第27話 思ったよりも単純な見落とし(2)
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リシュア国王が待っていると告げられ案内された部屋は、王族が住まう後宮の一角だった。通常、後宮は女性達が集められており、幼い王子と国王以外は男子禁制が普通だ。しかしこの国では単純に『王族の住まい』という意味しかなかった。
案内される間に、貴族や使用人の男性とすれ違う。部屋の中には平然と寛ぐジルがいた。彼は規格外なので、後宮に馴染んでいても違和感はない。他国で使われる本来の意味での後宮であっても、リシュアは主を案内しただろう。
真っ白な壁と天井の部屋は、品のよい濃緑のビロードのソファや椅子が並び、テーブルは黒に近い木製枠にガラスが嵌められている。僅かに緑がかったガラスは窓からの日差しに輝いていた。周囲の木製家具はほとんどが黒に近い木が使用され、部屋中がほのかに心地よい香りに包まれている。
「お待たせいたしました」
王宮に勤めていた頃のように礼をしようとして、巻きスカートのように細長く身体に巻きついた衣装に動きを止める。ルリアージェの知る礼は、ふわりと膨らんだスカートがないと不可能だった。
「礼など結構ですよ、ルリアージェ様」
リシュア自ら部屋の扉を開いて迎えてくれたため、執事達が驚いて動きを止めている。まじまじと見つめられ、何かに納得した様子で頷いた。
このときルリアージェは気付いていなかったが、サークレラの貴族や王宮使用人の間で『陛下がついに正妃を迎えられるらしい』と真しやかに囁かれていた。相手はもちろんルリアージェであり、人間の中でずば抜けた美貌は絶世や傾国ではないが目立つ。
自国の王族より優先しろと命じられた彼らは『他国の直系王族ではないか』と判断した。故に国王みずから扉を開いて迎え入れ、甲斐甲斐しくお茶を注ぐ仕草をしても誰も口を開かない。
「ありがとうございます」
そのまま頭だけ下げたルリアージェがソファに落ち着き、当然のようにジルが隣に移動する。
「すごくキレイだ、リア。色合わせが斬新で、髪色や目の色によく似合ってる」
そっと手を取って包み込みながら、囁くように褒めてくれる絶世の美貌の青年。普通なら頬を染めるところだが、ジルとの付き合いに慣れてきたルリーアジェは「ありがとう」と微笑んだだけ。
美人は飽きる、慣れるというが、ルリアージェのジルに対する態度が証明していた。また、ジルを見慣れたせいで、二つ名を持つような美貌の上級魔性を見ても驚かなくなっている。美人を見慣れた弊害だった。
「ちょっと、ジル! あたくしもいるのだけど?」
「ああ、似合ってるんじゃね?」
「なんで疑問系なのよ!!」
ケンカするほど仲がいい。そう感じて微笑ましく見守るルリーアジェは、どこか常識がずれていた。リシュアははらはらしながら双方を宥めているというのに。
「お2人とも、お茶でも飲んで落ち着いてください」
このままでは口喧嘩から国難規模の大災害に発展しかねないと、リシュアは優雅にお茶を差し出す。受け取った茶器は少し開いた取っ手の無い形をしており、緑色のお茶が入っていた。
知らないお茶だが、すごく香りがいい。
「緑茶というのですよ、この国の特産です」
ルリアージェの疑問に答えるように、リシュアは全員分の茶器を用意し終えた。
お茶菓子と一緒に勧められ、多大な好奇心を胸に口にする。爽やかな香りが広がり、続いて少し舌の上に苦味…最後にほのかな甘さが残った。不思議なお茶の味に目を輝かせるルリアージェへお代わりを注ぎながら、リシュアは色の違う目を細める。
「祭りはいかがでしたか? 夜まで戻られないと思ったのですが」
「そのつもりだったが、リアの艶姿が見たくて戻った」
祭りでトラブルがあったかと心配するリシュアに、ジルは穏やかに答えた。さりげなく腰に回る手を、ルリアージェの隣に座ったライラが叩く。真ん中に座ったルリアージェの背中で、ライラとジルが譲れない戦いを密かに繰り広げていた。
「あと……」
言いかけたルリアージェが迷う。赤い紅をひいた唇をきゅっと噛む姿に、ジルが溜め息を吐いた。彼女の懸念も言いたいこともわかる。だが、ジルが口にしたら命令になってしまうのだ。それはリシュアの1000年に渡る治世を否定する行為だった。
大人が口を噤む中、子供の外見さながらの無邪気さでライラが沈黙を破る。
「さっきね、スリにあったの」
「え!」
驚いたリシュアが立ち上がる。すぐに失礼を詫びて腰を下ろした。右手の拳をつよく左手で包む形で膝の上に置く姿は、憤っているように見える。もしかしたら心配しているのかも知れない。
言葉を選んだルリアージェが諭すような響きで続けた。
「スリの少年は、多くの孤児を養っていると聞きました。この国の孤児は孤児院にいるのでしょう? なぜ孤児院に他国の子供は入れないのですか」
執事や侍女たちが顔を見合わせている。どうやら彼らも知らない情報だったらしい。ということは、リシュアも現状を知らなかった可能性があった。
色違いの緑の瞳を見開いた国王は、少し考えるように宙を睨んだ。わずかに眉を寄せる表情には、複雑な感情が浮かんで消える。
「ルリアージェ様」
「はい」
「まずは敬語をやめてください。それから…、孤児の話は初めて聞きました。すぐに調査させます」
彼が視線を向けた先で、執事が一礼して下がる。言葉通り、すぐに調べてくれるのだろう。これで孤児たちが少しでも救われたら……いいことをしたような気がした。安堵の息を吐くルリアージェの様子に、ライラとジルが顔を見合わせる。
目の前の蒸し菓子を半分に割ったジルが、まず片方を食べた。味が気に入ったのか、残りをルリアージェに差し出す。
「リア、これ美味いぞ」
「あとでもらう」
受け取った菓子を目の前の皿に置いたルリアージェに、肩を竦めたジルが声をかける。
「リア、あまり首を突っ込むなよ」
「どういう意味だ?」
振り返ったルリアージェの髪飾りの角度を直しながら、ジルは淡々と言葉を続けた。その表情は優しい微笑みを作ったままで、穏やかそうに見える。
「言葉のままだ。ここはお前の国じゃない。たとえ孤児の問題があっても、解決すべきはサークレラの人間たちだ。リシュアを含め、オレ達は誰も口出しする権利を持たないんだ」
ライラは大人びた顔で頷いたが、何も言わない。長く生きたからこその忠告だった。人でない存在が、人の世界に口を出してはならない。長寿の種族にとって、不文律のように伝わってきた真理なのだろう。
そして、人でありながら関わることが出来ないルリアージェも、彼ら側に含まれる。人が人の命運を左右することは善悪はともあれ忌避すべき事態じゃない。裏を返せば、人外が人間を操作すれば世界のバランスが狂う。それが避けなければならない状況だった。
「……それでも」
「手が届く範囲くらいは、だろ? よく考えろ、リア。お前の手は世界中に届くんだ」
ルリアージェははっとした顔で両手を握り締めた。そう、彼女の手は世界中に届いてしまう。届かせる手助けをする存在がいるからだ。
ルリアージェが望めば、帝国を一夜にして滅亡させたジルが動く。彼を筆頭に大地の魔女ライラ、魅了のリシュア、白炎のリオネルと二つ名を持つ上級魔性が続いた。
彼ら一人でも世界のバランスを崩すに足りる存在なのに、複数集まってルリアージェの願いを叶えようとすれば……ルリアージェの手は世界の果てまで届くだろう。
「主とはそういう存在なんだよ。命じれば配下は世界への影響なんて考えずに動く。褒めてもらいたい一心で世界すら壊す連中だ。リアの一言は――オレの命より重い」