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第54話 この国をどうする気だ?

 国王と第二王女まで吊るされたところで、ようやくサークレラは矛先を収めた。進軍したサークレラ軍は、王族という主犯を処刑した国民に両手を挙げて歓迎される。氷祭そっちのけで兵士を歓待するリュジアンの様子は、諜報員によって各国へ伝わった。


 サークレラは北の大地を手に入れた――これは9カ国のパワーバランスが崩れたことを意味する。絶妙なバランスで保たれていた綱渡りの平和は、大陸大戦争の危機を迎えた。





 白と黒の駒が並ぶ盤上に、ルリアージェは眉をひそめた。向かい側で黒のクイーンを動かすジルが笑みを浮かべる。圧倒的に有利な黒の駒を見かねたリシュアは、ルリアージェの斜め後ろから声をかけた。


「こちらを2つ進めてください」


 白い駒の状況を読んで提案するリシュアの意見を組んで、ルリアージェの白い指が伸ばされた。ぽんと置いたルークが一気に盤上の雰囲気を変える。にっこり笑ったリシュアを参謀に、ルリアージェの白側がじわりと黒の領域に入り込んだ。


 リュジアン王宮の王妃の間に落ち着いた一行は、豪華な部屋でチェスに興じている。サークレラ国による侵攻が落ち着くまでこの国に残ると宣言したルリアージェの意向に沿う形だが、彼女は城外で起きた凄惨な復讐劇を知らない。


 見つけたチェス盤はガラス細工の美しいもので、使うことより飾ることを目的に製作されていた。しかしジルが最初に駒を並べ直すと、ルリアージェが勝負を受けて立ったのだ。


「卑怯だぞ、リア」


「寿命が短い人族は不利ですもの。このくらいのハンデは必要よ」


 味方をしたライラがジルの文句をはね退()ける。お茶を用意して誰の味方もしないリオネルが一番賢いかも知れないが、パウリーネも勝負に関わらず水晶に加工を施していた。


「リシュアがつくと厄介だな……これでどうだ」


 黒のキングが動く。再び不利になったルリアージェが呻いて考え込んだ。リシュアがすいっと指でナイトを示す。このままあっさり負ける気はなかった。


「いくら主君であっても、勝ちは譲りませんよ」


 気付けばリシュアとジルの対決になっている。苦笑いして席を譲ったルリアージェは、パウリーネの隣に逃げ込んだ。


「ジル相手に戦略ゲームは無謀だわ」


「そうですね。何しろ戦いも策略も大好きな方ですから」


 ライラとパウリーネに慰められたルリアージェは、リオネルが用意した茶菓子を手に取った。焼き菓子は色鮮やかなジャムが添えられている。一口齧って、白いカップに注がれたお茶で流し込んだ。


「っあつ……」


 猫舌のルリアージェが声を上げた瞬間、ジルが慌てて立ち上がる。氷を用意するパウリーネより早く、顎に手をかけて上を向かせた。


「見せて」


 逆らう様子がないルリアージェが口をあけると、舌先が少し赤くなっていた。以前と同じ状況だが学習しないルリアージェの唇を奪い、そのまま舌をぺろりと舐める。


「う、んっ、ふ……ぅ」


 治癒が終わると唇は解放されたが、じんじんして唇の感覚がおかしい。ルリアージェは大きく息を吸い込んでから「舐めるな!」と叫んだ。


「うん、治ったね」


「……そうだな。治療には礼を言う」


 律儀なルリアージェの受け答えに、ライラが肩を竦めた。飛び込むようにして座ったソファのクッションを抱き締め、無用心な女主人に知恵をつける。


「リア、騙されてるわ。キスを奪われたのよ」


 治療の話にすげ替えられている。そう忠告すると、思い出したルリアージェがジルをぽかっと叩いた。


「ちっ、ライラの奴…余計なことを」


 文句を言いながらも、ルリアージェのささやかな抗議を嬉しそうに受け止める。叩こうとした手首を押さえて、その拳にキスを落とした。


「ジル」


 真剣な声で呼ばれ、黒髪の魔性は動きを止めた。


「この国をどうする気だ?」


 魔性である彼らにとって、人族の国や都など価値を持たない。面白半分に介入して壊すことはあっても、作る過程や行為に協力はしないのが普通だった。王侯貴族を操り、彼らのルールの中で人間関係を壊す遊びはジルもお気に入りだ。


 人間のもつ特権意識や傲慢さを逆手にとって、彼らを貶める遊びは魔性にとって娯楽のひとつだった。それこそ、先ほどまで遊んでいたチェスと同じ。何人死のうと殺されようと、気に留めない。魔性同士の争いの代行として、国同士をケンカさせたこともあった。


 魔性にとって人族とは、その程度の遊び道具に過ぎないのだ。だから答えは決まっていた。


「どうもしないよ。必要ないもん」


 けろりと答えるジルは紫の瞳を瞬いた。予想外のことを尋ねられたと示す彼の表情に、嘘の気配はない。この国がもつ領土も宝も人も、死神の興味を引くものは皆無だった。


「……戦が始まると聞いた」


「うん」


「止められないか?」


「リュジアンとサークレラの戦なら、始まる前に終わった。リュジアンが自治領となって、サークレラの一部として統合されることになったから」


 驚いたルリアージェが蒼い瞳を見開く。城に仕える侍女から「戦が始まる」と聞いたのは一昨日だった。それから数人に聞いたところ、同じような答えがあったため、なんとか戦争を回避できないか考えたのだ。意を決してジル達の人外の力を頼ろうとしたのだが……すでに戦が終わったなんて。


「いわゆる無血開城ですね。サークレラの兵も、リュジアンの国民も傷ついておりません」


 リシュアが穏やかに付け加えた情報に、心底ほっとしてソファに身を沈めた。キスを奪ったジルは機嫌よく笑っているし、リシュアやリオネルも穏やかな表情だ。水晶を放り出したパウリーネが差し出した氷菓子を口にしながら、抱きついてきたライラにも分けてやる。


 平和な情景にルリアージェは頬を緩めた。


 彼女は知らなくていい。外で起きたリュジアン王族追放の流れと国民達の残虐な行為も、赤く染まった南門のことも、勢力バランスが崩れた他国の焦りも……すべて彼女に知らせる必要はなかった。


「ねえ、リア。リュジアンは寒いし、次はもっと暖かい国へ遊びに行きましょうよ」


 ライラが無邪気さを装って提案する。リュジアン占領の流れは、隣国のツガシエから干渉を招くだろう。この国に留まれば、ルリアージェが巻き込まれてしまう。彼女の懸念に、リオネルが同意した。


「そうですね。南ならタイカなどいかがです?」


 ルリアージェが手配されていない海に面した南国の名を出す。サークレラと国境を接したタイカ国は、貿易に絡んだ協定を結んでいるため、サークレラの公爵家ならば容易に出入りできた。さらに言うなら、シグラ国と仲が悪い。


 シグラ、ウガリスはテラレス国に封印された『大災厄』の秘密を知るルリアージェを指名手配した。そのシグラ国を国境争いをするタイカならば、ルリアージェの安全が保障される。もっとも公爵夫人を名乗るルリアージェを、指名手配された魔術師と重ねて考える者はいないだろう。


 リュジアンの凍った大地と埋蔵資源を手にしたサークレラは、8か国となった大陸の中で最大規模の国となった。領土の大きさは、ツガシエやアスターレンを抜いている。元から他国の干渉を撥ね退ける強さを持つ国家が、本格的にリュジアン支配を強めれば、周辺諸国にとって脅威だ。


 そんなサークレラの筆頭公爵家の夫人となれば、テラレスやシグラ、ウガリスが連合を組んでも太刀打ちできない。テラレスの宮廷魔術師だったと騒いでも、他国は一切協力しない。サークレラを敵に回す危険性を考えるなら、国力が衰退したテラレス国に恩を売っても無駄だった。


「テラレス側とタイカ側では海の色が違いますもの。私はタイカの海の色が好きですわ、リア様の瞳の色に近い気がします」


 パウリーネの後押しがルリアージェの背を押す。


「そうだな。久しぶりに海が見たい」


 とんでもない実力者達を従える女主人(あるじ)の一言で、タイカへの入国が決まった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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