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第47話 国同士の身勝手な事情

 馬車で到着した谷は、想像より華やかだった。水晶を一部露出させたまま掘削を中止した谷は、観光用に周囲が整えられている。屋台や宿が並ぶ大通りの先が、ライトアップされていた。


「美しいな」


「幻想的だ」


「オレはリアのが綺麗だと思うけど」


 約一名状況を読まない奴が混じっているが、マスカウェイル公爵家一行は美しい谷が見渡せる特等席にいた。誰にも邪魔をされない場所だ。


 谷を見渡せる空に席を設えたジルは、足元を闇で覆っていた。そのため下から見上げても黒い空が見えるだけだ。リオネルは甲斐甲斐しくコートやひざ掛けを用意することに普請し、ベンチに腰掛けたジルとルリアージェにお茶を差し出す。


「リオネルも休んだらどうだ? 働きすぎだろう」


 ルリアージェの指摘に、首を横に振る彼は笑顔だった。


「いえ、お世話をしているほうが落ち着きます」


「昔からそうだよな。お前は」


 笑いながら話を流すジルの後ろに立つリシュアが首をかしげた。


「ライトに使われた魔法陣が興味深いですね」


 サークレラ国では周囲に集まる客からすこしずつ魔力を集める魔法陣が使われていたが、ここでは魔獣などから採れる魔石や封印石を利用するらしい。写し取った魔法陣を足元の黒い床に展開してみせた。容易にこなしているが、難しい技術だ。


 感心するルリアージェは、新しい魔法陣に興味を惹かれていた。目の前の水晶は綺麗だと眺めれば終わりだが、魔法陣はバラして理屈を解明したくなる。各国ごとに伝承された魔術の系統が異なり、この魔法陣の周囲に刻まれた文様は初めて目にするものだった。


 こうして写し取る技術がなければ、実物を持ち帰るしか研究する方法はない。


「魔力の循環が不自然です。これでライトアップ出来ているとしたら、それだけ大きな封印石が使われたのでしょうか」


「ここがおかしい」


 指さしたルリアージェの銀髪がさらりと流れた。反射的に彼女を支えたジルがしばらく眺めたあと、別の箇所を指摘する。


「こっちを直せばいい」


「なるほど……」


 超一流の講師による魔法陣談義が始まり、ルリアージェは嬉しそうに魔法陣に触れた。少し引っ張って形を変えると、一部を変更し始める。以前にヴィレイシェに囚われたジルが使った手法だった。


「私ならこれを弄る」


「それでもいいが、このラインをもう少し……こうしたら効率がいい」


 ジルが根気よく付き合う。彼の知識ならば一瞬で正解を導き出せるが、ルリアージェの知識を補う形で修正を手伝った。途中の計算式を省いて答えを出しても、ルリアージェが追いつけないと考えたのだ。


 少しの間魔法陣を弄っていたが、すぐに問題を解決したのだから、生徒であるルリアージェの優秀さは人族として際立っていた。


「リア、寒くないかしら?」


 ライラが声をかける。心配そうな彼女の緑の瞳が細められた。痛みや寒暖に鈍い魔性の中で、ライラが一番人に近い感覚を持っている。冷えてきた外気がルリアージェの頬を赤く染めたのが気になるのだろう。


「平気だ。それより……昼間の国王の策を教えてくれ、リシュア」


 忘れていたのかと思えば、興味はあるらしい。あれこれ目新しいことに好奇心を擽られるルリアージェは、勉強や研究に熱心だ。それが高じて金剛石の封印を解いてしまった程だった。


 一礼したリシュアが、ルリアージェの肩に毛皮をかけながら口を開いた。


「リア様は『公爵家に側室制度はないから無理』とお考えのようですが、他国の王族と縁を繋ぐ方法はございます。滅多に使われることはありませんが、簡単なケースでは、ジル様か私を独身にすれば良いのです」


 瞬時に理解したジルとライラが顔を顰める。逆にパウリーネはにっこり笑った。


「なるほど。私が離婚すればいいのね?」


「離縁させなくても、死別で構いません」


 ぞっとする方法を提示したリシュアは、国の外交を司る者としての考えを並べていく。


「死別、離縁、行方不明、または……他の男との不義による処断。いくらでも手はあります。今回は王子2人のうち第一王子しかライラ様と年齢が釣りあわない。ですが第一王子と他国の公爵家の令嬢の間に世継ぎが生まれると、サークレラ国の介入を招くでしょう」


 サークレラ国にとっては、最高の状況だ。生まれる子はリュジアン国の世継ぎであると同時に、自国の公爵家令嬢の子となる。サークレラ国王にとって臣下の子だった。


 どこまでも都合のいい、相手国の王族である駒が手に入るのだ。


「介入の可能性を小さくするならば、ルーカス国王には王女が3人いますので、彼女らをジル様か私に嫁がせればいいのです」


「5人も子供がいるのか」


 ルリアージェが呟く。


「ええ、王妃が生んだのは第一王子のみですが……側室がそれぞれに子を生んでいます」


 複雑な家庭事情までしっかり記憶しているリシュアの説明に、人間関係の苦手なルリアージェが眉をひそめた。同時に小さくくしゃみが漏れる。


「おっと、リアが風邪を引く。今日は引き上げるか」


「宿の監視は誤魔化しますので、温泉をつかわれては?」


 温泉と聞いて嬉しそうなルリアージェが、パウリーネとライラの手を取った。


「一緒に入ろう」


 その提案を2人が断るわけはない。だが不満を口にする者はいた。


「オレも」


「お前は男だろう」


 一緒には入らない。断言され、ジルはしょんぼりと肩を落とした。






 物騒な話を聞いた女性3人は、宿の部屋についた露天風呂に身を沈めていた。入浴は貴族の(たしな)みとされる反面、ほとんどの平民にとって贅沢品だ。そのため温泉が宿に引かれたり、街中に共同浴場があるリュジアンのような国は珍しかった。


 他国の貴族用に建てられた豪華な宿は、各部屋に温泉が設備されている。それだけ高額だが、他人に肌を見せなくて済む個室温泉は人気があった。


「王族というのは、物騒な考えをするのだな」


 ルリアージェが眉をひそめて、湯の表面を指先で揺らす。国が必要とする婚姻のためなら、相手の伴侶を死に至らしめたり排除する方法を平然と選べる。それはルリアージェにとって衝撃的だった。


 筆頭宮廷魔術師だったルリアージェが巻き込まれた政治的な騒動は、彼女をどちらの陣営に取り込むかと策略をめぐらせたり、足を引っ張って地位から引きずり下ろそうとする程度だ。命や身の危険は感じなかった。もっとも彼女が鈍いだけで、襲おうとした連中はいた。


 彼女が退けた政敵が聞いたら泣き出すだろう。ルリアージェは気付かぬまま、天然さを最大の武器として敵を退けていたのだから。


「人族は、そもそも汚い考えや手段に長けていますわ」


 パウリーネがにっこり笑って指摘する。彼女の薄い胸元に親近感を持つルリアージェは、湯に身を沈めて空を見上げた。露天風呂は小さな庭に作られており、空は美しい星空が広がっている。贅沢な景色を堪能しながら、額に浮かんだ汗を湯で流した。


「騙したり嘘を吐く方法は、魔族より人族の方が上手ね。そういう意味で、リシュアはよく1000年も我慢して乗り越えたわ」


 彼ならば実力行使で周辺国を制圧する方が楽だろう。しかし人族のルールに従い、面倒で苦手な外交をこなしてきた。今となっては得意と公言しているほどだ。


「ジルも狡猾だけれど、リアを騙すことはしないもの。言わないで誤魔化すことはあるかも知れないけれど、きっとリアは気付いてしまうし」


「そうだな。アイツの誤魔化しは分かりやすい」


 嘘はつかないが、言わずに誤魔化したり別の方向へルリアージェを誘導することはある。大抵は自分のためではなく、ルリアージェのことを考えて行動を起こすので叱りにくいのが難点だった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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