第44話 偽公爵家の旅行計画
公爵家の別宅は、あっという間に体裁を整えられていく。ジルの城に収納されたはずの衣装も一部移動され、執事役であるリオネルはメガネを装着していた。聞いたところ彼の美学らしいが、よく理解できなかった。
「民族衣装がいいのかしら」
収納した空間から取り出した服を前に、ライラは真剣に悩んでいる。意外と凝り性の彼女は、きっちり『サークレラ国の公爵令嬢』を演じるつもりらしい。リシュアは洋装に着替え、隣でパウリーネもドレスに着替え終えていた。
「普段は洋装ですよ。民族衣装はお祭のときや儀式の時だけです」
元国王の発言に、ライラは淡い緑のワンピースを選んだ。子供の外見にあわせた、くるぶし丈の可愛らしい服だ。貴族令嬢はデビューまではくるぶし丈より裾が長いドレスは着用しない。これは公式の場でも適用されるため、今回はライラが裾の長いドレスを身に纏う機会はなさそうだった。
「ジル様はいいとして……リア様のドレスはもう少し華やかなほうがよろしいでしょう。伯爵家ならともかく、公爵家の奥方様ですから」
「そうだよな」
先ほどジルに言い聞かせてシンプルなロングワンピースを選んだが、どうやらレースがふんだんに使われたドレスに着替えさせられそうだ。公爵家の肩書きが重くのしかかる。
「伯爵家にしてもらえばよかった」
ぼやくルリアージェに、リオネルが苦笑いした。
「それは無理ですね。ジル様やリア様が人族風情に頭を下げなくていい状況を作るには、王族にして欲しかったくらいです」
「そうね。私達はともかく、偽装だとしても人族の地位が上だなんて許せないわ」
同意するパウリーネは紫のドレスに淡いグレーの毛皮を羽織っている。顔立ちがはっきりしているので、派手な色がよく似合った。
「パウリーネは原色でも着こなすのだな」
羨ましいと告げれば、青銀の髪をシニョンに巻いた美女は微笑んだ。水色の大きな瞳は細めると優しい色になる。白い指でリアの後れ毛を直しながら、ウィンクして見せた。
「私より、リア様の方がお似合いですわ。そうね……こちらの艶があるロイヤルブルーなんていいのではありませんか?」
「オレは紺がいいと思う」
「ジル様、毛皮を濃い色になさるなら、中は派手な色の方が映えます」
それぞれにお勧め衣装を手にとってアピールする彼や彼女らに、ルリアージェは覚悟を決めた。嫌がって無理に行動するより、公爵夫人になりきって演じた方が楽しいだろう。折角の祭なのだ。それに自分が追われていなければ、こうして正体を隠す必要もなかった。
リシュアは魅了の力で地位を用意し、ジルは服やアクセサリーを見繕ってくれた。パウリーネは着替えを手伝ってくれるし、ライラも髪を結ってくれるのだ。お茶の支度をするリオネルの眼差しは、楽しそうなジル達を優しく見守っていた。
何も不具合がない。不足もない。満ち足りた空間は居心地がよくて、素直に甘えてもいいのだと自分に言い聞かせた。幼い頃に魔力が発現したルリアージェは、親に甘えた記憶がない。家族ごっこであっても、血の繋がりがなくても、この関係は温かく感じた。
「ドレスはパウリーネ、髪飾りはライラ、アクセサリーはジルが選んでくれ。靴はリシュアに任せる。着替えたらリオネルのお茶を飲もう」
開き直ったルリアージェの言葉に、顔を見合わせた人外達は……すぐに頬を緩めて頷いた。
お茶請けを運んできた見覚えのない侍女を見送り、ルリアージェは首をかしげた。
パウリーネお勧めのロイヤルブルーの背が大きく開いたドレスを着て、ライラが用意した水色の羽根に真珠があしらわれた髪飾りで結い上げた銀髪を飾る。しゃらんと音を立てて髪飾りが揺れた。
胸元には驚くような大きさのサファイヤの首飾りが光り、耳に同色のピアスが品よく並ぶ。サファイアミンクの淡いグレーのショールをかけたルリアージェは元の美貌もあり、公爵夫人としての品格が溢れていた。
「今の侍女は…?」
「あたくしの配下なの。魔族に分類されるけれど、正確には精霊よ」
「……精霊とは、あの伝説の?」
神族とともに滅びたとされる精霊は、弱体化していた。神族から得られる霊力を糧に人型を保っていたが、彼らが滅びた後は半透明の存在となり、人の目に触れなくなったのだ。そのため、伝説上の生物と考えられていた。
魔術師ならば違う考えを持つ。魔術によって四大精霊に協力を呼びかけ、助力を得る。火を操り、水を生み出し、風を吹かせる。大地を鎮める力も、精霊が引き起こす現象として魔術の一環と考えるためだ。
「ジルがよく使役してるでしょう。本来はもっと力があれば人型を取れるわ。だからあたくしの眷属は半数が精霊で、残りが魔性なのよ」
精霊である侍女がお茶菓子を運んでくる。半年前の自分なら到底信じられないような光景を前に、ルリアージェは目を輝かせた。
「人型の精霊をはじめて見る! 話しはできるのか? あと、自我はどうなっている?」
興味津々のルリアージェへ、優雅に一礼した侍女が自ら答えた。
「自我はありますので、お話も可能です。基本的に人族と同じように振舞うことが出来ますので」
人族の中に紛れても分からない振る舞いが出来ると告げた侍女が下がると、リシュアが微笑んでお茶を勧める。最近は美味しいお茶に口が肥えてしまい、以前の茶葉が浮かんだ旅行用の紅茶を出されても満足できなくなってしまった。
ルリアージェは香りを楽しんでから、美しい琥珀色の紅茶に口をつける。
「木苺のタルトがお勧めよ」
「さて、旅行の計画を立てようか」
ライラから受け取ったタルトを食べながら、ジルが広げた地図を引き寄せる。サークレラとリュジアンの国境が近い街にピンを立てた。ここが現在地だ。
「リュジアンに外遊する手はずを整えました。王族の代行ですから不自由なく過ごせるかと」
元サークレラ国王リシュアの発言に、反応がふたつに分かれた。明らかに落胆したルリアージェと、よくやったと褒める魔性組だ。王族の代理など面倒なだけと眉をひそめるルリアージェの様子に、ライラとジルが心配そうに覗き込む。
「少し扱いが丁寧になる程度よ」
「そうそう、別に外交とかしなくていいから」
不吉な予測を否定する2人の言葉に、気分が上向く。以前の宮廷仕えの面倒さを思い出したルリアージェにとって、外交は鬼門だった。やたら婉曲な言い回しで口説く王族、引き抜こうとする貴族、いきなり実力行使に出ようとして監禁未遂を起こした騎士……ルリアージェの過去は意外と物騒だ。
「本当か?」
「オレが嘘つくわけないだろ。リアの思うように観光していいぞ。もし面倒ごとが起きたら、リシュアとパウリーネを差し出せばいい」
雪や氷に閉ざされたリュジアンにとって、四季がある豊かなサークレラの領地は喉から手が出るほど欲しい。その王族と繋がりがある公爵家が外遊に来ると知れば、なんとか取り込もうとするだろう。縁談であったり、懐柔であったり。その手段を選ぶ余裕はない。
彼女の心配を理解するリシュアはにっこり笑って、言い切った。
「ご安心ください。外交ならば1000年近い実績があります。人族程度に遅れをとる私ではありません」
どうしてだろう。心強い発言で、信用できる相手のはずなのに……不安が広がっていく。ルリアージェは複雑そうな表情で「まかせる」と返すのがやっとだった。
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