。


「人より魔性の方が、生きやすそうだ」


 苦笑いしたルリアージェが目を伏せた。眠っているようにも見える横顔に浮かんだ憂いは、人として生きてきた間の苦労を思い出しているのか。長く生きても、人の考えは読みきれない。


 人の欲望は想像できるし、権力者を操るにおいて不便もなかった。ただ……こういった深い感情は人族特有のものだ。怨み、妬んで、相手を貶める考え方は魔族や神族にない。不思議な黒いどろどろした感情に興味をもち、魔族は人にちょっかいをかけるのだ。


「リア様、ジル様がお呼びですわ」


 手を振るジルに気付いたパウリーネの声に、ルリアージェも笑顔で手を振り返した。立ち上がったルリアージェの前に、転移したジルが手を差し伸べる。するりと腕を絡めて笑うジルから、ハーブのよい香りがした。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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