第38話 圧倒的な差
「まあ、パウリーネに任せれば間違いない」
ときどき問題は起こすが、最終的に解決するだけの能力を兼ね備えた存在だった。二つ名をもつ魔性は少なく、その中でも上位に位置する彼女が火を操るラヴィアに負けるはずもない。
ジルの断言に、ルリアージェは安心した様子をみせた。温度をさげた紅茶を飲み、ライラが取り出したフルーツに手を伸ばす。
「お呼びですか、ジル様」
穏やかな声が聞こえ、リシュアが広間に現れる。闇を通過するリオネルと違い、足元には淡い光を放つ魔法陣があった。
見える程度の僅かな距離であっても、ここにいる魔性達は転移を多用する。本来は高等魔術に属するため、座標を特定して安全を確かめる手順が必須だった。魔性であっても、普段から多用する魔術ではない。だが彼らの実力ならば、大した術ではないのだろう。
呼吸のように容易く高等魔術を操る面々に、いい加減驚くのも疲れたルリアージェは、リシュアの転移をスルーした。彼らに付き合って1ヶ月足らずで、人間の魔術師一生分以上の転移を経験したのだ。気にするのもバカらしい。
「お茶でも飲め。ライラが仲間になった経緯をパウリーネに説明しなくちゃならないが……任せる」
面倒ごとを一番良識的なリシュアに丸投げしたジルは、ぐったりとソファに身を沈めた。くすくす笑うライラが新しい果物を取り出して、皮を剥いて並べながら口を開く。
「氷の矢を2本ほどいただいたの」
「なるほど、彼女は直情的ですからね。リオネルほど簡単に納得しないでしょう」
彼女の説明で状況がつかめたようだ。苦笑いしたリシュアが新しいポットを取り出した。慣れた様子で茶葉を用意しているが、紅茶とは明らかに違う緑色をしている。
「ルリアージェ様、こちらの緑茶はいかがですか? さっぱりしますよ」
別のカップに注がれたお茶は緑色で、香りもまったく違った。サークレラの王宮で出されたお茶だと思い至り、素直に受け取る。
「ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
まったりと続くお茶の時間を引き裂く雷鳴が轟いた。思わず耳を押さえたルリアージェが顔を上げると、ジルは鼻の上に皺を寄せて不機嫌そうだ。ライラは頭を抱えている。
「すこし席を外す許可を」
リシュアが優雅に一礼して微笑む。ひらりと手を振ったジルが「行って来い」と言い終わるのを待って、リシュアは姿をけした。見送ったルリアージェへ、溜め息ひとつで気分を切り替えたジルが菓子を差し出す。
「これ食べるか? リシュアのお勧めらしい」
「あたくしは頂くわ」
ライラが手を伸ばしたが、菓子に触れる直前に叩かれた。サークレラの白い花を模した餡菓子は、見た目も美しい。ジルに叩かれた手をさするライラを見て、次にジルを見る。二人とも動揺した様子はなかった。さきほどの音についての言及もない。
「さっきの音は?」
「雷ね。他の魔性が介入したのでしょう」
「騒々しい連中だ。結界を張ろう」
平然と吐き捨てられたが、とんでもない内容だった。
轟音は雷で、炎を操るラヴィア以外の魔性が入り込んだらしい。もっとも風や水と相性がいいから、パウリーネという彼女だけで問題はなさそうだが……リシュアが出向いたのだから、上級魔性である可能性があった。
結界を張るとジルが明言したので、今後の乱入は減るだろう。
「結界はなかったのか?」
「いや、空間を維持する結界はあったぞ。誰もいない場所だったし、1000年間封じられたオレは手出し出来なかったから……ほとんど無効化してた」
1000年前に張った結界が最後で、それ以降の更新も追加もしなかった。側近クラスが攻撃すれば、砕ける程度の結界しかなかったと白状する。
くるりと三つ編みの穂先を指で回しながら、ライラが唇を尖らせた。
「物騒じゃない。リアがいるんだから、ちゃんと結界は張ってちょうだい」
「お前も同罪だろ」
冷めた切り返しに、ライラは目を泳がせた。ここにいる魔性達はすべてが実力者で、人族に比べたらかなり好戦的な性格をしている。飛び込んでくる敵を完璧に防ぐより、自分を囮に飛び込んだ敵を排除する方法を好むのだ。
黙っていた部分を的確に指摘され、ライラは話をそらすことにした。
「外の様子が気になるわね。ちょっと見てきましょうか」
そそくさと立ち上がるライラの姿に、ルリアージェはお菓子から視線を外さずに立ち上がった。
「私も行く」
邪魔になるかもしれないが、ジルは守ってくれるはずだ。花の餡菓子をそっと手の上に乗せて、期待の眼差しを向けた。高い位置で括った黒髪の先を指で弄っていたジルが苦笑いして手を差し伸べる。
「どうぞ、お嬢様。観戦にお連れいたしましょう」
「いいのか?」
強請ったくせに尋ねるルリアージェがおかしくて、ライラは口元を押さえて笑う。狐の尻尾が感情を示すように左右に振られた。
「平気よ。これだけの実力者がいて、リアにケガなんてさせないわ」
「私が心配しているのは、先ほどの女性やリシュアなのだが」
ジルの心配はしない。おそらく世界最強に近い実力を持っている男だ。平然と敵の攻撃を弾く姿が予想できた。ライラも問題ないだろう。精霊の力が使える上、魔王達に尽力を請われるほどの魔力がある。
だから心配なのは、パウリーネとリシュアだった。上に現れた二つ名もちだという魔性と戦って、彼らが傷つくかもしれない。想像だけで辛くなるのは、ルリアージェが彼らを身内だと考えるからだ。人は自分に好意的な存在に敵意を持ち続けることは難しい。
「優しいのね、リア。でも彼らに心配は無用よ」
「そうだ、この程度の相手にどうこうされるなら、とっくに殺されてる」
物騒な言い回しをしたジルが肩を竦めた。
「なにしろ、オレの眷属だからな」
一番説得力のある発言かもしれない。ルリアージェは吹き出した口元を押さえて肩を震わせた。笑っては悪いと思う反面、笑わせようと企んだのでは?と思う。
復活した話が広まるなり、あっという間に周囲は敵だらけになった。ジルの行く先々に敵が現れて襲撃され、周囲を巻き込んで撃退する。思い出せばここ1ヶ月ほど、滅多に人目に触れない魔性同士の戦いを見続けてきた。
人族の魔術師として、魔性同士の戦闘を一番見た者だろう。
滲んだ涙を拭いながら、笑いを抑えて痛む腹部をかばう。まだ表情を緩めたままのルリアージェが「ならば、観戦しよう」とまるで劇でも見るような気軽さで告げた。
「もう片付いていないといいけど」
「大丈夫だ。まだ気配がある」
城の外を確認するように上を見たジルの手を取る。反対の手をライラが握った。3人を包んだ魔法陣が消えたあと、机の上に小さな魔法陣が浮かび、卓上の菓子が吸い込まれる。
派手に広がる巨大な炎の龍を、パウリーネは水の虎で破壊していく。数匹を足元に漂わせる彼女の表情は余裕があった。火に対して強い水を得意とするだけじゃなく、元から戦闘の経験値が違う。
龍炎のラヴィアは1000年間外にいたかもしれないが、せいぜい2000歳程度だ。対するパウリーネは3800歳を超える。さらに戦った相手は、現在の主である死神ジフィールを筆頭に、魔王や側近クラスが犇いていた。
戦いの中身が濃いのはもちろん、自分より魔力量が多い相手に負けない方法を知っている。格下相手にただ数をこなしたラヴィアと格が違った。勝てなくても負けない方法はいくらでもある。
「この程度で二つ名だなんて、傲岸不遜にも程があるわ」
パウリーネの毒舌は挑発のためだ。口元に笑みを浮かべて、太ももに擦り寄る水虎の頭を撫でた。魔力で固定した形を維持しながら、まるで自我のある動物のように動き回る。高度な魔術を展開する彼女の足元には大きな魔法陣が浮かんでいた。
「……圧倒的だな」
ルリアージェの感嘆の呟きに、パウリーネは顔を上げる。隣に立つジルの姿に優雅な一礼をした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆




