第40話 曲解と暴走は得意
※ちょっと残酷なシーンがあります。
魔王と同じ居城を構える空間に攻め込んでおいて、簡単に勝てるとは思っていない。上級魔性にとって、自分より上位の魔性の領域に入り込む恐怖は、消滅と同意語だった。
氷雷レイリの不意打ちはまったく効果をもたらさず、あっさり防がれる。無効にされたのだから、防いだとすら言えない。
黒い翼を広げたジルが左手に死神の鎌を呼び出す。世界を作った闇帝の手にあったとされる伝説の武器は、自我があるため、己の意思で攻撃を行うことが出来た。
対するライラは先ほど生み出した淡い緑色の人形を使うらしい。ルリアージェの腕から降りた人形は、地の精霊王の娘に近づいて手を差し出した。
「さあ、氷を溶かすマグマの熱をあげるわ。雷だって怖くなくてよ」
笑いながらライラが人形に真っ赤な剣を与えた。風の派生である雷を封じるには火が強い。しかし氷は水の派生だった。本来ならば火より水が強い。しかし凍った状態ならば、火の大きさによって押し切ることが可能なのだ。
水そのものを扱う魔術を使えないレイリの弱点を、長寿のライラはよく知っていた。彼女がラヴィアを助けに飛び込んだことも理解している。氷雷のレイリが魔王達に膝を折らなかった理由がここにある。
単に、惚れた男のために主を持たなかっただけ。
知らぬはラヴィア本人ばかりなり。魔王達はレイリの思いに気付いたため、執拗に彼女を追うことをしなかった。そして惚れた男を助けようと、彼女は消滅の危険を承知の上でジルへ攻撃を仕掛けたのだ。
「オレが裂くから」
「え、あたくしのこの子に任せて」
「無理」
ジルとライラの大人げない言い合いに、レイリはぞっとした。逆に状況がわかっていないルリアージェは苦笑いする。対照的な2人の今後の運命もまた正反対だった。
「仲良くしろ」
「わかったわ。あたくしが譲ってあげてよ」
ジルが引くことはない。そう判断したライラが人形を数歩後ろへ下げた。次の瞬間、魔法陣も呪文もなしでジルが転移した。己の力を最大限に発揮できる空間だ。見える範囲での転移に魔力すら使わない。そのため事前の動きに気付かなかったレイリの対応は遅れた。
「っ……」
「はい、真っ二つ。リアの命令だから半分やるよ」
二つ名をもつ上級魔性は、抵抗も許されずに裂かれた。上から二つに裂いた身体が、存在しない重力に引かれるように分かれる。落ちていく半身を見送るレイリは愕然とした。
魔性はまだ死ねない。だが、もう決着はついてしまったのだ。ここから巻き返す戦術を彼女は用意していなかった。
圧倒的な差があると理解しているつもりだった。それが『つもり』でしかなかったと知った時は手遅れだ。
整いすぎた顔、さらりと流れる黒髪、シミひとつない白い肌と紫水晶の瞳。美しい男は笑みを浮かべて、優しそうに残酷な言葉を吐いた。
「楽に死ねると思うなよ」
簡単に命を絶ってやるほど優しくない。ジルはそう宣言する。裂かれた切り口は血を吹き出していない。白炎より高温となった見えない炎で焼かれた傷口は、鮮やかな肉片の色を覗かせた。
ちらりと視線を下へ向け、結界に守られた銀髪の人間を見つめるジルの表情は、不思議なほど柔らかかった。同時に気付く。ああ、彼女だけは攻撃してはいけなかった。他の誰を攻撃してもいい。ジル自身を狙っても彼は怒らなかっただろう。ただ……彼女を狙ってはならなかった。
もう遅い理解だが、レイリは諦めたように目を伏せた。死神ジフィールと彼女の関係は、自分にとってのラヴィアと同じなのだ。
ジルが手にした球体がレイリの半身を包んだ。逃げられぬ彼女の様子に気付いたラヴィアが名を呼ぶ。手を伸ばす仕草を見せた彼の姿に、レイリは穏やかな笑みをみせた。
最後に私の名を呼んでくれた――それだけで報われる。
球体を小さく丸めて、中にアズライルを転送した。ジルの手に乗る大きさ、直径15cmの透明の水晶玉はすぐに赤い色に染まる。自我のあるアズライルは、殺さぬよう加減しながら『暇つぶし』を楽しんでいるだろう。彼にとって時間は無限であり、大切な玩具をすぐに殺すような性格をしていなかった。
その頃ライラの操り人形となった薄緑の少女は、レイリの半身に剣を突き立てていた。ゆっくり、じわりと剣に重さをかけて裂いていく。一度に切り捨てることは可能だが、切れ味を無視して僅かずつ傷を負わせた。
「好きにしていいわ」
笑みを浮かべたライラの許可を得て、少女は無表情だった仮面のような顔に笑みを浮かべた。彼女の許可はこう置き換えられる。『養分にしていいわ』と。
少女の形をしていた植物は手足を蔓に変え、獲物を包んで貪り始めた。植物の本来の成長速度は遅い。養分を吸収しながら傷口を見つけては広げていく。引き裂いた体内へ根を張り、レイリの魔力をじわじわ吸い上げながら取り込んだ。
一度で楽になれるような死に方ではなかった。魔性特有の回復力を見込んで、ぎりぎりの成長速度を保っている。レイリが回復した分を吸収し、失われた魔力を彼女の核が再び回復しようとする。
「ジル、ライラ」
名を呼ばれた2人は一瞬だけ視線を見合わせ、すぐにルリアージェの足元に膝をついた。転移したジルもほぼ同時に傅く。
「まず、ライラ。それは?」
指差された大木は、根元にレイリの半身を包み込んでいた。彼女の髪や肌がちらりと覗くが、ジルとライラが作った植物にほとんど覆われる。
「ご覧のとおり、さっき咲かせた薔薇よ。また綺麗な花が咲くから、お茶のテーブルに飾りましょうね」
「……」
言葉が見つからないルリアージェが顳を押さえながら、隣のジルに尋ねる。
「お前の手にある、それは?」
「封じ玉の一種だ。綺麗だろ? 時々色が変わるんで、高く売れるんだ」
確かにテラレスの王宮勤めをしていた頃、宝物庫で見たことがあった。何か大きなパーティーがあると、王座の近くに飾られていたが……あれは中に魔性を閉じ込めたものだったか。
出来れば知りたくなかった真実に、ルリアージェは大きく溜め息を吐いた。
「だってリアが、2人で半分に分けろって命じたんだぞ」
予想外のジルのセリフに、蒼い目を見開く。首をかしげた彼女の首に、さらりと銀髪の一部が揺れた。何を言われたのだろう。半分にしろと言ったが、あれが命令? 生きた魔性を2つに裂けと命じた?
あまりにも人と魔性の考えは違っている。
ルリアージェの意図は、戦うなら交互にするなり権利を半分にしろ、という単純なものだった。ターゲットが1人なら2人がかりで戦うのは卑怯だと思ったのもある。それを彼らは、1人しかいないなら2つに引き裂いてそれぞれを殺せばいいと受け取ったらしい。
「……それは……」
残酷だから禁止する。ルリアージェがそう決めて彼らに告げたら、また命令として受け取るだろう。次は獲物を取り合ってケンカするかも知れない。まったく違う生き物なのだ。
飢えた狼達に1つの肉を与えて、ケンカをするなと命じても通じないのと同じだった。互いに肉を奪い合ってケンカする。ましてや彼らは自分を主に定めたと言った。
かつて見かけた使い魔は、主の命令を果たすために命がけで戦っていた。傷だらけになろうと、手足を失おうと褒めてもらうために頑張る。そういう性質を持った魔性に、下手な命令は出来ない。
唇を尖らせて不満だと告げるジルも、何が不機嫌の原因か探るようなライラも、互いにきちんと命令を果たしたと思っている。
ならば……。
「よくやった。ジルもライラも、私の自慢だ」
そう告げるしかなかった。彼らを暴走させないために、曲解できないよう直接的な表現を使用するだけ。次からは気をつけようと心に誓うルリアージェを他所に、ライラとジルは嬉しそうに頬を緩めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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