第27話 思ったよりも単純な見落とし(3)
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怖ろしい発言をしながら、ジルはけろりとしていた。
「ところで孤児の件だけど、なんでお前が知らなかったの?」
話を向けられたリシュアは、困ったように眉根を寄せた。言葉を選びながら説明を始める。その内容は意外だが、ある意味納得できるものだった。
「私は国民を守ることを一番にしてきました。そのやり方を100年以上続けたため、国の貴族や官僚にも同じ考えが浸透しています。だから『国民』は守られています。しかし、彼らにとっての『国民』に『他国から来た難民』が含まれていなかった。そして私もその事実に気付きませんでした」
観光客ならば災害時は守る対象になる。国民はもちろん保護する対象だ。しかし勝手に住み着いた流れの民や難民を、国民に分類しなかったため、行政の手から滑り落ちていた。孤児はもちろん、他の難民もすべて行政の支援が届かず、この国の中で『いない存在』となっていたのだ。
存在が認識されなければ、支援される対象にならない。そうして自国民以外を排除していた現実を、国王も貴族も気付かなかった。気付いた国民からの陳情が官僚で止まったことも、大きく影響している。
「……それでは」
「ええ。遅くなりましたが、すぐに支援を始めます。まずは国民証を持っていない難民の数を把握し、孤児は最優先で保護しましょう。難民への食料やテントの配給も必要です。教育を施して言語を統一して、彼らも国民になってもらえれば…」
指を折りながら支援策を出す国王の斜め後ろで、戻ってきた侍従がメモを取っていく。手元のお茶を飲み干したジルが、ルリアージェの肩に薄絹をかけた。淡い黒か紺か、迷う微妙な色合いの薄絹は透けている。肩に纏うと色が交じり合って不思議な色合いになった。
「難しい話は任せる。夜の見所は?」
ルリアージェを政治の話から切り離すようなジルの言葉に、リシュアは濃淡の瞳を細めて笑う。穏やかな笑みを窓の外へ向け、薄暗くなった空を指差した。
「もうすぐ花火があがります。魔術で打ち上げるので、他国の火薬花火と違って美しいですよ。ご覧になるには城の塔がお勧めですが、祭りの屋台を楽しむなら中央から左に2本目の通りにある公園です」
「リア、あたくしは屋台がいいわ」
「そうだな、折角だから街に下りるか」
ライラとジルの同意を得て、ルリアージェも頷いた。珍しい魔術花火を最高の席で見るならば、遮るものがない城の塔がベストだろう。しかしサークレラの花が満開の公園で、屋台の食べ物を楽しみながら見る花火も美しいはずだ。
魔術による花火は火薬を使わない。魔法陣で花火の術式を作り出せる魔術師は珍しく、サークレラとツガシエにしかいないと聞いた。
火薬を使う花火では、どうしても白い煙が靄のように空に広がる。沢山花火を上げれば、後半は白い靄の中で輝きが薄れてしまう。しかし魔法陣の花火ならば、光と炎の競演のみが描き出され、煙で霞む心配はいらなかった。
「公園の座標はこちらです」
侍従から受け取った紙に数字と記号を書き込んでジルに手渡し、リシュアはゆっくり頭を下げた。
「いってらっしゃいませ」
王宮の豪華な部屋に青白い魔法陣が広がる。あっという間に3人を包むと消えた。
「陛下、あの方々は……」
「最高レベルの魔術師様とその使い魔、そして私が敬愛する方です」
曖昧な答えだが、それがすべてだった。魔性の頃の主であり敬愛する存在である死神ジフィール、精霊と魔性の力を併せ持つ大地の魔女ライラ、彼と彼女を従える時点で人族最高峰の魔術師となったルリアージェ。詮索をかわすギリギリの回答を口にして、リシュアは窓の外へ目を向けた。
紺色の夜空はまもなく黒に近い闇に覆われるだろう。暗くなった空を彩る花火を待ち遠しく思うのは、久しぶりだった。彼らは気に入ってくれるだろうか。
作り上げてきた人としての感情はすでに薄れており、つねに穏やかな笑みを浮かべて過ごす。治世は安定しており、何も不安はなかった。末裔である子孫の血は薄れ、すでに妻であった人の面影すらない王族を守り、彼女が愛した国民を最優先で庇護し続ける。
それは義務のようだった。魔性である己を縛る鎖に似た呪縛に囚われ、主を見捨ててまで守ろうとした国という存在に真綿で首を絞められてきた。怒り、笑い、悲しみ、喜び……すべてが薄れた微温湯に浸っていたリシュアの時間が、ようやく動き出す。
「やっと、自由に息ができる」
声にせず呟いた言葉を夜空に溶かし、サークレラ国王は肩の力を抜いた。




