第45話 そうだ、王宮へ行こう
サークレラ新国王に連なる血筋の公爵家が、外遊に来るという。リュジアンと国境を接していても、彼の国から上位貴族が雪祭りに訪れることはなかった。かつてない状況に、驚いたリュジアンの王宮は混乱する。
攻め込む口実を作りに来るのか、友好関係の一環として訪れるのか。彼らの意図がまったくつかめないのだ。伯爵家程度ならば外遊も考えられるが、公爵家の当主、奥方、令嬢、弟夫妻となれば、通常の外交とは思えない。国王から何らかの指示を受けていると考えるのが当然だった。
「彼らの意図がわからぬうちは、手出しを禁じる。すべて自由にさせよ」
初老にさしかかったリュジアン国王の命令に、すべての貴族、騎士は首を垂れて同意を示した。
「リュジアン国王は賢王として有名です。彼は凍りついた大地に埋まった油を発見し、それが国を富ませています。鉱山はいくつかありますが、水晶は大きなものが産出されますね」
リシュアの説明にルリアージェが思い浮かべたのは、魔術の媒体としてよく使用した水晶だった。六角柱状で、先端が尖ったものだ。透明度が高い水晶は、魔力を増幅する効果があった。
「昔使ったが、リュジアンの水晶は質がいい」
「ええ、産業の中心になっていましたから、国外へ流れる水晶は上質なものが多かったでしょうね。クズ石に近い濁ったものや、色が強いものは装飾品として加工されます。こちらも輸出されていました」
「今は装飾品は輸出しないの?」
過去形で語られた装飾品の話に、ライラが口を挟んだ。馬車ががたんと揺れる。どこからかリオネルが調達してきた馬車は品の良い黒檀仕様だ。6頭の大きな馬に引かせているが、数箇所に魔法陣が装飾され、温度や揺れを自動的に調整する優れものだった。
本来なら魔法陣の動力として魔力を込めた水晶や封印石を使うのだが、この馬車にそれは装備されていない。魔力なら溢れんばかりに余っていた。ジル一人が乗っているだけで十分足りる。
「産出量が激減しまして、国王の指示で別の山を掘ったところ……黒い油が大量に出ました。燃料として使用するため、ここ数十年はそちらが産業の中心です」
暖かな海側のテラレスには関係ないが、この中央から北側の国は冬に凍りつく寒さに襲われる。そのため暖房に使う燃料は需要が高かった。隣国のツガシエは、暖房燃料のほとんどをリュジアンの黒い油に頼っている。
「水晶は細々と掘削を継続している程度ですね」
リオネルも調査の結果を淡々と口にした。執事の格好や振る舞いが馴染んできた彼は、肩にかかる長さの金髪を首の後ろでひとつに括っている。長い衣を脱いで執事の禁欲的なスーツ姿になるだけでも、かなり印象が変わった。そこへメガネを装着する。本人曰く大切なアイテムらしい。
「観光するなら、この辺りか」
広げた地図に魔法で印が付けられた。提案された場所は3箇所だ。かつての主要産業であった水晶の専門店が並ぶ水晶通り、山の地熱を利用した温泉が有名な宿、最後に王宮。
王宮は観光施設ではない。王族が住まい、国の政治の中心となる場所だった。そもそも他国の貴族が簡単に入れるのか?
「この王宮はおかしくないか」
追われる身になったルリアージェにとって、王宮は鬼門に近い。ジルを解放したテラレス王宮、想定外で破壊したアスターレン王宮、悪気はなかったのに国王崩御を招いたサークレラ王宮――不可抗力に近いが、騒動は常に王宮絡みだった。
「サークレラの公爵家だぞ。どうせ呼ばれるなら、最初に顔を出して後は自由にした方がいい。それにリュジアンは良質な家具が有名だ。王宮なら、さぞ立派な家具があるだろうな」
そそのかすようなジルの言葉に興味を惹かれる。彼の黒い城にある私室も良質な家具は並ぶが、お気に入りのソファはリュジアン産だと聞いた。北の国は寒いため木々の成長が遅く、目が詰まった良質な木材が採れる。厳しい冬に長期間屋内に閉じこもる北は、家具に散財する傾向が強かった。
家具職人は北を目指すといわれるほど、優秀な職人が腕を振るうリュジアンやツガシエの家具は素晴らしい。最近は目が肥えたルリアージェにとって、初めての国での素晴らしい家具の見学ツアーは魅力的だった。
「よし、王宮にいこう」
観光地の一環として納得したルリアージェの決断を、遮る者は誰一人いなかった。
テラレスの王宮は白い石が中心で、アスターレン王宮は青い屋根と漆喰の壁が美しく、サークレラ王宮は艶のある黒檀や障子の柔らかい光が特徴的だった。この王宮はそのどれにも似ていない。
通された廊下はよく磨かれた木材が暖かな印象を与える。壁は木材と石による模様が描き出され、天井は低めに作られていた。荘厳な雰囲気を作ろうとする南側とは根本的に違う。
暖房効率を重視したのでしょうと説明してくれるリシュアに頷き、優雅にエスコートするジルに腕を絡めたルリアージェは足を踏み出した。床の下に温める何かが埋められているらしく、足元から温かい。王宮の扉をくぐってすぐに毛皮を預けたルリアージェは、ロイヤルブルーのドレス姿だった。
「見事だ」
花瓶を飾る台も通路に置かれたソファや椅子、すべてが緻密な彫刻を施した芸術品だ。目を輝かせるルリアージェの姿に、隣を歩くライラが笑う。公爵令嬢だが未成年の扱いである彼女は足首にぎりぎり届くワンピース姿だった。
「リアお義姉さま、こちらなどお好みなのではなくて?」
身体のラインを強調するドレスを身に纏うパウリーネが指差したのは、飾られた絵画の額縁だった。感嘆の息が漏れる彫刻の素晴らしさに、ルリアージェが表情を和らげる。蒼い瞳は忙しく周囲を見回し、彼女が足を止めるたび全員が立ち止まった。
案内役の騎士も褒められて悪い気はしないので、彼らに付き合って足を止める。
「家具はあとでゆっくりご覧いただけます。先に陛下への拝謁を」
さすがに時間がかかりすぎたのか、促す騎士の言葉にルリアージェの頬が赤く染まった。まるで御上りさんのようだと恥ずかしくなる。するとジルが上から銀髪の飾りを避けて額にキスを落とした。
「すまないな。妻は家具や芸術品に目がない。すぐに伺うとお伝えしてくれ」
遠まわしに「もう少し見ていたい」と我が侭を優先させるセリフを吐く。王宮へ向かう前にジルに確認したところ、彼は公爵の役を演じるのを楽しんでいるらしい。かつてある古代の国を滅ぼした際、記憶を失った迷い人を装って王に取り入ったことがあるそうだ。
ルリアージェは慣れてきたが、歴史を研究している者がいたら話を聞きたがるだろう。それが人の世に伝えられる歴史と大きく違う意味をもち、まったく別の意図で起きた事件ならば、なおさらだ。
「リア様、こちらは百合の意匠です」
リシュアもルリアージェが喜びそうな模様や意匠を見つけるたびに声をかける。ご機嫌なルリアージェの姿に頬を緩めるジルとライラが咎めないため、寄り道は限りなく続いた。
ふらふらと家具や装飾品に興味を惹かれながら歩く彼と彼女らが謁見の間に到着したのは、王宮に足を踏み入れてから1時間以上後のことだった。
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