第30話 まずあり得ない経験
サークレラ国王、若くして崩御――祭りにおける花火事故に巻き込まれたと噂が広がる中、国中が喪に服していた。
まだ30歳代前半の外見だった国王の死は、大きな衝撃をもって国民に受け止められた。まだ婚姻していなかった国王の跡取りが存在しない。分家の当主が臨時に国王の座に納まることで、なんとか国は分裂せずに落ち着いていた。
「本当に良かったのか?」
首をかしげて尋ねるジルへ、リシュアは本来の姿で一礼した。国王のときよりも少し若い。顔立ちも華やかになっていた。本人曰く、出来るだけ平凡に見せるよう外見を操作していたらしい。
確かに人間でこれほどの美貌ならば、他国の姫君が騒ぐに違いない。
「ええ、もう未練もありませんから」
それはそれで冷たい気もするが、1000年以上も面倒をみれば同じ感想を抱くだろう。直系親族しか入れないよう魔法陣が刻まれた塔の窓から見える景色は、一面沈んでいた。喪に服した国は、全体に華やかさにかける。
国民の生活に関する店舗は開いているが、豪華な宝石などを扱う店舗は休業していた。サークレラでは国王崩御のたびに1ヶ月ほど、この状態が自主的に続けられるという。今までの崩御はリシュアの自作自演だったが、今後は戻る予定がない。
外見を偽って年老いて死んだフリを終えると、この塔の中でしばらく休んでいた。『国王継承の儀』として、跡取りに扮したリシュアが中に篭もって、その時間を作り出していたらしい。常に姿を変える魔法陣を使い続ける消耗を回復するための時間でもあるのだろう。
この塔が直系親族のみ使用可能と刻まれた魔法陣の上に立っているのは、リシュア以外入れない設定を誤魔化すためだ。稀にもとの姿に戻って休む時間を作るため、独自の定期的な儀式がサークレラ王室には大量に存在した。
「国葬はいつですか?」
リオネルが興味半分で口を挟むと、宙を睨んで考える仕草を見せたリシュアが答える。
「確か、明日です」
「早いのね」
ライラは不思議そうに呟く。彼女が知る事実と少し違う気がしたのだ。もちろん、人間の習慣に興味があったわけではないのでうろ覚えだが、もっと大掛かりで日程を要する儀式だった。
「今回は事故で死亡ですから、特例適用事例なので」
どうやら病死と事故死で対応が違うようだ。確かに戦時中など特殊な事例でなくなった場合、国王不在の時間を作るわけにいかない。病死ならば死ぬまでの時間を逆算して、周囲が準備に動くことも出来た。早く葬儀を終えて、新たな王へ継承準備を始める必要がある。
「私達が来たせいで、申し訳ない」
ルリアージェが眉尻を下げて詫びる。
「お気になさらないでください。私は貴女様に選び直すチャンスをもらったのです。今度こそ迷わずジル様を選べる自分が誇らしい」
にっこり笑ったリシュアの表情は晴れ晴れしていて、悲壮感も後悔もなかった。ほっとして表情を和らげたルリアージェに、ライラが抱きついた。さきほどジルに掛けられた紅茶は跡形もない。
「ねえ、リア。今度はどこへ行く?」
無邪気な子供の質問に、ルリアージェは考え込んでしまった。正直、目的地などないのでどこでも構わない。そう思って任せた行き先がサークレラで、騒動が続発した。
屋台を冷やかせば国王陛下(実際にはジルの配下の魔性リシュアだったが)に謁見となり、街に出たらスリや孤児の問題解決に尽力することとなり、民族衣装に着替えればジルが(目線だけだが)巨乳に浮気して……知り合いらしき魔性の封印石なんて話で誤魔化されたりしないぞ!
花火見物と洒落込めば、魔性は降ってくるわ。水の魔王と側近も現れるわで大騒ぎとなった。あの場で治癒魔法の『深緑のヴェール』が届かなかったら、どれだけの被害が出たか分からない。
「まだ行ってない場所はどうだ?」
ジルの提案にうっかり頷いてしまった。嬉しそうにジルは指折りしながら、今まで行った場所を挙げていく。
「テラレスの迷宮からウガリス国境、そのままアスターレンの首都に入って、神族の丘だろ。幻妖の森と魔の森、オレの城とサークレラも行ったから、残ってるのは北側か。リアは寒いの平気?」
「平気だが」
「防寒具の心配は要らないからね。昔仕留めた毛皮が沢山あるし、いざとなれば魔術も施せるし」
なぜか寒い方角へ向かう話になった。北は魔術師にとって厳しくもあり、認められ宮廷魔術師となれば名誉な国が並んでいる。テラレスの宮廷魔術師になった頃は、密かに憧れた地域でもある。
「リオネルは温度操作の魔術も得意ですよ。寒さは彼に防いでもらうことが出来ます。山脈を越えた先にある氷の大地も見事な景色ですが、北の国はあと数ヶ月すると雪祭りの時期ですね」
リシュアは特に反対する理由がないので、ジルの希望に従って北の国を勧め始めた。
「雪祭り?」
南の海辺で育ったルリアージェは興味を惹かれて、目を輝かせる。雪は空から落ちてくる小さな氷のような存在で、降っている時は柔らかく、雨音がしないのだと聞いた。見たことがないので、想像している通りか気になる。
「あたくしは一度氷の大地を見に行った程度だわ」
ライラはあまり北に興味がなかったらしい。大地の精霊王の子ならば、氷に閉ざされた北国は苦手の可能性もあった。リオネルは「白炎」の二つ名を持つのに、北に苦手意識はないらしい。
「私は何度かジル様のお使いでライジアン国に行きました」
ライジアン? 少し考えるルリアージェの脳裏を過ぎったのは、リュジアンとツガシエという2つの北国の名前だった。どちらかといえば、リュジアンの方が近い。
「リュジアンのことか?」
「ああ、今はそう発音するのですね。では言語も変わったのでしょうか」
リオネルが首をかしげると、ジルも同様に考え込んでいる。
「オレが知ってるのもライジアンだから、もしかしたら違う国なのか?」
「ライジアンは450年前にクーデターがあり、王族が変わったのです。その際に新たな王族が呼び違えて厄落としをしたはずですね」
「………」
リアルに1000年以上の歴史を見てきた魔性の言葉は重みがあった。つい数年前に起きた出来事のように、さらりと答える。納得した様子のジルはもちろん、リオネルも一緒に封印されていたため、多少世間の流れに疎いのだろう。
「あたくしが氷の大地を見に行ったときは、まだライジアンですらなかったわよ?」
「ならば、少なくとも1200年以上は昔です」
ライラの疑問を、リシュアは受け流す。封印された2人と違い、ずっと現世にいた彼らは数百年の話を当たり前のように口にした。人間であり、数十年の寿命しかないルリアージェには理解しがたい感覚だ。
「とりあえず、北へ行くか」
「でも、雪祭りは数ヶ月先でしょう?」
ジルの決断を、ライラが遮る。確かに彼らがいれば転移で北へ迎えるが、今行っても雪祭りはかなり先だった。寒さが悪いわけじゃないが、おそらく建物に引き篭もるはめになる。
「ならば、こうしましょう。滅多にない機会なので、私の葬式を見物してから隣国のジュリあたりへ顔を出しませんか。タイカでもいいですね。その後で雪祭りに合わせて移動すれば合理的です」
リシュアの提案に、ルリアージェは絶句した。
確かに滅多にない、というか。死んだ筈の国王の隣で葬式を見る機会など、まずあり得ない体験だろう。とんでもない提案だが、ジルは気に入ったらしい。ルリアージェの銀髪を撫でながら、機嫌よさそうに笑った。
「そうしよう。この塔から見えるんだろ? でも手狭だから、オレの城から葬儀のときだけ移動するか」
「ジル様のお城は久しぶりですね」
嬉しそうなリシュアには悪いが、勝手に進む話を理解する努力を放棄したルリアージェは、大きく溜め息を吐いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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