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第39話 幻獣だらけの戦場

「すぐに片付けますわ」


「いや、楽しんでくれていいぞ。封印とはいえ、1000年ぶりの獲物だ」


 封印された時間は瞬く間に過ぎる。それでも身体に流れる時間の感覚は残っていた。だから久しぶりの獲物を急いで片付ける必要はないと、ジルは肩を竦める。その言葉に滲む信頼は、彼女の勝ちを確信していた。


「煩いっ! 燃やし尽くせ、炎龍」


 炎蛇とは比べ物にならない高温で巨大な龍が身をくねらせる。大きな口を開き、立派な尻尾を揺らした。空中であるにも関わらず、立ち上がるような姿勢で威嚇する。強大な魔力の塊を見上げながら、危機感が薄いルリアージェは無邪気に喜んだ。


「ライラ、サークレラで着た民族衣装の帯の柄と同じ動物だ!」


「そう、これが龍なの。幻獣と呼ばれる類だけれど、自然に生まれないのに()()するのよ。こうして炎や水、風の精霊のような感じでね」


「精霊と違うのか?」


「まったく違うわね。あくまでも魔力ですもの」


 ライラとルリアージェの会話をよそに、上空では戦いが始まった。ラヴィアが(けしか)けた龍が炎を散らしながら、パウリーネを襲う。一直線に下降する炎龍の前に、1頭の水虎が立ちはだかった。


 大きさだけなら龍の方がはるかに上だ。水虎の10倍以上はあるだろう。しかし炎龍の首筋に噛み付いた虎は蒸発することなく、食いちぎるように魔力を引き剥がした。そのまま魔力を吸収して水の色を鮮やかに変化させる。半透明から淡い桃色へ、そして最後に水色に落ち着いた。


「すごい」


 半透明の虎の姿に見惚れたルリアージェへ、ジルが解説を買って出た。


「簡単に言うと、密度の問題だ。水を極限まで圧縮したパウリーネの虎は、表面だけ蒸発させてもほぼ被害はない。炎龍は大きさにこだわりすぎだな。薄い部分を見つけた虎に食いちぎられただろ。あれじゃ魔力を食われるだけで、虎は消耗しない」


「虎や龍は生きているのか?」


「あれは擬似生命だから、意思や命はない。龍や虎のように振舞う魔力だよ。そもそも魔族自体が人のフリをする魔力の塊だから、眷属代わりとして作りやすいんだ」


 話をしながら、ジルが無造作に右手の爪で左手のひらを切り裂いた。魔力を込めた傷から血が数滴落ちる。すぐに空中で球となり浮遊を始めた。


「まず魔力の媒体がいる。これは髪や爪、血が一般的だな。次は属性を決めるが、今回は植物にしてみるか」


 火、水、風、地の中で属性が一番豊富なのは地だ。植物や土そのもの、岩も対象だった。そのうえ、地下にある限り、地下水や地底のマグマにも影響を及ぼすことが出来る。


 魔力を込めたジルの血が、色を変えて茶色い種になる。そこへさらに魔力を注ぎ続ければ、あっという間に芽吹いて蔦を伸ばし、ジルの左腕に絡みついた。そのまま可憐な白い花を咲かせる。ルリアージェが白い花を好むので、魔力を操作して色を変えて咲かせたのだ。


「植物なら、あたくしの得意分野ね」


 大地の精霊王の娘はそう告げると、ジルの腕に絡みつく蔦へ触れて魔力を流した。強大な魔力を浴びて蔦を伸ばす薔薇に似た花は、ひとつの実をつけて熟し、二つに割れる。零れ落ちたのは新たな種ではなく、精霊のような小さな子供だった。


「可愛い」


 喜ぶルリアージェが手を伸ばすと、素直に抱っこされた。抵抗する様子はない。


 頭の上にいくつも白い花を咲かせた蔦の冠を載せ、真っ白なドレスを身に纏っている。髪は緑で、肌は薄い茶色だった。手は人と同じなのに、足は引っこ抜いた根のように複数に分かれている。


「これを龍やら虎の形で作るか、人型で作るかだ。今回は人に似せたが、眷族と違って自我はない」


 戦うための人形だ、とジルは淡々とした口調で告げる。


 まだ5~6歳に見える少女は、無表情のまま上空へ視線を向けた。炎龍と水虎が戦う左側ではなく、わずかに視線は右にそれている。魔力に反応したのだろう。


 リシュアと対峙する『氷雷レイリ』の姿があった。露出度が高いビキニタイプの鎧を身に纏ったレイリは、大きな胸を強調するように見せ付ける。その姿にジルとルリアージェは同時に鼻に皺を寄せた。


 下品で悪趣味だと指摘するジルの隣で、ルリアージェは声に出さずに願う。大きな胸なんて滅びればいいのに。呪詛に近い強い思いが滲みでるルリアージェの様子に、ライラは首をかしげた。


「どうしたの? リア」


「なんでもない」


 即答されたため、それ以上追及できなくなったライラは「そう」と相槌をうった。ほかに選べる言葉が思いつかない。ルリアージェは鋭い視線で上空の女魔性をにらみ付けた。


「何度でも言うけど……オレはリアが理想だから」


 大きい胸に見惚れることはないと断言するジルへ、「わかった」と返事をするが顔を向けない。女性にとって胸の大きさがどれほどコンプレックスなのか、男であるジルには理解できなかった。だがルリアージェが気にするなら、二度と女性の胸は見ないようにしようと心に誓う。


「あの女魔性は?」


「一応二つ名があるわ。『氷雷のレイリ』――その名の通り、氷と雷に特化しているの」


「二つの属性を?」


「ええ、彼女はどの魔王にも組していないわ」


 魔王の派閥に属して眷属となれば、己の主に属した魔法や魔術を使う。だが彼女は氷が得意な水の魔王にも、雷を司る風の魔王にも属さなかった。龍炎のラヴィアが、火の魔王マリニスに首を垂れないのと同じだ。彼も彼女も己の主として、魔王を認めていない。


「リシュアは大丈夫か?」


 雷が風に分類されるなら、同じ風を操るリシュアで構わない気がする。しかし魔力量で変化する戦いの基本を知るルリアージェにしてみれば、心配は尽きなかった。


 リシュアの穏やかな側面しか知らないため、余計に不安が膨らんでいく。


「問題ない。アイツは魅了もあるし、風なら魔王に匹敵する能力を誇る。半端なレイリに負けるほど、耄碌してないだろ」


 ジルが使った半端の単語に、ライラも頷いた。


「そうね、風の派生が雷と考えるなら、派生のみ特化した彼女がリシュアに勝てるわけないもの」


 ふわりと冷たい風が吹いた。ルリアージェは揺れる編髪を気にするように、ハーフアップの先に指で弄る。崩れていないことにほっとして顔を上げると、ジルが黒い笑みを浮かべていた。ライラも位置を隣から前に移動する。


「直接ケンカ売るとはいい度胸だ」


 低いジルの声が響き、ライラも15歳前後の外見から想像できない大人びた笑みを作った。ルリアージェは風が揺れたと感じたが、氷を纏った雷を放ったレイリの攻撃を無効化した余波だ。ジルの霊力が氷を無効にし、魔力が雷を消滅させた。


 ルリアージェの前に立つライラも、魔力による数枚の結界を展開する。球体でルリアージェを包み、僅かな傷も負わさぬよう守る姿勢をみせた。


 主を攻撃された2人の怒りは頂点に達している。


「あたくしが始末するわ」


「いやオレだ」


 突然見えない獲物の取り合いが始まり、ルリアージェは大きく首をかしげた。それからいつもの感覚で、簡単に言葉を発する。これが1人の魔性の運命を決定付けたと気付かぬまま……。


「半分ずつではダメなのか?」


「「半分」」


 2人は納得したらしい。ルリアージェは自分が発した残酷な命令を理解していなかった。彼らは『ルリアージェが望んだ通り、半分に引き裂いたあとでそれぞれに滅ぼす』と受け止めたのだ。何も知らずに「仲良くしろ」と的外れな発言をするルリアージェに、真実を教えてくれる人は誰もいなかった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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