第52話 罪に見合う罰を
「我らはこたびの事件を防げなかったことを、申し訳なく思っておる。我が国の貴族と貴殿の奥方が……男女の仲になるなど、貴殿には醜聞であろう」
否定も肯定もしないジルが曖昧な笑みを浮かべる。都合よくどちらにも解釈できる表情に、王女が声を上げた。彼女にとって今の笑みは、ジルの同意と判断したのだろう。
「私がお側でお慰めしたい。父上、マスカウェイル公爵様に寄り添う許可をくださいませ」
身を投げ出すようにして父王に請う第二王女の姿に、ジルは大きな溜め息を吐いた。気付かぬ王は、見事な演技を見せた娘に「よかろう」と頷いている。あまりにレベルの低い茶番劇に、リオネルが意味ありげな笑みを浮かべた。見えぬよう上手に角度を調整しているが、愚かな演者を嘲笑う。
「妻を離縁して、王女を娶れと?」
やれやれと首を横に振って肩を竦めたあと、後ろで待つリシュアに目配せする。酷く乾いた声で吐き捨てたジルに、リシュアが近づいた。国王ルーカスの足元で震える伯爵家の次男と目が合う。途端に彼は歓喜に身を震わせ、饒舌に語り始めた。
留めてあった魅了の瞳が向けられた瞬間、暗示が解けたのだ。
「私は陛下に命じられたのだ! 勅命で、どちらでもいいから、公爵家の女を犯せ、通じろといわれた。忍び込むための手はずも整えられて……っ」
そこで伯爵家次男は騎士に口を塞がれた。
「この罪人を牢へ」
焦った国王の命令で、彼は引きずられていく。押さえられた口はまだ何か語っているらしく、もごもごと声が漏れていた。焦ったのは国王だけでなく、この場に揃うリュジアンの貴族達も同様だ。内容が明るみに出れば、サークレラ王家がどのような報復に動くか。
「先ほどの者は、貴殿らを前に混乱したらしい。見苦しい姿を詫びておこう」
取り繕うルーカス国王が無関係を装ったところで、最後の楔を打ち込むべくリシュアが懐から書面を1枚取り出した。ゆっくり広げてから、周囲に見せ付けるようにジルへ渡す。
「リュジアンのルーカス国王陛下は不義があったと断言し、今の男の最後の言葉を否定した。しかし彼のいう『忍び込むための手はず』を記した証拠がここにある」
パウリーネが作り込んだ映像に映っていた、伯爵家次男が落とした書類をつきつける。国王による署名と押印が残る書類は、宿の者に見せて警護を解かせる命令書だった。
「これは国際問題だ。リュジアンの国王が、サークレラ王族に連なるマスカウェイル公爵家の女主人を犯せと命じた。宣戦布告される要件は満たしている。しかも理由が王女を嫁がせたい? その女に、我が妻と比べる価値はない」
言い切ったジルは敬語も使わない。鼻で笑われた王女が屈辱に身を震わせた。憧れが大きかっただけに、手ひどく振られた痛みが彼女を怒らせた。
「お父様! あの無礼な者らを処分してくださいませ」
「本当に、無礼を通り越して非礼だわ。どんな躾をしたのかしら、そこの雌犬に」
くすくすと笑ったライラは、普段の口調に戻っている。格下を嘲笑うライラがルリアージェと手を繋いだ。ライラの結界がルリアージェをも包む。決められたとおり、ルリアージェの安全は確保された。
「ようやく笑ってもいいのかしら」
ハンカチで上手に隠していたパウリーネが声を立てて笑い、後ろに控えるリオネルがジルの隣に並んだ。嘲笑する彼の整った口元が、何かを囁く。
「……公爵家の全員を捕らえよ!」
「はっ」
従う騎士達が駆け寄るが、抜いた剣を振り下ろすことは出来なかった。彼らの剣は抜いたそばから赤く染まり溶けていく。指先ひとつで熱を操ったリオネルの青白い炎の仕業だった。
「やりすぎだ、リオネル。オレの出番がなくなる」
「申し訳ございません、ジル様」
優雅に一礼したリオネルの視界の端で、リシュアが魅了の瞳を解放する。王族以外のすべての貴族を支配したリシュアは、忍び笑いながら孤立した王を指さした。
「あの愚か者を王座より引き摺り下ろしなさい」
剣を捧げた騎士によって連れ出された国王は、床に這い蹲る形で押さえつけられた。王冠は転げ落ち、抵抗した彼の顔や腕には痣が出来ている。
「なぜだ! おれは王だぞ!」
「国を滅ぼす決断をしておいて、何を愚かなことを……賢王だと聞いていたのですが、とんだ愚王でしたね」
国を治める立場にいたリシュアの言葉は鋭く、国王のプライドを切り裂いた。貴族も騎士も逆らう中、逃げ出そうとした王女が捕らえられる。
「……ジル、何をする気だ?」
先に企んだのがリュジアン側で、ジルは受けて立っただけ。それは理解している。気がかりは、騒動を必要以上に大きくした彼らの思惑だった。この国を支配しても、何もメリットなどない気がする。
「ん? オレ達にケンカ売ったんだ。まず国は自治領として吸収する。リアに危害を加えようとした罰で国王と王女は死刑、その他の王族は追放か」
襲ってきた男を見逃したジルは、一度容赦してやったと思っている。そのため二度目は確実に叩き潰そうと考えていた。もちろん、側近やライラが止めることはない。危害を加えようとした対象が悪かった。
「彼らはリアに手を出そうとした。あたくしならバラバラに裂いて城門に晒すわ」
「そちらは一度却下した案ですね」
「対象を国王にすれば、話は別じゃない? きっと国民も反対しないわよ。身勝手な欲望でサークレラの公爵夫人に手を出そうとして失敗し、断罪された国王ですもの。彼らの命で国が戦に巻き込まれずに済むなら、喜んで手伝ってくれるわ」
ライラは目の前で這い蹲る男に不快感を滲ませた声で罪を突きつける。
「折角いろいろと仕込みをしたのに、使わずに終わるなんて」
残念そうにパウリーネが嘆く。彼女の作った映像を映した水晶は、他にも映像が仕込んであったし、前サークレラ国王から賜った国宝級の宝玉として銘も考えたのだ。どうせ侮辱するだろう貴族らを都度断罪する予定だったのに、敵が余りに早く手札を切ったため、披露するチャンスを逃してしまった。
他にもあれこれ仕掛けを考えていたのは、リシュアやリオネルも同様だった。いくつも用意したカードはすべて無駄になったのだ。溜め息をついた2人が顔を見合わせた。
「賢王などと、人の噂は当てになりませんね」
リオネルは吐き捨て、国王であったルーカスを見下ろした。口を開こうとした男の頭を容赦なく踏みつける。呻いたルーカスに眉をひそめ、肩をすくめた。
「ジル様、処分をどういたしましょうか」
引き裂いて捨てるか、尋ねる側近へジルが少し考える。許す選択肢はないが、ただ引き裂いても面白くない。大切なルリアージェを狙う愚策を実行した主犯を、どう料理するのが一番残酷だろう。可能な限り苦しめ、嘆かせ、己の罪を悔いて死なせたい。
「国王……王族だったな」
賢王と讃えられた男の罪を暴いて、国民に裁かせるのはどうか。今回の国王の策は潰えた。この男の行為によって、リュジアンはサークレラに宣戦布告される。国同士の戦いとなれば、これから冬の厳しい時期に入るリュジアン国に余力はなく、サークレラに勝てる筈がなかった。
崩御した前国王の弟という肩書きのマスカウェイル公爵の妻に手を出した。それは弔いに沈んだ国民の気持ちを逆なでするはずだ。士気の高いサークレラが有利であり、また魔王クラスが5人も協力すれば勝てない戦などなかった。
「良い案を思いついた」
笑うジルの無邪気な顔に、側近達は期待を滲ませる。逆にルリアージェは嫌な予感に眉をひそめた。今回の件があまり大事にならぬよう、制御できる唯一の人物だ。この物騒極まりない集団の良心である美女は、しかたなく口を挟んだ。
「やり過ぎるなよ」
「人族が脆いのは知ってるから気をつけるさ」
魔性と違い、何度も消滅を体験させたり永遠に閉じ込める方法は使えないが、人だからこそ苦しめる方法がある。そう匂わせるジルの返答を、ルリアージェは言葉通りに受け止めた。つまり自分の忠告を聞いてくれたと勘違いしたのだ。
人として生きたルリアージェに、数千年を生きた彼らの思考へ理解を求めるのは酷だろう。こうして歴史に残る残酷な処罰が決まった。
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