第46話 自由に観光がしたかったので
隣国サークレラは安定した温暖な気候と豊かな大地を持っていた。凍らない大地の重要性は、北の国に生まれた者でなければ理解できないだろう。その国から王族と並ぶ力を持つ公爵家が外遊にくる。公爵夫妻、弟夫妻、そして令嬢だ。
あわよくば令嬢を我が国の王子の誰かと結婚させ、サークレラの実りを取り込みたい。そんな思惑を見透かしたように、彼らは国王たる余を1時間待たせた。
あり得ない。自国の貴族ならば爵位剥奪ものの騒動だが、彼らは悪びれた様子なく入場した。まず目を瞠ったのは、驚くべき美貌だった。
他国の王族と貴族に囲まれる状況に臆することなく、平然と絨毯を歩いてくる。敵対した過去もある国で、彼らに気負いはなかった。
艶やかな黒髪に紫水晶の瞳をもつ細身の青年が公爵、その妻は月光のごとき銀髪と蒼い海の瞳をもつ。どちらもタイプは違うが美形という表現が似合う整った顔立ちをしていた。
付き従う弟君はサークレラ王族縁の黒に近い暗緑髪だった。瞳の色が違うことから、公爵と母親が違うのだろう。そして彼の妻は青銀の髪を長く垂らした空色の瞳だ。
弟君は兄である公爵とタイプの違う美形だが、青銀の女性はやや整った顔をしているものの彼らと並ぶと明らかに劣る。身体のラインを強調するドレスを纏っている胸元はさみしいが、くびれたウエストや丸いヒップは艶かしく魅力的だった。
最後に公爵夫人の足元の少女に目を向ける。両親のどちらにも似なかったのか、茶色の三つ編みと緑の大きな瞳が活発な印象を与えた。だが美人になりそうな素養は感じられない。一般的に目を引く愛らしい少女という感じだった。
執事服の青年は主に一礼して入り口の壁に控える。メガネで顔を隠しているが、彼もかなり整った外見をしていた。全体的に女性より男性の方が華やかな一行だ。
「よくぞいらした」
待たされたという悪印象を感じさせない明るい声で呼びかける。すると正式な礼を尽くす公爵夫妻に続き、全員が無言で礼を取った。
「サークレラ国、マスカウェイル公爵家当主ジフィールと申します。お目通り整いましたこと、陛下のご温情に感謝いたします」
国王に匹敵する権力を有するといわれる公爵家の当主であるにもかかわらず、彼は穏やかな笑みを浮かべて温和そうに見えた。他国との外交において他の追随を許さぬサークレラ前国王が、相談役として誰より信頼したと伝え聞いたが、そんな強さは感じさせない。
リュジアン国王として、だからこそ怖さを覚えた。水面が穏やかだからといって、川の中が濁流でない保証はない。彼らの外交はすでに始まっているのだと身を引き締めた。
「部屋を用意させよう、ゆるりと楽しまれるがよい」
一礼した彼らが退出しようとするのを、慌てて呼び止める。
「待たれよ」
首をかしげて立ち止まるジルへ、リュジアン国王ルーカスが己の息子達を手招いた。慌てて歩み寄る息子達を紹介する。
「第一王子アードルフ、第二王子オリヴェルだ。どちらかを貴殿らの案内役につけようと思う」
「……殿下方を、ですか」
考えるように区切った言葉、眇められた紫水晶の瞳が冷たい印象を与える。隣の妻に何か耳打ちをするが、彼女はゆるりと首を横に振った。瞳と同じ色の宝石がしゃらんと音を立てる。
「お申し出は有り難く、されど我らは王族ではありませぬ。恐れ多く、ご辞退させていただきたいと……」
リシュアがジルの前に進み出て断りを口にする。
言い切らずに委ねる形をとっているが、明確な拒絶だった。自国の貴族達が驚きに目を瞠っている。それもそうだろう。北の国はどちらも大国だが、王の権力が絶対視されてきた。他国の王族であろうと、ここまではっきり断られることはない。
絶対王政の北の国々で、他国の一貴族がリュジアン国王の申し出を跳ね除けるなど……。
「失礼いたします」
この場で決定権をもつのは、どうやら公爵夫人らしい。彼女が礼をとって踵を返すと、公爵がその細い腰に手を回した。ロイヤルブルーのドレス姿が美しい美女は、白い手を娘に差し出す。当然のように手を握った娘を連れて、彼女は歩き出した。
一礼して弟夫妻、執事も広間をでていく。呆然と見送ったリュジアン国王と貴族は顔を見合わせた。宰相がぼそりと呟く。
「なんと……自由な」
その一言にすべての感想が込められていた。王族への謁見にかしこまりすぎることなく、平然と最低限の礼を尽くして去っていく。身分に必要な保護は受けるが、それ以上の思惑は遠慮なく切り捨てる。これを王族ではなく、一貴族が行ったのだ。
さすがは外交で名を成せるサークレラ国王の相談役よ、と誰もが感心した。
「びっくりしたわ。王子をつけるなんて言うんですもの」
邪魔なだけじゃない。そんなライラの呟きに、リシュアがくすくす笑う。リュジアン国王ルーカスの思惑はわかりやすかった。外交を得意とするリシュアでなくても気付く。
「あたくしは人族と結婚する気はなくてよ」
ライラのつんとした物言いに、ルリアージェが頬を緩めて茶色の髪を撫でた。尻尾と耳を隠して人の姿を装った彼女は、ただの人族の少女だ。上位魔性を相手取る精霊王の娘には見えない。
「人族にとって婚姻は特別だからな」
サークレラの王族へ繋がる公爵家の一人娘という触れ込みは、彼らにとって格好の獲物だった。そういう意味では、リオネルに執事ではなく婚約者という立場を与えておけばよかったと思う。彼が了承するかは別の問題だが。
「ですが、あの国王は別の策も用意していると考えるべきでしょう」
リシュアは淡々と評価を口にする。
「私が知る限り、ルーカス国王は道理を無視しても望むものを手に入れようとするタイプです。たとえば私かジル様に王女を宛がう危険性もあります」
「王族でない公爵家で、側室の制度はないぞ?」
ルリアージェの指摘に、リシュアは教師のような顔で頷いた。政治の駆け引きに関しては、彼が一番経験を積んでいる。
「ルーカス国王側から見た見解をご説明しましょう。その前に……馬車まで戻りましょうか」
敵地で迂闊な話は出来ないと笑うリシュアの微笑みに、ジルがくすくす笑いながらルリアージェを引き寄せた。歩きづらいほど顔を近づけて、耳元で囁く。
「さっきから数人の女が追いかけてきてる。逃げるが勝ちだ。急ぐぞ」
頬を染めたルリアージェを抱き上げたジルに続き、ライラが足元に何らかの魔法陣を敷く。ふわりと消えた魔法陣を読み取る前に、彼らは黒檀で設えられた馬車に逃げ込んだ。
「馬車は宿に戻します。あとは幻影があれば用が足りるでしょう」
リシュアの言葉に頷いたパウリーネが馬車の魔法陣をひとつ起動する。自分達の幻影が生まれたのを確認し、ジルがルリアージェを連れて転移した。続いたライラ、リシュア、リオネル、パウリーネが城の広間に姿を現す。
「ここならば安全です。宿には幻影を泊まらせ、我らはこの城から通えばいいでしょうから」
リオネルは慣れた様子でテーブルセットをはじめ、全員が当然のように腰掛けた。肩がこる謁見は、ルリアージェにとって素敵な家具の見学会でしかない。
「廊下にあった女性の絵に使われた額縁の彫刻は凄かった」
「確かにあれは素敵だったわ。あたくしは少し先にあった壷が気に入ったの」
「彫刻ならば、謁見の間の扉も見事だったわ」
女性達の感想を聞きながら、政治学を披露するチャンスを失いそうなリシュアが苦笑いする。肩を竦めたジルが軽食を用意し始め、リオネルは珈琲を並べた。
「何か食べておいたほうがいいんじゃないか? このあと、ライトアップされた水晶の谷を見に行くぞ。水晶通りは明日だ」
ジルの提案に異論はなく、今夜の予定はあっさり決まった。
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