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第36話 龍炎が舞う戦場

 サークレラの王宮でたとえるなら、玉座の間や謁見の間と称するのが似合う。広間の床は美しい光沢の黒い石が敷き詰められ、天井はステンドグラスのように宝石が配置されていた。ほとんど物がない広間の中央で、ジルはひとつ欠伸をする。


 大きな丸テーブルを置いた周囲に椅子が4つと3人掛けのソファが並ぶ。ソファに寄りかかったジルは、ちらちらと続き扉を確認した。


 隣にあった広間をルリアージェ用に改装した後、就寝した女性の部屋に異性が入るものではないとライラに叱られて追い出されたのだ。身支度が終わるまで待つだけだが、気になって仕方ない。ライラが入ってからすでに15分ほど経っていた。


「お待たせ、ジル」


 ライラが足取り軽やかに戻ってくる。その後ろを濃紫のドレスを纏った美女が歩いてきた。流れる星のような銀髪を編んだ姿は美しい姫君だ。一国の姫と大差ない高額のドレスを身にまとった美女は、慣れないドレスが歩きにくいようだ。裾を摘んでゆっくり歩いた。


 肩に黒いローブを羽織るのは、ルリアージェが守られる姫君ではなく魔術師であると示していた。この城で一番弱い存在だとしても、この場の主は彼女だ。


「おはよう、リア。綺麗だね……オレが結いたかったな」


 近づいて頬に手を滑らせ、そのまま意味ありげに銀髪に触れる。耳のピアスを掠めた指先に、ルリアージェが頬を赤く染めた。


「明日、ならいい」


 真面目に返してくれるルリアージェに微笑んで頷き、ジルはさっきから足を踏んでいる少女に目を落とした。狐の大きな尻尾がゆらゆら揺れている。


「なんだよ」


「あたくしの方がセンスがいいと思うの」


「自意識過剰な獣だな」


「獣じゃないわ。精霊よ。失礼な化け物ね!」


 互いに罵り合っているのに、子猫と子犬が喧嘩しているような微笑ましさがある。そう感じるのはルリアージェだけで、実際、帰ってきたリシュアは顔を引きつらせて近寄らなかった。


「朝食を用意してあるから」


 にこにこ見守るルリアージェをエスコートして椅子に座らせると、すぐにテーブルの上に食事を並べ始めた。ジルの亜空間に保管された料理がつぎつぎとテーブルに並ぶ。


 オムレツ、ベーコン、パンが数種類、サラダ、スープ。取り出してからパンとスープを温め直す。皿の下に魔法陣が浮かんですぐに消えた。湯気を立てるスープに手を伸ばすルリアージェへ、ジルがスプーンを手渡す。


「熱いから気をつけてね」


「わかった」


 猫舌であるルリアージェへの注意を忘れない。ジルは隣の椅子に腰掛けると、幸せそうに食事の世話を焼き始めた。彼女が顔を上げるとパンを手元の皿にとりわけ、何かを探す素振りでドレッシングを用意する。ひな鳥の面倒を見る親鳥のようだ。


「ジルは本当にリアが好きなのね」


 好きという単語で表現しきれないほどの重い愛情を示すジルだが、ルリアージェがその重さに気付いていないのが幸いだ。天然すぎる彼女でなければ、おそらく逃げ出していただろう。


 ルリアージェが望めば世界すら滅ぼしかねない重さなのだが……。


「皆はもう食べたのか?」


 半分ほど食べたところで気付いて小首をかしげる仕草に、ジルはくすくす笑い出す。ライラも肩を竦めて椅子に腰掛けた。離れていたリシュアもジルの隣に座る。


 全員座ったところで、改めて食卓を囲んだ。


「ところで、リオネルは?」


 果汁を入れた水を飲みながら尋ねるジルへ、リシュアが穏やかな声で答えた。


「何やら調査があると出かけました。数日中に戻るでしょう」


「そっか」


 いつものことなのか、気にせずジルはパンに手を伸ばす。追加された食事に、ライラはスコーンなどの焼き菓子と木の実を並べた。真っ白な木の実を齧る姿は狐の尻尾や耳のせいで、小動物のようだ。


「ねえ、誰か来たわよ?」


 ぴくっと動いた耳のあと、ライラは天気の話をするように切り出した。とうに気付いているジルは溜め息を吐いて、ルリアージェの口についたケチャップを拭き取る。


「外の様子みてくるから、食べ終えてもこの部屋にいてね。用があったら呼べばいいから」


 幼子に言い聞かせるように話すと、ジルの足元に魔法陣が浮かぶ。一瞬で姿を消した青年の後を追って、一礼したリシュアが続いた。


「今度は誰だ?」


 デザート用の果物を口に運びながら、無邪気に尋ねるルリアージェはすっかり魔族がらみの騒動に慣れていた。怖がって悲鳴をあげればいいとは思わないが、さすがに慣れすぎでしょうとライラは苦笑いを浮かべる。


「そうね、予想だけど……魔王に傾倒していない魔性かしら」


 心当たりがあるのは、3人ほどだ。まずは龍炎のラヴィア、次に氷雷レイリ、変わり者の天声アデーレと続くが、可能性が一番高いのは戦闘狂で有名なラヴィアだろう。


「誰が来ても、ジル達に勝てないと思うけれど」


 手馴れた様子で果物の皮を剥くライラが、ルリアージェの皿に切り分けた果物を並べていく。ジルが誘わないのだから、戦う人手は足りると考えてよかった。最後に紅茶を用意して差し出せば、銀髪の美女は柑橘系の果物を沈めて香りを楽しむ。


 優雅な時間が流れる城の外では、戦いが始まろうとしていた。




「待ちかねたぞ、ジフィール」


 全身を燃やし尽くすような炎の蛇を纏った青年の声に、ジルは腕を組んだまま溜め息を吐いた。それから(おもむろ)に斜め後ろのリシュアを振り返る。


「コイツ、誰?」


 炎蛇を手足のごとく操る姿から二つ名もちと見当はつくが、基本的に他者への興味が薄いジルに心当たりはない。何度か戦った相手ならば記憶しているが、この男に見覚えはなかった。


「龍炎のラヴィアではないでしょうか」


「ふーん、知らないな」


 無情にもばっさり切り捨てる。待ちかねたと言われても、まったく思い出せなかった。1000年前の戦いに参加していたとしても、大量にいた『その他大勢』の1人に過ぎない。魔王クラスでもなければ、ジルは魔性の名に興味を持たない。


 魔力と霊力が大きすぎるが故に、ほとんどの魔族は警戒対象とならないのだ。いつでも倒せる敵は、脅威の対象とみなさなかった。


 挑発する意図はなく、本当に覚えていない。


「……っ、きさま!」


 ラヴィアの腕に巻きついた炎蛇がジルに襲い掛かる。炎蛇が魔法陣に吸い込まれ、ジルの目の前に出現した別の魔法陣から一気に噴出した。初見殺しに近い魔術による攻撃に、反応したのはリシュアだった。


 魅了の二つ名に相応しい明暗の緑瞳が、炎蛇を見据える。ジルの前に転移したリシュアは、余裕の表情を浮かべて蛇を見つめた。攻撃の牙を剥いた蛇が口を閉じ、ゆっくり首を垂れるまで。敵意を失った炎蛇をラヴィアは無造作に消す。


 僅かな時間で手懐けられたことに、ラヴィアは怒りより歓喜を覚えた。小手先の戦いではなく、やっと全力を尽くして本気で戦える敵を得たのだ。龍炎の名は小さな蛇ごときに与えられるものではない。


「我が君と戦う前に、私の相手をしていただきましょう」


 リオネルがいない今、この場を守るのは自分の役目だ。そう言い放ったリシュアへ、ラヴィアは楽しそうに笑う。黒い瞳が好戦的に煌いた。


 黒衣を揺らしたジルは背を向ける。


「逃げるのか!」


「……リシュアに勝てたら、呼べ」


 一礼して見送るリシュアの前で、魔法陣へ消えるジルが闇に飲み込まれる。ジルの黒い城を背負う形で立ち塞がるリシュアは、嬉しそうに頬を緩めた。


「安心してください。きっちり殺して差し上げますので」


 死神の眷属は、魔王の側近も及ばぬ実力者ぞろいで有名だった。事実、リオネルは炎の魔王マリニスより上位の実力を誇る。四大精霊の名を冠しないリシュアだが、風の魔術に関してはラーゼンの側近に匹敵した。


「勝てると奢るは自由。だが、龍炎の名は伊達ではないぞ!」


 叫んだラヴィアの周囲に円を描くように、大きく炎が広がった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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