第51話 断罪という名の茶番劇
用向きは何か、尋ねることすらしないジルの態度に、先に折れたのはルーカス国王だった。このまま沈黙を続けるわけにいかないのは、リュジアン側だ。ジルは別に沈黙を守って帰ってもいいのだから。
「貴殿の妻について、我が国の伯爵家の子息との密通があった。我らも伯爵家からの知らせを受けて驚いたが……こたびの件をどう処理すべきか、貴殿の意見を聞きたい」
意見を聞きたいも何も、妻を離縁しろという話だろうが……ジルは心の中で罵倒しながら、表面上は涼しげな表情で流した。パウリーネはすでに笑いそうになって、ハンカチで口元を覆う始末だ。
ルリアージェは複雑な言い回しに眉をひそめた。要は自国の貴族が、他国から来た貴族の奥方を襲ったという話ではないのか? 心当たりはないので自分の話だと思っていないルリアージェだが、次のジルの言動で自分が対象だと気付いた。
「我が妻に迫った男が貴国におられる、と?」
見せ付けるようにルリアージェの腰に添えた手を引き寄せ、銀の髪に接吻けを落とす。愛しているのだと全身で見せ付けながら、ジルは紫水晶の瞳を細めた。
事件が起きたとしたら、勝手にそちらの貴族が手を出したのだろうと決め付けた言葉に、リュジアンの貴族から反論が起きる。
「この件は奥方も関係しているはずだ」
「そうだ、不義は1人で出来るものではない」
「貞操観念の乱れた女ではないか」
「奥方の不義は昔からではないか? ご令嬢も公爵閣下に似ておられぬ」
「よさぬか。マスカウェイル公爵を責めるのは間違いだ」
それを芝居がかった所作で止めたルーカス国王が、気の毒そうな顔を作った。三文役者より酷い芝居にライラが吹き出しそうになり、リシュアに足を踏まれる。慌てて表情を引き締めたライラは、困惑した子供の仮面をかぶった。見事な誤魔化し方だ。
そもそも似ていないと指摘されたライラは、2人の娘ではないのだから似ているはずがない。銀髪と黒髪の間に茶髪が生まれるのは、確かに遺伝的におかしかった。王女の話を持ち出す前に、邪魔になる娘も排除しようという意図が見え隠れする。
「ルーカス陛下は密通と断言なされた。ならば証拠はございますか?」
リシュアが口を開く。元国王である彼の交渉術は、足元で笑いを堪えるライラより格段に上だ。怖がって震えたフリを装うパウリーネも、笑いを堪えているらしい。口元を品のいいハンカチで隠しているのがその証だった。
「この者が証人だ。密通の当事者である」
予想外の展開だった。もったいぶって最後まで出さないと踏んだリシュアの予想を、あり得ない方角へ裏切った状況に、パウリーネと顔を見合わせてしまう。もっと話を詰めてから証拠を突きつけるのが外交だ。最初は証拠の存在を匂わせる程度で、切り札をいきなり切る手腕は下の下だった。
しかし相手が先に切り札を切ったなら、こちらも応じなければ話が進まない。
「申し訳ございません。私が……先日の謁見で一目惚れして、奥方様と昨夜……」
つっかえながら必死に話す青年は、顔は整っている。人族にしてはの注釈がつくとしても、この場でマスカウェイル侯爵家を名乗る男性陣にかなり劣るとしても、一般的には顔がいい男性だった。しかし美形を見慣れたルリアージェは、特に何も感じていない。
そもそも「奥方様と昨夜」と言われても、ルリアージェは女性3人で穏やかに寝ていた記憶しかない。きょとんとしてジルを見上げると、ジルは真剣な表情を装っていた。真面目に相手の話を聞いているように見せかけ、そのじつ別のことを考えている。
「妻と?」
「……奥方様のお部屋に忍び込み、情を交わしました」
王族の前だからか、曖昧な言葉を選んで告げた伯爵家の次男に、ジルは哀れみの目を向けた。てっきり怒りを向けると思っていた、ルーカス国王を始めとする貴族達が顔を見合わせる。困惑した彼らの様子にリシュアが溜め息を吐いてジルに声をかけた。
「どうやらこの方は気が触れているようですね。お気の毒なことです」
「公式の場で妄想を口にする者を晒すなど……哀れなことをなさる」
リシュアとジルが申し合わせた形で、彼の妄想だと切り捨てた。内輪の会話のように見せかけ、大きな声で周囲に話の内容を聞かせる。実際に妄想なのだから真実を口にしたのだが、リュジアンの貴族達はそう思わなかった。
「不貞の妻を庇うなど!」
「我が国の貴族を侮辱なさるおつもりか」
本来、謁見時に王族の許可なく発言は出来ないのだが、彼らは暗黙のルールを平然と破る。王族の絶対権力が知られる北の国でなければ、さほど重要視する部分ではない。しかしここは北の一角リュジアンだった。違和感しか残らない。その違和感を彼らが見逃すはずはなかった。
「この国の貴族は躾もされないらしい」
吐き捨てたジルが、ついに反撃に転じた。ざわめく貴族を無視し、ルーカス国王へ「発言をお許しいただきたく」と許可を求める。頷いた国王へ会釈したジルが、リシュアを呼び寄せた。
「あれを」
「はい、兄上」
兄弟を演じながら、ライラが持ち帰った魔道具の水晶をリオネルから受け取る。背後に音もなく控えていた執事が袋から取り出した水晶の大きさと透明度に、リュジアンの貴族からも感嘆の声が漏れた。滅多にない大きさの水晶は、リシュアの手の中で青白く光る。
「マスカウェイル家の宝玉です。普段は持ち歩かないのですが、今回は水晶で有名なリュジアンで鑑定を行うつもりで持参しました」
リオネルが少し魔力を込めると、水晶に映像が映し出された。
「我ら一族の魔力に反応するため、妻や義姉上の部屋に預けていたのですが……この宝玉は変わった特技がありまして」
意味ありげに言葉を切ったリシュアが、さらに魔力を込める。
「定期的に与える魔力が尽きるまで、周囲の状況を記録するのです。この宝玉には3日に一度、兄上か私が魔力を込めております」
魔力切れはなかったと匂わせながら、徐々に魔力を高めていく。青白い光が強くなり、水晶に映し出された映像は……眠るルリアージェに忍び寄る男の姿。
「やっぱり不義は……っ」
あったと叫びかけた貴族は、次の瞬間凍りついた。
ルリアージェの腕の中にいたライラと、子供を挟む形で眠るパウリーネも映っている。忍び寄った男は困惑した顔で周囲を見回し、何かを落としたが気付かぬまま部屋を出た。ドアを閉めた後、カチャンと錠をかける音が響く。
「不義はなかったでしょう?」
にっこり笑うリシュアは、さらなる切り札を持っていた。映像の中で男が落としたものだ。まだ最後のカードを切るには早すぎる。
「だ、だが……男が侵入して」
「そもそも、この映像は本物か? 魔道具ならば……」
偽物だろう! 決め付けた貴族の声に、ルーカス国王が重ねた。
「魔道具の映像は信用ならぬ」
ジルが一歩進み出た。ルリアージェの腰に回していた手を離したことで、ルーカス国王がわずかに身を乗り出す。
「なるほど。陛下は何をお望みか?」
淡々と尋ねるジルの背を見つめるルリアージェは、この場にそぐわぬことを考えていた。普段は腰まで届く長い髪を高い位置で結んでいるジルだが、短い髪も存外似合う。そういえば魔性は男女問わず長い髪が多いが、魔力量と関係あるのだろうか……という、無関係の内容だ。
自分が冤罪の対象だが、彼らに作戦があるのは聞いているし、いざとなれば観光を切り上げて逃げれば済む話だった。ルリアージェが求められる立場は、毅然と胸を張って立っていることくらいだ。
サークレラ国と繋がりが欲しいリュジアンが、パウリーネか自分をターゲットにして不義や不慮の死を仕掛ける可能性は、すでにリシュアから聞いた。目新しさのない方法を選んだリュジアンに眉をひそめることはあっても、それ以上の感想はないのだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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