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第29話 サークレラ国王崩御(1)

≪哀れみ誘い舞い踊れ、悲しみ浸り沸き起これ、空が怒り地は嘆く。ああ、彼の御方は白き御手を伸べられる…尊き御身を(あけ)に染めることなく。癒しの森は震える鈴のごとし――『深緑のヴェール』≫


 美しい鮮緑の魔法陣が展開される。治癒の祈りを込めた魔術がひとつの大きな円を作り出した。その範囲内にあった子供たちが起き上がる。傷が治った場所を不思議そうに眺め、近くで倒れている人へ駆け寄って助けようとし始めた。


 心優しい国民の姿に、リシュアが表情を和らげる。それから主であるジルへ頭を下げた。


「我が君、私も国民の救出に手を貸したいと思います」


「許す」


 主の声に深く頭を下げたリシュアが膝をついて、大地に手を触れる。彼の手の下に新たな魔法陣が生まれ、青みがかった緑が波のように広がった。


≪華やかな過去を呼び起こすために、大地よ、我と踊れ≫


 魔術の名前はなく、彼は淡々と大地に命じる。詠唱が終わると、魔法陣は一気に拡大した。都全体を包み込むほど広がっていく魔法陣の文字は、かなり上空から見ないと読み解けない大きさになる。


「大地の魔女たるライラが命じる。リシュアが求める形に、すべてを正しなさい」


 精霊王の子であるライラに詠唱も魔法陣も必要ない。彼女は神族が精霊に望むと同じように、ただ望めばいい。己が欲する形を示せば、精霊達はこぞって協力してくれるのだから。ライラの声が響いた途端、リシュアの魔法陣に強い緑の光が加わった。


 崩れた屋台が元の形を取り戻す。その隣で折れて引き裂かれたサークレラの木が、巻き戻すように起き上がった。散らしてしまった花びらが元の木に吸い込まれて枝を飾り、割れた石畳が復元される。


 時間を巻き戻す術ではない。以前にジルがアスターレンの首都ジリアンで使用したのと同じ魔術だった。物がもつ記憶を水月のごとく写し取って、現世に反映させる。大量の魔力を必要とするため、人間は行使不可能な術だった。


 あっという間に物が修復される。倒れている人々を癒すジルの術と違い、ライラとリシュアが行使した魔術では人々は治らない。ひとつ大きく息を吸ったルリアージェが魔力を込めて魔法陣を広げた。


 魔法陣の外円に触れた人々は消えた痛みや傷に驚き、すぐに周囲で倒れている者を助けようと動く。リシュア自身が長い時間をかけて護り続けた人々は、我先にと逃げ出すことをしなかった。目の前に立つ魔性に怯えるより先に、1人でも多く助けようとする姿勢は人族がもつ可能性のひとつだ。


「リア、あたくしの魔力を使うといいわ」


 ライラはほとんど魔力を行使していない。精霊の力を使うのは精霊王にとって当たり前であり、片親から引き継いだ魔力は不要だった。ルリアージェが有能な魔術師であり、大きな上級魔術を続けて使用できる魔力量を誇ろうと、人族である以上限界は低い。


「頼む」


 素直に頷くルリアージェの手を握り、ライラは自らの周囲に結界を張った。余剰の魔力をリアにゆっくり流していく。出来るだけ魔力の波長を整えて、ルリアージェに負荷がかからぬよう気遣いながら、人が行使できる上限を超えて流し続けた。


 癒しの緑は魔法陣の形をとって、大地にひれ伏す人々を助け続ける。






「さて、こっちはいつでもいいぞ」


 ジルが指先に小さな魔法陣を呼び出す。詠唱も不要なくせに、わざわざ魔法陣を描くのは彼の自信の表れだった。手札を見せても勝てると宣言しているのも同じだ。


「なぜ僕と戦うの」


「リアが命じたからだ。お前を()()しろ、とな」


 排除と言う単語を強調したジルの思惑に気付く。彼はさきほど、銀髪の女に「この国や人間を傷つけるな」と命じられた。その言葉に従うのならば、威嚇して追い払うことで命令が遂行できるのだ。裏を返せば、国民やこの国を傷つけられれば、その時点でジルの負けだった。


 気付いてしまえば、何と言うことはない。己の優位を確信したトルカーネは、最初の動揺から立ち直っていた。上を見上げれば、先ほど叱りつけたレイシアやスピネーがいる。


 先手を取られたが、駒は揃っていた。


「スピネー、レイシア」


 ただ名を呼ぶだけでいい。これで察して動けないような配下なら要らない。2000年近く傍仕えをしてきた側近たちが、一歩引いた位置に降り立った。


 レイシアが攻撃用の魔法陣を呼び出す。規定の動作で呼び出せる状態で停止させた魔法陣は、レイシアの手に展開すると同時に氷の矢を大量に放った。ジルの周囲に降り注ぎ、倒れている人間を巻き込んで彼のプライドごとズタズタに引き裂くはずだ。


 口元に笑みを浮かべたトルカーネの思惑は、予想外の方向へ裏切られた。ジルは爪先で大地に魔法円を作り、左手に死神の鎌(アズライル)を握る。かつて世界を作り出した創造主である闇帝の武器であり、刈り取れないものはないと云われる鎌は、大きな三日月形の刃を見せ付けるように輝く。


 鎌の刃は長身のジルを覆って、まだ余りある大きさだった。アズライルを一振りするだけで生まれた盾が、すべての氷の矢を消し去る。溶かすのではなく弾きもしない。ただ存在しなかったように、掻き消えた。


「もう封印を解いていた、の」


 取り繕う余裕もなく、トルカーネの声がかすれた。魔性を殺せるのは神族だけだ。魔性同士が戦ってどちらかが負けて砕かれても、核は残る。やがて核は魔力をかき集めて元の姿を取り戻すことが出来た。人間や魔性に封じられることはあっても、消滅させる能力はない。


 神族が滅亡した今、魔性を殺せるのは――ジフィールのみ。それ故についた二つ名は、死神という不吉な響きをもつのだから。アズライルを呼び出して使役する能力はもちろん、彼自身の血が魔性にとって毒となるのだ。


「当然だろ」


 ジルが呆れ顔で呟く隣で、リオネルが白い炎を生む。己の手を核に燃える炎で指し示すと、まるで転移したように炎がレイシアの身を包んだ。水の魔王の眷属であるレイシアは、他の魔王に属する者より火に強い。本来ならば相性が悪いはずのリオネルは、口元に笑みを浮かべて指先を揺らした。


 火が勢いを増し、レイシアが膝をつく。


「やはり水の眷属とは相性が悪いですね。いつもより燃やしにくい」


 楽しそうに笑いながらリオネルはジルに一礼した。


「申し訳ありません。獲物を横取りしてしまいました」


「構わないさ」


 主従のやり取りに、スピネーの魔術が向けられる。ジルの魔法円ごと包む大きさの魔法陣が、リオネルも含んで鮮やかな光に包まれた。頭上から降り注ぐ氷の巨大な柱を見上げ、ジルはくすくす笑う。


「この程度でオレを潰す気か」


「囮でしょう。まさかこれが全力ではありませんよね」


 相手の神経を逆なでする発言をしながら、リオネルが氷の柱を一瞬で蒸発させる。水蒸気が大量に発生した公園に、爽やかな風が吹いた。


「こら、リオネル。気をつけないと公園の木が傷つくだろう。リアは国ごと護れと命じたんだぞ」


「失礼いたしました。まだ加減がつかめておりませんので」


 白い炎を全身に宿らせて謝罪するが、まったく反省していない。それどころか、リオネルが水蒸気を大量に発生させることを察していたジルは、水蒸気が木や人に触れる前に風で消し去った。魔力すら使わず、精霊を霊力と翼で従わせただけ。余裕という表現すら生易しいほどの実力差だった。


「トルカーネ、お前の側近は使えないな」


「……悔しいけれど、言い返せないね」


 呟いたトルカーネの水色の瞳は怒りに揺らめいていた。スピネーとレイシアが魔力を高めるが、本気を出す前に主である魔王が感情を隠した仮面で応じる。


「でもね、今回は挨拶だけだから引くよ。近々また来るから」

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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