第50話 不義の無実
妻と楽しく買い物に興じるジルを見つめ、馬車の中で王女は頬を染めた。
「あの方が私の夫に……」
整った顔立ち、優しい振る舞い、鍛えた細身の体だけでも十分だが、サークレラ国王に並ぶ公爵家の当主である彼は、家柄も財産も持ち合わせている。優雅な身のこなしは、彼の生まれの尊さを物語る証だと見惚れた。
極上の男が手に入る。それも王命で……隣で笑う銀髪の女は、明日にも排除されるだろう。愛した妻に裏切られた彼を、私が優しく包み込んで癒そう。すぐに彼も私に心を開いてくれるはず。
夢見る王女とその一行は、上空から監視するリオネルの存在に気付けない。残酷な魔性の笑みを浮かべた執事は、そのまま姿を消した。
ライラはかつて所有していた館の倉庫で、魔道具を探していた。いくつか見つけた魔道具を確かめて、ひとつを選び出す。埃を風で飛ばして、両手で抱える大きさの球体を覗き込んだ。反射する自分の顔を見ながら、手を添える。
「準備できたわ」
機嫌よく呟くと、片付けもせずにリュジアンの宿へ戻った。彼女が消えて少しして、部屋の中に乱雑に詰まれた魔道具はバランスを崩し、一部が床に転げ落ちたが……拾うものは誰もいない。
宿に戻ったライラに、パウリーネが歩み寄った。
「映像は作れましたわ。なかなかの力作ですのよ」
「良かったわ。さすがね。あとはリオネルとリシュアの報告待ちかしら」
「お待たせしてしまいましたね」
転移したリシュアが一礼して首をかしげる。彼の手には書面が握られていた。封蝋がされた正式な書類を無造作に机の上に置く。
「あとはリュジアンが動くのを待つだけですか」
「ええ……そろそろリア達も戻るでしょう」
裏工作をするため、ジルにリアを連れ出してもらったのだ。これから起きる彼女への不義の断罪は、リュジアンという国を揺るがすだろう。地図から国名を消すかも知れない。他の名前に書き換えてもいい。
先に仕掛けたのは、ルーカス国王なのだから。どんな対応をしようがこちらの勝手だ。この国をどう処分しようと、我らの自由だ。そう告げるライラの笑みに、リシュアも頷いた。
「多少騒がしくなりますが、私は嫌いではありません。謀略も策略も、宮廷の華ですからね」
1000年の宮廷生活を揶揄る元国王へ、精霊の王の子であるライラが言葉を添える。
「そうね、あたくしも嫌いじゃなくてよ。愚か者を断罪するお祭ですもの」
「こういったお遊びは久しぶりですわ」
パウリーネも浮かれた声で笑みを浮かべる。椅子に置かれた魔道具は、一抱えもある水晶の玉だ。ライラが所有していたこの水晶は、映像を投影する目的で磨かれた。人の世には出回らぬ大きさの水晶は、無造作に椅子のクッションに乗せられている。
その水晶を持ち上げたパウリーネが、自らの魔力を両手で流し込んだ。重さを感じさせない所作で、包み込むように抱き締める。しばらくすると魔道具である水晶が水色に光り、ゆっくりと元の色に戻った。
「これで私の準備は終わりですわね……ジル様とリア様は上手に獲物を釣ってくださったかしら」
くすくす笑うパウリーネから水晶を受け取ったライラは、中を確認してから笑みを深めた。
「リアはともかく、ジルは上手に釣るでしょうね」
「どうせなら私を狙ってくれればよかったのに」
少し残念そうなパウリーネが複雑な感情を込めた溜め息を吐いた。物騒な話題で盛り上がる女性達に、お茶を用意したリシュアが声をかける。
「お2人とも、こちらでお休みください。あとはリオネルの持ち帰る情報待ちです」
「お待たせしました。どうやら第二王女を宛がうつもりのようですね」
公爵家の買い物を盗み見ていた王女を揶揄るリオネルが現れる。執事のこだわりとやらで、メガネとスーツ姿は崩さなかった。情報収集時くらい元のローブでも構わないだろう。リシュアの手からポットを受け取ってお茶のカップを用意する。
手際のいい彼が紅茶を配り終える頃、外がすこし騒がしくなった。
「帰って来たわね」
ライラが呟くと、パウリーネもリオネルもお茶菓子を用意し始める。部屋のテーブルに並べられた焼き菓子やタルトに、ライラが果物を添えた。
「ただいま! 皆も帰ってたのか!」
元気いっぱい、機嫌よく帰って来たルリアージェが頬を緩ませる。どうやらジルが大量に買い与えた水晶にご満悦らしい。裏で行われている工作の数々など、彼女はまったく知らないのだ。
「おかえりなさい、リア。良い水晶はあった?」
「ああ、これをみてくれ」
ご機嫌で机の上に戦利品を並べるルリアージェの後ろから、口々に帰宅への挨拶が向けられる。応じながら、大量の水晶を置いたルリアージェの前に紅茶が用意された。苦笑いしながら隣に陣取ったジルが肩を竦める。
「こっちの水晶は特にいいわ」
地の精霊王の娘であるライラのお墨付きに、ルリアージェが嬉しそうに笑う。楽しそうな彼女の様子に、時折お茶菓子を勧めながら、魔性達は水晶談義に付き合った。
コンコン。
水晶を片付けた頃、ドアがノックされて侍女が顔を出す。精霊である彼女は困惑したような顔を作っていた。さすがに注文した炎龍用のペンダントの配達ではないだろう。リオネルが近づいて何かを尋ね、侍女は重い表情で頷いた。
「ジル様、ご歓談中に失礼いたします。リュジアン王宮よりお呼び出しがございました。公爵ご夫妻でお越しくださいとの伝言です」
「……リアも?」
分かっていたくせに片眉を持ち上げて不快だと示すジルは、侍女の後ろで待つ使者に気付いている。彼には、こちらにとって都合のいい話を持ち帰ってもらう必要があった。
「ならば、皆でお伺いすると伝えてくれ」
断る余地を残さない断言に、リオネルはそのまま使者に伝えた。
馬車の中で、何も知らないのはルリアージェだけ。ジルが隣に座るルリアージェの手を握り、柔らかく声をかけた。
「リア、このあと不愉快な思いをさせてしまう。国王らは誤解していて、その件で不当に責められる。しかしオレ達はリアの無実を知っている。証明する方法もあるから……信じて欲しい」
じっとジルの顔を見て、それからライラやリシュア、リオネル、パウリーネを順番に確認して、ルリアージェは肩の力を抜いた。真剣なジルの言葉に何か騒動がありそうだと予想したが、彼らほどの実力者が揃っていて冤罪はあり得ない。
擽ったい気分で頬を緩めた。
「構わない。任せるぞ」
大物振りを発揮するルリアージェの額と頬へ、ジルがキスを落とす。続いてライラが手の甲に唇を当てると、他の3人もそれに倣った。姫に忠誠を誓う騎士のような行為が終わる頃、ようやっと馬車は王宮の門へたどり着く。
先に下りたジルが手を差し伸べ、ルリアージェは当然の権利としてその手を受けた。正しく美しい姿勢で、見せ付けるように階段を下りる。彼らが信じてくれと言うなら、最後まで信じるのみ。これから起きる騒動への不安はあるが、彼らへの不信はなかった。
先日と違う真っ白な熊の毛皮を羽織り、薄紫色のドレスを捌いて歩く。炎龍ジェンを封じたアクアマリンを首飾りの中央に据えたネックレスがきらりと光を弾いた。
先日は家具を見ながらゆっくり進んだ廊下を、今日はわずか数分で通り抜ける。見事な彫刻が施された扉の先には、王族と摂政家など一部の貴族が並んでいた。上位貴族ばかりなのだろう、先日の謁見時と比べれば1割ほどしかいない。
「よく参られた、マスカウェイル公爵」
先に声を上げたルーカス国王へ、ジルは軽い会釈のみで済ませる。不遜な態度が咎められる状況ではないと知る彼の行為に、案の定、誰も余計な発言をしなかった。
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